闇の水底に咲く華(17)
登場人物 ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳
時代 フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後
私は目隠しをされ、両肩を2人の男に支えられて歩き出した。部屋を出て階段を下り長い通路を通った。私の足はひどく痛み、体を支えるのが耐えられなくなって男達の力が緩んだ時にドサリと石の床に倒れた。
「何をしている!さっさと歩け!」
「ああー・・・・うう・・・・」
声と同時にしなやかな鞭が背にあたり呻き声をあげた。やけどを負った背中もまた足と同じようにもう耐えられないと悲鳴をあげ、爛れた皮膚が次の痛みをおそれて震えている。
「どうした?楽になりたいのならこのまま地下牢に案内してもいいのだが・・・・」
領主ハンスの冷たい声が石の床を伝わって響く。目で見て確かめることができない今の状況ならばかえってはっきり感じる。これは人間の声ではない。
「大丈夫です。どうか案内してください」
私はフラフラと立ち上がった。支えがなければ歩くこともできない足、体は燃えるように熱く思考や言葉をさえぎる。だが今は這ってでも進まなければならない。地下牢に連れ戻されれば正気を保って地上に出ることはないであろう。歯を食いしばりながら前へと進んだ。
「どうした、この男を外に出していいのか?」
「領主様のご命令だ。ここから先は頼む」
「生贄の祭壇まで連れていけ」
「かしこまりました」
短い会話がエランドの言葉で交わされた。私は殺されるのか。まだ死にたくはない。
「生贄の祭壇とはどういう意味だ!」
「おや、我らの言葉をよくご存知で・・・・・お前の望むところへ案内してやろうとしているのに」
「生贄の祭壇が・・・・」
「そう、お前が死にかけたところ、そして30年前弟のミハエルを処刑したのも同じ場所だった。あそこは昔から生贄が捧げられ、数多くの囚人が処刑された。時々苦しげな呻き声が聞こえると夜には誰も近づかない。死んだ者の魂を呼び寄せるにはもってこいの場所だ。もっともお前にその力があればの話だがな。余はここから先へは行かない。この男の力を封じ込めるためにも外へ出たら鞭打ち、意識を失わせて生贄の祭壇へ引きずって行け。よいな」
「かしこまりました」
男達は乱暴に私の体をひきずり、館の外へと出した。目隠しをしていても夜で星がまたたいていることがわかる。倒れた私の背には何度も鞭がおろされた。耐え難い痛みに泣き叫び、そして意識を失った。
「ファラミア殿、ファラミア殿・・・・・」
呼び声で目を開いた。意識が戻ると同時に足と背が激しい痛みに襲われた。
「ああああー・・・・・ヨハン殿、ここは・・・・・」
「なぜこのような場所に・・・・それにひどい怪我を・・・・すぐにもどって手当てをしなければ・・・・」
目を開いてあたりの様子を見た。目の前にあるのは石でつくられた大きな祭壇、ならばこの場所が・・・・
「あなたのお父上である執政殿に護衛兵をつけてお送りしここへ来てみたらあなたが倒れていたのです」
「ここはミハエル殿が処刑された場所ですね。なぜあなたが人が恐れるこの場所へわざわざ来たのですか?」
「30年前のちょうど今日、ミハエルはここで死にました。柱に体を縛り付けられ、足元に置かれた1本の薪の炎で3日間体を焼かれて生きつづけた末の酷い死でした。私は毎年同じ日に従兄弟であるという理由で特別の許可を得てここに花を置き、祈りの言葉を唱えました」
「従兄弟であるという理由だけではありませんね。あなたが毎年同じ日にここへ来るのは・・・・」
「ファラミア殿、あなたにはすべてお話しましょう。私がハンス様の杯に毒を入れ、ミハエルが無実の罪で処刑されるよう追い込んだ者です」
「あなたが、なぜ・・・・・」
私は目の前にいるヨハンという男の顔をじっと見た。60を越えたこの男は長い間国の要職にいただけの威厳があるが、目は穏やかで私への態度も慈悲あふれていた。それがどうして・・・・
「野心に取り付かれた男が領主の地位を狙い国を自由に動かそうと従兄弟の暗殺を企み、彼の弟に罪をかぶせようとした。そう言えばわかりやすいでしょう。事実私は何度こう言って真実を語ろうとしたかわかりません。でも私はちょうど1年前に有力貴族の娘を妻とし、初めての子を授かったばかりでした。真実を話せば妻と子、いやその一族がどうなるか、それを考えたらとても話せませんでした」
「でもミハエルは、すみません、ただ名前だけで呼ばせていただきます。彼はあなたが毒を入れた犯人だと知っていました。知っていて自分が罪をかぶってしまったのです。あなたの家族が殺されればその一族が反乱を起こし、国中が内乱に巻き込まれて多くの人が死ぬ、それがわかっていたから自分が犯人となって死ぬことを選んだのです。自分1人ではありません、子供の頃から側にいて世話をしてくれた者、一緒に学んで成長し、共に戦いに出た者など、自分を慕い愛してくれた者を巻き添えにしなければならなかったのです。それがどれほど辛いことか・・・・」
「ミハエルはやさしい子だった」
「そう、彼ほど人の痛みを自分のことのように感じる人間はめったにいないでしょう。私もここで火に焼かれ何度も拷問を受けたのでその恐怖と痛みはよくわかります。気が狂うほどの絶望と痛みの中で、彼は昔エルフに教えられて手に入れた願いがかなうという花にある願いをかけました。どんな願いだと思いますか?」
「助かりたい・・・・そう願ったのでは・・・・?」
「いいえ、彼は自分は3日3晩生き続けるから一緒に死ななければならない者の苦しみをやわらげてほしい、そう願ったのです」
「3日3晩生き続ける・・・・それはどういうことですか?」
「彼は自分の意志で炎の中生き続けたのです。兄が3日3晩苦しんだ末に蘇ったから・・・・兄ハンスが抱くであろう憎しみや怒り、あなたの野心と複雑な心、無実の罪で拷問を受け、過酷な刑罰で死ななければならぬ者の無念、すべてを合わせて彼は3日という日にちを選んだのです。すべての憎しみや苦しみを全部1人で背負って死ぬ覚悟だったのです。エルフの血を持つ者とて体は人間と同じ・・・・・どれほど苦しんで死んだことか・・・・そんな彼をなぜあなたは陥れるようなことをしたのですか!ハンス殿だってこのようなことがなければ人間として生き、よき領主となり・・・・」
「わかっています。すべて私が引き起こしたことです。・・・・・私がミハエルを愛してしまったから・・・・すべての原因はそこにあります」
意外な言葉に私は驚いた。この男の心はあまりにも深く読むこともできない。沈黙が続いた。星の光を感じるが空を見上げることもできない。私はうつむいて目の前にいる男の次の言葉を待った。背中の傷が激しい痛みを訴えた。火傷を負った皮膚をためらうことなく鞭で打った彼らにもはや人の心などないのであろう。そして今、一見慈悲深く見える目の前の初老の男からさらにおぞましい人間の心の闇を聞かねばならない。
「ミハエル、私は君がなぜ死ななければならなかったのかどうしても知りたい。私が怒りに震え、彼の言葉を途中で終わらせるということがないよう見守ってくれないか」
エルフの言葉でつぶやいて空を見上げた。遠い昔と変わらぬ姿で星は瞬いている。私は息を深く吸い彼の言葉を待った。
「ミハエルは、エルフの血を引いていたためでしょうか、小さな頃からとてもかわいらしい子でした。透き通るように白い肌、青い瞳、柔らかな金の髪、誰からも愛されていました。5歳年下のミハエルを私は実の弟のようにかわいがってあちらこちら連れて行き、彼もまた私を慕っていました・・・・でも、私が15歳、ミハエルが10歳になった頃からその気持ちが少しずつ変わってきました。私はミハエルを本気で愛してしまいました。精神的な愛ではない、欲望の対象としてです」
「自分を慕う10歳の子を・・・・」
「ええ、そうです。こう話しただけであなたは私を汚らわしいと感じるでしょう。私も必死にその気持ちを抑えようと学問や武芸に励み、同じ年頃の仲間と付き合うようにしました。ただ欲望を満たすだけならば、領主の一族である私は男でも女でも相手に不自由はしませんでした。けれどもそのような行為を繰り返すほど、エルフのように美しく輝く肌を持ったミハエルを犯したいという欲望もますます強くなりました」
「・・・・・・」
「そしてある日、ミハエルは壷を割って罰を受けることになりました。おそらく誰かをかばって身代わりになろうとしたのでしょう。私は地下牢で拷問を行っている兵士達にこれから連れてこられる子は反乱を起こした貴族の子であるから好きなように扱ってよいと告げました。そう言えばミハエルはただ鞭で打たれるだけでなく兵士達に陵辱される、彼らはほとんど地上に出ることがないから、ただ命令のまま連れてこられた者をたとえ子供でも罰を与え拷問にかけるのです。鞭打たれ陵辱されて酷く傷ついたミハエルを私がやさしく介抱し、自分のものにしよう、そう考えていました」
「自分のものに・・・・つまり・・・・・そういう意味ですね」
「はい、ミハエルは美しすぎるけど、傷つき汚された後ならばたやすく手に入れ欲望を満たすことができる、おろかにも私はそう思い込んでしまったのです。でも彼はそんな私の心を簡単に読んでしまったのでしょう。地下牢で罰を受けて以来、けっして私に1人で近づくことはありませんでした」
「10歳で大人の男によって無理やり犯されるとは・・・・・どれほど辛かったか。しかも彼はその時背中に火をつけられやけどを負った皮膚に鞭をあてられたのです。私も同じ痛みを味わいました。意識が遠くなるほどの痛みの中陵辱されるとは・・・・」
「彼のそんな姿を思い浮かべ、私は興奮しました。でもミハエルはそれで光を失う子ではありませんでした。しばらくの間は部屋にこもって火傷の痕を隠すため人前で肌を見せませんでしたが、傷が治るころには前よりも一層輝きを増していました。15歳、20歳、成長するほどにその姿はエルフに近づき、多くの者が彼を愛するようになりました。ミハエル自身は物静かで多くを語らないのですが、戦いに行けば的確な指示で味方を勝利に導き、その手は古の王と同じ負傷した兵士の痛みを癒す力さえありました。同じ一族でありながらハンスや私には流れてないエルフの血と力を彼だけが全て持ってしまったのです。私は以前かなえられなかった彼への欲望や嫉妬、憎しみで気が狂いそうになりました。そしてある日、怖ろしい計画を思いつきました。領主の跡継ぎとなるハンスを殺し、ミハエルに罪をかぶせようというものです。自分が領主となって権力を手に入れ・・・・ミハエルを殺すつもりはありませんでした・・・・兄を殺した罪で牢につなぎ、拷問を受けて意識朦朧となった時に自分の前に跪かせ、思いのまま奴隷のように扱って陵辱しようと考えたのです。私は慎重にその機会を狙い、エルフの血は呪われているという噂をまきちらしました。計画を読まれては困りますから、理由をつけミハエルのそばをずっと離れていました。そして計画を実行しました」
「おそろしいことを・・・・・あなたはためらうということはなかったのですか・・・・・」
「ありませんでした・・・・・ただ、毒を飲ませたハンスが生き返ってしまうということだけは誤算でした」
「もし計画通りになっていたら・・・・・あなたは権力を手に入れ、ミハエルを牢につないで奴隷のように扱っていたのですね・・・・愛しているから、誰からも愛される輝かしい未来を持った若者を無実の罪で暗い地下に閉じ込め一生を踏みにじる・・・・・こんな行為が愛であるはずがない。あなたは間違っています。こんな愚かな欲望のために・・・・・」
「ええ、私は間違っていました」
「殺すつもりはなかったとあなたは言うかもしれない。でもミハエルは処刑された。生きたままの火あぶり、しかも3日間も苦しみ続けて・・・・権力に取り付かれた人間の心が酷いことを行うなら、ナズクルとなって闇に心が支配された者が酷い仕打ちをするというのなら理解できる。でも人間であるあなたが、愛していたからという言葉で、なぜこれほど酷いことを計画したのか私にはわからない!どうしてもわからないのです!どうしてミハエルはこんな仕打ちをしたあなたを許したのです!」
私の息は荒くなり、怒鳴り声となっていた。自分では抑えきれない怒りに取り付かれていた。
「わかっています。私はあなたにすべてを話し罪を償うつもりでいます」
「どんな罰を受けてもあなたの罪はつぐないきれない・・・・だが、私にはそもそもあなたを裁くことなどできはしない。だからこそあなたは私にすべてを告白した。それであなたの気がすむならそれでもかまいません。でも私はもうこれ以上・・・・」
「申し訳ございませんでした。私の話はあなたを不快にし、心を掻き乱すだけでしたね。でも私は嘘は申していません。あなたがあまりにもミハエルに似ているから・・・・・嘘は言えませんでした・・・・・すべて本当のことです」
私は彼の顔をもう1度見た。
−つづくー
後書き
この章は前に見た映画で神父が少年を愛して陵辱したという場面と、最近見た映画での処刑の場面が強いトラウマとなっていて、その勢いで書き上げました。
2010、3、19
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