闇の水底に咲く華(6)
登場人物 ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳
時代 フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後
私はイシリアンに戻り森の各地に散っていた野伏達を最も大きな隠れ家である洞窟に集めてエランド公国偵察について話を始めた。遠くへ行った者を除いてほとんど全員が集まったのだが100人にも満たない。かってイシリアン近くの若者は皆野伏としての訓練を受け、平時はそれぞれの村で暮らしていてもいざとなれば数千人以上を招集でき正規軍を助けた。だが今は近くの村に人は住んでいない。モルドール近くのこの土地に住むことはみな諦め遠くの親戚を頼るかミナステリスへ行くなどしてみな村を出てしまった。これ以上人数が減れば野伏としてここで活動することすら難しくなる。偵察は最低限の人数で行かなければならない。
「かねてよりいろいろ噂のあったエランド公国であるが、最近領主の命令で兵士がゴンドール領土内にも侵入して子供をだまして連れ去るということが頻繁に行われるようになった。連れ去られた子供は奴隷として鉱山で働かされているようだが真の目的は不明である。奴隷売買はゴンドールや属国ではとうの昔に禁じられているのだが、それを破ったエランドがどこの国と手を結び何を企んでいるのか、調べてこいという命令が執政より正式に下された。属国とはいえ顔つきや目の色が違う他国への侵入は極めて危険であり、捕えられれば拷問にかけられ殺されるであろう。私はこの中の誰かに行ってくれと命じることはできない。それぞれの経験、家族、血筋などを考え行ってもよいと思う者は明日までに私に申し出てくれ。5名ほどを募りたい」
「ファラミア隊長、その5名の中に隊長も含まれているのですか?」
「私以外に5名募りたい。エランドの領主と鉱山についてそれぞれ調べるのにどうしても6人は必要であろう。あまり大勢で行っては目だってしまうだろう」
「危険な場所に隊長を行かせるわけには行きません。隊長は執政家の血を引く大切な方、万が一にも捕えられればゴンドールと取引され大きな犠牲が出るでしょう。我々の中で6人選びますのでどうか隊長は残ってください」
「私が行くというのも執政からの命令だ。万が一捕えられどのような拷問を受けようと執政家の者であることは決して明かさない。イシリアンの野伏として死んでいこう。他の者も同じだ。私の身分だけはけっして明かさないでくれ」
「ファラミア、俺が行こう。ここへ来た時から死ぬ覚悟はできているし別の国から来た祖先の血が混ざっている。純粋なイシリアンの人間より目立ちにくいはずだ」
「マルディル、君はここに残ってもらいたい。その理由はみなの前では言えない。話は以上だ。それぞれがよく考えて名乗り出てほしい。希望者が多い場合は私が選ぼう。ではみなもとの持ち場に戻ってくれ・・・・・」
「待ってください、隊長が危険な偵察になど行かれては・・・・」
「そうです、ここには命を惜しまぬ者がいくらでもいます」
「私ではない、執政の命令なのだ。明日の朝までに5名だ。よろしく頼む。私はこの先3つ目の洞窟に1人でいる。われこそはと思う者は1人ずつそこへ来てくれ」
騒ぎは静まらないが私は早足でその場所を立ち去った。
3つめの洞窟は小高い丘のすぐ横にあり私の気に入りの場所でもあった。入り口は狭いが中は10人ほど体を伸ばして休める広さがあり、敷物をおいて私1人、あるいは彼と体を休め眠りについた。1人でいる時はよく丘の上まで出て星を眺めた。だが今夜は名乗り出てくる者を待つために中で待たねばならない。干し肉とパンで簡単な夕食を済ませ、ろうそくのあかりで地図を眺めた。
「エランドは決して大きな国ではない。ゴンドールの10分の1以下で鉱山だって昔から知られていた。それがなぜ今になってわざわざ危険を犯してまで子供を集めているのか。自分の国だけでなくゴンドールの領内にも侵入して・・・・だまして連れて行くなら子供の方が都合がいいかもしれないが、鉱山で大量の金や銀が採れるなら人を雇えばいいこと、どこの国でも危険な村を捨て城壁に囲まれた都市で暮らす者が増えているのだから働き手などいくらでも・・・・この鉱山の周りは荒れた土地で森も村もないのか。多くの人間を養うにはわざわざ別の場所から食糧を運び・・・・」
「ただの鉄鉱石や銀が埋っているくらいならこんな場所に多くの人間を集めない。まして子供などたいして力はないし食べ物や飲み水は1人前に必要となる。こんな効率の悪いことをゴンドールでは決してやらない」
「マルディル、いつからそこに・・・・」
「足音に気付かないとは、お前もまだまだ野伏として一人前でないな。もう少しここに残って訓練した方がいい」
「その必要はない。元々父上は私がミナステリスにいては不都合だと考えここへ来るように命じた」
「あの後みなで話し合った。お前を命の危険にさらすわけにはいかない。代わりに俺が行く」
「そうはいかない。執政である父上は私が偵察に行き君は残るようにと命じた」
「なんでそんなことを!」
「そのことについて詳しく話すわけにはいかない。他に誰か志願者が来るかもしれない」
「誰も来ない。名乗り出た志願者の中からふさわしいと思う者を俺とマドリルで選んでおいた。そして俺はみなを代表してお前の説得に来た。執政家の血を引いているという理由だけではない。みなお前を死なせたくないのだよ」
「でも父上の命令で・・・・」
「わかっている。お前は執政殿に疎まれイシリアンに来るよう命じられた。口には出さなくてもここにいる者はお前のそんな事情をよくわかっている。複雑な事情を抱えながらそれでも必死にこの地にとけこみ生きていこうとしているお前をみな愛しているんだ。お前がいるからこそここの野伏は心を一つにして戦うことができる。偵察などで命を落としてはいけない。この先に起こるであろうもっと大きな戦いで、お前は絶対に必要な人間なんだ。俺の言っていることがわかるか?」
「君の言いたいことはよくわかった。でも運命には逆らえない」
私は洞窟の外へ出た。月の見えない夜、星は普段よりもっと輝きを増して近づいてくる。
「世界がまだ混沌とした闇に包まれていた頃、エルフが最初に見たのは太陽の光ではなく星の輝きであった。その頃とまったく変わらずに星は動き輝いている。幾千年の時が過ぎ世界が再び闇に包まれても星は動き続けるであろう」
「ファラミア!」
「父上にはエルフと同じヌメノールの血が濃く流れている。未来のことを知り人の心を読める。その力で見てしまったのだ。執政に不満を持つ者が私を中心に謀反を起こしゴンドールの兵士が真っ二つに分かれて戦う姿を・・・・」
「謀反など、お前が起こすわけないだろう」
「私の心がどうであれ、不満を持つ者がいる限り執政家の血を持つ私が祀りあげられる。それを避ける方法はただ一つ、私がどこかで命を落とせばいい」
「起きてもいない未来をおそれ命を捨てるな!お前が死んだら俺やボロミアはどうなる!」
「血をわけた弟が謀反の首謀者となり、父の命令で処刑される。兄上にとってこれほど辛いことはなかろう。どこか知らない場所でひっそりと命を落とす方がよほど救われる」
「俺はヌメノールの血の予言など信じないぞ」
「私にも父上と同じヌメノールの血が流れている。私はもっと怖ろしい未来を夢に見てしまったことがある。父と兄を同じ頃失いただ一人生き延びて執政となる・・・・・そのような未来はなんとしても避けたい」
「ファラミア!」
「わかってくれ。私は血を分けた兄であるボロミアを狂おしいほどに愛している。だからボロミアを救うためにこの命を使いたい。運命が変えられないならばせめて死に場所くらいは自分で選びたい」
「遠い異国で捕えられ拷問の末惨殺される、それでいいのか!」
「どんな死に方でもいい、兄上に知られなければ・・・・・ミナステリスで私はフィロスを兄上に引き合わせた。彼は私やイシリアンの者にはひどく怯え・・・・・拷問にかけたのだから無理もないが・・・・ずっと心を閉ざしていた。でもボロミアを見てかすかに微笑み、私がいない間に眠ってしまった彼を抱き上げて・・・・」
その時の気持ちを言葉でどう表現すればいいのか。兄の体の周りには光が見えた。遠い昔、鞭打たれてうなされ眠れない夜にはこっそり兄の部屋に行った。ボロミアに抱かれ同じベッドに眠るだけで痛みや恐怖はなくなっていた。
「ボロミアには父や私のようなヌメノールの血は流れていない。未来を予言したり人の心を読む力など持たない。それでもボロミアが執政となった時、ゴンドールには平和が訪れ、兵士となって長い間別々に暮らしていた父や兄が家に戻り、家族は心の底から笑い、幼い子が父に抱かれて眠りにつく、そんな光景がはっきり見えた。この体がどれほど酷い拷問を受け、ズタズタに裂かれて苦しみながら死んでいこうとも、私の目にはボロミアとゴンドールの民が微笑む姿が見える。おそれるものなど何もない」
「ファラミア・・・・・」
互いの顔もよく見えぬほどの暗い夜だが私には彼の流す涙がはっきり見えた。喉元にでかかった言葉を何度も飲み込み、慎重に言葉を選んでいる様子も・・・・
「俺はヌメノールの血など持たぬ普通の人間だ。星を見て運命を知ることはできないし、ましてやそれを変えることなど到底できない。口ではえらそうなことを言っても心の奥底には醜い欲望や嫉妬が渦を巻いている。だけどファラミア、もしかしたら人間の欲望が運命を変えることだってあるかもしれない。星空の下ではお前の言葉に反論はできない。洞窟の奥深く風も入らぬような澱んだ闇の中で俺の言葉を聞いてくれるか?欲望にまみれながらそれでも人を愛し信じようとする人間の言葉だ」
彼はその場を立ち去り洞窟の中へと入った。小さな星が一瞬光を増し尾を引いて闇へと消えた。流れ星は昔から悪いことが起こる兆しと言われているが、あの星もまたそうなのだろうか。私は静かに頷き彼の後を追って洞窟へと入った。
ーつづくー
後書き
この話は長男が修学旅行に行った日に3時に起こされ時差ぼけのまま書き出しました。時間はあるのにどうもうまく書けなくて何度か全部消すことを繰り返し、少しずつ書き進めてようやく3日後の今日区切りがつきました。でも書き直しをすると歩いている時や仕事中もついついいろいろなパターンで先の話を考え、それはそれで楽しかったです。ヌメノールの血で人の心や未来を読めてしまい自分を犠牲にして運命を受け入れてしまいがちなファラミアを人間の言葉でどう説得するのか、難しい課題です。
2009、10、30
目次に戻る