闇の水底に咲く華(15)

登場人物  ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
        ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳

時代     フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後

部屋の中に仮面をつけた領主のハンス、ヨハンという男、そして私の手当てをした老医師の3人が入ってきた。みな60をこえていたが、さすがに威厳のある態度、数名の護衛の兵士を引き連れて入って来るだけで部屋の雰囲気ががらりと変わった。ただ老医師だけがひどく不安げな様子でいるのが気になった。30年間ずっと地下牢に入れられていたと聞いたが、それが本当ならば30年ぶりに光のさす館の部屋へと入ってとまどっているのだろう。最初に仮面をつけた領主が私達の前に立った。父と私が立ち上がろうとするのを片手で制した。

「そのままで結構です。ゴンドールの執政殿はどうやら勘違いされているようなので私の口から詳しく話しましょう。ただファラミア殿はそろそろ薬の切れる頃、別の部屋で手当てを受けていただきたいのですが・・・・」
「息子をどこへ連れて行く?再び地下牢へと入れられ拷問を受けるのではないだろうな」
「執政殿の心配なさるお気持ち、よくわかりました。それでしたら同じ部屋の目の届く場所にファラミア殿もいていただきましょう。その方が安心して私の話を聞いていただけるかと思います。ただ薬が切れるとひどく苦しみ錯乱状態に陥ることがあるので、もう1度薬を飲んで頂くようにします」

領主の合図で医師が小さな壷を持って私の前へと来た。

「ファラミア殿、いつもの薬でございます。しばらくの間痛みや恐怖を忘れることができますのでどうか御飲みください」

私は痛みを忘れる薬などここへ来て飲んではいない。医師の言葉が嘘であることはすぐにわかった。私を眠らせその間に領主ハンスは父と話すつもりなのだろう。何を話すのか気になるが、今ここで私が拒めば目の前にいる医師がどのような目に合わされるかわからないし、父が危険に晒されるかもしれない。ここはエランド領主の館にある部屋、助けを呼ぶことはできない。私は差し出された壷を受け取り、薬を一息に飲み干した。急に眠気に襲われ目を閉じた。

「ファラミア殿はしばらくの間お休みになられます。執政殿はあちらに用意した席にお移り下さい」

父が椅子から立ち上がる音が聞こえた。体はひどくだるくて目をあけていることもできないのだが、音はまだ聞こえている。私は意識を集中させて父と彼らの言葉を聞き取ろうとした。






「私にも息子が2人おります。執政殿にとって今回のことが信じられぬということ、お気持ちはよくわかります」

ヨハンという男の声だ。彼らはゴンドールの言葉で父に話しかけている。

「ですが、不幸にもファラミア殿はエルフの血を濃く受け継いだようです。30年前のミハエル様と同じように・・・・」
「ヨハン、いい加減なことを言うでない。弟のミハエルとファラミア殿は同じエルフの血を継ぐといってもまるで違う。ミハエルはあのような忌まわしい事件を起こした。だがファラミア殿は・・・・おそらく自分の未来が見えてしまいとっさに祭壇の炎に飛び込んでしまったのでしょう。怖ろしい罪を犯す前に自ら命を絶ち呪われた体を聖なる炎で焼き滅ぼしたい、そのように思われたのだと思います。ファラミア殿がどれほど素晴らしい方であるか、その噂はここエランドにも届いています。であるからこそ己の運命に絶望しあのような行動をとられたのでしょう」
「ファラミアの火傷はかなりひどいのか」
「はい、普通の人間でしたらまず助からなかったでしょう。体中にひどい火傷を負い、目が覚めれば錯乱状態で大声を出して暴れるのでしかたなく鎖で縛り強い薬を飲ませて眠らせ、それから手当てをいたしました」
「そうか・・・・そこまで苦しんだのか・・・・」

父の悲痛なつぶやきの後、しばらく沈黙が続いた。

「ファラミアの手首には幾筋もの痣ができ、血が滲んでいた。苦しさによほどひどく暴れたのだろう。お前はファラミアの手当てをしたならば、火傷以外にも鞭の痕が無数にあることに気付いたであろう。わしはあれを憎み、ようやく歩けるようになった幼い頃から理由をつけては繰り返し鞭で叩いていた。10歳を越えた頃からは自分の手ではなく、拷問吏に命じて罰を与えた。10歳の子がささいなことで父の怒りにふれ、執政の命令には逆らえぬ拷問吏によって鎖で縛られ鞭で打たれ焼き鏝まであてられた。どれほど辛く怖ろしかったであろう・・・・だがファラミアはわしの前では決して涙を見せなかった。鎖に縛られ炎に焼かれ、苦しみ抜いた今ようやくわしの前で子供のように泣きじゃくった。あの涙は今だけのものではない、今までためていた涙をすべてわしに見せた・・・・そこまで苦しめた父に死の間際・・・・もう1度だけ会い優しい言葉をかけてもらいたい、そんなことを願う子だったのだ、ファラミアは。・・・・お願いだ。どうかあの子をこれ以上苦しめないでくれ。鎖で縛られれば恐怖で暴れ自分を傷つけてしまう。痛みを取り除きやさしい言葉をかけて治療をしてやってくれ。頼む・・・・・」
「わかりました・・・・ファラミア殿は・・・・・私の命にかえてもお守りいたします」

老医師の声は悲痛だった。それができぬとわかっていながらそう答えるしかないのだろう。またしばらくの間沈黙が続いた。







「執政殿、私の弟ミハエルについて少しお話してもいいでしょうか」

領主ハンスの声である。だが私を火にかけようとした時、そして地下牢へ来て苦しめた時とはまるで違う温かみのある声だった。ゴンドールの執政である父に取り入るためにわざと口調を変えているのか、それとも実の弟に対してだけはそれなりの複雑な思いがあるのか・・・・・・

「私の弟ミハエルは小さな頃から賢くまたやさしい子でした。私にはないエルフの血を両親から受け継ぎ、人の心が読め未来のこともある程度わかるようになっていました。私が15、ミハエルが10の時使用人の子が間違って父が大切にしていた壷を割ってしまいました。父の怒りは激しく、割った者には厳しい罰を与えるといい、その時弟は自分ならば罰も軽くなるだろうと身代わりとなって名乗り出たのです。けれど手違いがあって弟は領主の子とは知らない拷問吏の手で酷い罰を受けたのです。泣きじゃくる弟の体を見て私は息をのみました。背中全体が焼爛れその上に幾筋もの鞭の痕があったのです。私はミハエルにこういいました。この先また未来のことがわかり誰かの身代わりになるなら必ず相談しろ、そうすれば兄である自分が守ってやれる、そんなことを言いました。だが、結局守ってやることができなかった。同じ館に住み、血の繋がった実の弟でありながら私はあれの心が闇に支配されていくのに少しも気付かなかったのです」
「心が闇に支配されていくとは・・・・」
「エルフの血の呪いです。どれほどやさしく賢い子に生まれようとエルフの血が心を支配してしまう、ミハエルは自分がエランドの支配者になろうと計画し、邪魔になる官僚や地方の貴族を次々と殺していったのです。自分を崇拝する若者を自らの体を使って虜にし、殺害を命じました。ある者は毒で殺され、中にはオークに襲われたと見せるため村人すべてが殺されるということもありました。そうやって私の知らないところで弟は確実に計画を実行し、最後に兄である私を殺そうとしたのです」
「そのようなことが・・・・・だがしかし・・・・・ゴンドールでも似た話が伝えられている・・・・王位、そして執政の位を狙っての果てしない殺し合いの歴史・・・・・」
「弟に飲まされた毒で私は3日3晩生死の間をさ迷い、そして生き返りました。弟と親しくしていた者を拷問にかけ、恐ろしい計画を知ったのです。実の弟でも闇に心を支配された者を許すことはできません。オークのしわざと見せかける、ただそのために何百人もの罪のない村人が酷いやり方で殺されたのですから、弟をはじめ計画に参加していた者は全員極刑、火あぶりとなることに決まりました。処刑の様子を見守りながら、私は激しく後悔しました。なぜ、弟の心が闇に支配される前に気付いてやることができなかったのか、あんなにやさしい子だったのになぜ・・・・薪に火がつけられ、絶叫の中彼らの体はたちまち炎に包まれました。せめて苦しみが長く続かぬようにとたくさんの薪を用意し、油をたっぷり沁み込ませておきました。けれども弟のミハエルだけはエルフの血でなかなか死に切れず叫び続けていました。私は弟の苦しむ姿に耐えられなくなり、周りにいた兵士の長槍を奪って火が燃え盛る処刑台に上り弟の体を槍で突きました・・・・・その時私もまたひどい火傷を負い、特に顔はとても人には見せられずこうして仮面をつけるようになりました。30年過ぎた今でも火傷の痛みが消えることはない、でもそれでいいと私は思っています。弟を救うことができなかった私のせめてものつぐないです」
「30年前、エランドで反逆者が火あぶりとなったという話は聞いていたが、その中に身内の者まで含まれていたとは・・・・」
「いくら身内の者でも大きな罪を犯した以上それに見合う刑にしなければ民は納得しません。むごいようでも苦しんで死んでいく姿を見せなければ恨みは永遠に続いていくのです」

領主の話はガシムや老医師から聞いた話と大きく食い違っている。だが父はその話を信じ、近くにいるであろう老医師とヨハンという男もその言葉を否定しない。

「なぜ私がこのように身内の恥ともいえる弟のことを長々話したかというと・・・・・」
「わかっておる、ファラミアもまた同じエルフの血を持つ者、いつか同じようなことをする危険があると・・・・わしのヌメノールの血もそう告げている」
「エルフは人間に対して何を呪ったのだ!やさしく純粋な子であったミハエルを狂わして何をしようとしている!いや、失礼、あまりにもむごい運命に30年たった今でも激しい怒りを感じるのです。ファラミア殿とて同じこと、あれほど人を思いやるすぐれた方が呪いによって狂わされ命を落とさねばならぬとは・・・・」
「どれほど憎み傷つけようと我が子の死を願う親などどこにもいない。だがそれでも運命に逆らえずゴンドールに禍をもたらす存在であるならば・・・・・言いたいことはわかるであろう。なるべく苦しめずに、眠っているままで、わしの目の前で殺してはくれぬか。泣き疲れた子供のような顔で眠っておる。願いがかなったと喜んでいる今ならばきっと・・・・」
「執政殿、はやまってはなりません。わがエランドによいものが伝わってあります。それを使えばファラミア殿も救われるかもしれません」
「呪われた子を救えるものがあるのか」
「はい、ただいまお見せします。ヨハン、あれをここへ持ってきてくれ」
「あれでございますね。かしこまりました」

静かな足音と扉の開く音が聞こえ、また長い沈黙が続いた。啜り泣きの声が聞こえる。父がいる方ではない、私の体は痺れて半ば眠っているのだが、意識だけはしっかりして閉じた目から涙が流れ喉を震わせていた。





「これが我が国に伝わる宝です」
「これは・・・・・おお・・・・・噂には聞くが実際それを目にするとは・・・・・パランティア・・・・これがパランティアなのか」
「はい、間違いございません。このパランティアには遠くにいる者の様子、人が何を考えているか、未来に起こること、すべて映し出されます。だが残念なことに使えるのはエルフの血を持つ者のみ、もともとその力を持つ者にしか使いこなせないのです。私の両親に流れるエルフの血はミハエルにのみ伝えられました。もし私に少しでもエルフの血があれば、このパランティアを使って弟を助けることもできたでしょう。心を読み怖ろしい計画を事前に知ることができればその時だけ幽閉し嵐が過ぎ去るのを待てばいいのです。でも私にその力がないばかりに弟を・・・・執政殿、これはあなたに差し上げます」
「パランティア・・・・素晴らしい宝だ・・・・・・これをわしにくれるというのか」
「はい、どうかこれを使ってファラミア殿を救ってください。それはまた我が国のためでもあるのです。ファラミア殿のようなお方が呪いをとかれて無事生き延びれば、次期執政となるボロミア殿を助けゴンドールに平和と繁栄がもたらされます。ゴンドールが栄えればわれらのような周辺の国も栄える・・・・・弟ミハエルの悲劇を繰り返したくない・・・・・・ファラミア殿にはぜひそのようになっていただきたいのです。どうかこれをお受け取りください」

パランティア・・・・・確かにそれは人の心を操り未来のこともわかる素晴らしい宝と聞いている。だが古代の王は先にパランテイアを手に入れて勢力を広げ、そして永遠の命を与えられる指輪を手に入れ、最後にはナズクルとなった。パランティアが手に入れば次は必ず指輪を欲するようになる、そんなものを受け取っては・・・・動くことも声を出すこともできない。

「これがあればファラミアを救いゴンドールに平和をもたらせるのだな。そしてそれが周りの国も救うことになる・・・・・そのような宝をわしにくれるというのか。だがもしも、このエランドにエルフの血を持つ者が再び現われたら・・・・・」
「我が国でエルフの血を持つ者はミハエルだけになっていました。私やヨハン、彼は従兄弟ですが、その血筋でエルフの血を持つ者はいません。同じ血を持つのはおそらくゴンドールでも執政殿とファラミア殿のお2人だけでしょう。だからこそその力を国の平和と繁栄のために使っていただきたいのです」
「呪われているとばかり思っていたヌメノールの血にそのような使い道があったとは・・・・・これでファラミアは救われるのだな」
「はい、ファラミア殿のことは私どもにお任せください。できる限りの手当てをこちらで終え、傷が治りましたら護衛をつけて確実にミナステリスまでお送りします」
「そうか、このような宝を手に入れられるとは・・・・わざわざエランドまで来たかいがあったというものだ」
「私もうれしく思います。我が国の宝がやっと本当に役に立つのですから・・・・ヨハン、執政殿をお送りするために兵を集めてくれ」
「かしこまりました」
「ファラミアはまだ寝ているのか」
「はい、薬がよく聞いていますので苦しまれることもなく・・・・」

足音が近づいてきた。父の手が私の頬にふれた。

「ファラミアよ、こうして近くで見ればお前はなんとフィンドラスに似ていることか・・・・・今まで辛くあたってすまなかった。だがわしはやっとお前にかけられた呪いをとくものを手に入れた。ボロミアを助け、幸せに暮らすがよい。わしの命はもう長くはないだろう。お前にかけられた呪いが完全になくなるのを確かめたら、わしはフィンドラスのところへ行く。お前を先に行かせずにすむのだ・・・・さぞ喜んでくれるであろう・・・・」
「父上、いけません!これは罠です。パランティアは人間の心をとりこにし破壊へと導くものです。受け取ってはいけません。どうかそれをお返しください」

私は必死で叫んだ。だが声は聞こえない。

「何か言いたいことがあるのか?よしよし、わかった。お前はここでゆっくり傷の手当てをしてもらえばよい。何も心配することはない。ではわしはもう行くからな」
「父上、お待ちください!」

かすかな声がやっと聞こえた。

「またゴンドールですぐに会える。お前が無事戻ればボロミアもさぞ喜ぶであろう。エランドを偵察する必要はない。両国は支配国属国という立場をこえて互いに協力し合う友好国となった」
父上、騙されてはいけません!」

私は大声で叫んだが声は少しも聞こえない。足音が遠ざかり扉が開く音が聞こえた。

「やれやれ、もう少しで余計なことを言われるところだった。この薬を飲ませろ!」
「これは自白を強要するためのもの・・・・できません!たった今命に代えてもファラミア殿をお守りすると執政殿とお約束したばかりです。あの方の気持ちを考えるとそのような酷いこと・・・・」
「そうか、ならばお前が地下牢で苦しめ!」

たくさんの人間の足音が聞こえた。大騒ぎしながらたくさんの男達が来て老医師を無理やり部屋から連れ出したようだ。そしてまた静かになった。

「さてお前は何も見えない、しゃべれないという状態では辛いであろうから少し変えてやろう。ただ少々痛いかもしれない。口を開かせてこの薬を流し込め」
「かしこまりました」

まだ何人かの男が部屋に残っていたようだった。手足を椅子に押さえつけられ口を無理やり開かされて何か飲まされた。ゴホゴホむせびながらもどろりとした薬は体の中へと入った。

「うわああああー・・・・・あああああ・・・・・」

足の先と背中にすさまじい熱さを感じて目を開けた。手足は鎖で縛られたかのようにまったく動かせない。たった今火をつけられたかのように足も背中もジリジリと中から焦がされるような痛みがある。喉が痛く大きな声は出ない。脂汗が顔から滴り落ち、低い呻き声が漏れる。

「ハハハ・・・・・驚いたようだがすぐになれる・・・・・自白剤はただ感覚を鋭くするだけ・・・・だがこれで本当に火を近づけようものなら気が狂うほどの痛みを感じる・・・・」
「何が目的だ!父を騙してパランティアを受け取らせ、そして今度は私を・・・・・うわああああ・・・・」
「そのような状況でもまだまだ意識はしっかりしている。さすがエルフの血を持つ者。いいだろう、余の本当の目的をお前に教えてやろう。2人だけになりたい。お前達は合図があるまでここには入るな」

周りにいた兵士達は礼をして部屋から出て行った。

「苦しそうだな、鎮痛剤を飲むか」
「必要ない!」

私は拒んだが仮面の男は自ら私の口をこじ開けて薬を流し込んだ。骨ばった冷たい手、必死に抵抗する私の手がわずかに動き、領主ハンスの顔につけた仮面にぶつかった。

「ああああー、これは・・・・・」

仮面の下から驚くべき顔がチラリと見えた。




                                 ーつづくー





後書き
 領主はゴンドールの執政にパランティアを渡すという目的があって長々と嘘をついたのです。それさえ渡してしまえばいくらでも人の心を動かして支配できるおそろしい道具です。でもそれがすべてを救うと信じて受け取ってしまう、悲しいです。14、15とデネパパのセリフに泣きながら書きました。次回領主の正体がいよいよあきらかになります。

2010、2、19






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