新負土似亜物語(21)〜(25)



お礼文21  「新負土似亜物語」(21)

「ここでは人目についてマズイ。俺の部屋に来い」

かっさんがヘファオンとフィロ太の二人を、王宮内のある部屋に案内しました。

「わー、なんかすごい部屋だね。本や巻物がたくさんおいてある。椅子や机もすごい豪華だ」
「ここ、もしかしてパトロンズ大臣の執務室じゃないの?」
「そうさ、俺の父親の執務室」
「勝手に入っていいの?」
「かまうものか、今は大広間にみんな集まっているし、やがては俺が使うことになる部屋だ。ま、お前達、楽に
して、適当にその辺にある椅子に腰掛けていいぜ。俺はやっぱりここかな」

かっさんはパトロンズ大臣の執務室にある、大きな机の前の一番豪華な椅子に座ってふんぞり返りました。

「一度この椅子に座ってみたかったんだよな。ところで相談だけど、どうやって哲学者の髪の毛と生血を取るかだ」
「僕はやっぱり、アレスに相談した方がいいと思うよ。命を狙われているのは彼なんだから、真っ先に知らせないと」
「僕はやっぱり、プトレに相談するのが一番だと思うよ。僕達の中で一番年上だし、なんといっても一番頭がいい」

ヘファオンとフィロ太がほとんど同時に口を開きました。

「なんだよお前達、アレスだのプトレだのって、すぐそうして他のやつに頼るのか?俺達三人だけでなんとか解決
してみようとは思わないのか?たまにはアレスやプトレの力を借りずにさ」
「無理だよ、そんなこと・・・それに僕達、かっさん、君のことは・・・・あの・・・その・・・」
「何だよ、フィロ太。口ごもっていないではっきり言えよ!」
「僕達、君のことあんまり信用できないんだよ。この前の羊の柵追い大会の時だって、道に迷った僕達を見捨てて
さっさと帰ってしまったしさ・・・」
「え、あの時お前達道に迷っていたのか?あんな所で迷うなよ、しょっちゅう狩で行っている場所だろう。でもまあ
気づかずに帰ってしまった俺も悪かった、謝るよ。だからもう昔のことは水に流して・・・」
「忘れられないよ・・・僕達、君にはずいぶんひどいこと言われているもの」
「今は俺のこと非難している場合じゃないだろう。アレス王子の命がかかっているんだ。どうしても今夜中にあの
哲学者の髪の毛と生血を取らないといけない。さあ、どうする?何かいいアイデアはないか?」

かっさんはいい気分でいました。執務室で父の椅子に座っていると、なんだか急に自分も偉くなってよいアイディア
が次々に浮かんできそうです。それに王子の危機を救ったとなれば、さぞこの負土似亜国内で尊敬されるでしょう。

「ねえ、かっさん、哲学者ってすごく頭がいいんだよね〜。頭を使いすぎるから髪の毛が薄くなるのかなあ〜」

ヘファオンの発言にかっさんはもう少しでふんぞり返って座っている椅子を後ろに倒しそうになりました。

「当たり前だろ!変なこと言うな・・・待てよ、そ、そうかあ・・このことを使えば血はともかく、髪の毛は・・」
「ど、どうするの?」
「いいか、こう言うんだ。僕達は見栄座で勉強するのだけど、哲学者である偉い先生と僕達のように頭の悪い子供
はどこが違うのか、髪の毛を使って調べてみたい。そう言えば髪の毛の一本や二本、すぐ手に入るさ」
「頭の悪い子供なんてひどすぎるじゃないか!」
「いや、そう言って哲学者を褒め称えるんだよ。いいか、それですぐ髪の毛を手に入れたら、三人で山に登って
おりん王妃にそれを届ける。いいな」
「アレスと一緒じゃないの?」
「やっぱりプトレに相談した方が・・・」
「だめだ。三人だけでやる。これはお前達に与えられた試練だ。自分の力で乗り越えてこそ、人間は大きく成長
する。いいな、いつまでも人を頼るな」
「わー、かっさん、かっこいい!」
「ところで、誰が哲学者にこのことを言う。俺はやっぱりこの役目は一番年下で頼りないヘファオンがやるべき
だと思う。俺なんかが頭の悪い子供と言ってもちっとも信用されずに、なんか裏があるんじゃないかと疑われて
しまう。そこへいくとヘファオン、お前は嘘を言っているようには絶対見えない」
「僕、嘘をつかなければいけないの?」
「アレス王子のためだよ。いいな」



三人はさりげなく大広間の宴会場に戻りました。祝宴はまだ続いています。

「さあ、パトロンズ大臣、お前の長男かっさんも見栄座に行くんだろう。彼はお前に似てなかなか頭がいいと
評判ではないか。さあ、どんどん飲んで今夜はハメをはずせ。負土似亜の将来を担う若者がたくさん育って
くれて、わしは本当にうれしい」
「フィリボ酢王、お言葉ですが、私はそろそろ執務室に戻って書類の整理などしなければなりません。それに
我が長男のかっさん、誰に似たのか言葉は悪いし、性格も少しひねくれておりますので、アレス王子様に対して
何か失礼なことはしないか、それがもう心配でございます」
「よいよい、ライバルが多くいた方が、あれも傲慢にならず、成長するであろう。まったくあの頼りないヘファオ
ンとばかり一緒におって、心配していたところだ。おお、メニオン将軍、お前のところのフィロ太も・・・」
「はい、アレス王子様と一緒に最高の哲学者様の教えを受けられるなんて、光栄の極みでございます。これもみな
フィリポ酢王様のお力のおかげ、よくよくフィロ太に言い聞かせておきます」
「何を言っておる。メニオン将軍!お前の力がなければ、わし一人ではとてもここまでの勝利を・・さあ、飲んで
今宵はおおいにハメをはずすのだ、ああ、めでたい」

ぶどう酒などを運んでいた小姓のパウは、使者からある知らせを受けました。何かあった時真っ先に伝えるのも
彼の役目なのです。

「大変です。フィリポ酢王様。おりん王妃様が、また山へと向かわれたそうです。たくさんのマイナスの巫女を
引き連れて・・・今度は何を祈ろうとしているのでしょう?」
「何、おりんが?まあよい、ほおっておけ。今宵はクレオもあそこで楽しそうに話しておる。娘も連れて行かず
に何の儀式をするつもりだ・・・勝手にやらしておけ、クレオはどうやらプトレが気に入ったようだな・・・」
「王様、私との約束は?」
「いや、パウ、お前との約束を忘れたわけではないぞ。お前こそわしの命の恩人、この国で一番勇敢な男である
ことに変わりはない。そうだ!お前にはテッサロをやろうか?あの娘の母親は早くに亡くなり、おりんは粗末
な服ばかり着せているが、クレオより美しくなるかもしれん。少しはあの娘のことも考えてやらんと・・・」
「王様、今、山にはクレオ様の代わりにテッサロ様が行かれているそうです」
「おりんがテッサロを山に連れて行くとは・・・何かよほど急ぐことでも・・・まあ、よい、気にせずにお前
も少しは飲め・・・さっきから酒を運んでいるばかりだろう」
「いえ、私はこれがお役目ですので・・・・」

パウはおりん王妃がなぜまた急に山に登ったか、気になりながらも、また宴会の場で一生懸命ぶどう酒を運び
ました。



お礼文22  「新負土似亜物語」(22)

ヘファオンは恐る恐る哲学者アリスに近づきました。

「あの、大哲学者アリス様・・・・」
「おおー、お前は確か、アレス王子とたいそう仲がよいと聞いているヘファオンではないか。さきほど倒れた
者、かっさんとか申す者はもうよくなったのか?」
「は、はい、彼はただ悪口を喉に詰まらせて・・・あ、いや、なんでもありません。おかげですっかりよく
なられました。哲学者さまは、本当になんでも知っているんですね」
「学問はみな一つのこと、すなわちフィロソフィア、知を愛することに繋がっておる。お前もやがて見栄座で
学んでいくなかでわかる日がくるだろう。人間にとって知はなくてはならぬもの、日々探求を続け・・・」
「そ、そうですね。人間にとって、血はなくてはならない・・・血がたくさん出たら死んでしまうし・・・」

また哲学者の言葉を勘違いしてしまったヘファオン、血を愛すると言われて、血を吸い取られてしまうので
はないかと、顔からサーっと血の気が引いて真っ青になりました。でもここで逃げたら、もう二度とかっさん
やフィロ太からさえも信用されなくなり、いくじなしと言われ続けるでしょう。勇気を振り絞り、目をつぶっ
って、大きな声でこう言いました。

「すみません。僕も大哲学者様と同じように血を愛する人間になりたいです。どうか哲学者様の髪の毛と血
を少しわけてください」

言い終わると途端に怖くなりました。恐る恐る目を開けてみると、哲学者アリスはなにやら難しそうな顔を
しています。もっとも哲学者というものは、特別考え事などしていなくても、普段から難しそうな顔をし
ている種類の人間ですけど・・・

「ふむ、ヘファオンよ。お前の知を愛したいという気持ちはよくわかった。だが何故知を愛するために髪の毛
が必要なのじゃ?」
「それはアレス王子の命を救うためおりん王妃に、じゃなかった・・・首を切って頭と体が離れると人間は
死んでしまいます。首からたくさんの血が流れ出し・・・だからきっと頭に血のもとになるものがいっぱい
入っていて、それは髪の毛にも出てくると思うんです。だから髪の毛を調べれば、血についても・・・」
「ほー、ヘファオン、お前はいくつになった」
「まだ13歳になったばかりです」
「わずか13歳で、これほど深く知と人間の死について思いを巡らせているとは・・・南方の都市国家に比べ、
とかく遅れていると思われがちな負土似亜に、これほど優れた才能を持つ子がいようとは・・・よく聞きなさ
い、ヘファオン。私の知をお前に与えることはできない。なぜなら知は形あるものではないのだから。けれど
も髪の毛なら喜んでお前に与えることにしよう。知が形として、どのように髪に表れているか、よく観察し
てみなさい。お前の研究の成果を楽しみに待っている」
「は、はい。ありがとうございます」

哲学者アリスは、もう薄くなっている自分の貴重な髪の毛を3本も引き抜いてヘファオンに手渡してくれまし
た。ヘファオンはそれを握り締めて、かっさんとフィロ太のところに戻ってきました。かっさんは目配せを
し、3人はまたかっさんの父が使っている執務室に行きました。

「髪の毛はこれでいいとして、血はどうする?」
「哲学者の血は目に見えないんだって・・・きっと頭を使いすぎるから血も透明になるんだよ」
「そうか、でも生血を持っていかないとマズイな。今度はフィロ太にちょっと我慢してもらおうか?」
「僕に何をするの?」
「なあに、大したことじゃない。ちょっと手に傷をつけて血を取るだけさ」
「いやだよ、そんなのは・・・」
「しょうがないな、それなら別の人間で・・・そうだ、いいことを考えた」

かっさんは小声で二人に話しかけます。

「えー!それはちょっとひどいよ」
「パウさんがかわいそうだよ」
「いいんだよ。それもこれもアレス王子の命を助けるためだ」
「でも、他の人の血で大丈夫なの」
「なあに、言わなければわからないだろう。考えてもみろ、本物の哲学者の血は水みたいに透明で目に見えない
んだろう。そんなもの持っていっても、誰が本当に血を取ってきたと信用するか。それよりも他の人間の血を
抜いた方がよっぽど・・・」
「でも、怪我させたら痛そうだよ」
「それならヘファオン、お前の血を取ろうか・・・」
「それはいやだよ」

運良くパウが大きなワインの樽を頭に乗せて、長い廊下を歩いてきました。貴重なワインの樽を落としては大変
と気を配って歩き、周りに誰がいるかなど全く気にしていません。

「今だ!」

3人が一斉に飛び出しました。パウはあわててよけようとしましたが、3人にぶつかって倒れてしまいました。
ワインの樽が転がっていきます。パウがその樽の行方を追っている間に、足に鋭い痛みが走りました。けれ
ども足の痛みより、ワインの樽が気になります。樽がどこかにぶつかって壊れ、中のワインがこぼれてしま
えば大変なことになります。その樽を一人の少年が両手で止めて押さえました。

「すみません、パウさん。僕達が飛び出したばっかりに・・・」
「いいえ、大丈夫です。それよりかっさん様、ワインの樽は・・・」
「僕が押さえました。どこも壊れてはいなかった。おい、フィロ太、ヘファオン、お前達も早く謝れ!」
「大丈夫です。樽が無事でよかった」
「あ、血が出ています。早くこれで縛って・・・」

フィロ太が素早く真っ白な細長い布を取り出しました。彼が気を利かしたからではありません。こうなること
を予測していたのです。倒れたパウの足に少しだけ剣で傷つけたのは、ヘファオンでした。もちろん剣はすぐ
に鞘におさめて、何も知らない顔をして一緒に倒れています。

「けっこう血が出ています。布がもう真っ赤になって・・・もう一枚別の布で・・本当にすみません」
「大丈夫です。もう後は自分でできますから・・・気にしないで下さい」

小姓というものは、戦場で槍が飛んでくる中、王様が怪我をしたり倒れたりしていたら素早く助け出して
手当てをしなければなりません。少しぐらいの傷の手当てなら、簡単に自分でしてしまいます。3人はパウ
に何度も謝り、樽をそっと返しました。彼は痛む足を引きずりながらもまた樽を頭に乗せて歩いていきます。




「やっぱり、かなり痛そうだったよ。悪いことしたなあ」
「なあに、しかたがないことさ」

しばらくして、3つの松明の火が山を登って行きました。

「これで言われたものは全部準備した。後はこの山を登り、おりん王妃様のところへ・・・」
「でも、小姓のパウの血だよ」
「言わなければ絶対わからないさ。髪の毛は本物なんだし・・・さあ、いそごう。夜が明けてしまうぞ」

火は急に速く動き出しました。山の頂上まではかなりの距離があります。それでも儀式の大きな焚き火の炎が
王宮からでもはっきりと見えました。


お礼文23  「新負土似亜物語」(23)

ヘファオン、フィロ太、かっさんの3人はおりん王妃とマイナスの巫女達がディオス神を祭る神聖な儀式を行う
山へと登っていきました。そこは男子禁制の山ですので、3人とも登るのは初めてです。あたりは真っ暗で、自分
達の持つ松明の火の近くと頂上に見える大きな炎の他は何も見えません。特に一番年下のヘファオンなどは心細
くて、今にも泣き出しそうになりました。山道の途中にいくつかの松明のあかりが見えました。

「お待ちください。ここから先、山の頂上は男子禁制。登ることは許されません。もし、その掟を破る者がいれ
ば、何人であれ、死罪とされてしまいます。どうかここで約束のものを私達に渡して山を下りてください」

凛としたよく通る声が暗闇の中に響きました。かっさんはその声が誰のものかすぐにわかりました。

「その声は、テッサロ、テッサロの声だね」
「はい、かっさん様、お母様からの伝言です。すぐに約束の物を渡して、山を下りてください」
「ここに哲学者の髪の毛と血のついた布を持ってきている。だがおりん王妃はこれを使って何をしようとして
いるのだ。本当にこれを渡してしまっていいものかどうか迷っている」

かっさんの言葉にヘファオンもはっとしました。さきほど少し話しただけですが、哲学者アリスはとても立派
な人のように見えました。アレス王子の命を狙っているなんて何かの間違いかもしれません。それなのに髪の毛
と血のついた布、まあこれは哲学者のものではなく、小姓パウのものなのですけれど、それらをおりん王妃に
渡してしまっていいものかどうか考えました。もし哲学者が、アレス王子の命など少しも狙っていないのに、お
りん王妃の魔術にかかって命を落としたら、自分は大きな過ちを犯したことになります。

「もし、迷いがあるのでしたら、このまま何も渡さずに山を下りてください」
「テッサロ様、何を言うのです。哲学者の生血と髪の毛を約束どおりもらわなければ、私達までどんなおとがめ
を受けるかわかりません。早くもらってください」
「いいえ、お母様には、私の血と髪をお渡しします」
「だめだ!そんなことしたらテッサロ、君が呪いにかかってしまう。俺の血と髪を持っていけ。なあに、俺は
他の人間とは頭のできが違うから、ちょっとやそっとの呪いなど、はねのけてやれるさ」
「かっさん、頭のできだったら、哲学者の方がもっといいから、そのまま持ってきたものを渡した方がいいと
思うけど・・・だって、哲学者はプトレより頭がいいんだろう。きっと大丈夫だよ」

今まで黙っていたフィロ太がのんびりといいました。

「そうだよ、かっさん。せっかく苦労して髪の毛と血を取ってきたんだから」

ヘファオンもせかします。彼としては髪の毛や血はもう誰のものでもいいから、少しでも早くこの山を下りたい
と思っていました。

「はい、これが哲学者の髪の毛と血のついた布です」
「わかりました。確かに受け取りました」
「テッサロ、君もまたマイナスの巫女となり、同じように妖術を行って人を不幸にしていくのか」
「しかたありません。それが私の運命ですから・・・」
「ねえ、かっさん。約束のもの渡したんだし、もう早く山を下りようよ。哲学者ならきっと大丈夫だよ。早く行か
ないと、宴会が終わってご馳走もみんな片付けられてしまうよ」
「よく聞け、テッサロ、俺は必ず君をおりん王妃から救い出す。だから決して言いなりになるな。わかったな」
「はい、お願いです。あまり遅くなるとお母様が・・・早く山を下りてください」

ヘファオン、フィロ太、かっさんの3人は山を下り、テッサロと数人のマイナスの巫女は、山の頂上へと登って
いきました。




「まあ、テッサロ、随分遅かったじゃないですか?それに目がこんなに赤くなって・・・またかっさんと何か
お話でもしていたのかしら?彼はパトロンズ大臣の子ですものね。先頭に立って私の悪口を言っているあの
大臣の子と将来の約束でもしたのかしら?」
「おりん王妃様、急がないともう夜が明けてしまいます。さっき一番鶏の鳴く声が聞こえました」
「わかった、すぐに儀式を行う。さあ、皆の者、松明を持つのです。その悪しき哲学者の血と髪は早く壷の中
に入れ、いえ、これはにせものかもしれません。テッサロ、その髪と血をまず私に見せるのです」
「はい、お母様」

おりん王妃はその細い髪の毛と、血のついた布を見比べました。

「まあ、アレスや私の毛に比べ、なんと弱々しく細い髪だこと。それに比べて血はなんだか黒っぽいし・・」
「王妃様、やっぱり哲学者というものは、頭を使い過ぎますので、体の他の部分にまで栄養が行き渡らないので
はないでしょうか?」
「ふ、・・・・ふふふ・・・・体に栄養が行き渡らないほど頭を酷使して、愚かな王の命令で寿命を縮めると
は愚かなことよ・・・恨むではない・・・それもこれもあのフィリポ酢王が悪いのです」

おりん王妃はぞっとするような笑い声を浮かべ、大きな壷に髪の毛と布を入れ、その上から血の色をした赤
ワインをたっぷりと注ぎ込みました。

「ディオス神よ、私の願いを聞いておくれ。我が子アレスの命を狙う、この血と髪を持つ者に禍を与えておくれ
どうか、この血と髪を持つ者に禍を・・・わざわいを与えておくれー」

おりん王妃の声は山一杯に響き渡り、下に向かって歩いている3人のところにまで聞こえてきました。

「大変だ〜本当に呪いの言葉をかけているよ」
「大丈夫だよ。哲学者は僕達よりずっと頭がいいんだから、呪いをはねとばす言葉を知っている」
「本当かなあ」
「心配なら聞いてきればいいだろう」
「ばか!そんなこと聞けるか。とにかく早く山を下りようぜ」
「ああー向こうの空が明るくなってきた。もう宴会は終わっているよねー。ご馳走残ってないかなー」
「こんな時、よくご馳走の心配ができるよ」

3人はいろいろ言いながらも、無事山を下りてきました。その頃には、もうすっかり明るくなっていました。



お礼文24  「新負土似亜物語」(24)

「君達、わかるかね。すべての人間は動物である。すべての動物は死すべきものである。しからばすべての
人間は死すべきものである。これは正しいか、どうかね」
「はい、アリス先生、正しいと思います」
「僕もそう思います。今の論説は充分正しさを証明できると思います」

見栄座の学校は山の中腹、古い砦のあった場所に建物を改築して作られました。みんなの寝泊りする部屋、勉強
する大広間、食堂、そして広い書庫や研究するものを置く部屋など、もとはただの砦だったとは思えないほど
りっぱな建物になっています。そして散歩しながら討論をするようにと、広い庭園も作られました。これならば
王家の別荘としても使えそうなぐらいです。フィリボ酢王の前の時代、負土似亜の王宮は東の大国併留宇斜の大王
には羊小屋に見えてしまい、大軍が気がつかずに通り過ぎてしまったという屈辱的な過去があります。そこで
フィリボ酢王は王子のための学校といえども大いに見栄をはってりっぱな建物にしました。これならば併留宇斜国
の軍隊が進軍して来た時に、この立派な建物ではおそらくこの国の王子などが勉強しているのであろうと理解して
すぐに攻撃をしかけてくるでしょう。万が一の時に備えて、見栄座の学校から少し離れた場所には軍隊もズラリと
配置しておきました。けれども今のところ、そのような気配は全くなく、そして数日前に哲学者アリスの髪の毛を
使ってのおりん王妃の呪いの儀式が行われたりもしましたが、まったく何事も起こらずに、もちろんアレス王子の
暗殺などあるはずもなく、無事学校での生活が始まりました。哲学者は数人の生徒を引き連れ、広い庭のベンチに
座って講義を始めました。春の日差しは暖かく、ヘファオンはついつい眠くなってきます。

「フィロ太、何も起きないね」
「ああ、何も起きないよ。ヘファオン、やっぱり君の聞き間違えじゃない」
「そんなことないよ、僕は確かに聞いた!」
「ほう、ヘファオン。君はこの説に何か異論があるようだね。言ってみなさい」
「は、はい。何事も起きなくてよかったと・・・」
「ふむ、確かに今、この負土似亜、そして見栄座の中だけに目をやれば、平和に見えるかもしれない。だが
一度、もっと遠くまで見渡してみれば、併留宇斜国では、今日も数万の軍隊の演習が行われている。南の
国々はそれぞれ自国の利益ばかりを考え、互いに連帯して併留宇斜国と戦おうとはおもっていない。このよ
な時にこそ、負土似亜が、それぞれの国をまとめる力を持たなくてはならない。そして君達はその負土似亜の
指導者となるよう、ここ見栄座で勉強しているのだ。わかるかな」
「はーい、わかりました。先生」

アレス王子が元気よく答えました。ヘファオンは正直なところよくわかっていません。でもこれ以上先生に
何か聞かれたくはないので、黙って下を向いていました。

「では次の論理の証明に入る。すぐれた歌を作る者は音楽家と言われる。音楽家は音楽を愛する。ゆえにすぐれ
た歌を作る者はすべて音楽を愛している。これはどうだ、正しいと思うかね、ヘファオン」

当たって欲しくはないと下を向いている問題に限って、ヘファオンの名前が呼ばれてしまいました。

「は、はい、正しいと思います。だってさっきの話で、動物も人間も死ぬのだから、音楽を作る人はみんな
音楽が好きです。同じだと思います」
「同じと思うか、ではフィロ太、君はどうだね?」
「僕もヘファオンと同じ意見です」
「君達二人は大きな勘違いをしているようだ。誰かこの論理は正しくないことを証明できる者はいるかな」
「はい、俺ならうまく説明できます。歌を作る人は必ずしも音楽を愛しているとは限りません。たとえばそれ
が先祖代々の仕事だったり、愛情はなくともその才能に優れた・・・」

プトレの長い説明が続きます。ヘファオンとフィロ太の二人はまた眠くなってきました。でも周りを見渡すと
アレス王子もかっさんも、その他の子もみんな熱心に説明を聞いていました。



見栄座と哲学者アリスの身には何も起こりませんでしたが、小姓パウの身にはちょっぴり、いやパウにとって
は重大なできごとがありました。おりん王妃の祖国であるエペロス国で、次の王をめぐっての争いが起こりま
した。フィリポ酢王はすぐにエペロス国へ向かい、大軍を送っての戦争は行わなかったのですが、おりん王妃
の弟でアレス王子と同じ名前のエペロス国のアレス王子をこっそり負土似亜に連れてきたのです。フィリポ酢
王はこの王子を次ぎの王にしようと考えていたのですが、まだ若いアレス王子をそのまま王位につかせるのは
危険と判断し、負土似亜にかくまうことにしたのです。フィリボ酢王はごく親しい者だけに、エペロスのアレス
王子を紹介しました。

「灰色トス(グレートス)お前にこのアレス王子の警備を全面的に任せることにしよう。まだ若いが、ゆくゆく
はエペロス国の王にと考えている。くれぐれも間違いのないように。お前の力を持ってすれば、あらゆる危険
から守ることができるであろう」
「かしこまりました。しかしフィリボ酢王、王の危険からは・・・」
「それは守らなくてよいぞ、灰色トス。ぐ、わ、は、はははは!さすがわ長年わしに仕えてきただけのこと
はある。よくわかっているではないか!彼は今年15になるが、この美しさはなかなかのものであろう」
「はい、さすがおりん王妃様の弟君様です」
「王妃の名など口にするな。この美貌は神に愛された美少年にも匹敵するであろう。間違っても他の者が
手を出すことなど許さぬぞ・・・」
「わかっています。ただ見張りだけを一心に行います。王のために・・・」

灰色トスがフィリポ酢王に流し目を送ったのを、パウは見逃しませんでした。あんな色黒の筋肉がびっしり
体につき、ゴツイ男が流し目をしても気持ち悪いばかりだ、それにひきかえ自分の方がよっぽどと思いま
した。けれども目の前の異国の王子を見ると急に自信はなくなってきます。王宮の庭にある美少年の彫像が
歩き出したか、それとも壁の絵から英雄が抜け出したかと思われるほどの美しさです。パウは自分は20歳
という年齢にもかかわらずなかなかかわいらしいと思っていましたが、この美貌の王子にはとうていかな
いそうもありません。

「アレス王子、彼はわしの身の回りの世話をしている小姓のパウだ。なかなかよく気のつく男だから、困った
ことがあればなんでも彼に言うがよい。お前にもそれなりの小姓をつけてやるが・・・」
「いいえ、フィリポ酢王様、この国では私も王子の扱いはせず、小姓として同じように働かせてください。
私の身分が知られてしまえば、いつどのように命を狙われ、この方達に迷惑がかかるかもしれません」
「おお!若いのにお前はよく自分の立場をわきまえておる。ならば小姓として王宮に暮らせ。だが、灰色トス
よ、見張りは油断なく行ってくれ」
「かしこまりました」

こうしてエペロスから来た美貌のアレス王子が、王宮で暮らすことになったのです。パウにとって、これは
大変なできごとでした


お礼文25  「新負土似亜物語」(25)

美貌のエペロスの王子アレスが負土似亜の王宮で暮らすことになりました。それも身分がバレては大変と表向き
は小姓ということです。先輩小姓としてパウはいろいろ教えなければならない立場になりました。ところがこの
エペロスの王子、見た目が美しいだけでなく、たいそう気が利くのです。なんとか欠点を見つけ出し、それをネタ
に苛めてやろうとパウは思ったのですが、何一つ失敗などしません。多少、いやかなりの無理難題を押し付けても
サラリとやってしまうのです。

「おい、アレス王子、フィリボ酢王のベッドにしわがよっているぞ」
「大丈夫です。今晩は私が夜のお相手をいたすことになりましたので、王がお着替えをなさっている時にでも
きちんとシーツのしわをなくしておきます。またすぐしわだらけになるのですけれどね。フィリボ酢王はそれ
はもう激しい、いえ、精力のおありな方ですから・・・・」
「精力がって、しかし、王子はそのおりん王妃様の実の弟ではございませんか」

あせったパウ、いばったつもりでもついついいつものように敬語で話してしまいます。

「パウさん、そのことは誰にも言ってはいけないと王より言われております」
「この部屋には誰もいない。私が言いたいのはつまり、その、フィリボス王は王子にとってその義理の兄に
あたる方ですから、義理の兄弟の関係でそのようなことになっては、やっぱりマズイのではないかと・・・」
「フィリボ酢王様は私にとって実の兄以上の存在です。身の危険を顧みずに私のため、エペロスのために
この国にかくまってくださっているのです。私としてはどのような形を持ちましてもご恩返しをすること
などとうていできません。ですからフィリボ酢王様のお喜びなさることならなんでも・・・」
「ご恩返しなら、他の形でするがよい。王には実は深く愛している者がいるのです。王子に気を使って
そのような夜の務めをさせているのかもしれないのですが、本当に愛しているのはこの私、いえ、その
長い付き合いの者だけです。ですからその・・・・」
「そうですか、ならばそのように言って、夜のお相手はご辞退させていただきます」
「そうか、そうしてくれるか、それはありがたい。そのことは王に伝えておこう。王子はシーツを直しなさい」
「わかりました。ご指導ありがとうございます」

アレス王子がフィリボ酢王の部屋のベッドを整えた後、部屋を出て行くと、パウはふーっと大きなため息をつき
ました。どうも王様とか王子様というような偉い人間は自分達とは感覚が違っていて話が通じにくいと思ったの
です。まあ、一番感覚がズレているのはフィリボ酢王なのかもしれないのですが、好きな人の欠点などは少しも
気にならないものです。逆に嫌いな人間は、相手がいい人であればあるほど、そのそつのなさ、偉い人に嫌われ
ないようにする気配りのうまさが鼻について、ますます嫌いになっていくのでしょう。むしゃくしゃしてせっか
く王子が整えたベッドをパウはグシャグシャにしてしまいました。

「なあ、パウ、今晩のベッドは随分シワが寄っているではないか」
「そうなのです。アレス王子様はやっぱり王子様育ちなので、このような仕事は全く経験していなくて・・・」
「そうか、ではわしがいろいろと教えて・・・いや、だめだ、あのアレスがこのベッドに手をかけ、シワをの
ばしていくところを想像しただけで・・・うー、もう我慢できぬ。パウ、早く準備をいたせ・・・」
「お、お待ちください。フィリボ酢王様」

なかなか予定通りにはいきません。それでもパウは大好きな王様のそばにいるだけで幸せでした。


「えー!あんなものまで持っていくの」
「そうだよ。何日も前から日にちを数えていた。今日がちょうどヒナになるころだ」

見栄座の近くにある森の木の下で、アレス、ヘファオン、プトレ、かっさん、フィロ太の5人はじっと
上を見ています。高い木の枝には鳥の巣があるようです。

「問題はどうやって取るかだよな、巣に向かって矢を射るわけにもいかないし・・・」
「木を切ったら」
「それは難しいし、卵が割れてしまう」
「やっぱり登るしかないだろう。俺が行こうか」
「いや、梯子を作ろう。城壁を登れるような大きな梯子を」
「そうだ、それがいい!」

生徒達の話し声をこっそり聞いていた哲学者のアリスはうれしくなりました。何事も大人や教師達が手を出し過ぎ
てはいけないと日頃から考えていました。自分達で工夫して考えてこそ思いもかけない発見があるのです。自分が
まだ若い頃、好奇心に満ちたキラキラした目で大きな学校で学んでいたことを思い出しました。今の見栄座は建物
もそれほど大きくはなく、生徒も数人だけです。でもこの中からきっと素晴らしい人材が生まれると思いました。


梯子は大きく作りすぎたので、なかなか完成しませんでした。木の上の鳥は卵を取られることもなく安心して
子育てに励み、ヒナは巣立っていきました。

「あ、鳥が飛んだ」
「鳥が飛ぶのは当たり前だ。魚が泳ぐのも人間が地面を歩くのもすべてその動物の特性にして、生き物の種をわけ
るためには、よく観察し、その特性を取り上げ今までわかっていることと照らし合わせ・・・」
「僕達は鳥の卵を取ろうとして木にかける梯子を作った。でも梯子はなかなか大きくならず、それより先に
ヒナが飛べるようになり、今、鳥となって飛んでいった」
「ちょっと待て、ヘファオン!鳥が飛んでいったら、俺達が梯子を作る意味がなくなるじゃないか、どうして
それをすぐに言わない。せめて飛び立つところの観察でもできていれば・・・」
「僕は鳥が飛んだとちゃんと言ってよ。それをプトレが余計なこと言い出すから・・・」
「ヘファオン、お前のそののんびりした口調で、鳥が飛んだといってもだめなんだよ。なんかいつものことみたいで」
「僕は早口でしゃべったつもりだよ。いちいち文句言わないで!」
「おい、みんなケンカしてないでせっかく作ったこの梯子、登ってみないか」
「おお、そうだ、登ってみよう」

5人は梯子を木の下に運び、順番に上りはじめました。梯子は登ろうとするとグラグラするので、ヘファオンが手で
押さえました。アレス、かっさんと順番に登り、最後にヘファオンも上にたどりつきました。地上からかなりの高さ
があります。みんなで太い枝に一列に腰をおろしました。遠い街や果樹園が見え、とてもよい気持ちです。

「おい、ヘファオン、お前最後に登ってきただろう。梯子を紐で縛っておいたか?」
「ううん、だってすぐ下りると思ったから・・・」
「下りる時どうする?最初の一人はグラグラ揺れて危ないぞ」
「そうだね、じゃあ僕紐を取ってきて縛っておく」
「お前が最初に下りるのか」
「あ、そうだ」

ようやくヘファオンも事態の大変さが飲み込めたようです。登る時はそれほど高いとは思わなかったのですが、
こうして見下ろすとかなりの高さがあります。その時大変なことが起こりました。強い風が吹き、梯子は地面に
倒れてしまったのです。

「ど、どうしよう・・・・」

5人は互いの顔を見合わせました。

                                ーつづくー

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