闇の水底に咲く華(8)
登場人物 ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳
時代 フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後
エランドに偵察に行くにあたり、私は最終的に6人の野伏を選び、またガシムという男を案内人とすることにした。6人を選ぶにあたってはまずイシリアンの指揮官であったマドリルをはずし、父の命令があるのでボロミアの友人であったマルディルもはずした。多くの者が自ら行くと志願した中、私は自分より年上でかつ家族のいない者を選んだ。マドリルが若い頃はイシリアンの野伏もほとんどの者が家族を持ち、時々は生まれた村に戻っていたのだが、私と同時期あるいは後からイシリアンに来た者はみな家族を持つことはあきらめていた。オークの出没する回数が増え、いつ命を落とすかわからない戦いの日々の中、家族など持てば悲しむ者が増えるだけとわかっているからであろう。
「ファラミア、エランドに行く前にもう1度ガシムから詳しい国の様子を聞いた方がいい」
「わかっている。今から洞窟に集まり最後の打ち合わせをする予定だった。でも君は・・・・」
「執政殿の命令で偵察に参加することは許されていない。でもエランドの様子を聞くぐらいいいだろう。お前たちが捕まった場合、俺が第二次偵察隊を組織して助けに行かなければならない。できるだけ詳しい話を聞いておいた方がいい」
「第二次偵察隊のことなど父は何も・・・・」
「お前が捕まってほっておけるわけないだろう。心配するな、ボロミアと連絡をとって正規軍にも応援を頼む。必ず助けにいくから決して諦めるな」
「なんだか私が捕まるのを待っているようだな」
「そんなことはない。無事帰ってくれればそれが一番だ。だけど万が一の時は必ず助け出す。だからどんなことがあっても・・・・」
「わかった。君と兄に誓おう。どんなことがあっても決して自分で命は絶たない」
「ああ、よかった。これで安心だ」
マルディルは心からの笑顔を見せた。
「よかったと言っても他国で捕えられれば拷問にかけられるのだぞ」
「そんなことはわかっている。いいか、捕まったらさっさと執政家の次男ファラミアだと名乗ってしまえ。属国のエランドがゴンドール執政家の血を引く者に手出しはできないであろう。どういう交渉をしたらいいかは俺とボロミアで考える」
「わかった、そうするよ」
私はかすかに微笑んだ。もし捕えられたならば、自分の名前どころかゴンドール人であることすら明かさずに、北方を旅するドゥネダインの末裔だと言って殺されるつもりであった。だがそれを言えば彼は大騒ぎして私を引き止めるであろう。
「フィロスのことはあの男には言ってないだろうな」
「ああ、それも君の言うとおりにした」
「あの男はエランドの人間だ。いつ俺達を裏切るかわからない。だが、あの子がまだ俺達のところにいると言っている限り、あの男は俺達の言いなりになる。いいか、偵察が終わって無事イシリアンにもどって来るまで絶対あの子がミナステリスにいることをしゃべるんじゃないぞ。切り札は最後までしっかり持っていた方がいい」
「子供を拷問にかけて口を割らせ、今度は子供を切り札に使うのか」
「仕方がないだろう。これで多くの子供の命が救われるかもしれないのだ。子供だけではない。このままエランドを見過ごしたら今度はゴンドールに攻め込まれるかもしれない」
「わかっている。何かを得るためには犠牲も必要だ」
私は彼から目をそらして自分の言葉に1人頷いた。
「これは今から30年前の話だ。そのころ俺はまだ子供だったから直接見たり聞いたりしたことではないが多くの者から同じ話を聞いた」
私は偵察に行く6人とマルディルを村の空き家に集め、ガシムからエランド公国についての詳しい話を聞いた。
「30年前の話か。あまり今度の偵察とは関係なさそうだが・・・・」
「マルディル、口を挟まずに黙って聞いてくれ。どんなことでもいい。できるだけ詳しく国の歴史や領主について話してくれ」
ガシムはみなの顔をみまわした。自国の秘密をばらすのに顔が見えるほど明るくては話しにくいのかもしれない。私はランプのあかりを全て消し、小さな蝋燭にだけ火をともした。
「30年前、今の領主ハンス様がちょうど30歳になられた時、前の領主様が亡くなりハンス様が領主となられた」
「その頃ちょうどゴンドールもデネソール様が執政となられた。エランド公国とは前の領主の時からずっとよい関係を築いていたと聞いている」
「よい関係・・・・支配する側はそう思っているのだろう。力で脅し税を取り立てる。エランドなど領主と言っても名ばかりで先祖の城を受け継いだだけ、贅沢などとても望めない状況だった。でもそんな領主の地位でも望む者がいるのだな。ハンス様は領主になられてすぐ毒殺されそうになった」
「犯人はわかったのか」
「ハンス様の5歳年下の弟ミハエル様だった」
「弟が犯人か」
マルディルの低い声が響いた。私のことが気になったのだろう。
「かまわぬ、続けてくれ。領主の弟が毒殺しようとしたというのは間違いない話なのか」
「間違いないだろう。あの夜城でパーティーが行われ、ミハエル様が手渡したワインを飲んで急に苦しまれたというのだから。別に俺が見たわけではないが、何人もの人間がそう証言したそうだ」
「毒殺といっても命はとりとめたのだろう」
「3日3晩苦しんでようやく助かったらしい。だがその時まで仲のよい兄弟だった2人、裏切られたと知ったハンス様の復讐はすさまじいものであった。ミハエル様はもちろんのこと仲のよかった貴族の男達がみな捕えられ拷問にかけられた。厳しい取調べの中、みな領主暗殺を計画していたと自白した。ミハエル様と捕えられた男十数人は同じ日に城の前の広場で処刑された。反逆罪は最も重い刑を受ける。全員生きたまま火あぶりにされた」
「よくある話だ。もういい、昔のことはそれぐらいにして今のエランドについて詳しく説明してくれ。政治の様子、軍隊の規模、そっちの方がよほど重要だ」
「いや、領主暗殺について最後まで詳しく話してくれ」
私はミハエルという名の男のことがひどく気になった。本当に兄の暗殺を企んだのだろうか。何者かの陰謀で彼は無実の罪で殺されたのかもしれない。
「ハンス様の怒りは激しく、処刑は特別なやり方で行われた。普通火あぶりは足元に薪を並べるが、1人ずつ鉄の鎖で固く杭に縛りつけられた罪人の足元に薪は置かれなかった。薪は近くの山のように積まれていたが、1人につき1本の薪だけが足元に置かれ合図によって火がつけられた。多くの薪を使ってはならない、反逆者はできるだけ長い時間苦しめて見せしめにしろというのがハンス様の命令だった。やがていくつもの呻き声が聞こえた。薪1本分の炎はただ縛られた足だけを焼き死には至らしめない。生きながら炎で焼かれる苦しさに皆体をよじり怖ろしい悲鳴をあげていく。失神しては息を吹き返し、ようやく1本の薪が燃え尽きた頃次の1本が加えられた」
みなの息を呑む声がした。残酷な殺し合いに慣れている私達でさえそれは想像するだけでぞっとする怖ろしい光景である。
「エランドの領主が残酷なことはよくわかった。もういい、こんな話ばかり聞いていたら怖気づいてしまう」
「だめだ、聞かせてくれ。ミハエルという男がどのように死んだのか詳しく聞きたい」
私は喘ぐような声で叫んだ。体は熱く火照り、たくさんの煙を吸い込んだかのように息苦しくなってきた。
「できるだけ長く生かせというのがハンス様の命令だった。それでも日没までには1人を除いて全員が息絶えた」
「朝から処刑が行われ、日没まで薪1本の炎で足を焼かれながら生かされていたのか。なんという酷いことだ。大きな炎で全身を焼かれたという方がまだ救われる」
「長い苦しみの後で罪人はようやく死ぬことが許された。だがたった1人暗くなった後も生きていた者がいた。ミハエル様だった。足元の薪は取り除かれ杭に縛られたまま一晩中放置された。夜明けまでには息絶えるだろうと誰もが思っていた。だが彼は生きていた。朝の光でその姿がはっきり照らし出された時誰もが息を呑んだ。膝から下は黒こげとなって骨が見え、腿から胸のあたりまでは焼け爛れてところどころ血で染まっていた。だがハンス様は膝の高さまで土で埋め再び1本ずつの薪で処刑を続けるよう命じられた。日が出ている間中低い呻き声が聞こえた。もはや喉もつぶれ大きな声は出せなかったのであろう。夜になればまたそのままの姿で放置され、3日目の朝、土はももの高さまで埋められ、服が焼け落ちて剥き出しになった下半身が直接炎にさらされることとなった。獣のような咆哮が信じられないほど遠くまで響き、そしてまた低い呻き声に変わった」
みなが息を止めて話を聞いているのがわかった。
「もういい、よくわかった。はやくその男を楽にしてやれ」
「ミハエル様は3日間炎に晒されて苦しみぬいた末、4日目の朝息絶えているのが見つけられた。下半身は見るも無残であったが顔はきれいなまま残っていたという」
「やっと終わったか。そしてその後エランドはどうなった」
「しばらくの間ミハエル様の陰謀に手を貸したという疑いで何人かの貴族が捕えられて処刑されたが、その後鉱山が発見されエランドの暮らしは随分良くなった。税はなくなり土地を持たぬ貧しい者でも軍隊に入れば高い賃金をもらえて家族を養うことができた。近くの国とのいくつかの小さな戦いの後、俺は特殊な任務を命じられてさらに高い給金をもらうようになった」
「その特殊な任務というのが子供を騙して鉱山の奴隷にするということだな」
「最初は本当に軍隊の訓練をするのだと信じていた。だがそうではないとわかっても命令に逆らうことはできない。子供を1人連れ帰れば軍隊にいた時の1年分の給金がその場でもらえた」
「どこからそんな金が出るのだ。子供1人鉱山で働かせたって得られるものはごくわずか。そのことを詳しく調べよう。ガシム、お前は正体がバレないよう変装して俺達をその鉱山まで案内しろ。もし裏切ったらどういうことになるかわかっているだろうな」
「マルディル、今回の任務に君は同行しない。指揮をとるのは私だ」
「わかっている。だが俺もまた一緒に行くことに変わりはない。できるだけのことをしたい」
みなが準備をしている間、私はそっと離れた場所に行き星を眺めた。足音が聞こえる。他の野伏ならどんな時でも決して足音をたてない。彼は息の音も消さず近づくのがすぐにわかってしまう。
「何がおかしい?」
「君は野伏としては失格だ。足音がはっきり聞こえる」
「俺だって用心する時は足音ぐらい消す。だが今はお前のことが気になって・・・・まったくあの男出発前に変な話を聞かせやがって・・・・俺達を脅して偵察を中止させるつもりだったのだろう。裏切り者だと知られれば命はないからそんな危険なまねはしたくない、だから残酷な処刑の様子を細かに・・・・」
「あの話嘘だと思うか?」
「全部が嘘ではないだろうけど、1本ずつの薪で3日間かけて焼き殺したというのはうそだな。そんなことできっこないし、やろうとしても不死の魔法使いと違う、人間なら体の一部を焼かれてもそう長くは生きられないであろう」
「そうだ。体の一部でも炎で焼き続けられればあまりの苦しさに死んでしまうだろう。だが彼は3日も生き続けた。それだけの苦しみに耐えて3日間なぜ生き続けたのか」
「もうやめろ。俺は話を聞いていて背筋が寒くなった。焼かれたのは足だけではないんだ。考えただけでもぞっとする。お前、そんなこと考えていると夜眠れなくなるぞ。しばらく俺とは離れ離れになるのだし・・・・」
「なぜ彼が3日間生き続けたのか、それがわかれば自分の運命も変えられるかもしれない」
「あの話が本当ならば、生き続けたのではなく生かされ続けたのだろう。人間は見ず知らずの敵よりもよく知っている相手により残酷になるのかもしれないな。信用する弟に裏切られてショックだったに違いない」
「領主の心は理解できる。でも弟のミハエルはどうしてもわからない。自分で死ぬ方法はいくらでも知っていたはずだ。それなのになぜあえて一番苦しい死を選んで耐えたのか。3日間生き続けなければならない理由がきっとあったはずだ」
「まあそうかもしれないが、そのことはエランドの偵察が終わってからゆっくり考えればいい。そのためにも生きてここに戻ってこい。よかったよ、これでお前がここにもどる理由がもう1つできた。そういう話は苦手だが、お前がもどって来たならいくらでもつきあってやる」
「君はどんなことでもいいように考えるんだね」
「お前はどんなことでも暗く考えて思いつめるからな。これくらいのやつがそばにいてちょうどいいだろう」
「確かにそうだ。随分助かっている」
私は彼に笑いかけた。これが最後ならば笑顔で別れるのが一番であろう。
−つづくー
後書き
領主の弟、ということを考えてこの話は最初の予定と随分変わってしまいました。書き出した時に考えた最後とはまったく違った展開に弟のことを考えたらなってしまい、最初の文章と辻褄が合わなくなってしまうのですが、思いついたとおりに最後まで書こうと思っています。2009、11、27
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