新負土似亜物語(31)〜(35)



拍手お礼文(31)  「新負土似亜物語」(31)

アレス王子は手に持った自分の背丈よりもはるかに長い槍をグイと握り締めました。目の前には大きな口を開け
たライオンがいます。手のひらが汗でびっしょりになっていました。周りの者が大騒ぎをしていますが、彼に
その声は聞こえません。ライオンから目を離さずに、少しずつ距離を縮めていきます。

「アレス王子様、隙を見てお逃げください。そうしたら他の者があのライオンを・・・」
「灰色トス(グレートス)手出しはしないでくれ」
「しかし、王子様・・・」
「いくぞ!誰も手出しをするな!」

アレス王子は真っ直ぐ前に向かって走りました。ライオンも彼に向かって走ってきます。握り締めた槍の穂先を
ライオンの方に向けました。もう、すぐ目の前にいます。

「お前は神の血を引く子供だ。決して恐れるな」

どこからか声が聞こえてきました。同時に獣の鋭い唸り声も聞こえます。槍の穂先に大きな手ごたえを感じ、彼
は強く突き刺しました。恐ろしい唸り声が響きます。ライオンの体から血が噴出し、彼の手も体も真っ赤に染まり
ました。それでも彼は目をそらすことも力を抜くこともしませんでした。満身の力を込め、槍をさらに突きます。
ライオンの大きな体が地面に崩れ落ちました。

「アレス王子様、ご無事でしょうか?」
「僕はなんともない。父上に報告してくれ。ライオンを一人でしとめたと・・・・」



「おりん王妃さま、ごらんください。アレス王子様は見事にライオンを倒しました」
「そんな、まさか、あの子はまだたったの13歳です。戦に出たこともないというのにライオンなど・・・・」
「でも、見てください。ほら・・・・」

おりん王妃は水晶玉を覗き込みました。全身が血で真っ赤に染まったアレスがニコニコ笑いながら立っています。

「まあ、アレス、あんなに血だらけになって、怪我は、怪我はしてないでしょうね」
「大丈夫です。アレス王子様はニコニコ笑っていらっしゃいますから」
「いいえ、あの子は王子としての高いプライドがあるから、どんなにひどい怪我をして痛みに耐えていても、目下
の者に弱みを見せることはありません。私のアレスは誰よりも誇り高いのです。ああ、あの子は今激しい痛みに耐
えているに違いありません。誰がライオンのそばにあの子を・・・・」
「王妃様、フィリボ酢王様がいらっしゃいました。まあ、王様が血で汚れるのもかまわず、アレス王子様を抱き上げ
て泣いておられます。あの誇らしげなお顔、さぞかしうれしいのでございましょう。ああ、灰色トス様までが涙を
流して喜んでおられます。みなの歓声がここまで聞こえてきますわ。今度は灰色トス様が王子様を抱き上げ・・・」
「ちょっと待ちなさい。どうして灰色トスまでが、アレスを抱き上げるのです。汚らわしい!」
「あ、別にそれは灰色トス様がアレス王子様をどうこうしようとしているわけではなく、純粋に喜びを分かち・・」
「何が純粋な喜びですか!あの男、王と汚らわしくも喜びを分かち合い、ああ、おぞましい、早くアレスを下ろし
なさい。私のアレスをあのような男に汚されてなるものですか。思念波です。今すぐ思念波を送ってあの男に天罰
を下すのです。ああ、せっかくのアレスの活躍がこれで台無しに・・・・」




その頃、フィロ太とヘファオンの二人はまだウサギを追いかけて必死に走っていました。

「フィロ太、もっと速く走ってくれよ。またウサギを逃がしてしまった」
「なんだよ、ヘファオン。君の方が僕よりもっと遅いくせに」
「だってウサギは君の方に走っていったんだよ」
「もう夕暮れになるし、戻ろうか。アリス先生ならきっとうまくウサギを捕まえているよ。それを一匹もらおう」
「いやなら君はもう戻っていいよ。僕はもう少しウサギを追いかける」
「ヘファオン、僕達には無理だよ。あきらめて分けてもらおう」
「いやだ!分けてなんかもらわない。自分で捕まえる!」

いつになく激しい剣幕でヘファオンが叫ぶのでフィロ太は驚いてしまいました。

「そりゃ、僕達は何をやっても下手でいつもかっさんにバカにされているよ。でも、ここで楽して獲物を手に入れ
たら、僕達はずっとそうやって生きてしまうよ。だから僕は最後まで諦めずに自分の力でやる。もし捕れなかったら
かっさんに悪口を言われ、レ・鬼だ先生に叱られればいい。それが今の僕達なんだから・・・」
「わかったよ、ヘファオン。一緒にがんばろう」

二人はまたウサギを追いかけて、夕焼けで赤く染まった空の下を走り出しました。





拍手お礼文(32)  「新負土似亜物語」(32)

「きゃー!かっさん様、白馬に乗ってらっしゃいますわ。サラサラの長い金髪に白い馬がなんて似合うのでしょう」
「プトレ様は槍を持ってらっしゃいますわ、あ、灰色トス(グレートス)様も槍です。そしてエペロスのアレス
王子様は槍ではなく弓を持っていらっしゃいます。かっさん様も同じですわ」
「やっぱり、優雅な王子様は槍よりも弓矢の方が似合うのですよね。まあ、かっさん様、汗を布でお拭きになり
ましたわ。こういう動作の一つ一つがとっても優雅なのですよね。あ、弓が・・・・」
「まあ、シカを弓でしとめてしまいましたわ。優雅でいらしても、獲物をきちんと・・・」
「そなた達、何を見ているのです!」

水晶玉を見て盛り上がっている侍女達の側で、おりん王妃が恐い顔をしています。

「もう、ディオス神へ生贄を捧げる儀式が始まります。私達も行かなければなりません。水晶玉は早くしまいなさい」
「はい、王妃様、エペロスから来たアレス王子様もイノシシを弓でしとめたようです」
「フ、イノシシですか。弟のアレスは顔はよくても、狩の腕前は私の息子アレスにはかなわないようね。やはり
アレスは神の子。ライオンを一人でしとめるなど、他の者にはとてもできないことです。灰色トスはどうですか?
日頃力があることを自慢しているあの男だって、イノシシを他の男より多少多く捕えただけ。ホホ、ライオンを
倒した私のアレスにはとうていかなわない。神の力を授かり、世界を支配するのは私の子なのよ」
「あら、ヘファオン様はまだ走っていらっしゃる。フィロ太様も一緒に・・・あんまり速くないけど、走り方
がなんてかわいらしいのかしら。あのお二人、何をやるにも本当に一生懸命で・・・」
「そんな二人などどうでもいいのです。さあ、水晶玉を早くしまいなさい」

おりん王妃に言われて侍女達はしぶしぶ水晶玉を布で包んでしまいました。



さて、水晶玉にもあまりうつらず、誰にも注目されていませんでしたが、哲学者アリスに罠の作り方を教わっ
た小姓のパウは意外にもたくさんのウサギを捕えていました。そしてその毛皮を川の水で丁寧に洗い、縫い
あわせています。パウは手先がとても器用でした。

「ほう、なかなかうまく作っているではないか。何を作っているのかね?」
「はい、フィリボ酢王様に差し上げようと思いまして・・・」

哲学者の質問にパウは顔を赤らめて答えました。本当は手触りのいいウサギの毛皮で王様のための腰巻を作ろう
と思っていたのですが、それを言うのは恥ずかしかったので、適当に誤魔化しました。

「さあ、もう日が暮れる。そろそろみなの集まるところへ戻ろう」
「あの二人、ヘファオン様とフィロ太様は・・・・」
「どこまでウサギを追いかけていったのか。ここにたくさんあるから、分けてもらえばいいのに・・・」

そこに、ヘファオンとフィロ太が戻ってきました。ヘファオンの手には一匹のウサギがしっかり握られて
いました。フィロ太は自分達の弓や槍を持っているだけで、獲物は何も持っていません。

「先生、見てください。僕達もやっとウサギを捕まえました」
「おお、二人で協力して捕まえたか」
「すごい、たくさんのウサギが罠にかかったみたいだ。フィロ太はこの中のウサギをもらえばいいよ」
「いや、僕は一匹も捕まえられなかったからいいよ」
「それなら二人で一匹捕まえたと言おう」
「いいよ、ヘファオン、このウサギは君の獲物にすればいい。どうせ僕がウサギを一匹や二匹捕えたとこ
ろで誰もほめてはくれない。それどころか父上にまた叱られる」

フィロ太が寂しそうに言いました。彼の弟ニカ乃とヘク斗は13歳のヘファオンよりもっと年下でしたが、
アレス王子達と同じイノシシ狩りの方へ行っていました。弟達はきっとイノシシをしとめて父パルメ将軍
に褒められているでしょう。ウサギなど持っていってもがっかりされるだけです。

「アレスはきっと僕のウサギを見て喜んでくれるよ」
「僕もそう思う。だからヘファオン、このウサギは君が獲ったと言ってアレスに見せればいい」
「ありがとう、フィロ太。それじゃ来年、僕達がイノシシを捕えたら、君の獲物にしよう」
「僕達が来年イノシシを捕えるなんて、絶対無理だよ」
「それなら10年後、大人になった時なら、イノシシだって捕まえられるようになっている。約束する。次に
一緒に捕えた獲物は、君のものにしよう」

10数年後、ヘファオンとフィロ太が大人になった時、二人はもう一緒に狩をすることなどできなくなって
いました。けれどもこの時二人はまだ自分達の未来について深く考えてはいませんでした。

「さあ、早く行かないと日が暮れる。フィロ太、ヘファオン、獲物を運ぶのを手伝ってくれないか」
「はい、先生」

哲学者アリス、ヘファオン、フィロ太、そして小姓のパウはウサギを袋に入れ、夕日の中を歩いていきました。
一匹のウサギはヘファオンの、そして毛皮で作った腰巻はパウの手にしっかりと握られています。




お礼文33  「新負土似亜物語」(33)

哲学者アリス、小姓のパウ、ヘファオン、フィロ太の4人がフィリボ酢王達のいる狩の本隊のところにやって
きました。たくさんの天幕が張られ、中央には大きな焚き火もあります。あたりはすっかり暗くなり、焚き火
のまわりに大勢の人と捕えたばかりの獲物が集まっていました。

「おお、アレス王子、お前もイノシシを槍でしとめたのか」
「はい、私のしとめた獲物など、とても陛下のアレス王子様にはかないませんが・・・」

名前は同じですが、今フィリボ酢王が話しているのは、おりん王妃の弟でエペロス国から来たアレス王子の方
です。フィリボ酢王のそばに駆け寄ろうとしたパウは足を止めてしまいました。あのアレス王子がしとめたと
いう立派なイノシシに比べれば、自分が罠で捕まえたウサギなど子供の遊びと同じです。急に恥ずかしくなって
ウサギの毛皮で作った腰巻をそっと王の荷物が置いてある天幕の隅の方に置いておきました。

「まさか、こんなところでライオンが出るとは思わなかった」
「あの二人が近くにいなくてよかったよ。あいつらが生きたライオンを間近で見たら、絶対漏らしていた」
「おい、かっさん、お前まさか漏らしたのか」
「失礼な、俺は感じて濡れることはあっても、漏らすことなど絶対無い」
「もう経験あるのか」
「当たり前さ。そんなこととっくに経験している。プトレはまだか」
「俺か、もちろん俺だってずっと前に経験した。男も女も両方さ」
「へえ〜両方経験があるのか。それでどっちがよかった」
「それはまあ・・・そんなことよりほら、アレスが来るぞ。頭に何かかぶっている」

焚き火の側で話しているのはプトレとカッサン、そしてあの二人というのはヘファオンとフィロ太のことを
指しています。実を言うとこの二人もまだ経験などなかったのですが、とっさに強気になって互いにうそを
言ってしまいました。だから二人とも話題をそらそうと必死です。

「何をかぶっている。ライオンの皮だ!ライオンの頭がちょうど頭のところにきている。神のようになって
踊っているよ」
「まったく大したヤツだ。ライオンを一人でしとめるとは・・・・」
「アレスは人間じゃない。神の子だ」
「ああー、あそこにライオンが!」

いつの間にか側に来ていたヘファオンが叫びました。

「よく見ろよ。ライオンはもう死んで頭と皮だけになっている。アレスが捕まえたんだ」
「すごい、やっぱりアレスは特別だ。僕達とは違う」

焚き火の周りでライオンの毛皮を身につけて踊っているアレス王子の側に、ヘファオンが近づきました。

「アレス!君はこんなに大きなライオンを一人で・・・」
「ヘファオン!お前はウサギを捕まえたか?」
「たった一匹だけ。でも見て、ホラ・・・」

アレス王子は踊るのを止め、焚き火の明りでヘファオンが手に持つ小さなウサギをじっと見ました。長い間
何も言わずに立っています。そしてアレス王子の目は潤み、ヘファオンを抱きしめました。

「ど、どうしたの、アレス?」
「すごいじゃないか、ヘファオン。お前が自分の力でこのウサギを捕まえたのか」
「でも、君のライオンに比べれば、僕のウサギなんて・・・」
「俺は神から力を与えられた。どんな獲物でも与えられた力を使って獲ることができる。でもお前は・・・
何の力も与えられていない。そのお前が必死に追いかけて捕えたウサギは、俺のライオンよりもよほど価値
がある。ヘファオン、お前はよく頑張った」
「ああ、ちょっとまってアレス、これじゃあ苦しいよ」

二人を見ていたプトレはフィロ太に話しかけます。

「あのウサギ、二人で協力して捕まえたんだろう。譲ってやったのか」
「違うよ、あれはヘファオンの獲物だ。それに僕がウサギなんか持ち帰っても、父上は喜んではくれない。弟
達にだってバカにされるにきまっている」
「お前はこの前の羊の柵追い大会でも、俺の頼みを聞いてくれた。お前のよさはいつかきっとパルメ将軍だって
わかってくれる。そうがっかりした顔するな」
「やっぱりそうか、プトレの初めての相手はフィロ太か」
「そうだね、かっさん。僕が覚えている限り、最初に話をしたのはプトレかもしれない」

かっさんの言う意味がまったくわかっていないフィロ太は、少し元気を取り戻して明るく答えました。




「今夜は実にめでたい夜だ。さあ、パウ、お前もいつもわしにワインを運んでばかりいないで、たまには
飲んでみろ。上等のワインだ。この前のようにあまり酸っぱくもない」
「はい、では少しだけいただきます」
「なんだ、これは。わしの荷物の中にこんな物が入っているぞ」

焚き火の前に置かれた椅子に座り、フィリボ酢王は機嫌よくワインを飲んでいました。今夜のワインはパウも
よく調べましたし、けっしてワインビネガーではなく本物です。その王が荷物の上にあったものを何気なく
つまみあげました。

「あ、申し訳ございません、これは・・・」
「毛並みのよいウサギだ。お前の物か」
「あ、はい、私の物です。間違えてここに置いてしまい、なんてお詫びをしたらよいか・・・」
「丁寧に作ってある。腰巻か、寒い夜にこれを身につければさぞ心地よく寝られるだろう。パウゆずってくれるか」
「は、はい、陛下がお望みなら喜んで・・・」
「この手触り・・・まるでお前の中のようだ。暖かくて心地よい。今夜はずっとそばにいてくれるか」

フィリボ酢王がうっとりした声で言ったので、パウは真っ赤になりました。王はパウの作った毛皮をいとおし
そうになでています。パウは幸せでした。




お礼文34  「新負土似亜物語」(34)

ディオス神を称えるディオッソスの祭りでは、生贄の獲物を神に捧げた後、大きな野外劇場で劇を見るのが
ならわしになっていました。アレス王子はその劇をもう何度も見たことがありますが、ヘファオンやフィロ太
そしてプトレやカッサンにとっても初めての観劇です。いつもならとっくに寝ている真夜中、馬で狩場から
野外劇場に移動しました。

「おい、ヘファオン、どうしたんだ?まっすぐ歩けよ」
「うーん、僕もう眠いから・・・」
「やっぱりお前やフィロ太はまだ子供だな。俺なんかもうすっかり大人だからこうした行事に参加する時は
気持ちが引き締まって目がさえてくる」

カッサンが威張って言いました。アレス王子とヘファオンが13歳、カッサンとフィロ太15歳、プトレ18歳
で特別彼だけが大人という年齢ではないのですが、こう言いたがるのがカッサンです。

「でもカッサン、さっきあくびをしていたけど・・・」
「うるさいなー、おい、フィロ太、お前劇の内容が恐いからと言って俺にしがみついたり泣いたりするなよ」
「えー!そんなに恐いの?」
「ああ、本格的な劇だからな。毎年泣き出す子供がいるって・・・」
「僕はもう子供じゃないよ」
「だったら泣くなよ。恐いぞ・・・ヘファオンとフィロ太、どうなるかな」
「おい、カッサン、あんまり2人を苛めるなよ。そこ坂道だぞ。しっかり足元を見て歩けよ。松明を持ったまま
転んだら大変だから」

ついに年上のプトレが注意をしました。そして5人は野外劇場の観客席に座ります。恐がらないようにと後ろの
方の座席に座りました。

「おい、そこでさっき聞いたんだけど、今年はおりん王妃様も劇に出るって・・・」
「えー!もしかして狂った王妃の役で・・・」

アレス王子が慌てて聞き返しました。彼だけは毎年この劇を見ているので内容はよくわかっています。でも、自分
の母とその侍女であるマイナスの巫女が今年は参加するとあって、緊張で顔が赤くなります。

「なーんだ、おりん王妃様が出るなら、ちっとも恐くなんかないや」

ヘファオンがのんびりとそう言って、食べかけのパンをかじりました。

「バカ!だからよりいっそう恐くなるんだよ!ア、ごめん、アレスの前で・・・・」

さすがのカッサンもちょっとマズイことを言った気がつき、静かになりました。あの王妃様が劇に出るなんてどれ
ほど恐ろしくなるか、想像するだけで手にびっしょり汗をかいていました。




「フィリボ酢王様、アレス王子様は狩でライオンをしとめられたとか。本当におみごとでございます」

他の観客席から離れた特別の席に座ったフィリボ酢王に貴族のアツ太郎が近づいて来ました。

「実は陛下、ここでご紹介するのもなんですが、姪のエウリでございます。祭りに来たものですから、
ぜひご紹介しようと思いまして。両親を早くに亡くし、私が世話をしております」
「おお、これはきれいな娘だ。お前が日頃自慢するわけだ。いくつになる?」
「13でございます」
「息子のアレスと同じ年か。アツ太郎、諮ったな。先にわしに紹介した後、次は息子にと・・・」
「いいえ、陛下、ここだけの話ですが、実は私は陛下にと・・・」
「何を言っている。わしにはもう王妃が7人もおる。それにあのおりんときたら・・・女はもうコリゴリだ」
「ですが、陛下にはまだ正式のマケドニア貴族の生まれである王妃はおりません。おりん王妃様についての
数々の噂、失礼ですがアレス王子様を跡継ぎとするには問題がいろいろと・・・」
「何を言う!わしの跡継ぎはアレスだ。あれには最高の教育をしている」
「失礼いたしました。では、私はこれで・・・」
「待て、そのエウリという娘置いていけ。美しい娘の隣で劇を見るのも悪くはない。どうせ今日はおりんが
出る。舞台より横を見ていた方が酒もうまい」
「そうでございますとも、小姓などがお相手するよりも・・・」

小姓と言われ、フィリボ酢王の隣にすわっていたパウはドキリとしましたが、彼は王の考えが手に取る
ようにわかったので、そっと自分の席を若いエウリに譲り、自分は離れた場所に座りました。王の席以外
は観客がびっしり座って込み合っています。皆、皮袋からワインを飲み、パンやお菓子などをかじりなが
ら劇が始まるのを待っています。パウはフィリボス王のために持ってきた大きな皮袋のワインを少しカップ
に出して口に入れました。王のための最高級のワイン、一口飲むだけで体がカアーっと熱くなります。いけ
ないと思いつつもパウはそのワインをまたカップについで、二杯目も飲み干してしまいました。




お礼文35  「新負土似亜物語」(35)

「おりん王妃様、フィリボ酢王様の隣に見慣れぬ美しい娘が座っているのですが・・・」
「美しい娘?暗いのでそなたの見間違いではないか。最近あの男は小姓にばかり夢中になって女にはちっとも
興味を示さない。もっとも片目が潰れていて、女は恐がってしまうのだろう。ホホ、男ならどれほど寵愛され
ても子ができるわけがない。知らん顔していなさい」
「いえ、あれはどう見ても小姓ではありません」
「見せなさい、どこに娘がいるというのです?」

ディオス神の祭りのための劇が始まろうとしています。今年は今まで招いていた劇団員がこれなくなったので、
急遽おりん王妃と侍女達が劇を演ずることになりました。祭りの時は何があっても劇を上演しなければいけない
のです。マイナスの巫女であり、気が狂って我が子を殺し王国を滅ぼすことになる王妃を演じるおりん王妃、衣装
を身につけ、顔に化粧をすればいつもよりもさらに迫力が増します。

「まあ、おりん王妃様、本当によくお似合いで・・・」
「ちょっとダメじゃない。王妃様はあくまでも特別に劇に出演されるのよ。お似合いなどと言ったら・・・」
「ホホ、いいのです。みなが私をどう噂しているかよく知っていますから」

おりん王妃、出演者を隠しているカーテンの隙間からそっと観客席を見ました。松明の炎が席を明るく照らして
います。フィリボ酢王とその隣にいるアツ太郎の姪エウリの姿が目に入りました。

「まあ、あの小娘、あんなうれしそうな顔をして王に顔を摺り寄せている!」
「そうですか、なんだか嫌がっているように見えますが・・・お気の毒に・・・」
「お黙りなさい!ああ、頬にあの男の唇が!ああ、汚らわしい!神聖な祭りの劇場でこともあろうにこのような
態度を取ろうとは・・・神をも怖れぬあの態度、今にディオス神の神罰が下るでしょう」
「おりん王妃様、そろそろ出番でございます」
「マイナスの巫女達よ!あわてることはない。この舞台をいつも儀式を行う山と思えばいいのです。観客はみな
山の木々やそこに隠れる獣達、そう思いなさい」
「やっぱりアレス王子様はライオン、ヘファオン様やカッサン様は若い牡鹿でしょうか?」
「あら、王子様がこう斜めに首を傾ける仕草、風の音を聞く鹿のように優雅なのですよ」
「つまらぬことを言っている場合ではありません。行きますよ!ああ、ディオス神よ、私はあなたに全てを捧げま
す。どうか我が子アレスをこの国と、そして広く世界を支配する王にしてくださいませ」




「ねえ、アレス。まだ始まらないの」
「もうすぐだよ。今年は劇団の人間が演ずるんじゃないからいろいろ打ち合わせがあるみたいだ」
「僕、なんだか眠くなってきた」
「始まったら起こしてやる。寝ていいぞ、ヘファオン」
「うん」

ヘファオンはアレス王子の膝の上に頭を乗せました。夜風は涼しく、頭の上に星空が見えます。アレス王子の衣装
から香のよい香りがしてヘファオンは夢見心地になりました。アレス王子もヘファオンの柔らかな髪に手を添え、
よい気分です。隣の席にはカッサン、そしてその向こうに座っているプトレとフィロ太もやっぱり互いに肩をもたれ
あってウトウトしています。みんな今日の狩で馬に乗り、あるいはウサギを追いかけて走り回っていたので疲れて
いました。ただ1人目がギンギンに冴えているのはカッサンです。実はカッサン、イノシシ狩をマジメにやらずに
途中昼寝をしていました。だからちっとも疲れていないのです。

「おい、お前ら、もうすぐ始まるぞ!」
「う〜ん、わかっている」

返事はありますが、なんだかみんな寝ぼけています。そしていよいよ劇が始まりました。マイナスの巫女達がみな
手に松明を持ち、舞台の上で踊っています。中央にいる一際威厳のある巫女はおりん王妃、その目が妖しく光り、
なんだか自分の方を睨んでいるようにカッサンには感じられました。音楽が激しく鳴り響きます。観客席の松明
はいつの間にか消され、近くに座っている仲間の顔もよく見えません。舞台の上の炎と踊りの激しい渦、目を逸
らすことのできないカッサンは背中に冷たい汗が流れ、足がガタガタ震えているのを感じます。叫び声を出したい
のに、口をあけても声が出ません。胸がドキドキして息苦しいくらいです。それなのにまわりのみんな、シーン
と静かにしています。

「うわー・・・だ、だれか・・・」

カッサンの口がパクパク動き、手足が激しく震えました。

「ああ、アレス、いい気持ちだ。僕眠くなった」
「ヘファオン、一緒に頑張ってウサギ捕まえよう」

ヘファオンやフィロ太達はすっかり夢の中にいました。


                             −つづくー




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