闇の水底に咲く華(1)
登場人物 ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
ガシム36歳 フィロス14歳
時代 フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後
月の美しさに誘われるように私は家を出て歩き出した。かって人が住む村だったこの場所に私は20人ほどの若者と一緒にしばらく生活していた。私とマルディル以外はみな10代、イシリアンに来て1ヶ月しかたっていない。昔、イシリアンの野伏は近くの村から腕の立つ者が集められ長老を大将とする統制の取れた動きでゴンドール正規軍を補佐し、執政にもその力が認められていた。だがイシリアン周辺の村は次々オークに襲われて廃墟となり、新しく志願して野伏になるのは親がいなくてミナスティリスの施設で育てられた子供、または正規軍に入れず仕事もなくやむを得ず来たという者ばかりだった。
「ファラミア、どこへ行く?」
「月がきれいだから少し歩きたくなった」
「少しくらいならいいが村の外へはけっして出るなよ。聞こえるだろう、オオカミの遠吠え、フクロウの鳴き声、ケモノだけならいい、夜にはオークだって動き出す」
「まるで今日来たばかりの新入りに注意しているようだ」
「俺にとってお前はいつまでたっても新入りだ。もしものことがあったらボロミアに殺される」
「兄上・・・・・」
ボロミアの名を聞いて私の足は止まった。この前のできごとで私が何を命令したか兄が知ったらさぞ驚き悲しむだろう。私がいるイシリアンの部隊の成果を過小評価してなかったことにする父の態度が今回だけはありがたく思った。
「マルディル、心配しなくていい。少し歩いて考えをまとめたいだけだ」
「何か武器はあるのか?」
「短剣がベルトについている」
家の中から怒鳴り声が聞こえた。
「あー、またケンカだ。今回の新入りは特にひどいな。ここに来て1ヶ月も過ぎているのにまだケンカなんかして。俺達なめられているぞ。ファラミア、お前もう少し怖さを出した方がいい。執政家の人間であることすら新入りには言ってないんだろう。あいつら俺達のことも正規軍から飛ばされた落ちこぼれくらいにしか思ってないかもしれない。いくらお前が今回何も知らせずに訓練をしたいと言い出してもやっぱりやり方を間違えた。何を叫んでいる!、ますます大騒ぎになってきた。しょうがない、止めてくる。お前はそのへんを一回りして後から戻れ。くだらないケンカに巻き込まれて顔に傷でもつけられたら・・・」
言い終わらないうちに彼はもう走り出していた。私はクスリと笑った。彼いたことで私はどれほど救われたか。だが、あのことだけは救いを求めるわけにはいかない。私1人が死ぬまで背負わなければいけない痛み、罰なのだから・・・
村を抜け森へと入った。まだ騒ぎの声は聞こえる。だが廃墟となったあの村が昔オークに襲われた時、泣き叫ぶ声は森かかき消してしまったのであろう。オークどもは村や森に火をつけることはしない。にげまどう人間を集めて矢を放ち槍で突く。そしてまだ幼い子供を容赦なく炎の中へ投げ込む。オークの残虐さに比べれば私のしたことなど・・・・あの日、捕えた2人を拷問にかけるため遠くにあるこの村まで連れてきた。1人は30〜40歳くらいの男でもう1人は12,3歳の少年、どう見ても親子や兄弟ではない。男の方はゴンドール人ではなかった。彼らを捕えた事実と拷問の叫び声が漏れないようにするため、森に囲まれ人の住まなくなった場所が選ばれたのだ。あの時、私の耳には泣き叫ぶ声も鞭の音もまったく聞こえなかった。今、遠くから叫び声と鞭の音がする。
「やめろ!やめてくれ!この俺が代わりに拷問を受ける。どんなことでも話す。だからこの子だけはどうか・・・・彼は耳が聞こえないし話すこともできない・・・・そんな子供をお前らはよってたかって・・・・お願いだ、やめてくれ!どうか・・・・」
私は村へと戻った。東の空がうっすら明るくなっていた。村の広場には20人の新入り全員が集められ、そのうちの2人が木に縛られていた。
「おい、大将が戻ってきたぞ」
「お前たち、泣いて謝れ。イシリアンの大将はたいそう美しくやさしい人だと評判だからな。そのきれいな顔に傷がつかないよう今まで隠れていたんだろう」
「俺達はどうせ親もいないし正規軍に入れなかったから仕方ないけど、没落貴族は気の毒だ。こんな落ちぶれた惨めな所で生活しなければならない」
「大将とは名ばかり。そっちの男の方がよっぽど大将らしい」
「はははは・・・・」
笑い声が起こった。
「そうかもしれない。私はここイシリアンの大将としてふさわしいものは何1つ持ってない。力、勇気、判断力、何をとっても兄よりはるかに劣っていた。それでも私は大将としてこの地に派遣された」
「どうせあんたの父親がへまをして執政に憎まれ腹いせに辺鄙なところに派遣されたんだろう。ミナスティリスにいればその顔だけでかなりの出世ができるものを・・・・」
「お前らファラミアに向かってなんてことを!」
「マルディル、何も言うな!・・・・私に力が足りないから今回のような騒動は起きた、お前達はそう思っているのだろう。だがここでの訓練は遊びではない。お前達はオークを見たことがないからこうしてふざけていられるのだろう。この村で何があったか私が後でじっくり話そう。だがその前に騒ぎを起こした者に罰を与えなくてはならない。マルディル、どうするつもりだった?」
「それぞれ鞭10の罰を与えるつもりだ」
「それでよいか」
私は彼らの方を向いた。
「鞭10くらいなら甘いな。20だ」
「いや、30くらいがちょうどいい。あの2人はいつも俺達にいやがらせをしていた」
「そうだ、そうだ。弱いやつを叩いて脅し食べ物を巻き上げていたこともあった」
「どうしてそれを知らせない?」
「脅されていたんだ。本当は助けようと思ったけど」
「命がけで助け合わなければいけない仲間に対してそんなことまでしていたのか。ならば罰として鞭30だ。みなよく見ていろ。そして2度とこのような騒ぎは起こすな」
私は鞭を手にとって木に縛られていた1人に近づいた。ヒソヒソ声が聞こえたが無視し、手に持った短剣で縄を切った。次にもう1人の縄を切り、鞭をおろして自分の上着を脱いだ。
「これほど大きな不満がありながら気がつかないのは上に立つ者の力が至らないため、執政殿ならきっとそう言うであろう。鞭30、私が罰を受ける。すぐにやってくれ」
「ファラミア、何を言う、お前気でも狂ったか」
マルディルの大声が響いた。
「頼む、言うとおりにしてくれ。すぐにでも彼らをまとめて戦力にしなければ・・・・」
私は小声でささやいた。
「だからと言ってお前が犠牲に・・・」
「人の心を変えることは難しい。でもイシリアンが全滅すればゴンドールも滅びる。ここが最後の砦なんだ。だからこそ父上は私をここに・・・・頼む・・・」
「わかった、手加減はしないぞ」
彼は上半身が露になった私の体を木に縛りつけ、鞭を手にとった。激しい痛みに呻き声をあげたが何も聞こえない。鞭の音、自分の悲鳴、周りの者のざわめき、私を打つマルディルの息遣い、聞こえるはずの音が全く聞こえない中私はいいようのない恐怖におそわれ絶叫した。喉がさけ口から血を吐いて苦しんでいるのに私の声は誰にも届かない。ただ張り裂けるような背中の痛みだけが繰り返され、やがて意識を失った。
−つづくー
後書き
今年の夏休みはほとんどどこにも出かけられず、くらーい気分で仕事が暇なときはひたすら妄想にふけっていました。それを文章に書き綴ったのがこの話です。「音のない世界」「大勢の命を救うために1人を犠牲にすることは正義なのか」などということをテーマに考えていました。全部で5、6話になる予定、暗い話ですが書いている本人はこれですっきりして立ち直っています。
2009年、9月1日
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