闇の水底に咲く華(20)

登場人物  ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
        ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳

時代     フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後

下の方から話し声が聞こえた。今私が少年のミハエルやハンスといるのは50年近く昔の世界、下から聞こえるのはどちらの世界の声なのだろうか?

「まさか、そんなことが・・・・あの子供はミハエルなのか・・・・」
「私には何も見えません。ですがハンス様、今ファラミア殿はミハエルの魂と会い話をしているところ、どうかこれ以上近づかないでください」
「死んだ者の魂を呼び出しているだと?あれはどう見ても子供だ。あの男、ミハエルによく似た子供を見つけてきて騙すつもりか。許せん!あの男と子供をひっとらえてやる」
「お止めください。彼は逃げる気などありません。どうかこのまま戻ってください」
「離せ、ヨハン。邪魔をするとお前とて容赦はしないぞ。余の本当の姿をお前は知っているのだろう」
「わかっています。でも今の私はもう恐れるものはありません。エルフの血を持つ者が現われ、国を正しき方向に導く時が来たのです。私は覚悟しています」
「そうだったな、お前の毒薬で余はナズクルとなった。だが今はお前にかまってはいられない。子供を捕え正体を見極めなければならぬ、どけ!」
「お止めください!・・・・うわあああー・・・・・」

鋭い悲鳴の主はヨハン、彼はドサリと倒れる音がして何も言わなくなった。そしてナズクルとなっている領主のハンスが段を上がって私の目の前に立った。

「お前は魔法使いの弟子になったことがあるそうだな。どのような魔法を使ってなんのためエルフの格好をしている?さあ言え!さもなくばこの子供がどうなっても知らんぞ」

年はとっていてもナズクルとなったハンスの身のこなしは素早く、ミハエルはたちまち彼に捕えられ喉元に短剣を突きつけられた。

「離せ!その子は過去に生きるミハエルだ。過去を変えることは秩序を崩し世界を変えること、例え闇の世界に住む者とて決して許されぬ」
「うるさい!弟によく似た子を探し出し、ヨハンと組んで騙そうとしているな。ゴンドールのファラミアよ。ならばこの子を拷問にかけて聞き出すまでだ。新鮮で活きのいい魂を取り出せばサウロン様もさぞお喜びになるだろう。近頃は奴隷となって疲れ果てた子の魂ばかり渡していたからな」
「やめろ!やめるんだ」
「ハハハハ、武器も持たないお前に何ができる?余に逆らって逃げるつもりならあらかじめ武器ぐらい用意しておくのだな。もっともナズクルとなった者は人間の男では殺せぬが・・・・・ハハハハ・・・・・」
「ミハエルに何をする。はなせ!」

私の前に飛び出したのは少年のハンスであった。彼は手に剣を構えている。

「ハハハハ、ミハエルだけでなく余によく似た子供まで見つけてきたのか。だがしょせんは無駄な抵抗、ナズクルは人間の手では殺せぬ。お前たちが何人集まりどんな武器を使おうと余を殺すことなどできないのだ」
「何を言う、俺の力を見せてやる!」
「まさかお前は本当に・・・・やめろ・・・・自分で自分を殺す気か・・・・・ギャアアアアー!」

ぞっとするような悲鳴が聞こえ、ハンスはどさりと倒れた。彼の胸には少年のハンスが握っていた剣が突き刺さっていた。そして仮面がはずれ真っ黒な髑髏の顔があらわになった。

「ミハエル、大丈夫か?怪我はないか?」
「兄上・・・・」
「まったく、だから言っただろう。ここは処刑場なんだ。どんな人間や悪霊が集まってくるかわからない」

ハンスはミハエルの手を離し、倒れたナズクルの胸に刺さった剣を抜いて血を服で拭い、鞘におさめて私の前に突き出した。

「この剣はエルフ、お前にやる」
「・・・・・」
「俺がいなければミハエルは危ないところだった。人間の世界に来るつもりなら武器を忘れるな。ましてこんな場所には何が出るかわからないだろう」
「ああ、確かにそうだ」
「人間に見つかりたくなくて夜来るのならもう少しよい場所を選べ。弟はまだ10歳だ。自分の身を自分で守ることができない」
「すまなかった。ミハエルを危険な目にあわせてしまった」

私は素直に鎧兜をまとった少年のハンスに謝った。エルフの姿になった私の背は彼よりもかなり高くなっている。

「俺はまあこいつの年には剣の使い方を完全に覚え、自分の身ぐらい守れたけどな。だけど弟は俺とは違う。エルフの血を持って先のことがわかり、心が優しすぎるから人の身代わりになって結局自分が苦しむ・・・・ずっとこんなことばかりしていて、いつか誰かの身代わりになって死んでしまうような気がしてならないんだ。やい、エルフ、お前ならわかるだろう?ミハエルのような子がどうしたら自分のことをもっと真剣に考え、幸せになれるか・・・・俺は何を言ったらいいかわからないんだ。だからお前がこうして人間の世界に出て時々弟に会うなら教えてやってくれ」
「あ、ああ・・・・・」
「約束だぞ、俺はもう行くからな。早く戻らないと本当にミハエルの捜索が始まってしまう。あんまり大袈裟にはしたくないからな」
「わかった・・・・」

ハンスは私に言いたいことだけ言うと素早く身を翻し、さっさと台から下りて姿が見えなくなってしまった。ミハエルが私のそばに来て手を握り小さな声で尋ねた。

「倒れているのは兄上・・・・ナズクルとなった・・・・・」

彼の目は真剣だった。嘘はつけない。

「そう、君の兄ハンスは15年後、君が25歳の時に毒を飲まされ生死の間をさ迷って苦しみ、魂が闇の世界に落ちてナズクルとなってしまった。そして君は毒を飲ませた犯人とされ処刑された。だがどうして・・・・・ナズクルは人間の男には決して殺すことはできないのに・・・・」
「・・・・・ナズクルは・・・・・自ら死を選ぶことも・・・・人間によって殺されることもない・・・・永遠に生き続ける・・・・」

苦しげな呻き声が聞こえた。年老いたハンスは倒れたがまだ生きている。

「ミハエル・・・・お前の顔が見たい・・・・そばに来てくれないか・・・・」

少年は不安そうに私の顔を見た。

「心配しなくても・・・・姿はこのように醜いままだが・・・・・心は人間に戻った・・・・お前が起こした奇跡だ」
「僕が起こした奇跡・・・・・」

彼はゆっくり近づき倒れたハンスの手を握った。私はその後ろに剣を構えて立った。

「よく聞くんだ、ミハエル・・・・これはお前が15年後、死ぬ前に見た夢だ」
「僕の見た夢?」
「そう・・・・俺は毒によって一度死にナズクルになってしまった。闇に心を支配され、お前には特に酷い死を与えた。たった1本の薪の炎でお前の足は燃やされ、ひどい苦しみの中お前は3日間生きた。意識を失っては取り戻し、喉から血を吐くほど叫び続け、正気と狂気の間をさ迷ったお前は死ぬ間際、3日目の夜2つの夢を見た。子供の頃、まだ俺が人間でお前のことを心から心配していた時の夢と、30年後ナズクルとなって闇に哀れな子供の魂を売り渡し、異国から来たエルフの血を持つ人間を捕らえいたぶっている夢・・・・お前は涙を流し、過去と未来を繋ぎとめようとした・・・・お前の願いはかなえられ、最後に見た光景、夢がこれだったんだよ。俺は過去の自分、傲慢でだけど正義感にあふれお前を心から愛していた過去の自分に刺され人間の心を取り戻した。これでよかったんだ。お前の夢は現実となり過去が未来を変えた・・・・・」
「兄上・・・・」
「俺はお前がどのように死んだかなど考えようともしなかった。だが今ならわかる・・・・お前は2つの世界を繋ぎ、過去の力で未来を救った・・・・この同じ光景を見て夜空を仰ぎ、そして目を閉じたんだろう?」
「・・・・・」
「俺も同じだ・・・・・お前と同じ夢を見ている・・・・・」
「兄上、兄上・・・・・・」

それっきりハンスの声は聞こえなくなり、ミハエルの啜り泣きだけが長く続いた。







呻き声と喘ぎ声に驚いて後ろを振り向いた。台の上に登ってくる者がいる。四つん這いになって私達の方へゆっくりと進み、ナズクルのハンスが横たわっている位置の手前で力尽きて倒れた。

「あなたは・・・・ヨハン・・・・どうしたのです?」
「剣で刺されている・・・・ナズクルの剣には毒が塗ってある・・・・毒が体にまわって・・・・助けなければ・・・・」

エルフとなった私よりもミハエルの方が先に状況を把握した。ヨハンはうつ伏せに倒れたまま顔を少し持ち上げた。深い皺が刻まれ、急に年を取って百歳以上の老人に見えた。

「これが私の犯した罪の報いならば助けなくてよい・・・・だがこれは・・・・どうしてハンス様がこのような姿で・・・・それにミハエルが・・・・」

私はヨハンのそばに近づき抱き起こした。胸のあたりから黒い血を流している。私は少年のハンスからもらった剣で服を裂き、胸の傷口をこじ開けて黒い血を絞り出し、念のため傷口に唇を近づけて毒を吸い出した。ヨハンは体を起こし私の前に跪いた。

「ありがとうございます」
「これはあくまでも応急処置です。すぐにしっかりとした医者に診てもらった方がいいでしょう。ナズクルの毒はとても危険です」
「いえ、その必要はありません。私は罪の償いを・・・・これはどういうことだ・・・・私は夢を見ているのですか。ミハエルが子供の姿でここにいるなんて・・・・」
「夢ではありません・・・・・いえ、これはあなたの夢ではないという意味で・・・・今私達は30年前にここで処刑されたミハエルの夢の中にいます。死の間際に見た夢です」
「どういうことですか?私にはなんのことだか・・・・それにファラミア殿、あなたの姿も先ほどとは違う、まるでエルフのような・・・・」
「ミハエルは死ぬ前に2つの夢を見ました。過去と未来、あなたの策略でひどい目にあったけどまだ兄のハンスがやさしい人間だった頃と30年後の未来、ちょうど私がエランドに偵察に来て捕えられた頃の夢です。愛する兄がナズクルとなって酷い行いをすることにミハエルは心をいため、最後の力を振り絞って2つの世界を1つに繋げたのです。たった今この場所でナズクルとなったハンスは過去の自分自身の手で殺されました。けっして死ぬことのないナズクルも、過去の自分なら殺すことができたのです」
「過去が未来の自分を殺した。ならば私も今この世界に生きる私を探して殺せば罪を犯さなくてすむのですか?」
「それはできません。未来によって過去は変えられない。あなたはあなたの犯した罪を自分の生きる時の中で償うしかないのです」
「わかりました」

私はヨハンの手を引き、台の中央に立つ火刑用の柱に彼の体を鎖で縛り、そばに積んであった薪を足元に並べた。

「30年前ミハエルはこの場所で処刑され、私も同じ方法で殺されそうになりました。私がゴンドールから偵察に来て捕虜となった人間のままならば私にあなたを裁く権利はありません。でも今の私はエルフの力を与えられました。この国の闇であったナズクルは自分自身に殺されました。あなたは私、いえ、ミハエルによって裁かれなければなりません」
「やめて、こんなこと・・・・僕は彼を恨んでなんかいない・・・・だから・・・・」
「ミハエル、辛いだろうけどこれは君だけの問題ではないんだ。無実の罪で君と一緒に殺された者、ナズクルとなった君の兄ハンスが何をしたか・・・・すべてを考え裁きを下さなければならない。そして私の出す判決はもう決まっている」
「覚悟はできています」
「では始めます。ミハエル、私のところへ来なさい」

私は少年をそばに引き寄せ、縛られたヨハンの目の前に立った。

「あなたは45年前、10歳のミハエルが他の子をかばって罰を受けるという時に拷問吏に反逆者の子であると嘘を言って彼が酷い目にあうようにしましたね」
「はい、私は日頃から自分を慕っている幼いミハエルを愛し、いえ醜い欲望を抱き、傷ついた彼を慰めるふりをして陵辱するつもりでした」
「でも彼はそんなあなたの心を見抜き、その時以来あなたを避けるようになった」
「それでも私はミハエルをあきらめることができませんでした。美しい若者に成長し、誰からも愛される彼を地下牢に閉じ込め拷問にかけながら陵辱したいという欲望が強くなりついには怖ろしい計画をたてました。従兄弟のハンスに毒を飲ませて殺し、その罪をミハエルにかぶせ自分は領主となって好き勝手に振舞おう・・・・おろかにも私はそれを実行しました」
「その結果どうなったか、あなたはよくご存知のはずです。ハンスは生き返ってミハエルや彼を慕っていた若者を酷い方法で処刑しました。自分の正体を知られぬように医者は地下牢に30年間閉じ込め、拷問を受けた者の手当てをさせました。苦しみを長引かせ、処刑台に連れて行く前に死なぬよう治療する、それが医者としてどれほど辛いことかあなたには想像できないでしょう。さらにエランドの地下牢ではおぞましいことが行われました。サウロンに人間の魂を売り渡すと言う目的でたくさんの少年が鉱山に奴隷として集められ、鉱山で働かせるというのが目的ではありません。ただ鞭打たれて働かされ、陵辱を受けて人間に深い恨みを持つ魂をオークに埋め込めばより残虐なオークとなる、そういう理由です。何も知らない子供が鞭と拷問吏の情欲に晒され、あげくのはてに生きたまま引き裂かれて魂を抜き取られるのです。これほど酷いことがあるでしょうか?それらすべてのことがあなたの行為によって引き起こされたのです」
「わかっています。どうか判決を下してください。覚悟はできています。ただ私の息子や孫、家族は何も知らないで・・・・」
「私はあなたの家族を殺すようなことはしません。でもあなたは犯した罪にふさわしい罰を受けなければなりません」
「はい」

その時私のそばにいたミハエルがさっと火刑柱に近づき、鎖をほどこうとした。私よりも縛られたヨハンの方がおどろいて叫んだ。

「ミハエル、何をする!これでいいんだ。私は犯した罪にふさわしい罰を受ける」
「あなたは充分罰を受けたから・・・・・30年間ずっと苦しんで・・・・・だからもう罰は必要ない」
「ミハエル、君だけの問題ではない。君と一緒に殺された若者の苦しみ、魂を抜き取られた子のあまりにも酷い人生、その罪を君は許せるのか!」

私は大声で叫んでいた。だがミハエルは静かに言った。

「彼に罪があるというならば僕にも同じ罪がある。愛することがどういうことか今の僕にはまだわからないけど、大人になった僕は知っていたはずだ。僕はヨハンのたくらみを知って怖くなり、それから彼を避けるようになった。自分の周りに他に愛してくれる人がたくさんいたから、わざわざ彼の心の奥底など読もうとしなかった。エルフによって力を与えられながらその力を正しく使わずに彼に罪を犯させたのは僕にも責任がある」
「ミハエル、お前はやさしい子だ。こんな私をそれでもかばおうとしてくれるのか。その気持ちだけで充分うれしい。もういい、私は犯した罪にふさわしい罰を受ける。それでいいだろう?」
「やめて・・・・それでは大人になった僕が悲しむから・・・・・僕もきっとあなたを怖れながらもずっと愛していたんだと思う。だから最後まであなたの名前は言わなかった・・・・内乱が起き国中が炎に包まれる夢を見たから・・・・それだけじゃない・・・・・あなたに生きてほしかったから・・・・・僕は自分を愛してくれる彼らを裏切ってまであなたを守ろうとした・・・・・それがなぜかはわからない」
「ミハエル、私をかばわなくてよい・・・・」

だが彼は黙ってヨハンを縛る鎖をすべてほどいた。彼は私の前に来て握っていた手を開いた。

「この花は・・・・さっきまで何も持っていなかったのに今手の中に・・・・・」
「これは願いをかなえてくれる花だよ。僕も持っている。ほら」

ミハエルは服の中から手帳を取り出し、そこに挟んである白い花を見せた。

「願いをかなえる花?」
「僕はこの花をエルフに教えられて湖の底にもぐって見つけた。でもあなたは30年間ずっと苦しみ自分を責め続けてこの花を手に入れたんだね」
「願いをかなえてくれる花か。もしも願いがかなうなら・・・・私は15の頃にもどってひどい傷を受けたお前に詫び、けっしてそのようなことはもう二度としないと誓いたい。あの頃それに気付いていたならばお前を苦しめることもなく、ただ愛し見守るだけで満足したであろう」
「願いはきっとかなえられる。だからもう自分を責めないで」

ミハエルは微笑んで年老いたヨハンの体を抱きしめた。2人の体は淡い光をまとった。その後ろにある火刑柱や鎖、そして薪の1本1本が白く輝いているのである。私の体も白く光ってあたりは昼間のように明るくなった。そして私はこの台の下に大勢の人間のざわめきを聞いた。





                                              −つづくー






後書き
 ここでクライマックスです。この話は最初考えていたものと途中から大きく変わり、独自の世界を作ることができました。途中学校の休みやパソコンの不調、その他いろいろなことで中断しましたが、ここまで無事書くことができて本当にうれしいです。この後まとめを書いてまたしばらくしたら新しい話を書き始めるつもりです。

2010、5、13















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