闇の水底に咲く華(2)
登場人物 ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳
時代 フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後
私には父から愛された記憶がない。もの心ついたころから呼び出されて父の部屋に行くたびに鞭で打たれていた。父に声をかけられることは恐怖であり、顔を見ることなく1日が終わればむしろほっとしていた。だが嫌われているとはいえ、父に鞭打たれる時には必ず何かしら理由、教練で失敗したとか他国から来た者に兄より先に話しかけたなどだったし、その回数もわずかであった。だがあの日だけは違っていた。私はちょうどあの子と同じ14歳、ミナスティリスにはめったに来ない魔法使いのミスランディアが書庫を訪れていたので夢中になって話した。前に魔法使いが来たのは7歳の時、書庫で調べてもわからないことはたくさんあり、ぜひ本物の魔法使いに聞きたいと思っていた。その日私は夕食の時間に遅れたので当然罰を受けるだろうと言われるままに父の部屋に向かった。だが途中で見張りの兵士に会い、地下室へ行くようにと命じられた。数人の兵士に案内され始めて地下室へ続く階段を下りて薄暗い牢へと入った。
「連れてきたか。では命じたとおりの罰を与えろ」
「しかし、デネソール様、ファラミア様はまだ14、時には何かに夢中になって時間に遅れることがあっても・・・・」
「夢中になってか。なぜ遅くなったのだ、ファラミア!」
父の大きな声が地下牢に響いた。ミスランディアの顔が浮かんだ。父が命令すれば魔法使いだってここに閉じ込められるかもしれない。
「書庫で本を読んでいました。申し訳ありません、父上」
「誰かに会っていなかったか?」
「ずっと1人でした」
「書庫の奥で何か話し声が聞こえたと証言した者がいる。誰と一緒にいた!」
「私1人でした」
「そうか、では拷問にかけるしかない」
「ファラミア様にそのようなこと・・・・」
「執政の命令だ。逆らうならばその方だけでなく家族までもがどうなるかわかっているだろう」
私は服を脱がされ冷たい石の台に寝かされ鎖で手足を繋がれた。父の命令で兵士の1人が手に持った鞭を私の背中に振り下ろした。数回は唇を噛んで声を出さずにいたが、やがて耐え切れなくなり悲鳴をあげた。
「ファラミア、誰と一緒にいた?正直に話せば許してやる」
「誰もいません・・・・わたし・・・・いやああ・・・お願いです父上、どうか・・・・」
繰り返される痛みに体をよじり、喉から血が出るほどの叫び声をあげた。
「あああー、父上、私は魔法使いのミスランディアと・・・・」
「そんなことは初めからわかっていた」
父の言葉が終わる前に私は意識を失っていた。
「ファラミア、しっかりしろ、大丈夫か」
大声で叫んだ後、私は目をあけた。マルディルの顔が見えた。
「今ここには2人しかいない。目をあけていいぞ」
「私はいったい・・・」
「お前の演技力はたいしたものだ。あいつら真っ青になって中には涙ぐんでいたヤツもいた。これで俺達が真剣だとわかっただろう。悲鳴はとにかく気絶するふりなんてどこで習った?」
「気絶するふり・・・・本当に意識をなくしていた・・・・」
「俺は手加減していたぞ。あれぐらいでお前が声をあげたり気絶するなんて・・・」
「自分でもよくわからない・・・・急にまわりの音が聞こえなくなり、このまま殺されるのではないかという恐怖におそわれた」
「お前、フィロスのことを思い出したのか。そりゃあの時はかわいそうなことをしたけど、今では傷もなおりミナステリスで勉強も始めている。今まで言葉を知らなかったけど、どんどん新しいことを覚えていくと世話をしている学者が驚いているそうだ。何も心配することはない。俺達は正しいことをした」
「言葉を知り、知識を身につけるほど私のしたことの意味を知り恨むようになるかもしれない。フィロス、古い国の言葉で知識という意味だ。死にかけていたあの子に言葉を教えたいと思いそう名づけた。耳が聞こえず言葉のない世界に生きてきて今までどれほど不安だったことか・・・・」
「その不安な瞳が保護欲もかきたてるけどな。俺もそうだった・・・・お前の不安な瞳が気になってこんな遠くまで来てしまった」
「私はイシリアンへの赴任が決まった時、そんなに不安そうな顔をしていたのか」
「もっとずっと前からだ」
兄ボロミアと同じ年のマルディルはずっと兄と一緒に訓練を受けてきた。城に自由に出入りし一緒に生活することができる貴族の中でも特別な家柄の子であった。年の違う彼は私にとってはただ兄の友人という程度の知り合いであった。だからイシリアンに行くことが決まった時、彼も一緒に来ると聞いて正直驚いた。彼の家柄と実力、そしてボロミアの信頼を考えれば正規軍の副官、ゆくゆくは執政の補佐として出世できたはずである。
「ボロミアに頼まれた」
理由を尋ねた私に彼は簡潔に答えた。イシリアンに来た初めての夜には祝いだからと強い酒を飲まされた。
「すべてお前の兄に頼まれたことだ」
彼は私に口付けをし、意識が朦朧としている中、空き家となった家の粗末なベッドで私を抱いた。その時まで私にはそのような経験は一度もなかったし、女を抱いたこともない。
「お前の気持ちはわかっている。俺をボロミアだと思えばいい」
「ああー、待って・・・・もし誰かが来たら・・・イシリアンに来て最初から・・・・」
「ここの連中には最初からしっかり言っておいた。執政家から来た大将のファラミアは自分以外決して手を出さないようにと・・・長老や指揮官のマドリルにもきちんと言ってある。なんの問題もない」
「でも、君の事はボロミアの友達というだけで・・・・」
「これからずっと一緒に生活を共にするんだ。いやでも愛し合うようになる。何も心配しなくていい。俺にすべて任せろ。お前だってこんなに興奮して・・・・」
酒以外に別の薬が入っていたのかもしれない。私は抵抗することもできずに彼を受け入れた。それからは酒を飲まされるということがベッドを共にする合図となった。私にとってはそれがよかったのかもしれない。慣れないイシリアンでの暮らし、昔からの野伏である者数百人の大将となるのは私には荷が重すぎた。神経が高ぶって眠れない夜、強い酒で酔わせ、こわばった体をたくみにほぐしとかしてくれる彼の存在はありがたいものであった。
「ボロミアに頼まれたというのはうそだ。本当は引き止められた。イシリアンには他に自分が信用できる男をさがして行かせるからと・・・・でも俺はどうしても自分が行かなければと思いつめていた。お前はよく塔の上に出て遠くの空を見ていた。目に涙をいっぱいためて・・・・」
「いつのこと?」
「わからない。お前のそんな姿ばかり俺は見ていた。そばにいって理由を聞き、抱きしめて慰めたかったけどそれはできない。ただ見ているだけだ」
「私の弱い所ばかり君は・・・・」
「そうだな、お前が一番見られたくない姿を俺は知っている。酔って頬に赤味が差し、お前の恥部が・・・・いや、そんなことが言いたいわけではない。俺はボロミアではない。お前が憧れ尊敬する兄のようにはけっしてなれない。でもだからこそ俺はお前のそばにいる意味があると思っている。ボロミアの前で泣けないなら、俺の前で泣けばいい」
「泣くようなことなど」
「お前の心は泣き叫んでいる。ずっと昔も今も・・・・だから俺はほっておけない。言葉にして話してくれ」
「マルディル・・・・」
「自分1人で苦しむな。そのために俺はここへ来たのだから・・・・・」
私の目から涙がこぼれた。
「マドリル司令官が来ています。大将と今後の計画について話し合いたいと・・・・・」
「ファラミアは熱を出して寝込んでいる。都育ちの人間だ。ここの生活は体にこたえるらしい。それでも大将としてできる限り同じ生活をしようと・・・・・」
「わかりました。司令官にそう伝えます。あの、大将のお体は・・・・」
「大丈夫なわけないだろう。鞭の傷跡が腫れあがり、痛みでずっとうなされていた。なぜそういうことになったかお前たちよくわかっているだろう」
「はい、申し訳ございません。二度とあのようなことはしません」
「人を傷つけるくらいなら自分が傷つく、ファラミアはそういう人間だ。よく覚えておけ」
「マドリルが来ているなら私が出た方が・・・・・」
「この体でどう説明する。そうでなくてもまだ俺達はイシリアンに前からいた連中から完全に信頼されているわけではない。この体を見せるわけにはいかないだろう」
「しばらくは来ないだろうと・・・・」
「野伏というのはいつどこに行くかわからない。正規軍とはまったく違うさ。本当に大変な任務さ。お前と一緒でなければ俺は一生ここには来なかっただろうな。あ、いいんだ。別に後悔しているわけではないから」
彼の声はあくまでも明るい。また私は救われている。
「ファラミア大将がだめならマルディル副大将でもいい、とにかくすぐに話さなければいけない用事があると言ってます」
「うるさいなあ、しょうがない、俺が行くか」
マルディルは出て行った。私が来る前は長い間司令官としてここイシリアンを治めていたマドリル、その知識と力はとうてい及ぶものではない。彼はむしろ私よりマルディルと話そうとしたのかもしれない。2人は村を抜け森の方へと早足で歩いた。私の耳はエルフ並みだと言われたことがある。こうして寝ていても誰がどこにいるのか足音でけんとうがつく。かなり森の奥深くまで行ってようやくマドリルが話し出した。
「ファラミア大将は熱を出して寝込んでいるとか。あのことがそうとう応えたのか」
「かもしれません。それでも今度は新しく来た者の訓練を引き受けて必死に頑張っています」
「彼はここイシリアンの大将には向いていないのかもしれない」
「何を言うんです!俺達は正規軍に入るための訓練しか受けてないから最初は戸惑いました。でもファラミアは必死に努力しました。弓の扱いなど今ではここにいる誰にも負けないほどに・・・・それほどの努力をしてきたのです。それなのになぜふさわしくないなどと・・・」
「ファラミアがどれほど努力したか、弓や剣の扱いではここにいる誰にも負けないこと、わしはよくわかっている。だがイシリアンは正規軍ではない。味方に有利な情報を得るために少人数で敵国に侵入するのが昔からの主な任務だ。捕えられた仲間を見殺しにし、捕虜を拷問にかけ、みせしめのために酷い処刑を行った。どれほど多くの血がここで流され呻き声が残っているのかわしにもわからないくらいだ。そんな場所の大将としてやっていくには・・・・あの方はあまりにも繊細でやさしすぎる。平和な国で執政として国をまとめるならあの方は素晴らしい政治をして民に慕われるであろう。だがここイシリアンで生きれば、彼の心は遅かれ早かれ砕け散ってしまう。あれほど素晴らしい能力を持つご子息を執政殿はなぜこのような場所に・・・・・・・」
低い呻き声が聞こえ、沈黙が続いた。2人が黙ってしまったのか、それとも私の耳がまた急に聞こえなくなったのか、長い間なんの音も聞こえない。ただ自分の息が荒くなっていることを感じた。
−つづくー
後書き
今回の話は細切れの時間で少しずつ書きました。まとまった時間が取れればいいのだけれど・・・・ファラミアはつくづく野伏のような裏の仕事には向かない人間だと思いました。繊細でやさしく人を傷つけることを嫌い、そんな息子を父デネソールはなぜイシリアンに行かせたのでしょう?ボロミアのライバルとなる者を遠ざけたかったのでしょうか?
2009、9、9
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