闇の水底に咲く華(9)
登場人物 ファラミア25歳 ボロミア30歳 デネソール70歳 マルディル30歳
ガシム36歳 フィロス14歳 マドリル45歳
時代 フロドが指輪を捨てる旅に出る10年ほど前、ファラミアがイシリアンに来て5年後
私達は数日かけてエランドとの国境へ向けて歩き、獣道を通って領土内へと侵入した。エランドへ行く本来の道ならばもちろん兵士が待機し調べられるのであろうが、山の獣道ならばそのようなことはない。それに野伏にとって獣道は人への警戒が必要ないむしろ歩きやすい道でもあった。みな危険が伴う任務のことをしばし忘れ歩くことを楽しんでいるようでもあった。エランドの領土内へ入ってからは、6人の野伏を鉱山の偵察へと向かわせ、私はガシムに案内させて領主が住む街へと行った。高い城壁に囲まれた街は思っていたよりもはるかに広くたくさんの人でにぎわっている。夜になり、私達は昔ガシムがよく行ったという兵士の集まる酒場に入った。
「よお、ガシム、久しぶりじゃないか。仕事はうまくいっているか?」
「あまりにも長く顔を出さないんでどこかで死んでいるんじゃないかと噂していたところだ」
「すまない、秘密の任務で詳しくは話せないが遠くへ旅をしていた」
「おい、お前、随分きれいな男を連れているじゃないか。エランド人ではないな。青い目と金色の髪、遠い旅先で恋人でも見つけたのか」
「恋人だなんてとんでもない。彼は俺の命の恩人だ。森でオークに襲われているところを助けられた。ドゥネダインの血を引く北方の野伏だ」
「野伏なんてまた冗談を。お前俺達をからかっているのか。野伏にこんなきれいな男がいるわけないだろう。美しいだけではない。顔立ちや態度になんともいえない高貴さが漂う。ゴンドールの執政家にならこういう男がいるかもしれない。執政家の次男はたいそう美男子だという噂だ」
「美男子の執政家の方に間違えられるとは光栄だ。だが俺は北方の野伏で名前はソロンギルという」
ガシムに習っておいたエランドの言葉で答えた。
「おお、お前はエランド語がわかるのか。これはうれしい、まあ、飲め。ガシムも無事帰ってきたことだし、今夜は俺のおごりだ。とことん飲み明かそうぜ」
「おおー!」
酒場にいた兵士全員が私の周りに集まってきた。私の手にはなみなみと注いだビールのジョッキが手渡された。それを一息に飲み干すと拍手が起こった。
「おおー!きれいな顔に似合わずいい飲みっぷりじゃないか。だけど兄ちゃん、こんな場所で飲んでていいのか。酔って足元がふらつけばたちまちオオカミどもに襲われるぞ。用心するんだな」
「大丈夫、大丈夫、この方は北方の野伏ソロンギル様、たくさんのオークを相手にたった1人で戦った勇敢な方なのだ。お前達が束になって襲い掛かってもあっという間に倒されるだけだ」
「ハハハハ、こんなきれいな兄ちゃん相手なら倒されてもいい。ああ、明日は祭りで俺達は非番だし今夜は最高だ」
「祭りがあるのか」
酔っている兵士達の会話を適当にかわしながらも私は重要な情報を聞き出そうとさぐりを入れた。
「ああ、生贄の儀式が行われる」
「生贄?」
私の声が変わったことに気付き慌ててガシムが小声でささやいた。
「生贄といっても形式だけのものだ。真っ白な羊を金銀宝石のついた衣装で飾り立て大通りをパレードした後殺して神の火に捧げる。毎年同じ日に行われる大きな祭りだ。領主のハンス様も見に来られる。いい機会だ」
最後の方の言葉はゴンドール語であった。
「そうだ、兄ちゃん。生贄の儀式は最高に盛り上がる。うまいものがたらふく食べられ女達は綺麗に着飾って通りをうろつく。お前ならいくらでも相手をさがせるぞ」
「いや、旅から旅の生活をしている野伏に女は必要ない。着飾った女など見たら目の毒だ。だがその儀式はぜひ見たい。この国には古い伝統が息づいているようだな」
「エランドはゴンドールの属国になって多くの文化が破壊された。エランド語は禁止されゴンドール語を話せと強要された時代もあった。だがハンス様が領主になられてからこの国は変わった。ゴンドールとはよい関係を保ちながらも国は潤い昔の文化が見直されてきた。ハンス様ほどりっぱな領主はいない」
「もう少しで亡くなられるところだったけどな」
「弟に暗殺されかけた。だが陰謀を企んだ者はみな火あぶりにされた。それでよかったよ。ハンス様がいらっしゃらなければ俺達こんないい生活は到底できなかっただろう。昔はゴンドールの重税にあえぎ、兵士はろくろく賃金ももらえずに戦に狩り出されたというではないか。今は本当によい時代だ。長い間戦はなくただ見張りをして訓練に参加するだけで家族を養うのに充分な給金がもらえる」
「ハンス様が領主になられて本当によかった」
ビールの酔いがまわってきたのだろうか。私は眠気を感じてきた。酒場の上は宿屋になっているというのでその部屋を取り休ませてもらうことにした。明日の祭りでこの国の領主を見ることができるであろう。その後どうすればよいか。よい考えは浮かばずそのまま眠りについた。
翌朝、日が昇ってすぐにガシムと一緒に儀式が行われるという祭壇を見にいった。石で組まれた大きな祭壇の上には大量の薪が置かれ中央には高い柱が立っている。薪の山の前には美しい花とよい匂いのする香木が置かれていた。
「おい、お前達神聖な祭壇で何をしている」
見張りをしている兵士に呼び止められた。
「すまない。俺達の国ではこのような儀式は行ってないからつい珍しくなった」
「旅の者か。ならばゆっくり見ていくがよい。領主様の祈りの言葉は神に届けられる。旅の安全も祈ってもらえるだろう」
「領主様が直接祈りを捧げるのか」
「ああ、そうだ。だから見張りも厳重になる。領主様のお姿を一目見ようと国中から人が集まる。おっと、長話などしては叱られる。俺は任務中だ」
「仕事の邪魔をして悪かった」
私達は祭壇の前を離れた。祭壇のそばは広く開けられているのだが、少し離れた場所にはいつのまにかたくさんの店ができ、多くの人でにぎわっていた。適当に店などを見るふりをして祭壇と人込みとの距離をはかった。弓矢ならかなり離れていても祭壇の上にいるものを射ることができる。だがこのような場所で弓矢など持っていればそれだけで捕えられるであろう。
「おい、パレードが始まった」
ガシムが遠くを指差した。真っ白な数頭の馬が荷車を引いている。特別に作られた馬車なのであろう。遠くではっきりは見えないが金銀宝石で飾られている。そしてよく見えるよう高くなった荷台には2人の人物が立って手を振り、真ん中には大きな羊がいる。
「あれは領主様の跡継ぎか。白い衣装を着ているのは・・・・」
「領主様に跡継ぎなどいない。あの仮面をつけて黒い服を着ている方がそうだ」
「ならばあの白い衣装の子供は・・・・」
話している間に荷馬車は目の前を通り過ぎた。領主という男が仮面をつけ真っ黒な衣装に身をつつんでいるのに比べ、隣に立つ子供は宝石で飾られた白い衣装を身につけ、金の冠をかぶっている。領主が10歳ぐらいであろう、隣にいた子供の手を引いて祭壇の上に立った。
「皆の者、よく聞くがいい。今日、余は神に対して特別の捧げものをする。隣に立つこの子供はゴンドールに生まれし者、悪しき者の命を受け余の命を狙おうとした。よってその罪により羊ではなくこの子供を神への捧げものとする」
大きなざわめきが起きた。隣にたっていた白い衣装の子は自分のことだと気がつき逃げようとしたがそばにいた兵士に手をつかまれ、高い柱に鎖で縛り付けられた。
「助けて!だれか助けて!儀式の手伝いをしろと命じられただけだ」
子供はエランドの言葉で必死に叫んだ。
「おとなしくしろ。余の命を狙うとは子供でも許せぬ。火あぶりの刑にする。だがお前は神への捧げものでもある。美しい衣装に身を包まれ神聖な炎に焼かれて死んでゆけるのだ。酷い拷問にかけられないだけでもありがたく思え」
「いやだ!何もしていない!命を狙うなんて・・・僕はただ儀式の手伝いをしろと命じられていただけで・・・・誰か、助けて」
領主と子供の会話はゴンドールの言葉に変わった。ここで見ている者にはただ彼が抵抗してわめいているように聞こえるであろう。
「神よ、我らが生贄をささげます。どうかこの国に繁栄と平和を与えてください」
柱に縛られた子供の足元に薪が積み上げられ、その上に花と香木が置かれた。
「いやだ、だれか助けて!」
前に進もうとする私の手をガシムが強くつかんだ。
「出てはいけない。これは罠だ。行ったら捕まるぞ」
「わかっている。だがこのままではあの子は殺される。ゴンドールの子だ。騙されてこの国に連れてこられ、生贄として殺されるとは・・・・」
「お願いだ、やめてくれ!これは罠だ。出て行ったらあんたが殺される」
「それでよい。そのつもりでこの国へ来たのだ。私は彼らをひきつけあの子供を助ける。お前はあの子を連れてイシリアンまで逃げてくれ。それで役目は終わりだ。後は好きなようにしてよい」
「だめだ、そんなことをしたら・・・」
「昨日の夜は楽しかった。この国の兵士もみな心の優しい気のよい者ばかりなのだな。できるだけ多くの者を救いたいと私が言っていたとイシリアンにもどったら伝えてくれ。わかったな」
私は彼の手を強い力でふりほどき祭壇の前に出て石段を駆け上がった。
「何者だ!」
仮面をつけた領主の冷たい声が響いた。
「私の名はソロンギル、ゴンドールで罪を犯して国を離れ野伏となった。ふとしたことでこの国の領主が怖ろしい企てをしていることを知り、その子供を通じて暗殺しようと計画した。暗殺を命じたのはこの私だ。その子を解放し代わりに私を火あぶりにすればよい」
「ほう、お前が余の命を狙ったのか。まだ若いのにこうして名乗り出て命は惜しくないのか」
「どっちみちゴンドールにもどれば殺される身だ。1人の子の命が助かるならそれでよい」
「いいだろう。生贄になるのはゴンドールから来たこの男だ。すぐに子供をここからおろし代わりにこの男を縛りつけろ」
そばにいた数人の兵士が私の手を押さえ、衣服をすべて剥ぎ取った。領主が舐めるようにじっくりと私の体を見回した。
「拷問を受けた痕がある。国で罪を犯したというのは本当のようだな。だがなんと美しい体だ。神はこの生贄をたいそう喜ばれるであろう。身につけているもの全てを剥ぎ取って裸体をさらせ。ここに集まった者によく見せるのだ」
兵士達は一瞬ためらう表情を見せたが、すぐに無表情になり、私の腰に巻いてあった布を剥ぎ取った。日の光の下、隠す者がない私の体は多くの者の好奇心に満ちた目に晒された。
「ここにつどうエランドの民よ、よく聞いてくれ。私は領主暗殺を企てた罪で殺されるが、そのことを少しも後悔はしていない。なぜならばこの国の領主が何をしてきたかよく知っているからだ・・・・」
「何をしている。この男をしゃべらせるな!早く柱にくくりつけ火をつけろ!」
私の体は兵士達の手で素早く柱にくくりつけられた。少しも動けぬよう胸から足の先まで何重にも鎖できつく縛られた。膝の高さまで薪が積まれその上に香木と花が置かれた。領主が松明の火を私の顔に近づけた。
「震えているのか。あいつもそうであった。死を恐れぬと言っておきながら顔は真っ青になりガタガタ震えていた。お前は神に捧げる生贄となるのだから特別に薪を多くし花と香木も添えてやろう。だが生きながら火で焼かれる苦しみはどれほどであろう。たっぷりと味わうがよい」
領主の持った松明の火が私の足元の薪に近づけられた。パチパチという音が聞こえ煙が上がってきた。
「エランドの民よ、よく聞いてくれ。私は罪なくして殺される。この国の領主はエランドはもとよりゴンドールからも子供をだまして連れ去り神への生贄としてきたのだ。このような場ではなく誰にも知られぬ場所で多くの子供が・・・・・うわあああー・・・・多くの子供が苦しみながら・・・・ああああー・・・・ぐわあああああ・・・・・」
体に触れた炎の熱さから逃れようと反り返ってのた打ち回った。絶叫し、喉からも血が溢れ出た。皮膚は焼かれ血が沸々とわきたって体中を駆け巡った。
「うわああああ・・・・お願いだ、助けてくれ・・・・・・」
すさまじい絶叫が頭の中に響き、私の体は鎖の中でもがき続けた。舌をかめばいい、とっさにそう思ったが体は炎を逃れようともがき続け思うように動けない。
「ぐわああああー・・・・・・」
ひときわ大きな叫び声をあげた後、私は意識を失った。
−つづくー
後書き
私は火というものは特別に怖く、デネパパ自害の場面はものすごいトラウマになっています。それでも火を使った処刑や拷問の場面を繰り返し書くのは、そうした死にどこか憧れがあるのでしょう。外は日がさしてとても暖かな冬の日にもっとも残酷な最後の部分をかきあげてしまいました。
2009、12、3
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