闇の水底に咲く華(11)
登場人物 ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳
時代 フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後
「私が生まれてすぐ母が病で死にました。そのことが関係しているのかどうか、私は父にずっと疎まれています」
「お前さんも確か兄がいて二番目の子として生まれたとか。不思議なものじゃ。エルフの血は跡継ぎとなる者より二番目の子によりよく伝わるみたいだな」
「父は跡継ぎでありながらヌメノール、エルフの血を濃く受け継いでいました。そして私の母も・・・・兄には伝わらないエルフの血を私だけが濃く継いでしまいました。人の心が読め未来のことがわかる力・・・・でもそれはむしろ不幸なことです。父はその力で私の未来を見てしまいました。私が生きている限り謀反を企む者が必ず私の周りに集まり反乱が起きるというのです。もちろん私にはそんな考えはひとかけらもなく、ただ兄の役にたって生涯を終えればよいと思っていました。でも父はエルフの血の力で私が反乱の首謀者となるのを見てしまったのです。それが私の避けられない未来ならば・・・・・父上はこう言いました。ボロミアはやさしい子、自分の命令で血を分けた弟を反乱の首謀者として処刑するのはさぞ辛いであろう。だからお前はそうなる前にどこかで命を落としてくれればいい・・・・そしてこの国の偵察を命じられました。私は最初から死ぬ覚悟でいました。ソロンギルと名乗ったのは昔ゴンドールに滞在した英雄と同じ名前だからです。私は生涯の間ただ一度も父に愛されたことはありません。疎まれ続けたファラミアという名ではなく、ゴンドールの誰もが知っている英雄となって死にたかったのです。今思えばそれがたった1つの願いでした。でもヌメノール、エルフの血により私は生かされてしまいました。この先待っているのは酷い拷問と死だけであるとわかっていながら生かされる、エルフの血は本当に呪われています」
「そう、呪われている。ミハエル様も25歳の若さで領主暗殺未遂の罪で拷問を受け処刑された。だがな、わしは今でもあの方の魂は近くにいてこの国を見守っている、そう思えてならないのじゃよ」
「不思議ですね。ここは酷い拷問が行われ、連れて来られた者のほとんどは殺される運命にある、呻き声や恨み、血の跡が溜まった場所であるのにやさしく穏やかな空気に包まれている。あなたのような方がいるからでしょうか?」
「わしではない。あの方の魂がここを守っておられるから・・・・だからこそわしも生き続けることができた。体の具合はどうじゃ?痛む所はあるか?」
「だいぶ楽になった」
「ではもう少し話を続けてもよいかな」
「ミハエル様は小さな頃から人の心がわかるやさしい子であった。エルフの血によりその頃からもう未来のことも見えていたのであろう。だがその力はあの方に禍ばかりもたらした」
「あの方が10歳ぐらいの時であろうか、領主様が大切にしていた壷を奉公人の子があやまって壊すということがあった。壊した子もミハエル様と同じ年頃、だが奉公人の子が壊したと言えばどれだけひどい罰を受けるかわからない、ミハエル様はとっさに自分がやったと嘘を言いその子をかばった」
「自分がやったと言えば領主である父はそうひどい罰を加えることはない、そう思ったのですね」
「ああ、そうじゃ。領主様もミハエル様なら仕方がない、数回鞭で打っただけで許そうと思われたに違いない。だが連れてこられたのはこの拷問室、運が悪いことに領主様はその後すぐ遠くへ出かけられていて、命令を下したのは日頃ハンス様とミハエル様をよくは思ってない領主様の弟君であった。地下牢で働く拷問吏はミハエル様の顔など知らぬ。重い罪を犯した使用人の子だと伝えられ罰を与えた」
いやな予感がした。拷問や処刑を日常的に行っている者ならば幼い子供とて容赦はしないだろう。そればかりか子供であるからこそ欲望のえじきにするかもしれない。
「このようなことをお前さんに話してよいものかどうか。エランドの人間は残酷であると思うであろう」
「いえ、すべてを話してください。ミハエル殿はどんな目にあわれたのか。きっとこのできごとは30年前に起きた事件とも大きく関係しているのでしょう」
「わしがここに来た時にはすべてが終わっていた。ミハエル様は同じこの場所の寝台の上で体を丸めて呻き声を上げられていた。その時の様子は昨日のことのようによく覚えている」
「ミハエル様、しっかりしてください。鞭だけでなく背中に大きな火傷の痕まで・・・いったい何をされたのですか」
「背中に火をつけられ・・・鞭で打たれて・・・・気を失いそうになった時他のことも・・・・」
「暴行されたのですね。辛いでしょうが正直におっしゃってください。このようなことは許されることではありません。領主様が戻られたらすぐに話をし、それ相応の処分をしていただきましょう」
「誰にも、何も言わないで・・・父上がもどる頃には火傷の痕は治っている。ただ鞭で打たれたということにして・・・・」
「しかし・・・・」
「これがもし彼ならばもっと酷い目にあっていた。それでも彼らが罰を受けることはない。それなのに領主の子だというだけで、父上にこのことが知られれば彼らが殺される」
「でも、ミハエル様・・・・」
「全部わかっていたこと・・・・エルフの血で全部見えてしまう・・・・だから手当てだけをしてください」
「背中は広く焼け爛れ、何本もの鞭の線がついて血と膿が滲んでいた。油を塗って火をつけ、すぐに消して火傷を負った背を鞭打ったのだ。ここの拷問ではよくやられている。普通に鞭打つより遥かに強い痛みを感じて屈強な男でも白状してしまう。だがそれを10歳の子供に対して行うとは・・・・手首と足首には鎖の痕がくっきり残りそこからも血が滲んでいました。そして下半身には暴行の痕跡がはっきり残されていた」
「でも、ミハエル殿は10歳の子といえども自分の身に何が起こるかわかっていて、覚悟の上で身代わりになったのですよね」
「そうであろう。わしはあの方を抱きかかえ、そう、まだ1人で抱きかかえてここの石段を登れるほどの小さな体だった。わしに与えられていた部屋に入り、体を清めてできる限りの手当てをした。ミハエル様は3日3晩熱を出して苦しまれたが、3日目の晩兄のハンス様がわしの部屋に来た。もっと前から来ていたのだが、あの火傷の痕を見せてはいけないと会わせないようにしていたのじゃ」
「そうですか」
「ハンス様、ミハエル様はまだ熱が高くお会いできる状態ではありません。どうかもうしばらくお待ちください」
「顔だけ見たらすぐに戻る。いいだろう」
15歳のハンス様はわしよりもかなり背が高く体も大きいので無理に拒むことなどできはしなかった。ハンス様はつかつかと部屋に入り、ミハエル様が寝ているベッドの脇の椅子に座られた。
「ミハエル、まだ熱は下がらないのか。だから俺が言っただろう。身代わりになるのはやめろって。お前はこの前も夜中に森の泉に行ったとか言ってびしょ濡れで帰ってきて熱を出したし、あんまり俺を心配させるな」
「ごめんなさい。鞭で打たれるなんて初めてのことで、あんまり痛くて苦しかったから・・・・」
「そうか、俺にちょっと見せてみろ」
「だめ、兄上にこんな傷痕を見せたくない」
「わかった、無理にとは言わない。お前、願いがかなう花を見つけたとか言っていたけど、悪いことばかり起きているじゃないか」
「そんなことはない。願いは叶えられた。もしあの子が罰を受けていたならばもっと酷いことをされていたから・・・・あんなひどいことをされるなんて・・・僕ならばただ鞭で打たれるだけなのに・・・・」
「見えたのか、エルフの血の力で・・・・」
ミハエル様は寝たままうなずかれた。
「僕と同じ10歳の子供なのにひどい目にあって誰も助けてくれず死にかけていた。僕ならば同じことをされても死ぬことはない」
「わかった、ミハエル。お前には俺にはわからぬ未来のことが見えてしまうんだな。俺にはエルフの血は流れてないからお前の見える未来は見えない。だけど、お前の痛みは俺にもなんとなくわかってしまうんだよ。3日間俺がどんな思いでいたかわかるか?」
「兄上・・・・」
「鞭で打たれただけではない。体に火をつけられ辱めまで受けた」
「どうしてそれを・・・・」
「お前の顔を見ればそれぐらいのことはわかる。誰が命令した。父上に話してやったやつらにそれ相応の罰を与えよう」
「父上には言わないで・・・・お願い!」
「なぜそんなやつらをかばう?」
「彼らにも家族がいて、あの場所で働かなければ生きていけない」
「お前にはすべてのことが見えてしまうのか。だからと言っていつも自分が犠牲になってはだめだぞ。だけどどうしてもそうしなければならない理由があって苦しくて耐えられないならば俺のところへ来い」
ハンス様は上着を脱ぎ、ミハエル様のいるベッドの中にもぐりこんで太い腕をまわして抱きしめられた。
「お前は小さい頃何かあるとすぐ俺のベッドにもぐりこんで泣きじゃくっていた。しばらくこうしていればすぐに泣き止んだ。お前がエルフの血を持ち、絶えず人の身代わりになって苦しむのならば、俺がお前の痛みをなくしてやろう。一人で苦しまなくてよい、必ず俺のところへ来い」
「どうした、薬の効果が薄れてまた痛みがもどってきたのか」
私の流す涙に老医師は驚いて話を途中でやめた。
「いえ、私も同じように何かあると、私の場合はミハエル殿のように誰かの身代わりになるというのではなく父に疎まれて鞭打たれていただけですが、兄のところに行っていました。仲のよい兄弟だったのですね。それなのに何故・・・・」
「わしはミハエル様が毒を入れたとは思えぬ。あの時と同じように誰かをかばってしまったのだろう。あの方の目にはご自分や友人が犠牲になる以上に怖ろしい未来が見えてしまったのだろう。だがそれ以上にわからぬのはハンス様の変わりよう。毒を飲まされて3日3晩苦しまれた後異国のまじないしという男が来て奇跡的に命は助けられたのだが、それ以降人前では必ず仮面をかぶるようになった。そのまじないしが侍医となり、わしはそれ以来この地下牢に閉じ込められ、ただ拷問を受けた者の手当てだけどするよう命じられた。30年もの間ずっとだ。日の光を浴びたことなど1度もない。ハンス様と会うのもあの方がこの地下牢に来た時だけなのだが本当に変わられた。でなければあんなにかわいがられていたミハエル様をあれほど酷い方法で殺すなど・・・秩序を守るためでも他にいくらでも苦しまない殺し
方があるのに・・・・わしは時々ハンス様はあの時の毒が原因で亡くなられ、別の者が領主としてこの国を支配しているのではないかと思うことがある」
「そうですね、私も今話を聞いた弟思いのハンス殿と今のこの国の領主が同じ人間とは思えないです。でも毒で3日3晩苦しまれたといいますから、その苦しみで人柄がまったく変わってしまったとも考えられます」
数人の男の冷たい足音が響いた。また拷問を受けなければならないのだろう。
「すまない、今のわしにはお前さんを助ける力はない」
「大丈夫です。私はまだすぐには死にません。そのような未来は見えていません」
言いながらも私の体は何をされるかわからない恐怖にガタガタと震えていた。
−つづくー
後書き
新年初の指輪の更新は地下牢からということで暗い話ですみません。でもこういうシーンが一番書きやすかったりして・・・・読んでくださる方、今年もよろしくお願いします。
2010、1、15
目次へもどる