冥王星を巡る小さな物語(1)
私がビリーに出会ったのは、けっして偶然ではないわ。神様は私達をちゃんと会わせてくれたの。私はとても不安な気持ちであの場所に立っていた。行き先なんかどうでもよかったの。ただ自分の家を出られればよかったわ。育ての親の母さんや姉さんにはもううんざり。どうして私のやることがすべて気に入らないのかしら。私はこことは違う広い世界に行くのよ。もうほっといてちょうだい。
「スコッツフィールドへ行きたいの」
「そこで公演がある、乗っていけ」
大きなバンの座席にビリーは座っていたの。私が挨拶をすると彼はすぐこう言ったわ。
「北の事件をどう思う」
「恐ろしいことだわ」
「大して興味もないくせに・・・・」
私は黙ってしまった。北でどんな事件が起きているか知らないわけではないのよ。でもビリーがあんまり恐い顔するから、それ以上は何も言えなかった。彼はすぐ話題を切り替えて歌を歌ってくれたの。公演先で聞いたビリーの歌は素晴らしかったわ。私は夢中になって歌に合わせて踊ってしまったの。でも何よりも素晴らしいのはその後食事をしながらビリーが言ってくれた言葉・・・・
「君はきれいな顔をしている。今晩はどこに泊まるつもりだ」
「行く当てはないわ。家を追い出されたんですもの」
「ならばバンに寝ればいい。パトリック」
「私のことはキトゥンと呼んでほしいの」
「キトゥン?それはまたどういうわけでだ?」
「聖パトリックの従者、聖キトゥンよ」
「わかった、キトゥン、そう呼ぶよ」
それからは夢のような暮らしが始まったの。私はビリーと一緒にステージで歌も歌ったの。でも、お客さんから抗議され、バンドのみんなにも言われてビリーは悩んでいたわ。そして私を湖の側の家に連れていってくれた。小さなキャンピングカーの家、でも私はここであの人を待って、新しい家庭を築けるのよ。私を嫌った育ての母さんとは離れて新しい家庭を・・・・きっと幸せになれるわ。ビリーは私をとっても愛してくれているんですもの・・・・
俺はずっと女とは関わりのない生活を送ってきたが、別に女嫌いだとか、男を愛しているというわけではない。バンドの仲間、そして革命のためのIRAの仲間、いつも男に取り囲まれた生活をしていたが、そこに色恋沙汰が入る余裕などなかった。長いこと仕事を一緒にやってきたメンバー、それに命がけで革命を起こすIRAの仲間、余計な感情など入れたらすべてのバランスは崩れて何もかも終わりになる。だから俺は一切の感情は切り捨て、欲望などは適当に商売女を相手にして誤魔化してきた。だが、あいつが来てからどうも調子が狂ってきた。
「きれいな顔だな。泊まる所がないならば、バンで眠ればいい」
ショービジネスは少しぐらい毛色の変わったヤツがいた方が儲かるに違いない。もちろん俺はそっち方面の趣味などまったくない。
「パトリックではなく、キトゥンと呼んで欲しいの。聖パトリックの従者、聖キトゥン」
別に呼び名ぐらいいくらでも好きに呼んでやるさ。危ない仕事をする時は、自分でも間違うほどいろいろな名前を名乗ってきたのだから。パトリックよりキトゥンの方が甘い響きがある。こんな簡単なことで喜ばれるなら、いくらでもそう呼んでやるよ。もっともそれ以上のことを期待されても困るけどな。俺は男相手なんて気持ち悪くてとてもじゃないができない。キスをするだけでも背筋が凍りついて萎えてしまうくらいだ。それでも慣れというものは恐ろしいものだ。毎日一緒に生活するうちに、抱きしめるくらいは平気でできるようになってきた。
「バンドの仲間にうるさく言われた。もうお前を連れてツアーには行けない。その代わり母から譲り受けたこの家を守って欲しい。家とはいえない代物だが、俺達の隠れ家だ」
「まあ、素晴らしい。私達の家なのね」
「ここをお前に守って欲しい。留守中に荒らされては困るからな」
「うれしいわ、ビリー、あなたの帰りを待っている」
ついに俺もここまできてしまったか。まあ、スキャンダルも俺ぐらいになれば逆に必要なくらいだ。それにここには例の物を隠しているから、見張りがどうしても必要だった。あいつのことはどうするか。危険な任務を喜んでやってくれる代償に、たまには抱いてやってもいいだろう。銃や爆弾を運ぶスリルや、イギリス軍に捕えられる恐怖を思えば、男を抱くぐらい大したことではない。
私にはとても仲のよい友達が三人いたの。ローレンスはちょっと変わっていて、ロボットにばかり興味を持っていたの。そしてアーウィンとチャーリー、チャーリーは私達の中でただ一人、本物の女の子だったわ。私達いつもイギリス軍とアイルランド人に分れて戦いの真似をしていたの。私は戦いは嫌いだから、いつもすぐ捕まえられたり殺されたりしていたわ。女の子のチャーリーはアーウィンのこと好きだったから、私はローレンスとカップルになることも多かったの。ローレンスはとってもやさしく私を抱きしめてキスしてくれたの。私の初恋の相手はきっとローレンスね。だってチャーリーとアーウィンはお互い好き合っていて、私が入る隙などないんですもの。
湖のほとりの家ではなく、街に戻っている時に恐ろしい事件が起きたの。たくさんのお巡りさんがいて、危ないからどいてくださいって叫んでいたの。何か危険なものが車の中に入っているのね。変なロボットが車の方に進んで行ったわ。それを見てローレンスが目を輝かしたの。ローレンスはロボットが大好きなのよ。目を輝かして近づいていったわ。そうしたらものすごい音がして、車は爆発した。
「いやー、やめて・・・・ローレンス、ローレンス!」
ローレンスは神様のところに召されて行ってしまった。どうしてローレンスなの?彼は私よりももっと北の事件なんて知らなかったのよ。遠くの街で何があってもいいけれど、この街ではもう何もしないで!そうだわ、ビリーの家にも、床下に恐ろしい物を隠してあったわ。あんなものなくしてしまわなければ、また恐ろしい事件がこの街で起きてしまう。
「銃をどこへやった!」
久しぶりに戻ってきたビリーは、恐ろしい顔で私を睨みつけるの。
「正直に言え!銃をどこに隠した!パトリック!」
「パトリックではないわ、キトゥンと呼んで欲しいの」
「そんなことはどうでもいい、早く言え!あいつらがどんな連中だかわからないのか!」
「わかっているわ、平気で人を殺す恐ろしい人よ」
「だったら早く言え!銃をどこに隠した!」
「大掃除をしたの。そんな危険なものは湖にみんな捨てたの。これでもうみんな安全に暮らせるわ」
「なんてことをしてくれたんだ。俺の立場はどうなる。殺される、必ず殺される、いいか、お前は俺の行き場所も本当の名前も知らない。あいつらが来たらそう答えろ、いいな」
「わかったわ、知らないと答える」
ビリーは行ってしまった。もう二度とここには戻ってこないわね。でもいいの、少しの間でも夢を見ることができたから。私の愛の家・・・・ここでずっと待っているわ。
銃の見張りをさせるなら、もう少し相手を考えるべきだった。アイルランドで生まれたやつなら、わかっているはずの常識をあいつはまるでわかっていない。おかげで大変なことになってしまった。どこへ逃げる?バンドのメンバーにも知られないところに逃げなければならない。もう歌も歌えない。今まで何のために歌っていたのか。アイルランドの自由と独立、そのために命を捧げるつもりだった。どこへ逃げる、俺が真に自由になるために、逃げられる場所は・・・・
「お前はまだここにいたのか。少しもわかっていないようだな。あいつらがどんな連中か」
「わかっているわ。でも、あなたを待っていたの。あなたを本気で愛していたの・・・・」
「愛のために殉死する気か、聖キトゥン。ならば教えてくれ、俺はどこに逃げたらいい?」
「聖キトゥンは、聖パトリックの従者だからあんまり偉い聖人ではないの。私にはわからないわ、どこへ逃げたらいいか。でも今は中に入って」
「聖キトゥン、俺の迷える魂をどうか導いてくれ」
俺は家の中に入った。銃のことが心配で、今までこの古いキャンピングカーの中などロクに見ていなかったが、きれいに掃除され新しいカーテンやベッドカバーがつけられていた。
「お前はずっと俺を待っていたのか」
「そうよ、あなたはこんな私を愛してくれた。うそだとわかっていたわ。でも待っていたの」
「俺はお前を騙していた。ショービジネスのため、銃の隠し場所の見張りのためにお前に嘘をついていた」
「何も言わないで・・・・キトゥンは立派な聖人ではないわ。死ぬことが恐くてたまらないの。だからそばにいて、少しでいいから夢を見させて・・・・」
「キトゥン、愛しているよ。俺は何も言わずにお前を死なすところだった」
俺はキトゥンの細い体を抱きしめた。背は高いのに驚くほど華奢なその体を抱き上げ、狭いベッドまで運んだ。
「キトゥン、愛している。俺を許してくれ」
薄い服を一枚ずつ脱がしていった。滑らかな肌に唇を這わせた。男とやるのは初めてだ。いや女との経験だって商売女を相手に適当に終わらせていた。どこにどう触ってどう扱っていいかもわからず、ただ闇雲に体のあちらこちらを触っては舐めた。キトゥンは小刻みに震えながらも喘ぎ声を漏らしていた。実際の経験はおそらく初めてなのだろう。ゆっくりと時間をかけて俺は彼女を抱きしめ、自分の欲望を吐き出した。終わった後でも震える彼女の体をずっと抱きしめた。誰かを抱いて眠るのは、これが最初でさいごであろう。
これは私の夢なのかしら。そうね、夢に決まっているわね。ビリーが私を抱いてくれるなんて、最後に素晴らしい夢を見せてくれた神様に感謝しなければいけないわね。誰かしら、騒々しい、窓を叩く音がする。最後の夢、もう少し長く見せてくれればいいのに・・・・
「俺はここにいる、早く連れていけ」
あら、うるさい音で目がさめたはずなのに、まだビリーの声がするわ。
「中には入るな。彼女はまだ寝ている」
「待ってビリー、今何を・・・・」
「キトゥン、俺は今まで神の奇跡も聖人も信じない男だった。それなのに昨夜は聖人が俺に会いに来た。いい夢を見たよ」
「待って、行かないで・・・・」
「心配するな。バンドの仲間が迎えにきただけだ。ツアーが終わったら、必ずお前のところにもどる。だが、今お前がここにいるのは危険だ。早く別の場所に行った方がいい」
「何を話しているんだ、銃をどこへ隠した!」
何人もの男達が中に入ってきたの。私達の愛の家は泥だらけにされてしまったわ。
「俺が銃を隠しておいた。今からそこへ案内する」
「嘘ではないだろうな。さっさと来い」
「待って、銃なら私が湖の中に全部・・・・」
「こいつは少し頭がおかしい。言っていることを気にするな」
「本当に隠し場所を知っているのだな」
「早く来い」
ビリーは男達に腕を掴まれてつれていかれそうになるの。でも、神様、私は弱いから彼を助けることができない。どうしたらいいの?
「キトゥン、目を閉じていろ。これは夢だ。ビリーのような男が戻ってくるわけないだろう。お前は騙されていたんだよ。早く自分の家に帰れ!」
騙されていた、そんなことはないわ、だってビリーは今ここにいるんですもの。でも彼は車に押し込められ連れて行かれてしまったわ。車が出てしまえば、もう何も残ってはいない。もしかして何もかも夢だったのかしら・・・・
それから私は家に戻り、そして本当の母を捜すためにロンドンへと向かったの。ビリーの湖のほとりの家には、あれから一度も行ってないわ。ごめんなさい、ビリー、私は聖人にはなれないわ。北の事件のこともよくわからない。恐い話は苦手なんですもの。だからもうあなたを待つことはできない。
−完ー
後書き
S様のリクエストで「プルー○で朝食を」の二次小説です。普段は気になる映画があっても、そのまま感想を書いて終わってしまうのですが、リクエストがあったのでもう一度見て、登場人物について考えてみました。その中で気に入ったのがこのビリーと刑事さんだったので、まずはビリーで話を考えてみました。結末は少し変えてあります。リクエストをいただけるといろいろな観点から映画が見られるのでとても楽しかったです。ありがとうございました。
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