冥王星を巡る小さな物語(2)

ロンドンに行っても、私の本当のママはなかなか見つからないの。聞いていた住所はとっくに引っ越していたわ。ロンドンという大都会に呑みこまれて幻の女になってしまったのね。私は様々なショービジネスを経験したの。でもどれも長続きはしなかったわ。お友達のチャーリーとアーウィンがロンドンまで遊びに来てくれたの。でも、チャーリーは妊娠していて、中絶するために来たなんて言っていたわ。そうよね、アーウィンは何か秘密を抱えているみたいだし、私が無理にでも産んで欲しいなんて言えないわよね。生まれた子供は私みたいに最悪な人生が待っているかもしれないんですもの。でも、チャーリーは考え直して、やっぱり産むと言ってくれたの。そして二人は帰っていって、私一人がこの大きな街に取り残された。ロンドンは宇宙の果て、冥王星よりももっと寒いかもしれないわ。私の周りに誰もいないんですもの。

「よう、何か飲むか?」
「カンパリーソーダーをお願い」

彼はダンスホールで私に声をかけてくれた。兵役から戻ったばかりの軍人さんですって。今日はこのダンスホール、軍人さんがたくさんいるらしいの。でもみんなとってもいい人よ。少なくとも私に話しかけてくれた彼は本当にいい人だった。ビリーの、いいえ、歌っている時はボビーね、ボビーの曲が流れていたわ。私達は一緒に踊ったの。

「あなたのことボビーと呼んでもいいかしら」
「いいよ、でもどうして」
「この曲はボビーの歌よ。お願いがあるの。いつか私の庭に花を植えて、子犬を飼って驚かせてほしいの」
「それが君の夢なのかい?」
「そうよ」

突然何かが割れるような音がしたの。目を開けたら何もかもメチャクチャに壊れていて、火が燃えているの。消防士さんか、お巡りさんが私を抱きかかえて外に出してくれたわ。でもどうしましょう、私のストッキングはズタズタに破れてしまった。たくさんのカメラマンが私の写真を撮ろうとしている。でも私は今どんな顔しているのかしら。顔もとっても痛いから、きっと血が出ているのね。お願いだから、あんまり血の出ていない方の顔を取ってちょうだい。大事な服もボロボロ、どうしてこんなことに・・・・





IRAの連中には常に用心し、手荷物は厳重に調べていた。それなのに最悪の事件が起きてしまった。現場のダンスホールには兵役から帰った軍人がたくさんいた。あらかじめ下調べをし、ちょうどよい日を狙って爆弾をしかけたに違いない。あの場にいた者を徹底的に洗い直せ。

「ウォリス、怪しいと思われる人物が一人いる。住所不定のアイルランド人で女装して現場に来ていた。逃げ遅れて怪我をしたらしい」
「よし、そいつを徹底的に絞ろう。俺のところに連れて来い」
「だけどちょっと変なやつだ。言っていることが辻褄が合わない。女装ではなく、本物のオカマかもしれない」
「オカマだろうとなんだろうと、怪しいやつは徹底的に絞る。それが俺のやり方だ。テロリストを取り逃がせば、また罪のない市民が犠牲になる」

無差別に市民を巻き添えにするテロリスト、俺が最も憎むべき相手だ。だから見かけが女っぽいやつだろうと徹底的に殴って口を割らせようとした。やつらは巧妙になっている。見るからに怪しいやつなど実行犯には使わないハズだ。

「いい加減に吐け、パトリック!」
「私のことはパディって呼んで欲しいの。ここはとっても寒いのね。宇宙の果てはとても暖かいのよ」
「どうでもいいことを言うな!事件のあった木曜日、お前はどこで何をしていた!」
「ああ、あの日ね。私はIRAの本部に入り込んでいたのよ。実は秘密調査員なのよ。武器はテロリスト用の特殊スプレー、これさえあればどんな相手もいちころで倒れてしまうわ。私は恐ろしい敵をスプレーで次々と倒したわ。そうすればもうテロは起きない。そして二人で踊るの・・・・私のローレンス、一緒に踊っていたわ」
「ローレンスとは何だ!その男も仲間なのか?」
「ええ、そうよ。私達とっても仲良しだったの。四人でいつも一緒に遊んでいたわ。お互いにイギリス人とアイルランド人の役をやって、殺したり、殺されたり・・・・でもすぐに起き上がれるのよ。子供の遊びですもの。でもローレンスの場合はそうじゃなかった、二度と起き上がってはくれない、目も開けてくれないの。私達、とっても仲良しだったのに・・・・」

どこまで本当のことかわからないが、突然泣き出されてしまった。女のような格好で泣かれれば、いくら人一倍取り調べに厳しい俺でも慰めないわけにはいかないじゃないか。

「おい、ラウトリッジ、泣き出したぞ。慰めてやれ」
「こんなやつには何を言ったらいいかわからない」
「俺が厳しく、お前がやさしく、それが俺達のやり方だろう。なあ、頼むよ。こんなヤツと話をしていたら気が変になりそうだ」

結局そのパトリックだか、パディとかいう名前の変なヤツは拘束期限ギリギリまで留置所にいたが、他の手がかりを言うわけでもないし、いい加減うんざりしてきた。少し休暇でもとってリフレッシュするしかない。





留置所はとってもいいところだったわ。最初の頃はお巡りさん、私の顔を殴ったりしたけれど、でも仕方がないわよね。たくさんの人が死んだり怪我をしたりしたみたいで、そうした犯人を捕まえるのがお巡りさんの仕事ですものね。でも、私は本当に何も知らないのよ。知っていたら爆弾なんてどこかに片付けておいたわ。あんな危ない物、もう二度と見たくはないんですもの。私のママ、地下鉄で見かけたのにまたどこかへ行ってしまったわ。でもやっぱりこのロンドンに住んでいたのね。私もこの街に住んでいれば、いつかママに会えるかしら。

「今晩は、何かお役に立てるかしら。ハードなこと以外なら、なんでもするわ」
「またお前か。こんな商売していると、逮捕するぞ」
「あら、お巡りさん、またお会いできてうれしいわ。逮捕してあの留置所に入れてもらえると、もっとうれしいわ」
「とにかく車に乗れ、こんなところで話していて誰かに見られたら俺の立場がなくなる」
「わかったわ。うれしい」

私は喜んでお巡りさんの車に乗ったわ。本当は乱暴な方ではなく、やさしい方の人だったらもっとよかったんだけど、このさい贅沢は言えないわよね。

「お前、ああやって男に声をかけて、どんなことするのか知っているのか」
「お前なんて言わないで、パディと呼んで、お巡りさん。あなたのお名前は?」
「ウォリスだ。鬼のウォリスとしてロンドン警察では有名になっている」
「ウォリス、あなたに抱いて欲しいの」
「わかったよ、パディ、そうすればいいんだろう。ホテルへ行くぞ」

私はこっくり頷いた。車は大通りをずいぶん遠くまで走っていったわ。





刑事という仕事をしている人間は、固そうに見えて意外と娼婦や男とくっつくヤツがよくいるという話を聞いたことがある。だが俺はそうしたプライベートなことに関しても、常軌を外すことはけっしてなかった。ちょうどよい年齢で結婚して子供を作り、数十年浮気もせずにまじめに勤務に励んできた。その俺の人生で、これから行うことは最大の汚点になることなどはよくわかっていたが、これだけは口で言ったぐらいではこいつは納得しないだろう。男の恐さ、やっていることの危険さを体で教え込まなければ、いつテムズ川に男娼の死体が一つ放り込まれてもおかしくない。テロリストも嫌いだが、こういうイカれた人間をなぶりものにして殺すヤツはもっと許せない。俺の強い正義感が要求しているのだ。少しぐらいのことには目をつぶろう。だが、誰かに知られてはマズイ。ロンドンから離れた場所にある小さなホテルで車を止めた。そういうホテルは先に金さえ払えば身分証明などうるさいことは言われない。さっさと鍵をもらってヤツを小さな部屋に押し込んだ。

「先にシャワーを浴びてこい」
「待って、ウォリス。その前にゆっくりお話したいわ」
「話している最中にその気になったら困るだろう。しっかり洗っておけよ。俺はその、男を相手にするのは初めてだ」
「大丈夫よ、心配しないで、私がすべてを教えてあげるわ」

数十分後、ぐったり疲れた俺はシャワーを浴びていた。思ったとおり、ヤツは実際の体験は初めてだった。今までの相手がよほど紳士的で抱き合ってキスするぐらいでやめていたのだろう。

「ちょっと待って、そんなこと絶対無理よ。ああー体が引き裂かれそう。痛いわ・・・やめてー!」
「ここまできて途中で止められるか。少しは辛抱しろ。パディ、初めてなのか?」
「違うわ、前にビリーという名前の恋人がいたの」
「その恋人とはやってないのか」
「最後に一度だけ・・・・彼は二度と戻ってこなかったの。でもその時は本当に夢のようだった。私達はキャンピングカーで抱き合ったのよ」
「それは夢だ。テロリストが自分の命を危険に曝してまで戻ってくるわけないだろう」
「そうね、夢かもしれないわ。本当にやさしく抱いてくれたのですもの。こんなふうに痛くはなかったわ」
「いいか、男同士が愛し合うということは、もともと無理なことをやっているんだ。痛くて当たり前だろう」
「わかったわ、我慢する」

我慢するなどと言いながらも、ヤツはさんざんギャンギャン泣き喚いた。俺も少しはその方面の趣味があるのかもしれない。大声を出されるほど興奮し、激しく締め付けられてかってない快感を味わったのは事実だ。だがこれが俺でなくて、本当にサディスティックな変態だったら、こいつは間違いなく最後には殺される。早くそれに気付いてまともな道を歩め!俺は祈りにも似た思いで夢中で腰を動かした。





女の子は初めての時、アソコから血を流すって聞いているわ。私のアソコもきっと血を流しているのね。やっぱりビリーに抱かれたのは夢だったのかしら。まだ体の奥がジンジンと痺れているわ。でもこんなに幸せな痛み、今まで感じたことがないの。ずっとそのままで朝を迎えたかったわ。でもウォレスは私を抱きかかえてさっさと車に乗ってしまったの。そしてまだネオンの明るいロンドンの街に戻ってきたわ。

「歩くのは大変だろうけど、俺も仕事が忙しい。早く降りろ」
「どこへいくの?」
「この先に俺の知り合いの店がある。そこの仕事を紹介する。まあ、いいとは言えないが、少なくとも安全だ」
「あなたもこういう店に時々来るの?」
「バカ!仕事の張り込みだけだ」

私はウォリスに連れられて、一軒の店に入ったの。とってもきらびやかな服を着た女の人が座っていたわ。

「カッサンドラ、彼女をここで働かせてやってくれ」
「まあ、綺麗な子ね。いいわ、彼女ならきっと売れっ子ね」
「間違っても外で客を取らせるな。給金は少なくていい。見せるだけでそれ以上のことはさせるな。それから怪しい客がつきまとうようだったら、すぐに俺に報告しろ」
「まあ、刑事さん、随分心配しているのね。あなたの恋人なの?」
「ただの通りすがりだ。だが、街に立たせて殺されても困るからな。ロンドンに住む者の安全を守るのが俺の仕事だ」
「素敵、刑事さん。今度は仕事以外でもきてちょうだい。安くしてあげるわ」
「あいにくだが、俺は女には興味がない。いいか、大切にしてやってくれよ」
「わかったわ。くやしいけどこの美しさなら仕方がないわね」
「あの、私はここで働くの・・・・?」

ウォレスと女の人の間で話が進んでいくから、私は心配になって聞いたわ。

「カッサンドラとは古くからの知り合いだ。何も心配することはない。それから自分の体は大切にしろよ」
「もう会ってはくれないの」
「そうしたいところだが、我慢できそうもない。また会いにくる、パトリック、いやパディか」
「うれしいわ、待っている」

彼はさっさと店を出ていってしまった。店のカッサンドラが私の顔をシゲシゲと眺めてこう言ったわ。

「あらやだ、あなたよく見たら男じゃないの」
「そうよ、本名はパトリック、でも彼はパディと呼んでくれたわ」
「私がいくら声かけてもなびいてくれないのは、そういう理由からなのね」
「違うわ、彼はとってもまじめな刑事さん。仕事熱心なだけなのよ」

わかっているわ。ウォレスは本当はとってもまじめで家族を大切にする人だって・・・・私はあの人の家庭を壊そうなんて少しも思わない。ただ時々会いに来てくれて体を温めてもらえれば充分なの。冥王星に比べれば、ロンドンはきっととても暖かいわね。


                                   −完ー



後書き
 冥王星を巡る物語、第2話です。この映画、よく見ると魅力的で物語りになりそうな男の人がたくさん出ています。今回は中でも気に入った歌手のビリーと刑事のウォリスを中心に話を書いたのですが、他の登場人物でもいろいろ話が書けそうです。リクエストをしてくださったS様、本当にありがとうございました。


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