闇の水底に咲く華(3)
登場人物 ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳
時代 フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後
「ファラミアが本当に愛しているのは兄のボロミアだけだ」
マルディルの絞り出すような声が聞こえた。マドリルから話があると誘われ、2人は今森の中を歩いているのだが、私の耳は聞いてはいけない言葉までとらえてしまう。
「でもお前さん、ファラミアとはイシリアンに来る前からの付き合いだったのだろう。大将を独占してずるいとやっかむ者は多いぞ。このわしとてもう少し若ければ夢中になっていたかもしれぬ。まあお前さんが1人占めすることで若い者達の間で争いが起きずちょうどいいのかもしれないが・・・・」
「1人占めしているなんてそんな・・・俺はただ酒や薬で朦朧としているあいつを無理に抱いているだけで・・・」
「随分熱心に痛み止めや眠りを誘う薬草について長老に聞いていたようだが・・・」
「媚薬にも詳しくなった・・・まさかこんなところで・・・」
「イシリアンのような辺鄙な場所でミナステリスの医者も知らない媚薬を使っていると驚いたのだろう。この地では一定の年齢になった若者は女を知る前にまずは野伏になるのが決まりだった。十数年男だけの世界で暮らし、村に戻って結婚を許されるのは40歳近くになってからだ。近頃では野伏の数も減ってわしのように長く残る者も多い。わしはもともと結婚などする気はなかったからいいけどな。いつ終わるかわからない男だけの世界、いろいろな技を磨いて一時の安らぎを得るのさ。今日元気でいたやつが明日には命を失うか手足を失うかもしれない。苦しむ仲間の息の根を止めることだってある。そういう世界だ。痛みを忘れさせ快楽を与えてくれる薬草に詳しくなるのも道理であろう。別に恥じることではない」
「俺はもしここに来ていなければおそらく一生ファラミアを抱くことなど・・・・」
「都では執政家の子息が男と関係を持つことなどあまりないであろう。戦場で欲望のはけ口にすることはあってもそれだけの関係だ」
「ファラミアはボロミアしか愛していない。あいつの身分と容姿なら望めばどんな女でも男でも手に入れられるのに、たった1人愛してはいけない人間を愛している」
マルディルの言葉にドキリとした。自分がボロミアを愛していると自覚したのは自分の手で欲望を処理するやり方を覚えた14,5の時だった。その時夢想したのは美しい女ではない、兄の力強い手で抱かれ犯されるならどれほど幸せかと夢見ていた。だがそんな思いを父に知られたらどうなるか。父は人の心を読むことができる。私はますます父には近寄らなくなり、どうしてもそばに行かなければならないときは固く心を閉じるようにしていた。
「でもここに来て変わったのではないか。わしにはファラミアはお前さんだけには心を許しているように見えるが、そうでなければあの方の神経はとうに壊れていたであろう。ここでの生活は過酷過ぎる」
「俺はただファラミアが少しでも安心して眠れればと・・・・ずっとあいつを見てきた」
「自分の心はよいのか。他の男を夢見る相手を抱くのは辛いであろう」
「そうだけど、離れていたなら逆に心配で気が狂いそうになっていたかもしれない。俺はあいつのことが気になってからは身分や地位、美しい女などは少しも欲しいと思わなくなった」
「あの男、ガシムという名前だったか、同じ気持ちだったのだろう。あの子がいなければあそこまで全てを話しわしらに協力する気にはならなかっただろう。捕えられ拷問を受ける前に自分の命を絶つ方法などいくらでも知っているはずだ。だがあの子がいたためにそれができなかった」
「だけど子供を拷問にかけたという事実がファラミアを苦しめている。あいつは子供の頃父親、執政殿から拷問のような折檻を受けた。俺は知らなかったが、初めて抱いた夜背中が傷だらけだった。その辛さを知っているからこそ・・・」
そう、私は鞭で打たれる痛みはよく知っていた。今村にある家のベッドに横たわって感じる痛みではない。マルディルは充分手加減してくれた。どんなに泣き叫んでも手を止めることなく手加減すらしなかった私の父、その時の痛みが体に刻まれている。フィロス、聞こえなくてよい声まで聞いてしまう私と違って彼は音のない世界で生きてきた。周りの者が話す言葉がわからず、そもそも言葉というものを知らずにいた。自分の叫び声も痛みを訴える悲鳴も聞こえぬ世界でどれほど怖ろしい思いをしてきたか。ガシムと名乗った男の言葉をもう一度頭の中で繰り返した。
ガシムという30代ぐらいの男と14,5歳の少年がイシリアンの森にいるところを私達は捕えた。2人ともゴンドール人の顔ではなく、長年争いを繰り返したハラドリムとも違う。最初の2日間、男に拷問をかけたのだが口を割らせることはできなかった。
「ファラミア大将、いい考えがあります。もう1人の子供の方を拷問にかけるのです」
「子供を拷問に・・・・口もきけないというのに・・・」
「その子にしゃべらせる必要はありません。男の目の前でわざと苦しめればよいのです。口がきけない子供ならますます都合がいい」
「しかし・・・・」
私はためらったが、司令官マドリルの心に迷いはなかった。
「我々は敵に捕えられた時どうすれば苦しまずに死ねるかをまず考えます。そして敵を捕えたならばどうすれば死なせずにできるだけ有効な情報を手に入れられるか考えます。相手に勝つことが目的の正規軍とは違います。どれだけの情報を手に入れられるかで仲間の死を防げる、手段を選ぶことはしません。敵に慈悲を与えることも・・・」
「だが彼らはまだ敵と決まったわけでも・・・・何か事情があってここを通りミナステリスに行くつもりだったのでは・・・・」
「その事情を我々は知りたいのです」
「だがこの子は見たところかなり酷い傷を受けている。今まで辛い目にあったに違いない。それをまたここで・・・・」
「大将であるあなたができないならばここは我々に任せて都にお帰りください。理由など後でいくらでもつけられますから、ほとぼりが冷めた頃戻ってこられればよろしい。わしが全責任をとる。ファラミア殿、あなたは知らないであろう。今までイシリアンの若者がどれほど多く敵に捕えられ酷い殺され方をしたか、そして我々も敵を酷い殺し方をしたか。必要とあらばもっと幼い子供だって・・・・」
「わかった。言うとおりにしよう。ただできるだけ苦しめずに・・・・いや、私が鞭を振るおう」
男はなかなか口を開こうとはしなかった。裸にされ縛られた少年は少しでも鞭から逃れようともがき、叫び声は次第に大きくなって意識を失った。野伏の1人が焚き火の中から真っ赤に焼けた金具を男の前に出して見せた。
「気絶した時にはこれを体に押し付けるのがここのやり方だ。いくつか火傷の痕があるが、そんな生ぬるいことはしない。意識を取り戻し、再び気絶するまでの間ずっと体につけておくのだ。どんな屈強な男でもこの方法ですべてしゃべる」
「そんないいやり方なら俺に試せばいいだろう」
「お前を死なせるわけにはいかない。口のきけない子供などなんの価値もないからな」
「待て、お前らゴンドール人だろう。ゴンドール人は慈悲深く、ミナステリスには優れた医者や学者が数多くいると聞いた。だから俺はミナステリスにこの子を連れていこうと・・・・」
「ひどい扱いを受けていたようだな。そもそもお前は何人だ。どこからあの子供を連れ出した」
「それは言えない・・・・」
言い終わらないうちにすさまじい悲鳴が聞こえた。別の男達が縛られた子供の体をさらに抑え、真っ赤に焼けた金具を体に押し付けていた。私は思わず目を閉じたのだが、絶叫に混じって皮膚が焦げる音と逃れようともがいて縄がきしむ音が聞こえた。
「やめてくれ!その子は耳が聞こえないんだ。なんでも話す、だから・・・・」
「一度や二度気絶したくらいで死にはしない。我々は拷問のやり方をよく心得ている」
「すべて話す、お願いだ、やめてくれ・・・・俺はどうなってもいい、どうかこの子だけは・・・・」
「お前の名前は?どこの国の人間だ?」
「名前はガシム、エランドの人間だ」
「エランド、エランド公国なら百年以上も前にゴンドールの属国になっているはずだが、なぜか数年前から急に豊かになったという噂を聞いて調査隊が派遣されたばかりだ。そのエランドの人間がなぜここに・・・」
「すべて話す。だがその前に俺の縄を解いてくれ」
「大将、用心してください。縄など解いたらその男何をしでかすか」
「いいだろう、縄を解こう。だがもし私達に何か危害を加えようとしたらその時はどうなるかわかっているだろうな」
「何もしない」
私は男の縄を解いた。拷問を受け彼の体もかなり傷ついていた。ガシムという名の男は這うようにして縛られた少年のそばに行った。
「その子の名前は?」
「名前は知らない。奴隷だったのを助け出した」
「ではフィロスと名づけてやれ」
「フィロス?」
「古い言葉で知識という意味だ」
「言葉を知らない子供に知識という意味の名をつけるとは・・・・」
「約束しよう、彼はミナステリスに連れて行き、学者のもとに預けて言葉と知識を教える。自分がどんな目にあったか知るためにだ。だがそれはお前がエランドについてすべてを話した後だ・・・・」
「俺が国を裏切ればこの子は救われるのか?」
私は頷いた。男は意識を失いぐったりとした少年の背中に手をかけた。
「酷い傷だ・・・・鞭の痕も火傷も今までのものとは比べものにならない」
「おい、男を縛った方がよくないか。しゃべる前に子供を殺されたら・・・」
「待て、じっとしていろ!」
マルディルの鋭い声にみながシーンとなった。
「ファラミア、大丈夫だな。俺がそばにいる」
彼は私だけに聞こえるくらいの小さな声でささやいた。
「フィロス、よくがんばった。これで終わりだ・・・・俺がもう少し早くしゃべっていればこんな目には・・・・許してくれ」
少年がうっすらと目をあけた。
「いいか、よく聞け。お前が言葉を覚え自分の名前を知る頃には俺はもう生きていない。お前はこれから世の中のことをいろいろ知るようになる。俺の顔なんか忘れてしまってかまわねえ。いや、忘れた方がいい。俺は闇の帝王の手先としてお前のような子供を大勢モルドールに送り込んでしまった。自分の私服を肥やすためにどうなるかわかっていながらお前のような子供を集め・・・・だけどお前だけは闇の世界に送ることが耐え切れず・・・・いいか、お前の悲しそうな目が俺を変えた。そのことを忘れるな」
「耳の聞こえない子に話しかけても・・・・それもほとんど気絶しているような・・・」
「いや、彼の心にあの男の言葉は響いている」
「心配しなくていい。これで終わりだ。もう苦しむことはない」
男の声に少年はふっと微笑んだように見えたがまた目を閉じてしまった。男は少年の背中をそっと撫でていた。私の目から涙が流れていた。
「ファラミア・・・・」
「私にも同じような経験がある。だが感傷にひたってばかりもいられない。エランド公国で何が行われているのか、詳しく聞きださなければ。マルディル、尋問に付き合ってくれるか?」
「俺よりもマドリル司令官の方が・・・・」
「私は弱い人間だ。誰かの支えが欲しい」
彼の手が私の肩を強く抱いた。
「もういいだろう。これっきり会わせないというわけではない。ガシム、これから場所を変えて尋問を行う。私とマルディルの2人だけなのでまた縛らせてもらう。いいな」
男は立ち上がって頷いた。縛られ歩き始めた時チラリと少年の方を見た。
「このままでは気になって話せないか。では彼の縄を解いて家の中に連れて行き介抱してやれ」
「わかりました、大将」
答えたのはマドリルだった。マルディルは不安そうな目で私を見た。
「わしらには傷ついた仲間を救う数多くの技が伝えられておる、心配するでない。それよりも・・・・」
マドリルはどうやら私のことを一番心配しているようだった。
−つづくー
後書き
第3話になってやっと本題に入ってきたというか、ゴンドールの属国である1つの国の陰謀とそれを阻止するためには非情な手段も使うイシリアンの野伏ということで話を書きたかったのですがどうなることやら・・・コンサート2日前でだいぶそっちの方にも気持ちが飛んでいます。
2009、9、15
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