闇の水底に咲く華(10)

登場人物  ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
        ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳

時代     フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後

「本当に薬は飲ませたのだろうな」
「はい、口を無理に開けて流し込みました。ですがこの男は酷い火傷を負っています。意識を取り戻すまでにはもう少し・・・・」
「待ちきれぬ、鞭を使って叩き起こせ!」
「お止めください。これほど酷い火傷を負った体に鞭をあてるなど・・・・」
「心配するな、この男の体にはエルフの血が流れている。火に焼かれながら3日も生き延びたミハエルと同じだ。そう簡単に死にはしない。鞭を当てて目覚めさせろ!」

激しい痛みとともに意識を取り戻した。聞こえるのはゴンドールの言葉ではなく少し意味がわかる程度のエランドの言葉。私の体は柱に縛りつけられたままで動かすことはできない。恐ろしさに目を閉じたまま周りの様子をさぐった。炎に包まれて意識を失ったのだが、今足元に炎はない。だがかなりの火傷を負っているのだろう、体の重みが加わりズキズキと痛む。同じような格好で縛られているがここは広場の祭壇ではない。もっと重くどんよりとした空気にあたりが包まれている。

「うわああああー」

鋭い痛みに悲鳴をあげ目を開いた。私の体には鞭が振り下ろされていた。2回、3回、あまりの痛さに絶叫し体を振るわせた。縛られてよくは見えぬのだが鞭のあたった皮膚が裂け血がゆっくりと流れていくのがわかる。火傷を負った皮膚は自分の血すら沁みて激しく痛む。薄暗い中松明の炎が私の胸に近づいてきた。

「やめてくれ、お願いだ」
「ハハハハ、火がそんなに怖いのか?祭壇の上では死を恐れぬとわめいていたのに少し体を焼かれただけでこの様か。まあよい、あの場で焼き殺すだけではつまらない、ゆっくり楽しませてもらおう」

仮面をつけた男は領主ハンスであろう。ぞっとするほど冷たい声であった。他にいるのは鞭を持った体の大きな男が3人と離れた場所でうずくまっている年取った男が1人、この男が私を見る目は他の3人や仮面をつけた領主とはかなり違う。同情してくれているに違いない。いや、鞭を持った3人の男にも驚きと戸惑いの表情が見える。拷問を行う者がためらうほど自分の体は酷い状態なのだろうか。

「名前はなんという?」
「ソロンギルだ」

叫び続けた喉はヒリヒリと痛み大きな声は出ない。

「おや、声も出なくなっているのか。祭壇の上で喚き続けたようだな。だがエルフの血を持つ者は簡単には死なぬ。ミハエルがどのように処刑されたかお前も聞いているだろう。この地下牢で大きな炎を出すことは危険だが、拷問で火を使うため床も壁も全部石でできている。1本の薪でどれくらい火が燃え続けるか知っているか?その苦しみをじっくりと味わってもらおう。この地下牢ではどんな呻き声を出しても助けに来る者などいない。死を恐れぬと言った男がどのような声で泣き喚くのか楽しみだな」
「お止めください、この男は酷い苦しみの後意識を取り戻したばかり、どうかそのような酷いことは・・・・ハンス様、あなたは昔は心のやさしい・・・・ああああー・・・・」

私の体にとりすがってかばおうとしてくれた年老いた男は鞭打たれ、その場から引きずり出された。

「とんだ邪魔が入ったが、お前の意識を取り戻させるためには医者の力も必要だったからな。だがもう充分だ。薬も効いてきてお前の意識はしっかりしている。この松明を足の横に置いた時、お前は何をしゃべるかな?」
「しゃべることなど何もない。私はソロンギル、国で罪を犯し追われている身だ。命など惜しくはない、さっさと殺せ」
「ハハハハ、一度体を炎に包まれたくらいでは威勢のよさは消えないのか。だが1本の薪で焼かれる苦しさはどうかな。足の先だけがジリジリと焦がされゆっくり焼かれて骨が見えてくるのだ。ミハエルはものすごい声を出して泣き喚いていた。お前はどんな声で叫ぶのかな」

領主は手に持った松明を私の足元に置いた。熱い炎が足を包んで私は呻き声をあげた。

「ああああー・・・・熱い・・・・・やめてくれ・・・・お願いだ」
「お前の名前はなんという」
「ソロンギル・・・・違う、本当の名前はファラミアだ・・・・」
「ファラミア・・・・聞き覚えがある。ゴンドール執政デネソールの子か」
「そうだ・・・・頼む・・・・私はゴンドールとの交渉に使える。だからこの火を・・・・・ああああ・・・・苦しい・・・・お願いだ・・・・」
「ゴンドール執政の子、ファラミアか。確かに野伏とは思えぬ顔をしておる。ここで死なせるのは惜しいか」

ゆっくりと跪き松明を手に取った。私は体から火が離れたことを知り、ゼイゼイと荒い息をした。

「ゴンドール執政の子、ファラミア殿をほどいてやるがよい」

領主の命令で男達は鞭を床に置き、私の体にまきついている鎖をほどいた。支えを失った私の足は体の重さに折れ曲がり、その場にドサリと倒れた。

「ううう・・・・・」
「自分では立てないほどになっていたのか。余の前に跪いて名前を言うことはできるか?」

うつぶせで冷たい石の床に倒れたまま私は首を横に振った。

「このような状態でまだ抵抗する力があるのか」
「うううー・・・・ひいいいいー・・・・」

鋭い鞭の音が響き私は呻き声をあげた。領主の手には男達が置いた鞭が握られている。

「執政家の者が奴隷のように鞭打たれるとは惨めな姿だな。もう一度大きな声で名前を言え。そうしたら今日のところは許してやろう」
「ファラミア、ファラミアだ。お願いだ・・・・これ以上のことはどうか・・・・」
「向こうの台に乗せて医者を呼び手当てをさせろ。ゴンドール執政家のご子息だ。丁寧に扱うのだぞ」

二人の男が私の手を掴みうつ伏せのまま石の床を引きずった。でこぼこした石に火傷を負った皮膚は擦りむかれ石に骨があたって低い呻き声をあげた。

「ハハハ、苦しいか。ここに来るのは拷問を受けて殺される者ばかり、彼らは丁寧な扱いなどできないのだ」

乱暴に石の台の上まで体を引きずられ、ようやく手を離された。痛みの酷い箇所をかばうように体を丸め、荒い息をした。

「安心するがよい。あの医者がお前を楽にしてくれる。数日後にもう一度ここを訪れる。その時にはゴンドールの正規軍について詳しく尋ねるから、何を言えば痛いおもいをしなくてすむかよく考えておくのだな」
「正規軍のことなど私は何も知らぬ」
「まだ強情な口が利けるのか。まあよい、そのことはまたゆっくり聞くとしよう」

領主と男達は出て行き、私はうずくまったまま意識を失った。







再び目を開けた時、私の両腕は後ろに縛られたままだった。青い空が見え、日の光を体中で感じる。私は助けられたのか、いやそうではない、馬の背に乗せられている。見覚えのある石造りの建物、ミナステリスの大通りである。と、突然石が投げられ私の背中に当たった。

「裏切り者!」
「裏切り者は火あぶりにしろ!」

石は次々と私に向かって飛んでいるが投げて叫んでいる者の顔をよく見ればミナステリスで見慣れた顔、多くの者が集まっている、一体何が起きたのか?馬は城門を出て外へ出た。広い野に石造りの祭壇が作られその真ん中には高い柱があった。縛られたまま馬から下ろされ、両脇を支えられて祭壇に登らされ、私の体は柱に鎖でくくりつけられた。

「ゴンドールの民よ、そして死んでいった数千人もの兵士の魂よ、よく見るがいい。今から我が弟ファラミアを裏切りの罪で火あぶりの極刑とする。ゴンドールに吹き荒れた憎しみの炎はこれでおさまり、苦しみぬいて死んだ兵士の霊は慰められるであろう」

兄ボロミアの大きな声が響いた。私には背を向けているので顔は見えないがこれは間違いなく兄の声である。

「ボロミアよ。生きたまま火あぶりにするのはあまりにも酷い。血の繋がったお前の弟である。せめて最後に情けをかけ、喉を切ってから火をつけてやれ」
「父上、ファラミアがどのような罪を犯したかお忘れなのですか。ファラミアは偵察で敵に捕らわれ拷問を受けて敵の手先となったのです。夜中に突然の襲撃にあい、わが隊の陣営の周りに油がまかれて火がつけられたのです。数千の兵士が火に囲まれて逃げ出せずに焼け死んだのです。戦いで死んだのならまだ救われる、裏切り者のために生きながら火に焼かれて苦しみぬいて死んだ、この俺も大火傷を負い、3日間生死の間をさ迷ったのです。この罪を許すことはできません。ファラミアにも同じ苦しみを味あわせ、その叫び声がゴンドール中に響いてこそ死んだ者の魂は救われゴンドールに平和が戻るのです」
「だが、元はといえばわしが偵察を命じたばかりに・・・・さぞ苦しい拷問を受け敵に寝返ったのであろう。そんなファラミアの心を思うとわしは不憫でならぬ」
「父上はお戻りください。ファラミアの処刑は俺の手で行います。もがき苦しむ姿を父上には見せたくありません」
「そうか、それならばお前にすべてをまかせよう」

父の顔は見えぬまま遠くへと去ってしまった。そして兄が松明を持って私に近づいてきた。その顔の半分はひどい火傷を負って醜く爛れている。

「兄上、待ってください。確かに私はエランドで捕えられ拷問を受けて名を言ってしまいました。でもそれ以上のことは何も・・・・まして正規軍の陣営に火をかけるなど・・・・そのようなことはけっしてしていません」
「拷問を受けた者はしばしば正気を失って自分では思いもしないことをしてしまうという。お前にはヌメノールの血が流れている。普通の人間なら死んでしまうほどの拷問を受けても体は生き続ける。だが、心は正気を失い、闇に支配されて怖ろしい罪を犯す。お前の心はすでに闇に落ちているのだ。俺の愛した弟のファラミアはもうどこにもいない。闇に心を支配されたこの体は焼いて滅ぼさねばならぬ」
「違います。私の心は闇に支配などされていません。兄上を愛した弟のファラミアのままです」
「愛する弟、そういえばお前は俺を兄としてではなく契りを結ぶ相手として愛したようだな。どんな時代、どの国であっても血をわけた兄弟で契りを結ぶなど決して許されないこと、それなのにお前は自分より地位が下の男を自分の体に受け入れ、俺に犯されていると夢想した。兄弟で契りを結ぼうなどと思うから闇に心を支配され大きな罪を犯すのだ。お前は拷問を受けて気が狂ったのではない。俺に対する邪な心で狂い正規軍を滅ぼそうと火をかけたのだ。ゴンドールの民よ、よく見るがいい。今ここで罪を犯した者への裁きが行われる」

兄は手に持った松明を私の足元にある薪の上においた。私の体はたちまち炎に包まれた。

「兄上、待ってください。私は無実です。どうかお許しを・・・・それができないのならばせめて一思いに・・・・あああ・・・熱くて苦しい・・・・兄上、お願いです・・・・」
「苦しいか・・・・ヌメノールの血を持つ者はそう簡単には死なぬ。炎が皮膚を焦がして肉を焼き、血があふれてのた打ち回って苦しんでもまだ死ねないであろう。ヌメノールの血がお前を生かし続ける・・・・そう、俺が決して持つことができぬ血を持つお前を憎み続けていた。やさしい兄のふりをしていたが、本当はお前のほうが執政として相応しいという言葉を聞くたびに歯軋りをしてくやしがった。俺は復讐の機会をねらった。エランドからもどったお前は拷問によって正気を失い記憶がところどころ途切れていた。そんなお前をひそかに正規軍の陣営に連れてきて、油を入れた容器と松明の火を持たせ立たせておいた。そして俺は油をまき・・・・お前を苦しめて死なせるためには俺はどんなことだってできる・・・・俺はお前をずっと憎んでいたのだ・・・・さあ、俺を恨み苦しみぬいて死ぬがよい・・・・」
「兄上・・・・・・兄上!・・・・・そんなことはない、兄上が私を憎むなど・・・・・うわああああ・・・・」









「大丈夫、これはすべて夢だ。体が傷つき心もまた怯えて怖ろしい夢を見る」

やさしい声が聞こえた。これはゴンドールの言葉・・・・・・背をなでる手のぬくもりも感じる。恐る恐る目を開く。

「気付かれたか。随分うなされていた」
「私は一体何をしゃべって・・・・・」
「気にしなくてよい。わしはここで聞いたことを誰にも話さぬ」
「ゴンドールの言葉・・・・・」
「わしは若い頃ミナスティリスで医学を学んだ。この言葉の方が他の看守に聞かれず都合がよいであろう。ひどくうなされていた。普通の人間ならとうに命を失うほどの火傷を負っている。さぞ苦しかったであろう。だがな、わしはこの牢獄で30年間お前さんが来るのを待ち続けていたのだよ」
「私が来るのを待っていた・・・・・」

私は仰向けに寝たまま男の顔をじっと見た。年は父よりもかなり上、80を越えているかもしれない。私に対する悪意はない、慈しむような眼差しがある。私が求め続けた父の慈しむ眼差し・・・・涙が頬を伝って流れた。年老いた医者の目も涙で光っている。

「お前さんはここへ来てからだけではない。生まれた時からずっと辛い思いを抱えて生きてきたのであるな。だがこの眼差しはミハエル様と同じ、エルフの血を持つ者が人の心を読もうとする目だ。ようやくエルフの血を持つ者と出会うことができた。ミハエル様に頼まれたものがある、この場所にエルフの血を持つ者が来たら渡してくれと言われたのだ。そのためにのみわしはこの暗く冷たい牢獄の中で30年間生き続けた。起き上がることはできるか?」

私は体を支えられて上半身を起こした。体は痺れるようだが酷い痛みはない。薬が効いてきたのだろう。手のひらに乗るほどの薄く小さな手帳が手渡され、開くと一輪の花が押し花にしてあった。同じページに小さな字で何か書いてある。人間の世界で使われている文字ではない。エルフの言葉である。私は記憶をひっしに辿ってその文字を目で追い、次にゴンドールの言葉にして声に出した。

「闇の水底に咲く華、世界は闇に包まれ大きく変わろうとしている。多くのエルフが捕えられ拷問によりオークへと姿を変えられた。その時流した涙が少しずつ集まり小さな泉を作った。光も音も届かぬその水底に咲く花をほんのわずかでもエルフの血と記憶を持つ者が手に入れれば、その者はいにしえの力を取り戻し、すべての願いがかなえられるであろう・・・・・この花はいったい?」
「闇の水底に咲く華とミハエル様は言っていた。あの方がまだ10歳ぐらいの頃エルフに教えられたと言って同じ花をわしに見せてくれたことがある。その頃のわしはそのような花のことなどたいして気にもとめず、この手帳もまた開くことなく大切に持っていた。あの時の花をこうして大切に持っていたとは・・・・」
「似たような花はイシリアンの森で私も見かけた。だがこれと同じ花は見たことがない。何よりもミハエル殿がこの花を大切に持っていてあなたに託されたということ、深い意味があるに違いない。・・・・・・わが願いもまたこの花を手にした者によってかなえられる・・・・何をねがってこの花を託されたのか・・・・・」
「願いなど・・・・・ミハエル様は処刑される前の夜にこの手帳をわしに託されたのだ。わしはてっきりこれもあの方のやさしさだと思った。わしが後を追って死なぬようこうしたものを託したのだろうと。我が子以上の存在であった。こうしたものがなければとうの昔に命を絶っていたであろう」
「この花は私やあなたが思う以上に大切なものなのかもしれない。話してほしい、ミハエル殿がどのように死んだのか、そして領主のハンス殿はどのように変わったのか」
「よかろう、話してやろう。だが怪我の手当てをするふりをして少しずつ話さねばなるまい。いくら言葉の意味を知らなくてもわしらが長い時間話せば看守が怪しむだろう。ゴンドールとの交渉に使われるのなら時間はたくさんあるだろう。お前さんのことも聞かせてほしい。ハンス様に告げ口することは決してないと誓おう。うわごとでいろいろ言っていた・・・・さぞやゴンドールでも辛い思いをしてきたのであろう・・・・」

私は頷き、この老医者にむかって、少しずつ自分のことを話し始めた。





                                        ーつづくー




後書き
 この章は子供を病院に連れて行き、寝ている隙に少しずつとかなり細切れに書き綴ったのですが、領主の拷問や悪夢のシーンなど日頃こういうことばかり考えているためかわりとスラスラ書けました。領主ハンスはミハエルが殺された時25歳で兄は30歳、その後30年たったので60歳という設定ですが、それにしてはかなり執拗でいやらしくファラミアを責めています(笑)年のわりに元気なのはこの人物には大きな秘密があるためなのですけど、デネパパやこの領主のような意地悪な年寄りというのは今の自分に近いためかとても書きやすいです。反対にいい人ばかりのシーンはセリフがなかなか続かないです。最後にタイトルと結びつく花を強引に出しましたが、これは元々こう考えてタイトルをつけ書き出したのではなく、話が思いがけない方向に進んでしまったために無理やりタイトルと結びつけたでっちあげです。ただこの話は無理なこじつけはしていても思わぬ方向に進んでくれたので話は生き生きとして作者としてはうれしいです。

2009、12、11






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