闇の水底に咲く華(13)

登場人物  ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
        ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳

時代     フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後

背中に酷い火傷を負い、鞭打たれて血を流した状態で私は数日放置された。1日に3度食事と水が運ばれ、男達にうつ伏せにされて手足を押さえられ背に薬を塗られた。それが本当に薬なのか痛みを増すために塩水を塗られているのかもしれない。私はそのたびに呻き声をあげ意識を失った。意識を取り戻しても自由に動けるわけではない。とりわけ足の痛みはひどく体を支えることなどできはしない、這うようにして水が置かれた場所まで重い体を引きずり、水と置かれたわずかなパンを口に入れ、またベッドへと戻った。背中は少しでもものにあたれば飛び上がるほどの痛みを感じる。うつ伏せになって体を丸め、呻き声を漏らしながら必死に耐えた。そしてまた男達が食事ではなく鞭を手にしてやってきた。血が乾くころにはまた鞭で打たれる。散々いたぶって殺すつもりなのだろう。

「領主様の命令だ。ここを出て外へ行け!」

思いがけない言葉だった。だが地下牢に閉じ込められた捕虜や罪人が外に出られるのは処刑される時だけ。ついにその時が来たのだろうか。なんのために外へ出されるのか、鞭を手に持つ男達の心はまったく読めない。彼らに目的など知らされていないのだろう。

「さっさと立って歩け!」

背中に鞭があてられた。私の体は腰に布を巻いてあるだけで上半身は全く裸であった。鞭は容赦なく背中を傷つけ血が流れるのがわかった。

「エルフの血を持つ男は強いと聞いたが、なんだ、立ち上がることもできないのか」
「ハハハ、長年俺達を苦しめてきたゴンドール人が惨めな姿だな」
「跪いて舐めるがいい。よい気分にさせてくれたら手を貸してやろう。お前だって死ぬ前にもう1回いい気持ちになりたいだろう?」

1人の男がニヤニヤ笑いながら自分の服を脱ぎ始めた。

「そのようなことをしてまで手を貸してはもらわない!」

私は足に力を入れてベッドから立ち上がった。固い石の床が火傷で腫れた足を刺激し、血と膿が流れた。1歩、2歩、フラフラと歩き鉄格子の外へと出たが、力尽きてそのまま石の床にドサリと倒れた。また背中に鞭があてられた。

「ハハハ、強がりを言ってもしょせんそれまでか」
「最初から言われたとおりにすれば痛い思いをしなくてすむものを・・・」
「気絶させてから楽しもう。どうせすぐ殺される男だ。俺達に責任は問われない」
「待ってくれ。私は殺される身だ。だがせめて人間としての誇りは傷つけずに殺してくれ」
「そんな言葉が通用すると思っているのか?ここには12,3の子供も大勢運ばれてくる。そいつらを鞭打って陵辱するのが俺達の主な役割なのさ。もっともここへ運ばれる前に散々犯され傷つけられているから抵抗する力は残ってない。されるがままだからたいしておもしろくはないさ。お前のようにこれだけの体になってもまだ誇りを傷つけるなというヤツの方がよっぽど楽しめる」
「12,3の子供が、何のために・・・・」
「そういう趣味のヤツがいるんだろう。死にかけて無抵抗になった子供をただ眺めて楽しむという・・・・死にかけた頃どこかに連れて行かれ、俺達には特別な給金が支払われる」
「それで・・・その連れ出された子供は2度とここには・・・・」
「戻ってくるわけないだろう・・・・余計なことまでしゃべってしまった・・・・さあ、おとなしくなれ」

再び鞭が振り下ろされた。叫び声は石の壁でもどってきて自分の耳に届く頃次の鞭で悲鳴をあげる。泣き喚く声が地下牢の全体に響き渡った。こんな声が聞こえればあの年老いた医師がさぞ心をいためるであろう。だがそれを気にする余裕すらなかった。

「うわああー・・・・・あああー・・・・・」
「エルフの血はしぶといな。簡単に死なぬばかりか意識も失わない」

意識が遠くなりかけた頃別の声が聞こえた。






「ここでなにをしている!」

威厳に満ちた声だった。

「ヨハン様、なぜこのようなところへ・・・・私どもは殺される捕虜を連れ出そうとしていたところです。思いがけず抵抗されましたので鞭で打ち動けないようにしていたところです」
「その男の体を見れば歩くことすら難しいとすぐわかる。それをさらに鞭打って傷つけるとは・・・・お前達、その男がゴンドール執政家の者だと知っていてこのような仕打ちをしているのか」
「もちろんです。すべてはハンス様のご命令、ヨハン様とてそれを無視することはできないはずです」
「わかっている。私はハンス殿の家臣の身、逆らうことなどできはしない。だが前からいろいろな噂を聞いていたが、ここでこれほど酷いことが行われているとは知らなかった。国の政治を預かる身として、貿易や外交ばかりでなく地下牢の様子、罪人や捕虜の扱いについてもっと気をくばるべきであった。今日は特別な客人が来ているということ私も立ち会うことになり、ふと気になって地下牢に来てみたらこのようなことを・・・・もうよい!お前達はすぐに下がれ!この方は私が連れていこう」

ヨハンと呼ばれた男が私に近づいてきた。60歳を越えているだろうが、威厳に満ちた声と地下牢には似つかわしくない豪華な衣装、このエランドでかなり地位のある男に違いない。彼は私を助け起こした。

「酷い怪我だ。それにこのままであの方に会わせるわけにはいかない。申し訳ございません、一度牢の中に戻って着替えてくれませんか?」

着替えをしろということは殺されるために外へ出されるのではないということか。私は安堵の溜息をついた。ゴンドールからの使者が来て会わせようとしているのであろう。私は彼の肩を借りて牢へ戻りベッドに腰をおろした。

「ありあわせでございますが、どうかこの服に着替えてください」

ヨハンという男に手伝われ、私は今まで腰の周りにつけていた布をはずし、下着を身につけその白い衣装も体にまとった。

「白い服では血の染みが見えてしまう。これを上に羽織ってください」

彼は自分が身につけていた金の衣装を私に手渡した。

「私の体は血で汚れています。この衣装が血に染まっては・・・・」
「いいえ、どうか気になさらずこれを着てください。使者としてお見えになった方はゴンドール執政家の者とおっしゃっています。白い木の紋章が入った衣装を身につけておられました。そのような方が今のあなたのお姿を見て・・・・・」

突然男はベッドに腰掛けている私の前で跪いた。

「ゴンドールとエランドでは国の大きさも兵の数もあまりにも違います。まして今は属国として忠誠を誓った国、その国であなたのような方がこのような酷い目にあったと知られれば戦は避けられない、双方に多大な犠牲が出ます。あなたにこのような仕打ちをしながら・・・・どうかこのことは言わないでください」
「ゴンドールからの使者が来ているのですか。わかりました、私もできる限り戦を避けたいと思っています。でもあなたはなぜ・・・・私の気のせいでしょうか?あなたの目はすぐ近くにいる私ではなく別の者を見ているように感じるのですが・・・・」
「やはりあなたはエルフの血を持つ方、私の心を見抜いているのですね。エルフの血を持つ人間がこの国に来た時、今まで闇に葬られてきた全ての真実が明らかになると言われています。私の犯した罪・・・・・その償いをする時がきたと覚悟はできています。でもその前に今すぐゴンドールから来た使者の方に会ってください。戦を避けなければならない。それが今私にできる最後の務めです」
「わかりました、今からその使者が待つという場所へ行きましょう。私は1人では歩けそうもありません。どうかあなたの肩を貸してください」
「はい」

私は借りた衣装に着替え、ヨハンという男の肩を借りてゆっくり立ち上がった。足は酷く痛むが人の手を借りればなんとか歩けそうである。この男が犯したという罪はなんなのか。よほど固く心を閉じているらしくこれほど近くにいながら読むことはできない。代わりに私は痛む足を引きずりながら今から会いにいくゴンドールの使者について考えた。






白い木の紋章が入った衣装や鎧は本来なら執政家の血を引く者だけが身につけることを許されていた。だが戦乱の世が続き、最も身近に仕える側近にもまったく同じ衣装と鎧が密かに渡されるようになった。戦況が危ぶまれ、捕虜が取られそうになった時身代わりとなるためである。敵に捕えられた捕虜、まして執政家の衣装を着て欺いたと知られれば想像を絶する酷い方法で殺されるであろう。だがそうやって側近の犠牲のもとに執政家の血は絶えることなく今日まで続いてきた。ボロミアもおそらく何人かの側近に自分と同じ衣装を手渡しているだろう。そして親友のマルディルにも・・・・いざという時には自分の命に代えて弟を守れと無言の命令を出したに違いない。

「30年前、私は同じようにしてミハエル様がここを出て刑場へと連れて行かれる時に肩をお貸しして並んで歩いたのです。その時あの方は言われました。同じエルフの血を持つ者が来た時に闇に光があてられ、全ての真実が明らかになると・・・・・そして後は一緒に処刑される者の名を何度もつぶやいていました」
「一緒に殺される者の名をつぶやく・・・・・それが救いとなるのであろうか」

一歩ずつ階段を上がり、暗い闇の世界を抜けて日の光を感じるようになった。彼はこの世の名残となる光をどのような気持ちで見たのであろう。まぶしい光に照らされる間、自分の体は炎に炙られ悶え苦しまなければならない。それでも友の名を呼びその苦しみを背負おうとすることで・・・・マルディルもきっと・・・・

「その使者の名はマルディルというのですか?」
「わかりません、ただゴンドール執政家の者として交渉に来たと言っておりました」

彼は口ではゴンドールの正規軍を連れてきたとでも言って脅しているであろう。だが実際には誰にも言わずただ1人執政家の紋章が入った服をつけてここへ来たのであろう。ペラに知らせて本当に正規軍が動き出すまでには何日もかかる。彼は最初から私を助け自分も救われることなど考えてはいない。私の運命を知り、ただ一緒に死ぬためだけにこの国までやってきた。ボロミアに命じられたからではない。私が孤独と絶望の中で死ぬことを避け、最後まで寄り添っていたいと考えたのであろう。それは私の最後の願いかもしれない。痛みと死の恐怖でのた打ち回りながら私の心は共に死ぬ者を求め、そしてあの花が願いを叶えてくれた。弱い心が大切な人間を死地へと誘い込んでしまう・・・・覚悟を決めて出てきたはずなのに・・・・こんなにも死をおそれ・・・・

「どうされましたか。苦しいのなら少し休みましょうか」

声をかけられはっとした。私の目から涙が流れ出ていた。

「大丈夫です。日の光が眩し過ぎて・・・・次にこの光を見るのは死ぬ時であろうと・・・・たとえ、死が迫っているとしてもこの光はなんて明るくまぶしいのだろうと・・・・・マルディル、すまぬ・・・・私の弱い心が君まで運命に巻き込み道連れにしようとしている・・・・・それなのに・・・・世界に闇がせまっているなんて信じられない・・・・・今、私の前に広がる世界は光と希望に満ち溢れている」






                                   −つづくー





後書き
 この後に続くゴンドールから来た者に会う場面をいろいろ考えていたのに、地下牢から出るだけで終わってしまいました。次回がクライマックスです。


2010、2、4






目次へもどる