闇の水底に咲く華(12)
登場人物 ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳
時代 フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後
地下牢に入れられて数日が過ぎた。この場所に日の光はまったく届かない。ただ水と食物が規則正しく運ばれるので、その回数をあの手帳の白いページに血で記した。老医師はあれから私のところへは来ていない。用がある時以外はこの地下牢の別の部屋に監禁されたままなのだろう。ただ見張りの兵士が火傷の痕を調べて乱暴に薬を塗るだけであった。それでも日が経つにつれ火傷の痛みは薄れ、ようやく手足をのばして眠れるようになった。だが傷が治るころにはまた新たな拷問を加えられるのであろう。そして数人の男がやってきて私の体を引きずり、拷問用の部屋へと運んだ。
「しっかり鎖でつないでおけ、大暴れするからな」
「おい、本当にそんなことするのか。まだこの前の傷だって」
「余計なことは考えるな。俺達はただ命じられたとおりのことをすればいい。この男にはエルフの血が流れている。簡単には死なない」
男達の中に仮面をつけた領主ハンスの姿はない。何かを聞き出すつもりもなく、ただ私を痛めつけろと命じられたようだ。拷問用の台にうつ伏せに寝かされ手足を伸ばして鎖で繋がれた。目隠しをされ、背中に何かを塗られている。
「油を塗り火をつけるつもりか」
「よくわかったな。安心するがいい。水は用意してある。死なせはしない」
「やめてくれ・・・・・うわあああー」
松明の炎が近づけられ、私は叫び声をあげて意識を失った。すぐに水をかけられ火は消されて意識を取り戻した。だが本当の試練はこれからであろう。
「何が目的だ。私に何を聞きたい」
「動けなくなるまで痛めつけろというご命令だ。エルフの血を持つ男は普通に鞭打ったくらいではすぐに回復するそうだからな。だがさすがにこれはこたえるだろう」
「ああああー・・・・・ひいいいー・・・・・」
背中に鞭が振り下ろされると同時に絶叫した。自分では見えぬが広く火傷を負った皮膚が引き裂かれ血と膿を流しているのだろう。息を整える間もなく鞭は何度も振り下ろされた。
「うわあああー、お願いだ、やめてくれ・・・・・ひいいー、痛い・・・・・あああー・・・・・」
泣き喚き体をそらすほどに鞭の勢いは激しくなり、血が吹き出ているのがわかった。
「やめてくれ、お願いだ・・・・どんなことでも言う、なんでもする・・・・だから・・・・」
「これくらいでいいだろう。死なれても困るからな」
その言葉に安心したのだろう。私は再び意識を失った。
気がつくと別の部屋に移され手足の鎖と目隠しははずされていた。背中がひどく痛み、粗末なベッドの上で体をまるめて呻き声を出した。ベッドの下に隠しておいた手帳を取り出した。そこに挟まれている白い花・・・・・
「エルフが流した涙の泉、闇の水底に咲くという花か。願い事をかなえてくれるというのならすぐにでも死なせてほしい。これ以上の苦痛には耐えられない」
「ファラミア、俺やマルディルだけではない。イシリアン、ミナステリス・・・・いやゴンドール中の民がお前の帰りを待っているのだ。死んではならぬ」
「兄上、私はゴンドールに禍をもたらす者です。だからこうして兄上の知らない場所で・・・・・最後に私の願いはかなえられました。この花が私に兄上の声を聞かせてくれる。目を閉じれば夢で姿も見せてくれるのでしょう。それだけで私は充分幸せです」
「目を閉じてはならぬ、もう一度よくその花を見るがいい。お前は30年前にこの国で起きたことの真実を知り、闇を光で照らすであろう。流された血でその花のまわりを触れてみるがいい」
私は背に手をまわした。火傷の痛みと皮膚が引き裂かれた痛み、たくさんの血が手のひらに溜まった。それを指につけて花をはさんだ次のページをなぞると血で文字が浮き上がった。エルフが使う文字で書かれた言葉、スラスラとは読めないがなんとか意味はわかるかもしれない。血のついた指で慎重に文字をたどった。
「何度も意識を失い夢と狂気の世界をさまよった。激しい痛みを感じているから今は現実の世界にいるのであろう。そして人間の心も取り戻している。拷問を受けている間、私は心すらエルフの血に支配され真実を語ることはなかった。毒を入れたのが誰なのかはっきりわかっている。だがその者の名を告げその男が拷問にかけられ処刑されるならば、今度はその一族による復讐が始まり、エランドは内乱となるであろう。国中が争いに巻き込まれ、村や畑は焼かれて多くの民が逃げ惑い殺されていく。数千年もの間エルフが守り続けた森や泉、そのすべてが憎しみの炎で焼かれ荒野と化す、そのような夢を見せ、エルフの血は私が犠牲となるよう命じた。私1人の命だけではない、私を愛した友人や側近12人の名前を言い、陰謀を計画したと話してしまった。私の口から真実の言葉が出ることはない。エルフの血に支配され、命じられたとおりの言葉を述べている」
エルフの血に支配されるとはどのようなことなのだろうか。私は自分の痛みも忘れ夢中で手帳にあらわれていく血の文字を指で追った。
「エルフの血を持つ者は呪われている。世界が闇に包まれようとした時、多くのエルフが西の国へと旅立った。だが人間を愛しどうにかして人間を救おうと思ったエルフは危険な世界に敢えて残り、人間と交わってその血を伝えた。エルフの血を受け継いだ者は他人の心が読め未来を知ることができる。その力を利用して他の人間を服従させ王や領主となった。人間の欲望に限りはなく、やがてはエルフの血を持つ王や領主が国をかけて争うようになった。同じエルフの血だけでは力は互角、勝つためには闇の勢力と手を結び、そしてエルフを裏切った。エルフは人間を疑うことを知らない。裏切られ闇の力に捕えられて拷問を受けた時にそれを知り呪いの言葉を吐いた。愛する人間に裏切られた悲しみと死ぬことができず苦しみ続けて醜いオークへと姿を変えられてしまった苦痛、その激しい呪いをエルフの血を持つ人間はすべて引き受けなければならない」
先に裏切ったのは人間だったのか。なぜ人間は短い生涯の中権力を求めて争わねばならぬのか。
「エルフの血は私に死を命じ、その運命から逃れることはもはや不可能であろう。かけられた呪いは誰かが受け止めなければ人間の世界に大きな禍がもたらされる。だが正気にかえり人間の心を取り戻した私は、自分1人だけでなく12人の者が共に死ななければならないことを悲しむ。エルフの血は私達がどのような殺され方をするかまではっきり見せてきた。明日か、それとも10日後か、間違いなく私達はその方法で処刑されるであろう。エルフの血と人間の心・・・・・私は運命に従うしかない・・・・だがせめて呪われてはいない12人の者はできるだけ苦しまずに死なせてほしい。この花に願いをかなえる力があるならば・・・・・私が彼らの苦痛を全て引き受ける・・・・兄が苦しんだ3日3晩生き続けよう。だから彼らを苦しめないでくれ」
エルフの血と人間の心の壮絶な戦いが目の前に見えた。彼は3日間生きることで戦い続けた。他の者の苦しみをなくしその魂を救うために・・・・・だが彼自身の魂は・・・・
「いつかこの国に私と同じエルフの血を持つ者が訪れよう。彼もまた呪われ過酷な運命を背負っている。エランドで捕虜となり酷い拷問を受けるであろう。だが彼の使命はそれだけではない。私が伝えられなかった言葉を彼は話し、この国の闇に光りをあて、多くの民を導いて救う救世主となる。もう1つ、エルフの流した涙が願いをかなえてくれるなら、役目を果たした彼を見捨てて殺すのではなく、再び故国へと帰し愛する者に囲まれて生きられるようにしてほしい。どれほど酷い裏切りを人間がしようとも、エルフは人間を愛しその未来を信じたのであるから・・・・・」
そこから先、いくら指でたどっても文字はあらわれなかった。
「あなたは私がここに来ることがわかっていたのですね。でもどのようにしてあなたの言葉を伝えればいいのですか。それに私が救世主になるとはどういう意味ですか。教えてください、私にはわからないことばかりです」
「多くのエルフは呪いの言葉を吐いた。だが、どれほど酷い目に合おうとも人間を愛し信じたエルフもいた。その涙とお前を愛する者の力でお前は救われよう」
血まみれだった私の手から血は消えていた。そして手帳に浮かび上がった赤い文字も消え、真っ白な花と最初に見た黒いインクの文字だけが残っていた。エルフが守る深い森にある涙でできた泉、その水底に咲き願いをかなえるというこの花を彼はどのような思いで見つめていたのであろう。他の者の苦しみをすべて引き受ける覚悟で自分自身にかけた願い、それは見事にかなえられている。白い花の上に涙が落ちて染みができた。
−つづくー
後書き
この章はずっと救世主がテーマになっている曲をかけて書いていて、自分にとって救世主とはこのようなイメージです。
1010、1、29
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