新負土似亜物語(26)〜(30)



拍手お礼文(26)  「新負土似亜物語」(26)

「まあ、あなたはもうお会いになったの?フィリボ酢王様の新しいお小姓様に・・・」
「ええ、お声も聞いたのよ。なんて上品で美しいお声なのかしら」
「灰色トス(グレートス)様は色が黒くてたくましいお方だけど、あの方は本当に色白で、彫像のような美しさ
なのよ、それにお名前もアレス王子様と同じ、アレス様って言うのよ」
「ちょっと、ちょっと、小姓に様をつけるのはおかしいわ、アレスと呼び捨てにしていいのよ」
「あなたはお会いしてないからわからないのよ。まるで王子様のように素敵なの。ああ、私を見初めてく
れないかしら、アレス王子様、あのお方と結婚できるなら、私死んでもいいわ」
「でも、小姓って、王様といろいろしているんでしょ。灰色トス様みたいな方だったらそれもいいんですけれど、
小姓ならしょせんあのパウみたいになるんでしょう?出世するかもしれないけど、結婚相手としては頼りなくって
イマイチよね〜やっぱり結婚するなら、灰色トス様みたいな方がいいわ」
「アレス王子様とパウを一緒にしないで!同じ小姓といっても月と水溜りぐらい違うんですから・・・」
「そなた達、朝から何を騒いでいるのですか!」

おりん王妃の声が響いて、侍女達はシーンとなりました。

「すみません、今度来た小姓の方があまりにもお美しくて・・・」
「何を言っているの、たかが小姓ぐらいでいちいち騒ぐのではありません。小姓なんてあの男の機嫌をとって
いるだけじゃないの。そんな卑しい男や臣下の子を、アレスと同じように王子と呼ぶなんて・・・」
「申し訳ございません」
「でも、そなた達がそんなに騒ぐなんて少し気になるわね。見せてごらんなさい」
「はい、おそらくはフィリボ酢王様のご寝室のすぐ側にでも・・・」
「この私がわざわざ小姓を見るために、王の寝室に行くなんてプライドが許しません。そういう時のため
にこれがあるのです。皆の者、その小姓の顔をよく思い浮かべて思念波を送るのです。

おりん王妃が、さっと水晶玉を取り出しました。侍女達が顔を思い浮かべて思念波を送ると、たちまちある
少年の顔が浮かび上がりました。

「まあ、なんて美しい、まるで神話に出てくる・・・」
「やっぱり王妃様もそうお思いになられますよね。美しい方というのは誰が見ても・・・」
「私によく似ている・・・これは、私の弟、アレス王子ではないですか!」
「え、本物の王子様だったのですか!どうりで立ち振る舞いが上品で」
「ではアレス様のこと、王子様と呼んでも問題ないですよね」
「でも、どうしてアレスが小姓として、負土似亜へ・・・」
「それはですね、王妃様、フィリボ酢王様が、エペロス国で内乱が起きて王子様が国にいては命の危険が
あるとお考えになり、お連れしたのです。決してその、アレス王子様の美貌に目をつけてアレコレしよう
とお考えではないと思います」
「まあ、あの男が私の弟に夢中になってくれるのは悪いことではないわね。下手な女にのぼせて子を産ま
せるよりもよほど危険が少ないでしょう。あの子にはとんだ災難でしょうけど・・・もういいわ、今度は
見栄座の方を映してちょうだい。見栄座に行ってからもう1ヶ月が過ぎます。どこで何をしているのか、
私は心配で心配でたまらないのに、あの子は手紙もろくによこさないで・・・」
「きっと毎日お友達と一緒で楽しいのですよ。そういうお年頃です」
「お黙りなさい!水晶玉よ、今度は見栄座にいるアレスを見せておくれ」

水晶玉に二人の少年の姿が映りました。アレス王子とヘファオンです。

「まあ、このヘファオンたら、いつも意味もなく大きな体でアレスのそばにボーッと立っていて、うっとおしい
ったらないわ。ちょっとどいてちょうだい。アレスの顔がよく見えないじゃないの」
「王妃様、そうおっしゃいましても、声はとどきません。ただこの水晶は姿を映しているだけでございます。
本当のアレス王子様は今は遠い見栄座にいらっしゃるのですから・・・」
「そんなことはわかっています。まあ、この子達、木なんか見上げて何をやっているのかしら。危ない!
登りはじめました。ああ、どうしたらいいのでしょう」
「王妃様、男の子ですから木ぐらいは登ります。高い枝まで登っていますね」
「ああ、アレス、もう危ないことはやめてちょうだい。・・・あーどうしたらいいの、誰か助けて!梯子が倒れて
下りられなくなっているわ。誰が一番最後に・・・やっぱりあのヘファオンが・・・」
「ヘファオン様ってちょっと間が抜けたところがあるのですよね。それがかわいらしいのですけど」
「かわいらしくなどちっともありません!どうするのです!木の上から下りられなくなっています」
「どうすると言われても、私達には・・・・」
「あの、王妃様、こうなったらやっぱりあの哲学者様に思念波を送られた方がいいのでは。みんなの心を
一つにすれば、きっと思いは通じるでしょう」
「そうですね。今は敵味方を考えている余裕はありません。すぐに思念波を送るのです」

おりん王妃と侍女のマイナスの巫女達はいっせいに水晶玉に向かって思念波を送り始めました。

「まあ、あそこに見えるのは哲学者アリス様」
「さすが、大哲学者アリス様、私達の思念波をすぐに受け取ってくださいましたわ」
「偶然ということもあります。この哲学者がどこへ向かって歩いているか見届けなければ、よいよい・・・
その方向です。確かにあの哲学者はアレス達の方へ・・・」
「よかったですね。王妃様」
「お待ちなさい、あの哲学者、手に何かもっています。あれは小鳥・・・・」

おりん王妃はさらに目を凝らして、水晶玉の中をじっと見つめました。



拍手お礼文(27)  「新負土似亜物語」(27)

大きな梯子を作って、高い木の上に登ってしまったアレス王子、ヘファオン、プトレ、かっさん、フィロ太の5人
の少年達、けれどもきちんと木に縛りつけて固定してなかったので、強い風が吹いて梯子は倒れてしまいました。
こんな高い木の上からは、さすがのアレス王子でさえ、飛び降りることなどできません。

「どうしてくれるんだよ。だいたいヘファオンが悪いんだよ。最後に登ってくるときに、しっかり梯子を木に
固定しておくとか、自分は登らないで下で支えているとか、何か方法を考えるべきなんだよ」
「だって、僕だって上まで登りたいよ。それにそういうことがあるなら、どうして前もって知らせてくれないの」
「そうだよ、かっさん。ヘファオンばかりを攻めるな!」

かっさんに強い口調で言われたヘファオンは、もう今にも泣き出しそうです。あわててアレス王子が助けました。


その様子を水晶玉で見ていたおりん王妃の侍女達は口々に言いました。

「まあ、おかわいそうに、ヘファオン様は今にも泣き出しそうになって・・・・」
「またかっさん様が苛めているのかしら、あのお方、顔は素敵なんですけど、ちょっと意地悪なのですよね」
「あら、私かっさん様にだったら、うんと苛められてみたいものですわ。かっさん様に攻められるヘファオン様!
なんて素晴らしいのでしょう!もう少しこのまま見ていたいですわ」
「そなた達、何を余計なところばかり見ているのです。せっかくあの哲学者が近くを通りかかっているのです。
もっと強い思念波を!さあ、皆の心を一つにしてもう一度、心の中で唱えるのです。


その頃哲学者アリスは小鳥を手の中に持ってウロウロしていました。けがをした鳥の手当てをし、どの場所から
空に放したらいいか、じっと考えていたのです。

「ふむ、このすぐ上にはわしが飛んでいる。ここではすぐ狙われてしまうだろう。もう少し離れた場所の方が
よいかな。いいか、もう大きな鳥に襲われるのではないぞ。人間に助けられるなどという幸運は滅多にない
のだから。おうおう、鳴き声で感謝をしめしているのか・・・おおーなんだこれは・・・」

哲学者アリスは今まで感じたことのない大きな力を感じてめまいがしました。倒れそうになって、手を開いて
しまったのです。小鳥はすぐに空に向かって飛び立ってしまいました。

「待て!まつのだー!そちらに飛んでいったら危ない。大きなわしが飛んでいる!」

哲学者は大声で叫ぶのですが、小鳥は飛んでいってしまいました。


「あれ、小鳥がこっちに向かって飛んできた」

ヘファオンがのんびり言いました。いえ、彼だって本当は泣きたいし、心細くてどうしたらいいかわからないで
あせっているのですが、彼の口調や声は他の4人にはどうしてものんびりした感じに聞こえてしまうのです。

「何が鳥だよ!鳥が助けてくれるとでもいうのか。それとも何かの神様が鳥に姿を変えて俺達に近づいてきた
とか、へん、ばかばかしい。それよりもヘファオン、お前の責任だ。どうやって俺達をここから下ろしてくれ
るんだよ。無事下に行ったら、お前、ただじゃおかないからな」
「無事下に行ったら、なんでもするよ。この鳥、ここに巣があったのかな。木の枝に止まっている」
「よし、じっとしていろ。おとなしくしているんだぞ。そら、捕まえた」

プトレが枝の上でうまくバランスをとって小鳥を手で捕まえました。

「わあ、うまい。でも、こんなに小さな鳥、僕達5人で食べたらおなかいっぱいにはならないよ」
「フィロ太、食べるためじゃない。この鳥はアリス先生がけがの手当てをしていた鳥だ。だから先生のところに
必ずもどる。アレス、パピルスとペンは持っているか」
「わかった、この場所を知らせる手紙を書けばいいのだな」

アレス王子はスラスラとパピルスの上にペンを走らせました。自分の名前のサインを彼はなんてかっこよく書く
のだろうとヘファオンは感動して見ていましたが、何も言いませんでした。余計なことを言ったらまたかっさん
に何か言われそうでビクビクしていたからです。やがてアレス王子は手紙を書き終わり、丸めて器用にプトレ
の手に持った小鳥の足の爪にひっかけました。

「これでよし。頼むからこの手紙をアリス先生のところまで届けてくれ」

大空に向かって小鳥を放しました。そしてしばらくすると哲学者アリスが手紙を見て、見張りの兵士達を呼んで来て
くれ、梯子をたてかけて押さえてもらい、5人は無事木から地面に下りました。見張りの兵士達はこの仕事をとても
喜んでやってくれました。だっていつ併留宇斜国の軍隊が攻めてきてもいいようにせっせと訓練に励んでいたのに、
敵は盗賊ですらちっとも来なくて退屈していたのですから・・・・けれども哲学者アリスは苦い顔をしていました。


「プトレ、この問題はどうやるの。僕達の登った木の高さを登らずに測れっていうんだよ」
「僕の問題は、梯子はどれくらいの強さで作れば、大人が登っても壊れないかだって」
「まて、俺の方が大変な問題なんだ。今日1日働いた兵士の賃金は負土似亜国内の国家予算の
何分の一に相当するかだってさ」
「そんなものわかるわけないよー、ああ、どうしよう。課題が全部終わるまでは夕食抜きだってさ」
「いっぺんに言うな。順番に問題を解くしかないだろう。ええっと木の高さを測るには・・・」

5人を助けてくれた哲学者のアリス先生、罰として一人一人に大変な課題を与えたようでした。



拍手お礼文(28)  「新負土似亜物語」(28)

高い木からは無事下りてきた見栄座の少年達ですが、ここで教えているのは哲学者のアリス先生だけではあり
ませんでした。基礎体力をつけたり、武術を教えるのは「レ・鬼ダ」という名前のとっても恐い先生でした。
天気のよい日、アレス王子、ヘファオン、プトレ、かっさん、フィロ太の5人はよく「鬼ごっこ」をさせられ
ます。この時一番年下のアレス王子とヘファオンが13歳、かっさんとフィロ太は15歳、一番年上のプトレは
18歳と、「鬼ごっこ」などという子供の遊びをするような年齢ではないのですが、負土似亜を一代で強国に
したフィリボ酢王の子アレス王子や他の将軍家などの子供がやる「鬼ごっこ」ですので、普通とはやり方が
違います。まず彼らはきちんと兜や鎧をつけて武装します。この鎧兜が半端な重さではないので、これで走る
のはかなり大変です。かっさんはちょっとズルをして、自分の鎧兜を見た目は同じでも実際は軽い物にこっそ
り作り変えてもらったのですが(もちろんレ・鬼ダ先生には内緒です)後の子は皆、かなり重い武具をつけて
広大な見栄座の山の麓を走りまわらなければなりません。そして誰かを追いかけて捕まえればそこで戦闘開始、
レ・鬼ダ先生が見ている前で実戦のように槍や剣を持って戦わなければなりません。

「あー!フィロ太見つけた。戦闘開始だ!」
「おい、ヘファオン、大声出すなよ。戦闘で負けたら重装歩兵と同じ鎧兜をつけて、同じ長さの槍を持って
山の麓を走らなければならない。今日は暑いし、もう少し涼しくなるまでこの木陰で休んでいようぜ」
「でも、大丈夫かな。レ・鬼ダ先生、僕達がこんなところで隠れているのを見つけたら、引きずり出して
ムチでたたくよ。それよりもきちんと戦っていた方が・・・・」
「そうだけどさ、僕達がアレスやプトレやかっさんと戦って勝てると思う?」
「思わない」
「だったら隠れていた方がいいさ。あの3人だけでない。見張りの兵士達も一緒に参加しているのだから、あち
こちで戦闘が始まって、レ・鬼ダ先生も忙しいよ。わざわざ僕達を探したりはしない」

そうなのです。レ・鬼ダ先生が来てからというもの、見栄座での見張りの兵士達も訓練に参加させられ、前の
ように暇ではなくなっていたのです。でも、見張りの兵士達はただ立っているよりはと、喜んで訓練に参加し
ます。そして彼らが1日訓練をしている日、哲学者アリス先生は歩きながら長い思索にふけるのでした。



さて、こちらはおりん王妃の控えの間、今日も侍女達は水晶玉を見て楽しんでいました。

「まあ、素敵!かっさん様は重い鎧兜を身につけているのに、どうしてあんなに身軽に動けるのかしら」
「やっぱりプトレ様よ。槍を持つ姿がピタリと決まっていらっしゃいますわ。プトレ様ぐらい体が大きくなる
と、鎧兜を身につけてもびくともしなくなるものですね」
「そうそう、ヘファオン様とフィロ太様は、本当に鎧兜が重そうで、フラフラしながら歩いている。おかわい
そうに・・・・ちょっと後ろから支えてさしあげたいですわ」
「やっぱりアレス王子様よ。体は小さくても、見事に鎧兜を着こなしていらっしゃるわ。なんてかっこいいの
かしら。あの優雅な動き、槍さばき、さすがわアレス王子さま!」

おりん王妃が後ろに立っているのにも気がつかず、侍女達は夢中になって水晶玉を見ています。

「そなた達、また仕事もせずにそれをのぞいているのですか!私に断りもなく・・・」
「いえ、王妃様、大切な水晶玉ですから、毎朝一番に丁寧に磨いているのです。そうしたら見栄座での様子も
随分変わっていたので、ついつい見てしまいました。申し訳ございません。新しい先生がいらしたようで・・・」
「ああ、レ・鬼ダのことですね。彼は私の親戚の者、若い頃スパル国へ行って、その国の子供がどれほど厳しい
訓練を受けているか見てきたのです。私のアレスやその周りの者達も少しは見習った方がいいと、わざわざ連れて
きて、見栄座に行かせたのです。これでもう私のアレスはあの男、フィリボ酢よりもはるかに強くなります。まる
で生まれつき父親より必ず強くなると定められている神話のアキレウスのように・・・・」
「そそ、そうなのですよ。私達もアレス王子様が、どれだけ強くなられるか楽しみで見ていたのですよ」
「ちょっと見せてごらんなさい。私のアレスはどこにいるのかしら。まあ、またこんなヘファオンとフィロ太なん
かが映って、本当に邪魔なんだから、もうあっちに行きなさい。アレスを映し出してちょうだい」



「お前達、こんなところで何をしているのかね」
「あ、アリス先生。僕達が隠れていること、レ・鬼ダ先生には言わないでくださいね。僕達はこうやって地面を
歩く虫について観察していたんです」
「ほう、地面を歩く虫についてか。それでフィロ太、何か新しい発見はあったかね」
「はい、この黒くて小さい虫は、列を作って歩き、虫の死体がある方に向かっているのです。きっと誰かが仲間
に伝えて、みんなでエサをさがしに行き、巣に持ち帰るのだと思います」
「なるほど、この小さな黒い虫は仲間にエサのある場所を教えることができる。これは素晴らしい発見だ。フィロ
太、頑張って研究を続けなさい」
「はい、先生」

フィロ太は張り切って答えました。アリス先生はニコニコして向こうへ行ってしまいます。

「フィロ太、君はうまいよ。よくとっさにあんな嘘をスラスラと・・・・」
「嘘じゃないよ。僕は時々こうやって虫を見ていたもの。よく見るといろいろ気がつくことがあるんだよ」
「そうかあ、それなら僕も見てみよう」
「フィロ太、ヘファオン見つけたぞ。戦闘開始だ」
「わー、プトレ、ちょっと待って、今大事な研究をしていたところなんだよ」
「早く出て来い。レ・鬼ダ先生がこっちに向かっているぞ」

そしてフィロ太とヘファオンの2人はプトレにあっさりと負け、重装歩兵と同じ鎧兜を身につけて走らされます。

「フィロ太、待ってよ。こんな重いの着て走るのは無理だよ」
「僕だって無理だ。でも走らないと先生に怒られるからさ。わー、大変だ!後ろからレ・鬼ダ先生が追いかけて
くる、走れ!走るんだ!」

2人は汗びっしょりになりながらも、必死で走りました。レ・鬼ダ先生が手にムチを持って追いかけてくるの
ですから・・・・



拍手お礼文(29)  「新負土似亜物語」(29)

さて、負土似亜王国では、1年に1度の大きな祭り、ディオッソスの日が近づいてきました。ディオッソス祭り
というのはおりん王妃がよく秘密の儀式を行っているディオス神のための祭りです。もちろんおりん王妃もこ
の時とばかりに盛大に秘儀を行うのですが、王妃と侍女であるマイナスの巫女だけでなく、この日はフィリポ
酢王やその従者、将軍、兵士達誰もが祭りを祝います。その準備のために、フィリボ酢王は自分の息子ではなく
エペロス国から連れてきたおりん王妃の弟のアレス王子と小姓のパウ、そして力自慢の灰色トス(グレートス)
を呼び集めました。

「今年もまた、ディオッソス祭りの日が近づいてきた。灰色トスが狩でどのような獲物を捕まえるか楽しみ
だな。去年は確か、大きなイノシシを10頭も槍でしとめおった。他の者が驚いていたわい」
「はい、私は槍で獲物をしとめ、敵を刺すぐらいしか能力のない男でございます」
「一度わしもお前の鋭い槍で刺し貫かれたいものであるが、王という立場ではそれもできぬ。残念なことだ」
「とんでもございません。私は陛下の下に組み敷かれ、貫かれる時こそ男として最高の栄誉を与えられたと・・
あ、いえ、もうしわけございません。お若いアレス王子の前でそのようなことを・・・」
「よい、よい、アレスとて、そのようなことは充分もう知っておる。わしはよい男に囲まれて幸せだわい、
ぐわあははははは・・・王とはまことよいものであるな。女だけでなく、選りすぐりの男を抱くことができる」

フィリボ酢王が豪快に笑い、小姓のパウはちょっぴり悲しくなりました。自分は灰色トスのような豪快な強さ
も、アレス王子のような繊細な美しさもないけれど、誰よりもフィリボ酢王を愛し、真心をこめて仕えてきた
つもりです。王の愛に変わりはないけれど、やっぱり目の前でそんなことは言われたくないというのが本心です。

「ディオス神に捧げる生贄の狩のことだが、今年は我が息子のアレス達も参加させたいと思う。灰色トスよ、彼ら
の指導をしてくれるか。狩の腕を上達させるためには、よい見本を見せるのが一番だ」
「かしこまりました。必ずやご期待にそえるよう、アレス王子達を指導させていただきます」
「陛下、私も灰色トスの指導を受け、狩に参加したいと思います。エペロスでは、槍の持ち方を教わることが
あっても、実際の狩は危険すぎると一度も参加させてはもらえませんでした。ここ負土似亜王国ほど大規模な
祭りはできませんでしたが、わが国エペロスでもディオッソスの祭りは毎年行っておりました」
「いいだろう、アレス、お前がどのような獲物をしとめて神に捧げるか、楽しみだ」
「フィリボス王、私も狩に参加させてください」

小姓のパウも思い切って発言しました。王に仕える小姓という仕事柄、もちろんパウも剣や槍の使い方について
一通り教えられ、暇な時は兵士と一緒に訓練を受けています。けれども彼は槍や剣を扱うのはとても下手で、狩
などは一度もやったことありません。それでもここで参加しなければまた灰色トスやアレス王子と大きな差がつ
けられてしまいます。

「パウは、イノシシ狩りなどは危なくてできそうもないな。子供用のウサギ狩場でウサギでも捕まえればいいの
ではないか。そうだ、ちょうどお前が指導するのにいい2人がいる。あの2人もアレスの大事な友達だ。狩のやり
方ぐらい教えておいた方がいいだろう。頼んだぞ」
「ウサギ狩ですか?」

パウは不満に思いました。でも王様に命令されたら従うしかありませんので、渋々承知しました。



ディオッソス祭りのための狩の日がやってきました。アレス王子達はみな見栄座から戻り、大勢の兵士達と一緒
に馬に乗って狩場へ向かいます。もちろん見栄座で教わっている哲学者アリス先生や体育教師レ・鬼ダ先生も、
一緒に来ています。途中でアリス先生と小姓のパウ、ヘファオン、フィロ太の4人が数人の兵士と別の道に別れ
て進んでいきました。

「ヘファオン、フィロ太、ウサギ狩がんばれよ。俺達のようにイノシシは捕まえられないとしても、せめて男と
してウサギ一匹ぐらいは捕まえて神に捧げないと恥ずかしいからな」
「ヘファオン、かっさんが何か言っているよ」
「知らん顔していよう。どうせかっさんだって、かっこうつけて白い馬なんか乗っているから、イノシシを見たら
馬が驚いて逃げてしまうよ。イノシシなんか捕まえられるわけがない」
「そうだね、僕達はがんばってウサギを捕まえようね。こっちにはアリス先生もいるし、きっと何かいい方法を
考えてくれるよ。先生は動物のことならなんだって知っているんだもの」
「おい、ヘファオン、フィロ太、先生を頼りにせず、まずは自分の槍で獲物を捕えようとする強い意志が大切だ
がんばって捕まえろ。わかったな」
「わかっているよ、アレス」

アレス王子に励まされ、ヘファオンは胸をはりました。今は別々のところで狩をしなければならなくなってしま
ったけど、きっとすぐに上達してみせる、と心の中で誓います。白馬に乗ったかっさん、黒馬のプトレとアレス
王子が次々と去っていくのを、フィロ太もまた同じ気持ちで見ていました。そして、小姓のパウも同じような
気持ちでフィリボ酢王と灰色トス、エペロスのアレス王子が行くのを見送っていました。


拍手ありがとうございました。

拍手お礼文(30)  「新負土似亜物語」(30)

「人間が他の動物と違う所、それはすなわち考えるということだ。人間だけが考えるという能力を与えられ、
国を作り、文化を発展させてきた。考えるという行為の中にこそ人間の本質があり・・・・」
「考えることこそ人間の本質なのですね、アリス先生。素晴らしい教えです」

哲学者アリスの話を小姓のパウは真剣に聞き、一言一言に頷いていました。もちろんパウだって小さな頃から
家庭教師に勉強を教わり、フィリボ酢王に仕えるようになってからも、いろいろなことを習っています。でも
アリス先生のような大哲学者から直接習うなどということは一度もありませんでした。もうパウは感激して
一言も漏らさずに先生の言葉を書き写し、フィリボ酢王に報告したいと思ったほどです。けれども、毎日アリ
ス先生の講義を聞いているヘファオンとフィロ太、先生の声を聞いているだけで眠くなってしまいます。

「あの、先生、早くウサギを捕まえに行かないと日が暮れてしまいます。僕達先に行ってもいいですか?」
「いいだろう、フィロ太。お前とヘファオンで知恵を絞り、ウサギを捕まえるがいい。私はこのパウと組んで
試してみよう。いいか、お前達がいくら走ってもウサギに追いつくはずがない。知恵を絞るのだぞ」
「わかっています。ヘファオン、行こう」

フィロ太はちょっとムッとしました。ウサギに追いつくはずがないと言われては、日頃いくら走るのが遅い
と言われていてもプライドが傷つきます。それはヘファオンも同じです。今日はいつもの訓練のように重い
鎧兜もつけてないし、これなら速く走れそうです。ウサギの一匹や二匹絶対に捕まえてやる、固く心に誓います。




一方イノシシ狩りに出かけたアレス王子とプトレとかっさんの3人、白馬に乗ったかっさんはもちろんイノシシ
を追いかける気などまったくありません。

「ああ、イノシシ狩りなんていう野蛮なことは高貴な血を引く俺にはできそうもない」
「何が野蛮だかっさん、狩は昔から王族や貴族のたしなみとして行われてきた」
「狩をしてもいいけどさ、どうせ追うならばライオンなどをしとめてみたい。昔の英雄みたいに・・・」
「何を言う。こんなところにライオンなど出るものか。イノシシで我慢しろ」
「俺の腕前はライオンで試したいのに、今の時代、ライオンなど滅多に見かけない。自分の腕前と血筋に似合う
獲物が見出せない狩をしなければならないなんて、俺はなんて不幸なんだろう」
「つべこべ言うな。イノシシ狩がいやなら、お前もウサギ狩に行くか?」
「いや、あれは子供用だから・・・仕方がない、不本意ながらイノシシを追いかけよう」

かっさんは白馬を走らせました。でも内心はイノシシに出会わなければいいとドキドキしています。口で言う
ほどかっさんも狩が上手というわけではありませんでした。





「パウ、お前は器用な手をしているな。ウサギ用の罠をこんなに手早く作ってしまったのか」
「いいえ、先生のおっしゃるとおりに作ってみただけです。これぐらい罠を作ればいいですか」
「ああ、充分だろう。これだけ罠があれば、あの二人に分けられるくらいウサギが捕れるだろう」
「お二人はどこへ?」
「きっとウサギを捕まえられずに走り回っているに違いない。私の話をよく聞いていればいいものを・・・」
「先生、捕えたウサギは私にも分けてもらえますか?」
「もちろん、ディオス神に捧げる分を除いても余りが出るだろう」

もらったウサギの毛皮で何を作ろうかパウは考えました。フィリボ酢王のために毛皮の帽子かマフラーを、それ
とも大切なところを包む腰巻などを、でも毛皮で作ったらチクチクしてそこだけ気になってしまうかもしれない、
それとも毛皮の滑らかな肌触りにうっとりとするだろうか、あれこれと想像しているうちにパウの顔は真っ赤
に染まってしまいました。




「キャー、ヘファオン様とフィロ太様がウサギを追いかけて走っていますわ」
「顔を真っ赤にして、なんてかわいらしいのでしょう」
「こっちでは、小姓のパウも顔を真っ赤にしていますわ。まあ、哲学者の手なんか握りしめてしまって・・・」
「本当?まさかパウ、哲学者と浮気とか」
「どうしましょう。王に仕える小姓が、アレス王子様の先生と恋に落ちるなんて、これは大事件ですわ」
「フィリボ酢王様の耳に入ったら大変ですわね」
「でもフィリボ酢王様には他にも灰色トス(グレートス)様とか、おりん王妃様の弟アレス王子様などいろいろ」
「あら、身分の高い人は愛人を何人持ってもいいのよ。でも、小姓の浮気は許されないわ」
「ねえ、みんな、このことは内緒にしておきましょう。そうでないとパウがかわいそう」
「そうね、おりん王妃様にも話さないように・・・」

秘密の話をしている時にはたいていおりん王妃はもうそばに来ています。

「そなた達、私に話せないこととはなんですか?」
「あ、おりん王妃様。実はアレス王子様達が狩に行っているようなのです」
「私のアレスを危険なイノシシ狩にですか。あの男、フィリボ酢は何を考えて、水晶玉を見せなさい!あら、前を
走っているのはウサギじゃないですか。ウサギくらいなら怪我をすることも・・・ああ、追いかけているのはヘ
ファオンとフィロ太ね。ホホ、こんな走り方で追いつくのかしら。パルメ将軍、息子はまったく才能がないみたい
ね。こんな子達はどうでもいいのよ。私が見たいのはアレスよ。水晶玉よアレスを映してちょうだい・・・・・
キャー!・・・これは一体、ア、アレス・・・どうして誰も・・・アレス動いてはいけません!」
「アレス王子様がどうかしたのですか?」
「ああ、この子はいつも私に心配ばかり・・・ディオス神よ、お願いです、どうかアレスの命だけは・・・」
「おりん王妃様、しっかりしてください」

おりん王妃はヘナヘナと座り込み、慌てて抱き起こそうとした侍女も水晶玉を見て悲鳴をあげました。

「キャー!・・・・ラ、ライオンが・・・・誰か・・・・」

アレス王子の目の前に、大きなライオンが唸り声を上げていたのです。ライオンは口を開けてアレス王子めが
けて走ってきます。周りには誰もいません。王子一人が槍を構えて立っていました。

                                 −つづくー



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