拍手お礼文(41)
3日間馬に乗ったり歩いたりの行軍が続き、手倍(テバイ)宛内(アテナイ)連合軍が待ち構えている戦場に
着きました。皆、それぞれの役割によって別の場所の天幕に寝るよう指示されました。アレス王子はフィリボ
酢王やパルメ将軍のすぐ隣に1人用の天幕、プトレとカッサンは灰色トス(グレートス)率いる騎馬隊の集まる
場所に張られた天幕、そしてヘファオンとフィロ太は小姓達が控えている小屋の隣に張られた天幕に寝るよう
支持されました。2人は明日、戦いには出ずに小姓と一緒に怪我人の手当てと武器の補給をするよう命じられて
いました。夜、早めの夕食を小姓達と一緒に取り、2人は天幕に戻って寝る用意をしました。
「アレスのところへ行ってもいいかな」
「だめだよ。今夜は遅くまで作戦会議がある。明日の夜にした方がいい」
「でも、もしアレスにもしものことがあったら・・・・」
「彼に限ってそんなことは決してない。僕の父もアレスのことはいつも褒めている。あの若さであれだけ才能
のある人間はいないって・・・でも、どうして初陣で指揮官まで任せてしまうのか・・・初めての戦いは後ろの
方にいて自分のそばに来る敵を倒すのが精一杯で、とても他の人のことをかまう余裕などなかったって言うし、
ましてアレスはフィリボ酢王の跡継ぎであるのに・・・あんな目立つ鎧兜を身につけて先頭を走ったら真っ先に
敵に囲まれてしまう・・・ああ、そうだ、おりん王妃様が出発前何か言ってたよな」
「うん、いつも体に巻きつけているヘビまで忘れて大慌てでやってきたね」
「アレスのことあんなに必死に止めるなんて、占いで何か悪い結果でも・・・ああ、どうしよう」
「心配しなくてもいいよ。アレスが敵にやられるわけがない。彼は特別だから・・・」
「いくら特別でも大勢の敵に取り囲まれたら・・・大変だ、今回アレスが指揮するのは一緒に訓練した灰色トス
の隊ではない。フィリボ酢王様が直接訓練している隊だよ」
「すごいよ、アレスは・・・そんなすごい隊の指揮官をやらせてもらうなんて・・・」
「これは大変なことになるかもしれない。いいか、ヘファオン、僕達のすぐ側に小姓達がいる。これから先本当に
小さな声で話すんだ」
「小姓に聞かれてはマズイの?」
「うん、これはアレスの命にかかわるかもしれないんだ」
フィロ太は天幕の入り口から顔を出し、外の様子を確かめました。あたりはすっかり暗くなっていましたが、人
のいる気配はありません。入り口を厳重に閉め、小さな声で話し始めました。
「フィリボ酢王様は、アレスが戦死することを望んでいるかもしれない」
「えー!ど、どうしてそんな・・・だってアレスは王様の本当の子で、間違いなく跡継ぎであるし・・・」
「ヘファオン、大声を出すなと言っただろう。いいか、アレスが王の子であることは間違いない。でも跡継ぎ
というのは・・・この前の劇の時、フィリボ酢王のそばに綺麗な女の子が座っていたの覚えている?」
「うん、覚えているけど・・・」
「これは父から聞いた話で、父の立場にもかかわるから絶対しゃべらないでくれよ。フィリボ酢王はその女の子
エウリとの結婚を考えているらしいんだ」
「そんな!それじゃ、アレスはどうなるの?」
「だから王様は密かに邪魔になるアレスの戦死を願い、指揮官に任命した。アレス1人が真っ先に飛び出し、
他の兵がすぐについてこなかったらどうなる・・・」
「ひどい・・・アレスは敵に囲まれ殺される。わかったよ、フィロ太、僕はすぐにアレスのところへ行って
このことを伝える。指揮官なんかやめて後ろに引っ込んでいた方がいいって言うよ」
「待て、ヘファオン。今更作戦の変更なんかできない。それにこれは今僕が考えただけの話だし、王様はそんな
こと全然考えてないかもしれない」
「そうだよ、そんなことあるわけない。脅かさないでよ、フィロ太」
「まあ、あんまり深刻に考えなくてもいい。僕にいい考えがあるから」
「いい考えって何?」
「ヘファオン、これ覚えている?」
「ああー!この毛皮は・・・なんでこんな物もってきたの!」
「大きな声を出してはいけないと言ったはずだ」
「わかっているよ、でもこんなもの、覚えているよね、フィロ太、僕達この毛皮のせいで酷い目に合ったんだよ」
「覚えている、よく覚えているさ。だからわざわざ荷物に入れて持ってきた」
フィロ太が取り出したのはずっと前、羊の柵追い大会の時プトレに手渡されたオオカミの毛皮でした。アレスの
妹クレオが好きだったプトレは、優勝候補の灰色トスの邪魔をするためにフィロ太にその毛皮を着て羊を混乱
させてくれと頼んだのでした。その結果、フィロ太がどんな大変な目に合い、ヘファオンまでそれに巻き込まれ
てしまったことは2人ともよく覚えています。
「まさかフィロ太、このオオカミの毛皮を使って敵の馬を混乱させようと考えているわけではないよね」
「そんなこと考えるか。でも、オオカミの毛皮には強い魂が宿るというから、僕が死んだらこの毛皮をお墓の中
に一緒に埋めて欲しいんだ・・・」
「一緒に埋めて欲しいなんて・・・僕はもう二度とあんな思いしたくないよ。だって頼りにならない君と一晩中
森の中さ迷ったんだもの・・・え、お墓に埋めてくれって・・・それどういう意味・・・」
「ヘファオン、君の声は大き過ぎるから秘密の話がまったくできない」
「ごめん、気をつけるよ・・・でもどうして君が・・・」
「大きな声出さないでくれよ」
フィロ太は小さな声でゆっくり話し始めました。
お礼文(42)
「僕が死んだらこのオオカミの毛皮を一緒にお墓に埋めて欲しい」
「え、死んだらって、それ、どういう意味!」
ヘファオンはびっくりしました。戦場になる場所のすぐ近くまで来ていて、明日には戦いが始まるということ
はよくわかっています。戦いならば当然負土似亜軍の兵士も大勢死んだり怪我をするでしょう。でもヘファオ
ンはアレス王子やカッサン、プトレなどが死ぬことなどまるで想像できません。まして戦いに直接参加しない
自分とフィロ太が死ぬなど思いもよらないことです。
「僕達は死ぬわけないよ。だってこっちの方で控えているんだもの」
「僕も最初はそう思っていた。でも万が一のためにこのオオカミの毛皮も持ってきた。死んで生まれ変わった
時に、また今みたいに弱い男でなんか生まれたくないもの。誰よりも強くなって指揮官となり、先頭で戦う」
「君のお父さんはパルメ将軍だもの、きっとそういうチャンスもあるよ」
「今の僕では指揮官になる日など永遠に来ない。もううんざりだ!いつも父に怒られ、みんなにバカにされて
いる。弟の方が先に戦いを経験してしまう。何もかもいやになった。こんな命、捨ててもちっとも惜しくは
ない。アレスのために使う!」
「ちょっと待ってフィロ太、大きな声出してはいけないって・・・・」
「ああ、そうだった、小さな声で話す。僕は夜明け前にこっそりアレスの天幕に行き、彼の鎧兜を身につけて
隠れている。そして戦いが始まると同時に馬に乗って飛び出す」
「アレスは僕にだって鎧兜なんか貸してくれないよ。見せてだってくれない。王家に伝わる貴重なものだからって」
「彼には話さない、こっそり持ち出す。たくさん持っているからバレないだろう」
「人のもの、勝手に持ち出したら泥棒だよ。ましてアレスは王子なんだから下手すれば牢屋に閉じ込められる」
「泥棒になって牢屋に閉じ込められるか・・・ハハハ・・・君らしい」
フィロ太は笑い出しました。ヘファオンは何故彼が笑ったか理解できず、ムッとして口をとがらせます。
「どうして笑うんだ、僕は君のこと心配しているのに・・・大体君はすぐ人の言いなりになって大変なことを
引き受けてしまう。あの時だってプトレは自分が優勝したくて君にオオカミの毛皮なんか着せた」
「わかっているよ、でもあの時オオカミの毛皮を身につけたら、自分がほんの少しだけでも強くなれたような
気がしたんだ。オオカミの毛皮には強い魂が宿っている。僕は明日アレスの鎧兜を身につけて戦場に飛び出す。
敵は僕をアレスと間違えて一斉に攻撃してくるだろう。もし、味方がすぐに助けにこなくても、殺されるのは
僕一人だ。本物のアレスが突撃した時、二度も見殺しにすることは彼らにはできない。もしそういうことが
あってもアレスの命は助けられる・・・」
「でもフィロ太、君はどうなるの?」
「早く死んで強い男として生まれ変わりたかったからちょうどいいよ・・・アレスの身代わりになって死んだ
とわかったら、父上だってきっと褒めてくれる。今まで一度も褒められたことなんてなかったから、どんな言葉
を言ってもらえるのか、それを聞きたかったけど・・・・」
「だめだ、フィロ太!身代わりになって死んで、そんなことで褒められたりはしない!」
「ヘファオン、声が大きい!」
「聞こえたって構うものか!君がアレスの身代わりになって死ぬなんてそんなの許せない!どうして君1人が
それをやろうとするんだよ。このことをプトレやカッサン、そしてアレスにもきちんと伝えて考えよう」
「でも、こんなことをアレスが知ったら、彼はどんなに悲しむか。何も知らせない方が・・・」
「君が死んだ方がもっと悲しむ!どうして知らせなかったって僕が絶交されるよ。僕はアレスの隣で戦うこ
とはできない。でも彼が何を望んでいるか自分のことのようによくわかる。とにかくプトレ達に相談してどう
したらいいか考えよう。そのオオカミの毛皮、今は使わないからどこかにしまっておいて」
「ヘファオン・・・」
「僕達は怪我人の手当てや武器の補充をするためにここへ来ているんだ。戦いに出ないで君の不注意で死んでも
絶対にオオカミの毛皮なんか一緒に埋めてやらないからな!弱虫で意気地なしのフィロ太の墓だって大きな字
で書いてやる。みんなの笑いものにしてやるからな!」
「ヘファオン、わかったからもういい、君の言うとおりにするから・・・」
「わかってない、ちっともわかってない。君が死んだら困るのは僕なんだよ。こんな夜に1人でみんなにバカ
にされながら武器の手入れをしなければならない。君がいるから少しは安心できる」
「それ以上言うな。それじゃ、プトレ達のいるところへ行こう」
同じ頃、大きな天幕にフィリボ酢王、アレス王子、アツ太郎、灰色トス(グレートス)パルメ将軍など指揮官
すべてが集まり作戦会議を開いています。その中にはフィロ太の弟ニカ乃もいました。彼は初陣だというのに
百人ほどの騎馬兵の先鋭部隊を任されているのです。ニカ乃は父パルメ将軍に小声でささやきました。
「自分の役割と配置はよくわかりました。僕は兄上が心配なので、ちょっと抜けてもいいですか?」
「フィロ太のところに行くのか?会議はまだ終わってない」
「自分の隊について心配することは何もありません。でも兄上が・・・無茶なことをするのではないかと・・・」
「あいつのことは心配しなくても、ヘファオンがそばにいる」
「だから心配なんです。アレス王子の親友なんであんまり言ってはいけないと思いますが、彼は本当になんて
いうか、あまりにもその、やることなすことすべてどこか抜けていて・・・」
「ハハハ・・・わしもそう思っておる。だからフィロ太にはちょうどいい」
「でも、兄上は彼とは違って父上の子というプライドがありますから・・・」
「ヘファオンにだってプライドはあるさ、アレス王子の親友だという高い高いプライドがな。心配しなくても
お前の思っているようなことをフィロ太はしない。お前は自分の隊のことだけを考えろ」
「どうしてわかるのですか?」
「フィロ太もお前もわしの子じゃ、何を思い何を考えているか、わしには手に取るようによくわかる。我が子
のこともわからずに、敵の裏の裏をかき、作戦をたてることなどできないだろう。ハハハハ・・・」
「パルメ将軍、自信がありそうですなあ」
急にアツ太郎に話しかけられ、パルメ将軍はドキリとしましたが、そこは百戦錬磨の将軍です。顔色一つ変えず
に切り返しました。
「わしの息子はみな優秀であるからな。アツ太郎、司令官に任命されても命が惜しいなら後ろにさがっている
がよい。お前にはお前の計画があるのだろう」
アツ太郎の顔色が見る見るうちに変わりました。パルメ将軍はニカ乃の耳元で囁きました。
「あいつは信用するな。お前はアレス王子のそばを離れるなよ」
お礼文(43)
宛内(アテナイ)・手倍(テバイ)連合軍との戦いを明日にひかえ、負土似亜軍ではフィリボ酢王を中心に夜遅く
まで作戦会議が続けられていましたが、やがてそれも終わりみなそれぞれの天幕に帰っていきました。けれども
アツ太郎だけはただ一人残り、フィリボ酢王に小さな声で話しかけました。
「陛下、明日の予定は本当に前にご相談したとおりでよろしいのですな」
「アレスのやつ、見栄座に行っておる間に見違えるほど成長した。目を輝かせ、頬を紅潮させて戦いについて語る
様子、昔のわしとよく似ておる。あの年齢の頃は手倍の人質で、いつ殺されるかわからぬ不安に怯えていたが、そ
れでも手倍のよく訓練された兵士と作戦の見事さに驚き魅入られた。その手倍とこうして戦うことになり、そして
一人息子を失うことになるとは・・・・」
「宛内・手倍連合軍との戦いは必ずや長い間語り継がれるでしょう。かって併留宇斜(ペルシャ)と三百人で戦っ
た酢派留多(スパルタ)のレ・鬼ダ王のように長く語り継がれ、アレス王子様は英雄として祭られるのです。裏切
り者として処刑されるよりどれだけアレス王子様にとっても幸福なことか・・・」
「しかし、アレスは何もわしに刃を向けるようなことはしないだろう」
「お忘れですか、アレス王子様のお母上はあのおりん王妃様なのです。生かしておけばおりん王妃様の差し金で
必ずや陛下やこんど生まれてきますエウリの子に禍をもたらします」
「確かにいつまでもエウリのことを隠すわけにはいかん。子が生まれるまえにぜひとも王妃として迎え、正式な
世継ぎとして負土似亜の民に知らせたい。だが・・・アレスもわしの子じゃ・・・」
「情けに溺れては陛下のお命だけでなく国を滅ぼすことになります。ここは一つご決断を・・・パルメ将軍もおそ
らく一人の子を失うことになるでしょう。彼も気の毒に、できのよい子の方を戦場に出さねばならないとは・・」
「彼の子は死んだりはせぬ。もうよい、アツ太郎、お前も下がっていろ。エウリはこの近くまで来ているのか?」
「はい、近くまで来させています。ですが陛下、あの子のお腹には大事なお世継ぎが、くれぐれも無理をなさら
ぬようにお願いいたします・・・」
「王が呼んでいるのだ、直ちにエウリをこの天幕まで連れてこい。お前の顔なぞ見ていては酒がまずくなる。美し
い女と酒を飲みたい。もうすぐ王妃になるということでいっそう輝きをましてきた。早く連れてこい!夜が明けて
しまうではないか!お前自身が直接連れてくるのだぞ。でなければ時期将軍の位はやれぬ」
「は、はい、かしこまりました」
アツ太郎は慌てて天幕の外に飛び出しました。戦いの前だからでしょうか?丸い大きな月が赤く染まっていました。
「ど、どうしましょう。灰色トス(グレートス)様のお姿を見ようと水晶玉を覗いたら、こんなものが見えて
しまって・・・」
「何よ、早く見せて、私はカッサン様が見たいのよ・・・まあ・・・どうしましょう。これ、おりん王妃様
はご存知ないことですよね」
「フィリボ酢王様のそばにいる子、ヘタイラではないわよね。なんだかお腹も大きくなって・・・」
「当たり前よ!ヘタイラならこんなに心配しないわ。あれはアツ太郎大臣の姪のエウリよ」
「アツ太郎大臣、最近ずいぶん威張っていると思ったら、こんな秘密があったのね」
「でもそうしたらおりん王妃様はどうなるのかしら・・・」
「そなた達、ずいぶん騒々しいですね。何事ですか!」
侍女達の前に来たのはおりん王妃です。
「あ、王妃様、あの、アレス王子様とかカッサン様の姿を水晶玉で見ていたところです。みな、鎧兜を身に
つけると見違えるほどりりしくなられると噂していたのです」
「ホホホ・・・そなた達、今はまだ真夜中、アレス達は天幕でぐっすり眠っている頃でしょう。王が何か
しでかしたのですか?私の占いはよくあたる。王の最も愛する者は私やアレスではなくあの小娘・・・身重
の体で戦場まで連れていくなんてよほど愛しているのね。まあ、こんなにはっきり二人の姿がうつるなんて
フィリボ酢は王とは名ばかりのけだもののような男、戦の前ほど興奮して情欲が抑えられなくなるのでしょ
う。ホホホ・・・思う存分愛するがいいわ、私が見ている前で・・・そしてこの小娘は飛んでくる矢か槍に
あたって死ぬのでしょう。どんな顔するのかしら・・・自分の血を分けた息子すら殺して王妃にしようとし
た女が目の前で死ぬなんて・・・ああ、楽しみだわ・・・」
「王妃様・・・・」
「そなた達も祈るのよ。そうだわ、山に行って祈りましょう。この小娘、ただ矢にあたって死ぬのでは許せ
ない。先に王が戦死し、裏切り者アツ太郎が処刑され、何ヶ月も死の恐怖を味わいながら子を産んだ後に
殺されるのよ。目の前で赤ん坊が殺されて絶望に叫ぶ中・・・・ホホホホ・・・オーホホホホ・・・」
恐ろしい笑い声をおりん王妃があげるので、侍女達は怖くなってひとかたまりになって立っています。けれ
ども王妃の命令があれば一緒に山へ行き、呪いの儀式を行わなければなりません。おりん王妃は歩き始め
ました。
「でも私達、これでアレス王子様の命を助けることになるのよね」
「そうよ、カッサン様とかヘファオン様も・・・エウリはかわいそうだけど、あの子は運が悪かったのよ」
「そうね、そう思うことにしましょう」
小声でボソボソ囁きあいながら、侍女達も暗い道をついていきました。
お礼文(44)
「さあ、みなの者、今こそディオス神に向かって祈るのです。愚かな王フィリボ酢が敵の矢にあたって死ぬ
ように・・・オーホホホ・・・エウリという小娘、王が死んだらどうするのかしら?きっと私にすがりつい
て命乞いをするのでしょうね。あのようなおおきなお腹をかかえて・・・」
「でもおりん王妃様、本当にエウリは戦場近くまで行ったのでしょうか?どこか別のところにいたら、やは
りフィリボ酢王様の愛するアレス王子様が犠牲になられては・・・」
「そなたも見たでしょう、あの水晶玉に何がうつったか。心配する必要はない。王の心は私にはよくわかる。
あの男、アレスのことなど少しも愛してはいない。この戦いだって戦死を望み、わざと司令官に任命した。
血を分けた自分の子、私のかわいいアレスの死を望むとは・・・許せぬ!愚かなフィリボ酢よ。毒矢にでも
あたってうんと苦しんで死ぬがよい。ディオス神よ、特別な白い牡牛を生贄に捧げます。どうか願いを聞き
入れてください。我らが信じる唯一の神よ、我らの願いを聞きたまえ〜」
裏山では夜遅くまでおりん王妃と侍女達の儀式の声が聞こえていました。
その頃、フィリボ酢王の護衛隊の1人となったパウは見張りの任務を終え、自分の天幕に向かいました。パウ
は今までに何度もフィリボ酢王に付き添って戦場近くまで来たことがあります。でも、小姓の時と護衛兵にな
った今では身につけている鎧兜や剣の重さがまるで違います。今まではただ王のそばに仕えるだけでしたが、
明日は自らが敵陣に飛び込み、人を殺さなければならないのです。
「陛下もそろそろ作戦会議が終わってお戻りになられるころだ」
足は自然にフィリボ酢王の寝る小屋に近づいていました。明日の戦いで命を落とすかもしれない、その前に
一言でもいいから王に言葉をかけて欲しい、密かにそう思いました。もちろん今宵王と同じベッドに寝るの
は自分ではなくすっかりお気に入りになったパウサという名前の小姓だということはわかっています。大人
になった自分は側で仕えることは許されなくても、命がけで守るという気持ちに変わりはない、そのことを
伝えたいと考えていました。フィリボ酢王のいる小屋はまだ明りがついていました。外の見張りに立つ小姓
の姿は見えません。パウは不審に思いながらもそっと近づきました。
「エウリ、遠慮することはない、もっと近くに寄れ」
「でも陛下、私のお腹には今大切な陛下の御子が・・・もしものことがあれば私は・・・」
「わかっておる、わしとて無理はせぬ。ただ近くに来ておくれ。明日は多くの血が流れる。わしの決断は
間違ってはおらぬ、そうだろう?」
「陛下はどんな時でも負土似亜のために戦っておられるのです。間違いなど犯すはずがありません」
「負土似亜のため・・・おお、そうだ、負土似亜のためにこれ以上の決断はない。あの子が跡継ぎとなれば
あの女が猛威をふるい、必ずや国は滅びてしまう。しかたのないことなのだ。アレス、不幸なわしの子・・」
その時遠くから鋭い悲鳴が聞こえました。森の奥の方です。パウは手に松明を持ち森に向かって歩いて行き
ました。男達の声が聞こえます。
「へへ、そう騒ぐではない、かわいがってやろうとしているのだ」
「陛下が特別の話があるからこの場所に来いと・・・」
「お前は騙されたのさ、小姓達の中で特別扱いだから妬まれた」
「この手を離してください。早く戻って見張りをしなければ・・・」
「そうはいかない。神が与えてくれたせっかくの楽しみ、これでいつ死んでも惜しくはない」
「いい体しているじゃないか。さぞかし毎晩陛下を楽しませているんだろう?」
小姓のパウサを数人の兵士が取り囲んでいます。戦い前夜、みなかなりたくさんのブドウ酒を飲み、松明の
炎でもはっきりわかるほど赤い顔をして酔っ払っています。パウは前に飛び出しました。
「今すぐその手を離せ。さもなければ陛下にこのことを話す」
「おや、これは元小姓のパウ様では・・・ちょうどよい、二人まとめて楽しんでしまおう」
「そんなことをしたらどうなるかわかっているのか?私やこの子に指1本でも触れてみろ。お前達は夜明け前
暗いうちに首を刎ねられる。戦死ではない。家族まで罪を問われるぞ。私が一言叫べば他の見張りがここへ
駆けつける。さあ、どうする、その手を離すかさもなくば・・・」
「ちぇ、マズイやつが来た」
「ここを離れろ!いいか、お前告げ口するんじゃないぞ」
兵士達はあっという間に散り散りになって逃げてしまいました。小姓のパウサだけが泣き出しそうな顔で
呆然と立っています。
「ありがとう・・・ござい・・・ました・・・」
「よくあることだ。寵愛を受ければそれだけ妬まれる。お前もそれなりに用心しろ」
「でも、寵愛を受けているのは僕ではなく、いとこのエウリが・・・」
「だとしてもお前は妬まれる立場にいる。気をつけなければ何をされるかわからない」
「このことが陛下に知られたら、僕は・・・王宮を追い出されるかもしれない。そうしたら、生きていけない」
「心配しなくても、こんなことは誰にも言わない。陛下を尊敬しているんだろう」
「もちろんです。でもあなたのように・・・」
「早く戻って見張りを続けろ。小屋の外に誰もいなかった。他の小姓はお前を陥れることばかり考えて何をや
っているのか。王宮に戻ったらよく注意しておこう。もっとも私は戻れるかどうかわからないが・・・」
「あの・・・あなたは・・・」
「負土似亜のため、陛下のために戦って死ぬ。それ以上に名誉なことはない」
パウはくるりと後ろを向き、まっすぐ自分の天幕に向かって歩き出しました。14,5の子供に涙など見られたく
なかったからです。
「陛下のために戦って死ぬ。それ以上に名誉なことはない」
何度も何度も自分に向かって小声でつぶやきました。
お礼文(45)
ヘファオンとフィロ太はプトレとカッサンのいる天幕に入りました。かなり夜遅くなっていましたが、二人とも
起きていました。
「お前達もそう思ったか。俺もあのアツ太郎は前から怪しいと睨んでいた」
「心配しなくてもいい。アツ太郎のことなら俺の父が前から目をつけて手を打っておいた」
「カッサン、お前の父ってパトロンズ大臣のことか?」
「もちろんそうさ。俺を誰の子だと思っている」
プトレは驚きましたが、カッサンはすましています。フィロ太の父パルメ将軍と違って、パトロンズ大臣は主に
負土似亜国内の政治のことを任されていました。
「戦いに誰を抜擢するかは王と将軍が決めることだ。だが、次の王を誰にするか、大臣を誰にするかは内政にも
大きくかかわってくる。父はアレスこそ次の王にふさわしいと考えている。アツ太郎の思い通りにはさせない
だろう。俺はこう見えても父が誰とどう通じてどう動いているかよくわかっている」
「僕の父上とも?」
「そうだ、フィロ太。父は個人的にはパルメ将軍は嫌いだけど、そんなこと言っている場合ではなかったようだ。
この戦いの前に何度も会っていろいろ話していた。王宮ではなく俺の館にわざわざ呼び出していた」
「そんな話、僕は全然聞いてなかった」
「お前は信用されてないんだよ、フィロ太。ヘファオンと二人、ベラベラとなんでもしゃべってしまう」
「よくもそんなこと言ったな!カッサン、君なんて昔悪口を喉に詰まらせて気絶したじゃないか!」
「こら、ヘファオン。今ここで俺達がケンカしている場合じゃない。話を整理しよう。お前達二人はアツ太郎の
陰謀でアレスに危険が及ぶのではないかとここへ来た。だが、そのことはパトロンズ大臣やパルメ将軍も知って
いて、それをふまえて兵士に密かに命令を出しているはずだから大丈夫だろう。もちろん俺とカッサンは常に
アレスの側にいて彼を守る。何も心配することはない」
年上のプトレがうまくみんなをなだめました。ヘファオンはちょっとまだ不満そうで口を尖らせていましたが、
アレス王子が同じ天幕に入って来たので慌てて手で押さえて口を引っ込めました。
「お前達随分賑やかだと思ったらヘファオンとフィロ太も来ていたのか」
「そうだよ、僕達は君のことが心配で、アレス・・・」
「俺のことは心配しなくていい。お前達こそ変な場所でウロウロしていて流れ矢にあたらないよう注意しろ」
「やっぱり僕達は実際の戦いには参加させてくれないのかな。頼むよアレス、君が命じたということなら誰も
文句は言わないから・・・弟のニカ乃が自分の隊を持っているというのに僕だけ後ろに控えているなんて・・・」
「だめだな、フィロ太。お前は明日の戦いでは使わない」
「僕は?もしかしたらフィロ太よりは少しは役に立つかも・・・」
「お前はもっと役に立たない、少しは自覚しろ!ヘファオン!」
「そんなにはっきり言わなくても・・・」
ヘファオンの目に涙がたまってきました。自分が弱いことはよくわかっていますが、子供の頃から仲良しで大好き
なアレス王子にそれをはっきり言われるのは辛いのです。
「ヘファオン、フィロ太、よく聞け!明日の戦いは父上の戦いであって、俺の戦いではない。宛内(アテナイ)・
手倍(テバイ)連合軍を破ってギリシャ統一を果たすことは父上の悲願だ。でも、俺が本当に戦わなければなら
ない敵は宛内・手倍ではない。本当の敵は併留宇斜(ペイルウシャ)だ!」
「え、あの巨大な国を相手に・・・無理だよ・・・絶対に負ける」
「無理ではない。昔、併留宇斜軍がギリシャに攻めて来た時、負土似亜は国があるとさえ思われず通り過ぎられ
てしまった。その屈辱は必ず俺が果たす。負土似亜の真の力を見せてやる」
「そりゃ、今の負土似亜ならその頃と違ってパルメ将軍とか灰色トス(グレートス)のように強い人がたくさん
いるけどさ。でも、あのレ・鬼だ王だって併留宇斜には負けたし・・・」
「何他人事のように言っているんだよ、ヘファオン。併留宇斜に進軍する時は俺が将軍、お前は副官だ」
「副官かあ、その頃には僕も少しくらいは戦いに参加・・・えええー!副官というのは少しじゃなくて・・・」
「少しくらい参加するなんて甘い考えは捨てろ!お前が副官だ」
「アレス、それはちょっと考えた方がいいぞ。戦いは議論と違って取り返しがつかない。負けたらお前が死ぬ
だけじゃない。国が滅びてしまう」
「そんなことはわかっているさ、カッサン。でも俺は自分が将軍となって戦う時、副官はヘファオンだと決めて
いる。お前に口出しはさせない」
アレスはきっぱりと言いました。他の四人はポカンとしています。今のアレスはもう明日の戦いよりも、ずっと
先に行われる併留宇斜との戦いについて考えているのです。
「明日の戦いなど、東へ向かう前の予行演習に過ぎない。プトレ、カッサン、フィロ太、そしてヘファオン
お前達の真の敵は併留宇斜にいる。見栄座に行く前からずっと俺達はいつも一緒だった。真の敵を倒すまで
一人も抜けることは許さない」
「でも、アレス、君の母上のおりん王妃様が、王様の愛する人が明日の戦いで死んでしまうと・・・」
「ヘファオン、母上の占いのことなんかすっかり忘れていた。変なことを思い出させないでくれ」
「全くヘファオンは余計なことばかり言う。せっかくアレスがいい気分で演説していたのに・・・」
「ごめん・・・」
「俺はもう自分の天幕に戻る、ヘファオン、話があるからついて来い」
そう言ってアレス王子は天幕の外に出てしまいました。ヘファオンも慌てて外に出ましたが松明を捜す
のに手間取って気付いた時にアレスの姿は見えませんでした。しかたなくヘファオンは一人でアレス王子
の天幕のある方に向かって歩き出しました。大勢の兵士の天幕がズラリと並んでいて、中々先に進めませ
ん。それでもヘファオンは必死で歩き、兵士とは少し離れた場所にある将軍達の天幕からアレス王子のも
のを見つけ出しました。中から小さな声がしました。
「火を消して中へ入れ。音を立てるな。誰にも気付かれるなよ」
言われたとおりヘファオンは充分注意して静かに天幕の中に入りました。アレスの手がヘファオンの腕を
強く握りました。彼はマントやキトンを脱ぎ、腰の周りに布を巻いているだけでした。天幕の中は小さな
松明の明りがあるだけです。
「戦いの前は一人にはなりたくなかった。死の影が目の前に迫ってくるようだ」
「でも君は明日の戦いなど予行演習だって・・・」
「手倍は強力な軍隊を持つ。神聖隊と言って互いに愛する者同士が隣に並び、相手を守るために死にもの狂
いで戦う。愛する者が隣にいてくれれば、俺も同じことができる。だからお前を副官に選んだ」
「やっぱり僕も明日の戦いで一緒に・・・」
「いや、今だけそばにいてくれればいい。そばにいてくれ、ヘファオン。父上は俺の死を望んでいる。実の
子でありながら死ねばいいと思っている。それほど憎まれなければならないことを俺はしたのか?教えてく
れ、ヘファオン。お前は俺を愛しているか?」
「僕は君のこと大好きだよ、アレス」
アレスは松明の火を消しました。天幕の中は真っ暗です。手探りでヘファオンの腕を掴み、顔をそばに引き寄
せました。互いの息をする音だけが大きく響きます。
「お前を愛している。だから死にもの狂いで戦える」
アレスは手の平でヘファオンの顔をなでて位置を確かめ、ぎこちなく口を近づけました。ヘファオンは呆然と
して、何も言えずただ立ったままでした。
−つづくー
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