闇の水底に咲く華(16)
登場人物 ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳
時代 フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後
「そうか、見えてしまったのか。ならばいっそうのこと余の本当の姿を教えてやろう」
「あ、これは・・・・・」
仮面をつけた領主ハンスは自らの手で勢いよく仮面をはずした。その奥に隠れていた顔は・・・・・人間のものではない・・・・野に打ち捨てられた頭蓋骨のような褐色の頭、目や鼻の位置はただ空洞になっていて口に並ぶ歯は隙間だらけだ。子供の頃、絵のついた書物で見たこの顔は・・・・
「ナズクル・・・・・」
「さすがはエルフの血を引くファラミア殿、よくご存知だ。余は人間ではない。毒を飲まされて3日3晩苦しんで1度死に、ナズクルとして蘇った。復讐のためにな」
「でも、あなたの弟ミハエル殿は犯人ではなかった。それなのにあなたは・・・・・」
「そんなことは最初からわかっていた。新たな命を与えられると同時に余は闇を支配するあのお方への服従を誓った。あのお方は余にパランティアをいくつもくださった。実に便利な道具だ。人の心が見え、未来を知ることができる。それだけならエルフの力と変わりないが、さらにパランティアを使えば人の心を支配することもできる。エルフの血を持つ者ほど自分の力を絶対的なものと思い、夢を簡単に信じ込んでしまう。夢などいくらでも操れるということも知らずに・・・・・」
「では父上は・・・・・」
「お前にはすべて教えてやろう。だが痛みが強すぎては思考が止まっておもしろくない。これを飲め」
壷に入った白い薬を目の前に出された。私は目で拒んだが、体を動かすことはできず、無理やり口をこじあけられ白い液体を喉に流し込まれた。
「あの執政殿がこうも簡単に騙されるとは・・・・・人間とは愚かなもの・・・・お前は自分の心が呼んだ、願いがかなったと思い込んで喜び、執政殿は死んだ妻の夢に騙されて危険を顧みずこんなところまで・・・・・ハハハハハ、エルフの血を持つといっても人間の力はしょせんこんなもの・・・・まんまと騙され喜んでパランティアをもってかえりおった。ゴンドールの執政が国を破滅に導く道具を喜んで持ち帰るとは・・・・・ハハハハハハ・・・・・これでもうゴンドールは滅びたも同然、絶大な権力を持つ執政が完全に余の操り人形になったのだからな」
「最初からそれが目的で私を捕えたのですか?」
「もちろんそうだ。もっと教えてやろう。ガシムという男を操りイシリアンに行かせたのも余の計画だ。あのような男でも耳の聞こえない子であれば哀れに思い助けるだろうと・・・・お前は男に口を割らせるため子供の方を拷問にかける・・・・すべて思った通りだ」
「なんのために子供達を騙して集め、鉱山で働かせたのですか?」
「それが聞きたいか。お前がここへ来た目的はそうであったからな。いいものを見せてやろう」
領主のハンス、いやナズクルであった男は立ち上がり、少し歩いて部屋の隅から何か布に包まれたものを持ってきて私の目の前で開いた。
「パランティアだ。ここにうつるものをよく見るがいい」
木が1本も生えてない不気味な山がうつった。小さな人影が少しずつ大きくうつる。12,3歳の子が数人、一列に並んでトロッコに乗せた土砂を運び出そうとしていた。働いている子供の周りには手に鞭を持った男がズラリと並びその数は子供の数より多い。1人の子が少し遅れ、5,6人の男がその子を地面にたたきつけ、腰に布をつけているだけの体に代わる代わる鞭で打った。悲鳴は聞こえないが子供の顔は苦しそうに歪み助けを求めて手を上げている。意識を失った子は引きずられて小さな小屋に入れられ、男達に犯され鋭い悲鳴をあげた。声が聞こえるわけはない。パランティアの表面は暗くなって何もうつらなくなったが、私の耳には泣き叫ぶ声が残った。
「なぜこのようなことを・・・・・あの男達はまるで子供を苦しめ楽しんでいるような・・・・・」
「そう、鉱山で金や銀を採るのが目的ではない。集めた子供を苦しめるのが目的で鉱山へと行かせた。食べるものも乏しく、子供同士でも争う世界、弱い子はああやって倒れ、見せしめのため鞭打たれて欲望に飢えた男達の餌食にされる」
「むごいことを・・・・・なんの救いもない」
パランティアの表面にまた何かがうつった。薄暗い地下牢、松明のあかり、私がついさっきまで閉じ込められていた場所だ。1人の子供が裸にされ壁に手足を広げた姿で鎖で縛られている。小さな球にうつる姿であるのに背中は無数の鞭の痕、火傷の傷でおおわれていた。苦痛と絶望の日々の後に連れてこられた地下牢、周りに立っている男の1人がぬるぬると光る液を子供の背中に塗っていき松明の炎を近づけた。
「やめろ!」
「ハハハハハ、刺激が強すぎるか。お前が想像した通り、背中には油が塗られ火がつけられる。ものすごい声で泣き喚くであろう。だが殺しはしない。生きたままの体を渡すというのが闇のお方との約束だからな」
「ひどいことを・・・・」
「あのお方の忠実なしもべであるナズクルが死にかけた体を取りにくる。1人につき金貨1枚、この金貨で我が国は傭兵を雇い、税を少なくして国は栄えた。民はみな喜んでいる。よいお方が領主になってくださったと・・・・」
「なんのために・・・・」
「魂を抜き取るためだ。痛めつけられ陵辱され続けた者の魂は人間への憎しみだけが残っている。大人になり、さまざまな経験を積んでしまえばいろいろな感情がまざってしまう。だが子供ならば余計な感情は残らない。憎しみの記憶で真っ赤になった魂とエルフを拷問して得たオークの体をかけあわせれば、復讐に燃えた最強の魔物ができあがる。ウルクハイだ。オークと違ってウルクハイは日の光の中でも動け、命令する必要もない。憎い人間に復讐するために生まれてきたのだからな」
私は言葉を失った・・・・・想像をはるかにこえた悲惨なことがこの国では行われていた・・・・だが今の私には何もできない。だからこそこの男、闇と手を結んだナズクルはすべてを話したのだろう。無抵抗の人間が真実を知って悩み苦しむ姿をあざ笑っている・・・・・
「何を知っても今の私には何もできない。それがわかっていて全部話しているのですね。あなたのこのような姿、ミハエル殿が知ったらどれほど悲しむか・・・・」
「じゃまな弟は真っ先に始末しろと命じられた。エルフの血を持つあいつは生かしておけば何をするかわからない。エルフの血は呪われていると噂をまき、ミハエルには夢を見せた」
「毒を入れた真犯人は誰か知っていたのですか?」
「パランティアの力を使えばそんなことはすぐにわかる。いとこのヨハンが計画したことだ。だがあの男は生かした方が都合がよい。ミハエルには夢を送った。もし真犯人の名を口にすればエランドは内乱となり、国は焼け野原となって多くの民が死ぬ夢をな・・・・愚かな弟はすっかり騙されて自らを犠牲に差し出し、国を救おうとした。エルフの力で見た夢はすべて本当のことになると信じているからな」
「・・・・・・・・」
「できるだけ苦しめて殺せと命じられた。エルフの血を持つ人間の魂が手に入れられれば他とは比べられぬほど強いウルクハイとなるからな。ミハエルはヨハンが犯人と知っていた。生きたまま火で焼かれる苦しさに呪いの言葉を吐けば魂を闇の者が捕えられる。だがあいつは3日生かしても呪いの言葉を吐かずそのまま死んでしまった。一緒に処刑した者も同じだ」
「ミハエル殿はあなたが思うよりもずっと強い人間だったのでしょう・・・・・私の父もそう、あなたはパランティアを手渡して父を、そしてゴンドールも支配できると信じている。だがそんなことは決してない」
「絶望が大きすぎて強がりを言っているのか」
「パランティアは人間の心をさぐり、夢まで操ることができる。父が母の夢を見たのはあなたの思惑どおりでした。でもその夢で母を思い出し、私を助けにここまで来たのは父の意思です。父の姿を見て私は子供のように泣きじゃくった、なぜそうなったのか、あなたにはけっして理解できないでしょう。パランティアという武器を持つあなたは人間を支配することができる、でもその感情や意思は決して動かせないのです」
「ハハハハ、そうかもしれぬな。ナズクルとなった余にはもう人間らしい感情が芽生えることはない。だがそれがどうした?やがてはゴンドール、いやこの世界を支配することだってできるのだ。しかも永遠の命を手に入れた。お前をどう扱うか余の自由だ。ここに留めて拷問を繰り返してもよし、心を支配してゴンドールに送り込み反逆者にするのもまたおもしろいであろう。血の繋がった愛する者ほど反逆に対する処罰は厳しくなる。お前はきっと苦しみに耐え切れず自分を追い込んだ者を呪うであろう」
「そうかもしれません。私は弱い人間です。そしてあなたに今心まで支配されそうになっています。これも運命だとあきらめるしかありません。ただ1つだけ許されるなら、私をミハエル殿が処刑された場所に案内してくれませんか」
「弟が死んだ場所になど行ってどうする?」
「ミハエル殿はひどく苦しみながら死にその魂は今もさ迷っているでしょう。苦しい死を受け入れたのにも関わらず、この国は彼が望んだようにはならず、あなたは闇の者に魂を売るようなことまでしているのです。そして私もそれを知りながら何もできない・・・・だからせめて・・・・彼の魂と語り合い、涙を流して世界に別れを告げたいと思いました。私が狂う前に言葉を交わしたいと願うのは闇に手を染めたあなたではない・・・・どれほど裏切られようと人間を愛し続けたエルフと同じ心を持つミハエル、あなたの弟です」
「死んだ者の魂と語りたいか。よいだろう、案内しよう」
領主ハンスは再び顔に仮面をつけ部屋から出た男達を呼び戻した。私は目隠しをさせられた。何も見えない真っ暗闇の世界、だがこの先には確かな光がある。私はゆっくりと椅子から立ち上がった。体の重さに足は悲鳴をあげ、少しでも動かせば焼け爛れた皮膚を破って血と膿が滲み出る。だがミハエルが受けた苦しみはこんなものではなかったであろう。これもまた彼に会うために必要な痛みであろう。恐る恐る足を前に出し、よろけて倒れ呻き声をあげた。
「まともに歩くこともできないのか。この男を支えてあの場所まで案内してやれ。そこへ行ったら目隠しを取り、この男1人を残して戻っていいぞ。この男は魔法を使って死んだ者の魂を蘇らせるつもりらしいからな。歩くこともできないのに・・・・・愚かな人間が・・・・・」
ぞっとするような笑い声が聞こえ、男達が私の肩に手を差し出すのを感じた。彼らに体をあずけ運ばれるしかない。私は目を閉じ、体の力を抜いた。
−つづくー
後書き
領主ハンスの正体がわかり、彼が行っていたことの目的を書いた今回、文字通り悪魔に魂を売ることをしていました。純粋な子供ほど劣悪な環境の中で生きて殺されれば人間への恨みだけが記憶に残り、そういう魂を闇の力は欲しがるだろうと考えました。
2010、3、5
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