闇の水底に咲く華(18)

登場人物  ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
        ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳

時代     フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後

ヨハンという男の話を聞いて私は絶望した。彼が野心を抱いて従兄弟のハンスを殺そうとし、その罪をミハエルにかぶせようとしたのなら理解できる。あるいは闇の力にささやかれ心を支配されたのなら仕方がないであろう。だが彼はミハエルを愛していたと言った。彼はエルフのように美しくまた崇高な心を持った子でありそのまま青年となったに違いない。自分を慕う年下の従兄弟を愛し、決して手に入れることができないとわかった時彼は怖ろしい計画を考えた。なぜ人間は手に入れられない者に恋焦がれ心を狂わしてしまうのだろう?私は死を覚悟した時、愛してはくれぬ父にもう一度会い言葉を聞きたいと願った。父は母の夢に導かれて私を助けるためにこの国へ来て、パランティアを持ち帰ってしまった。手に入れられぬ者への強すぎる思いが最悪の状況を作り出してしまう。もしかしたら今世界を覆う闇すら人間の心が作り出したものなのかもしれない。永遠の命、愛・・・・手に入れられぬものへの思いが人間を破滅へと導く。

「私の話を聞いてあなたがどれほど不快に感じるか、よくわかっていました。それでも私はあなたに話さずには・・・・」
「わかりました。私は今少し父のことを考えていました。私は生まれてからずっと父に愛されたという記憶がありませんでした。幼い頃から父に会えば必ず叱責の言葉を聞き、父の部屋に呼ばれるのは鞭打たれる時だけと決まっていました。私は父の顔色をうかがい、心を読んで鞭の回数を減らしてもらいたいとそんなことばかり考える子供でした」
「お父上はなぜあなたのようなすぐれた方を・・・・」
「今ならその理由ははっきりとわかります。私が生まれてすぐ母が病気で死にました。父は母の命を奪ったのはこの私であると信じてしまった、そうしなければ正気を保てないほど母を愛していたのでしょう。強すぎる愛はそれを奪った者への憎しみに変わります。私は父を恐れて憎み、ペラを離れてイシリアンに行った時はむしろほっとしたものです。でもそこで救われたわけではありません。野伏として戦うことは正規軍の兵士以上に情報が大切となります。偵察に行って仲間が捕えられれば見殺しにし、捕虜には酷い拷問を加えます。子供を拷問するということまでしました。すべて国のため、正義のためだと自分に言い聞かせて怖ろしい行為をするのです。そしてどれほど国のために尽くしても、私にはヌメノール、エルフの血が流れていますので、父は私を禍を起こす者と忌み嫌い、私が死ぬことを願っていました」
「エルフの血が禍を起こす、その噂を私はミハエルを陥れるために使いました。ハンスは生き返り、疑わしい者を次々と捕えて拷問にかけました。私は恐ろしさのあまりエルフの血が起こした禍だとオークに襲われた村ですら彼が関わっていたと言い出しました。その結果、ミハエルだけでなく彼を慕っていた者まで次々と捕えられ、一緒に処刑されることに・・・・」

その時あなたは真実を話そうとは・・・・・口に出かかった言葉を私は呑み込んだ。それができなかったからこそミハエルは処刑された。自分は真犯人を知りながら、内乱を防ごうと自らの体を炎にさらして3日間生き続けた。その思いを私はどう理解すればよいのだろう?

「これは・・・・子供の泣き声・・・・・」
「どうしました?」

私は声がする方を見た。祭壇の上、ちょうど私が火あぶりにされかけた柱の下に1人の子供がうずくまって泣いている。

「あの子は・・・・・」

柱を指差してヨハンの顔を見るが、彼は理解できないという表情のままである。

「柱の下にいる子供・・・・・」
「私には何も見えません」
「近寄ることはできるのだろうか」
「あなたにだけ見えるというならば、あなたに会いたくてここに来ているのでしょう。それが誰なのか私にはわかりません。でもあなたはエルフの血を引く方、見えないものが見えるのでしょう」
「様子を見てくる」

私はゆっくりと祭壇の横につけられた段を上がった。柱には体をくくりつける鎖が残り、すぐ横にはたくさんの薪が積み重ねられている。私の足はたった今炎で焼かれたかのように激しい痛みを感じた。まっすぐ立つことはできず、祭壇の上を小さな呻き声を漏らしながら這うように進んだ。1人の子が柱のすぐ下で泣いている。白い服の背中は大きく破れ、肌が剥き出しになっている。背中全体に赤黒い火傷の痕が広がり、ところどころ赤い血が滲んで白い服を赤く染めていた。私はその横に腰をおろした。足がひどく痛い。月明かりの下よく見ると焼け爛れた皮膚の下に黒焦げになった肉があり、白い骨まで剥き出しになっていた。

「これはひどい!」

泣いていた少年が顔を上げ、私の足をじっと見た。







「ここではたくさんの人間が殺された。みんな酷く苦しんで魂はどこへ向かったらいいかわからずさ迷っている。でも生きている人間が夜ここへ来たことはない。あなたが初めてだ。こんな酷い火傷をおって生きているなんて・・・・あなたもエルフの血を持っているんだね」

私は少年の顔を見た。10歳ぐらいだろうか。柔らかな金色の髪、泣き続けて赤くなった青い目、透き通るような白い肌・・・・

「君は・・・・ミハエルなのか?」

少年は黙って頷き、私の足に両手を置いて静かにさすった。

「目を閉じていて。力を使う時に見られてはいけないと言われているから」

私は言われるままに目を閉じた。少年の柔らかな手が足に触れ、激しい痛みが消えていった。

「これで大丈夫。目を開けて」

目の前で少年は少し微笑んでいた。エルフの血を持つ子、誰からも愛されたミハエル、その言葉がよくわかった。微笑を浮かべた少年はなんと魅力的で愛らしいのだろう。そして私の足は・・・・・あれほど酷い状態だったのに火傷の痕も剥き出しになった骨もまったく見えず、きれいな皮膚で覆われていて痛みはまったくない。

「僕は他の人の怪我を治し、痛みを取り除くことができるんだ。生きている人間だけでなく、死んだ人間の魂も、酷い殺され方をした時の痛みや恐怖を取り除くことができる。エルフにそう教えられた。ここは刑場だから夜は近寄ってはいけないと言われているけど、僕は怖くはない。苦しんで死んだ人間の魂は同じ場所でさ迷い闇に捕らわれてしまう。だから僕がこの場所に来て、苦しい記憶を消し、魂を西の国へ旅立たせるんだよ。でも僕の力は他の人間や魂にだけ使えて、自分のためには使えない」
「ミハエル・・・・君は・・・・・」
「この場所にはたまにエルフや魔法使いが来る。苦しんで死んだ人間の魂を救うために・・・・・エルフは言っていた。人間は同じ種族である人間に対してオークよりもっと酷いことをすることがある、なぜそこまで残酷になれるのかわからないって」
「そうだね。人間は同じ人間に対してとても残酷なことをしてきた。今までの歴史がそうだったし、これからも変わらないだろう」
「僕はエルフに会いたくてここへ来た。地下牢であんな怖ろしいことがあるなんて知らなかったから・・・・」

私はミハエルの背中の傷が気になった。彼は私から目をそらして話し始めた。

「僕は、あの子がどんな罰を受けるか見えてしまったから身代わりになった。僕ならば数回鞭で打たれるだけで終わるだろうと・・・・でもそうではなかった。背中に油を塗られ火をつけられた。痛くて苦しくて泣き叫んでいるのに鞭で打たれた。僕だけではない、たくさんの悲鳴が聞こえた。暗い地下牢・・・・僕と同じくらいの年の子が罪人の子、反逆者の子という理由で誰にも助けられずに苦しみながら死んでいった。体に火をつけられ、鞭で打たれて血だらけになり、痛みでのた打ち回っている時にあんなおぞましいことまで・・・・彼らは笑っていた。声が出なくなるほど泣き叫んだ。気が遠くなるほど痛くて・・・・僕の声ではない、別の子の叫び声も聞こえた・・・・助けて・・・・」

すがるような目で私を見た。このような子供をそれでも笑いながら陵辱し、死に至るまで放置する地下牢の拷問吏達、同じ人間である。私は目の前にいるミハエルに近寄り、傷ついた体をそっと抱きしめた。柔らかな体、細い手足、だがその背中からは血と皮膚の焦げた臭いがした。そして男達の欲望を受け止めた臭いも・・・・

「ミハエル、すまない。私は君と同じようにエルフの血を持っているが、君とは比べものにならないほど私の力は弱い。私は幼い頃よく父に鞭で打たれた。痛みと悲しみと恐怖で眠れない夜は兄の部屋に行った。兄、ボロミアは何も言わず私を抱きしめてくれた。もし父に文句を言うなら私がもっとひどい罰を受けると知っていたからだ。私は君のために何もできない。ただこうして君を抱きしめ涙を流すだけだ」
「あなたの名前は?」
「ファラミアだ。ゴンドールから来た」
「あなたは僕の痛み、そして他の人の痛みを感じることができる人間だね。あなたの兄ボロミアもきっと・・・・・僕の痛みはなくならない。でもあなたのそばにいると心が落ち着く。あんなことをされたのが遠い昔のようだ」
「私もそうだった。兄に抱きしめられても痛みが消えるわけではない。それでもそのぬくもりがあれば生きていけると思った」
「ファラミア、僕を助けて・・・・・苦しくて痛くて誰かを恨んだら・・・・・その相手には大きな禍がふりかかる・・・・・僕のエルフの血はとても濃く力は大き過ぎるから誰かを恨めば大きな禍が起こると言われた。どうすればいいの?」
「ミハエル・・・・・」

彼は私の胸の中で泣きじゃくった。私には返す言葉がない。あまりにもひどい仕打ちに誰が恨まずにいられよう。だが彼は自分の力を恐れている。どんな言葉が彼を救えるのだろうか。そして私は何をすれば・・・・





                                     −つづくー




後書き
 ミハエルの幻は子供の姿で出しました。この姿が一番人間の魂を闇から救い導くことができるのではないかと。ただ彼自身の魂を救うにはどうしたらいいかわからず中途半端なところで終えてしまいました。春休みでしばらく更新できないので、彼自身の救いについてじっくり考えてみます。



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