2、夢の記憶(ボロミア10〜15歳、ファラミア5〜10歳3〜6歳

 僕の小さい頃の記憶はその時見た夢のことばかりである。初めは暗闇の中に一人で立っている夢をよく見た。ひとりでいるのは怖いのであわててボロミアの部屋に行った。泣きながらボロミアに暗闇にいる夢が怖いと訴えた。ボロミアはそんなのは夢ではないと笑っていたが、それでも僕を抱き上げて一緒に寝てくれた。僕はボロミアの大きな胸やおなかに顔をくっつけて眠った。そうやって寝ていると何も怖い夢を見ないで安心して寝ることができた。ある時から暗闇ではなく、怖ろしい化け物の夢を見るようになった。化け物が街の城壁の周りにずらりと並んでいる。僕はまたあわててボロミアの部屋へ行く。
「大変だよ。お城の周りに怖ろしい化け物がいる」
「また、夢を見たのか、それはオークという名前の化け物だよ。お前はその時はまだ本当に小さかったが、そんなときのこと覚えているのかい?」
「わからない、でも怖いよ。ボロミアやっつけてよ」
夢に出てきた化け物をやっつけろと、僕はかなり無理なことを言っている。でもボロミアはそんな僕の無理な注文にもちゃんと答えてくれた。
「わかったよ。俺がやっつけてやる。オークはどれくらいたくさんいた」
「そんな数えられないよ。ものすごくたくさんいて・・・」
「じゃあ全部まとめてやっつけてやる」
ボロミアは置いてある練習用の剣を抜くと部屋の中でひとしきり暴れた。目の前にはいないオークが僕達二人には見えていた。
「これでどうだ。オークは全部やっつけた」
「うん、もう大丈夫だよ。でもこの部屋で寝てもいい?」
「いいよ。俺もお前がいないと寂しい」
僕は喜んでボロミアの体にぴったりくっついて眠った。

 母が亡くなってから、父は特別な用事がない限り、俺達と一緒に食事をするようになった。父と俺は一番大きくて立派なテーブルで、侍女が運んでくる食事を食べた。ところがファラミアは隅の方にあるテーブルで、侍女や家来達と一緒の席で食事を食べさせられていた。ファラミアが小さいうちは、一人では食べられずしかたがないと思っていた。でも、もう充分一人で食べられるようになっている。
「父上、なぜファラミアだけずっと向こうのテーブルなのですか。もう侍女達の手を借りなくても大丈夫だと思います」
「ファラミアは普通とは違う。体も小さくお前と同じようには成長していない。とても執政家の子として認めるわけにはいかない。執政家の跡取りであるお前とは席が違って当たり前だ」
「でも、ファラミアは体は小さいけど、自分のことは自分でできるし、いろいろなことよく覚えていて俺よりもよっぽど頭もよく・・・」
「ファラミアのことは話題にするな!」
父は食事の途中で出て行ってしまった。食事のことだけではない。父は俺とファラミアでは態度が全く違っていた。俺が知っている限り、父がファラミアに話しかけたり近くに行ったりすることは全くなかった。俺は5歳の時から、たくさんの先生から勉強や剣の稽古などいろいろ教わったが、弟は5歳になっても6歳になっても、身の回りの世話をする侍女がついていたぐらいで、あとはほって置かれた。俺は勉強する時も剣の稽古の時も、必ず弟を連れて行くようにした。勉強の時、弟は喜んで話を聞き、俺よりもよっぽど早くいろいろなことを覚えていった。剣や弓の稽古の時はただそばでじっと見ているだけだった。でもその真っ直ぐな瞳に見つめられているだけで、不思議と俺は気分よく、なんでもうまくできた。

 僕は両親の顔を知らずに育った。母は僕がしっかり顔を覚えていられる年齢になる前に死んでしまったし、父はいつも遠くにいるから、顔はよく見えなかった。身の回りの世話をする侍女や家来以外僕のそばにいたのは兄のボロミアだけだった。僕は少しでも兄のそばを離れるのは不安だった。兄がなにかするときは必ずついていった。ボロミアはどうも勉強は嫌いなようだったが、僕はその時間が一番好きだった。字を覚え、言葉を覚えて、広い世界のこと、昔のことを知るのはうれしかった。ボロミアが剣の練習しているのを見るのも楽しかった。時々僕にも剣を持たせて練習させてくれたが、僕などは全く相手にならなかった。夜もどちらかといえばボロミアの部屋で寝ることの方が多かった。
 
 ある夜僕は不思議な夢を見た。ボロミアに似た5歳位の子供が両親と並んで歩いていた。あれは僕の父と母なのだろうか?目をこらしてよく見る。あるはずのない記憶をたどりよせ、もう一度夢の中の顔を見る。間違いなく父と母だった。二人は楽しそうにその子供に話しかけている。何を話しているのだろう。もっとよく顔が見たい、と思ったところで目が覚めてしまった。隣でボロミアがよく寝ていた。幸せそうな顔だった。今僕はボロミアと同じ夢を見てしまったのだろうか。もう一度見たい、そう思いながら隣でそっと寝た。
 それから僕は前よりももっとぴったりボロミアにくっついて寝るようになった。顔を胸につけ、自分の体ができるだけボロミアの体に触れるように場所をいろいろ確かめ、そして離れないように腕をまわしてしがみついて寝た。ボロミアにしてみればこんな寝方では、よく寝られず迷惑だったかもしれない、でも僕はできるだけ同じ夢が見たくて、ぴったりついていた。そうやって寝ると本当に同じ夢を見ることができた。ボロミアはよく小さい頃の夢を見ていた。家族そろって散歩したり、一緒に食事を食べたり、母のそばで昔の話を聞きながら眠ったり、僕の知らない幸せな家族の姿がそこにあった。僕には決して見ることのできない父と母の穏やかな笑顔、決して見ることのできない幸せな夢、その同じ夢が見たくていつも兄にくっついていた。

 俺は15歳になったら、軍隊の訓練所に行こうと決めていた。今14歳だからあと少しである。本当はもっと早くから本格的な訓練を受けたいと思っていたが、15歳を過ぎないと入れてはくれない決まりであった。父は俺を執政の跡継ぎとしてずっとミナス・テリスにおいておきたいようであったが、俺は戦いに行くことを望んでいた。こうしている間にも、ゴンドールは他の国と国境をめぐっての争いが続いていた。それだけではない、オークがたびたび村を襲い、村人を皆殺しにしたこともあった。少しでも早く軍隊に入ってゴンドールを守りたい、俺の第一の願いはそれであった。だが、大きな心配事もあった。俺が軍隊に入れば、訓練所にいるときでもいつも城に戻れるわけではない。弟のファラミアのことが何よりも気がかりだった。俺と5歳違いだから9歳になっているのだが、5,6歳ぐらいにしか見えないほど体は小さく性格も幼い。いつも俺のあとばかりついてくる。まあこれは父がファラミアには全く関心がないことも原因のひとつだろう。俺がひつこく言って、ようやく最近は同じテーブルで食事をするようになったが、それでもこの二人が直接話しているのを見たことがない。俺がいなくなったらどうなるのだろう。そして夜、ファラミアは自分の部屋ではほとんど寝ていない。必ず俺の部屋にやってくる。そして同じベッドでぴったりくっついて寝る。いくら相手が小さな弟でも、俺も14歳という微妙な年齢になっていた。もともと体の大きな俺は、もうほとんど大人と同じ背の高さになり、体の機能も大人と同じになっていた。そんな俺の悩みなど弟は全く気がつかず、もぞもぞ動いたり、体のあちらこちらを触ったりして、気に入った場所に抱きついて寝てしまう。興奮した俺の体は大変なことになっているが、しかたなく弟の頭などをなでて、気持ちを静めて寝るようにしていた。俺がいなくなったらどうするのだろうか。訓練所にいる間はなるべく戻るようにしても、実際に戦場に行くようになったら、そう簡単には戻ってこられない。それまでに弟は一人で寝られるようになるか、それが一番の気がかりであった。

 僕は時々変な夢も見る。ボロミアと同じ夢ならいいのだが、前に起きた出来事とかこれからおきることまで夢に見てしまう。大雨が続いたり、兄が剣の稽古で怪我をしたり、僕が夢で見るとそれはたいてい本当のことになってしまう。そのころ二つの気になる夢を見た。一つは父が母を殺すという夢・・・気が狂ってベッドに縛りつけられ、叫び声をあげている母の首を父が絞める・・・もう一つは僕が父と兄を殺す夢・・・周りを炎で囲まれ、僕が父と兄を剣で刺して殺している・・・これらの夢はオークなどの夢よりももっと怖ろしかった。ボロミアには決して話せないから、一人で震えながら朝を迎えた。僕は何度もボロミアと同じ夢を見たが、僕の見た夢をボロミアも一緒に見てしまうということは決してなかった。本当に怖い夢を見たとき、僕は一人で震えているしかなかった。

 ボロミアと一緒に街を歩いている時、不思議な人にあった。灰色のとんがり帽子に灰色の服、かなり年をとっているようだが、その目には強い光がある。話に聞いていた魔法使いとはこの人だろうか。
「すみません。あなたは未来のことがわかりますか」
「ファラミア、知らない人とやたらに話すと父上に怒られるぞ」
「お前の名前は、なぜ未来のことが知りたい」
「ファラミアといいます。僕はよく怖ろしい夢を見るから、それが本当にそうなるか知りたいのです」
「お前には余程濃くヌメノールの血が流れているようじゃな。お前が夢に見た過去のことは全部実際にあったことばかりだ。未来のこともおそらくは・・・だがお前はただ夢で予言ができるだけではない。未来を変えることができるほど強い力を持っている」
「この僕がですか」
「そうだ、まだ気がついてはいないようだが」
「ファラミア、父上に怒られるぞ」
「そうじゃな、わしに会ったことはお父上には内緒にしておいたほうがよいだろう」

 その夜、僕は呼び出されて父の部屋に行った。こんなことは初めてであった。いやな予感がして恐る恐る父の部屋に入った。
「ファラミア、なぜここに呼ばれたかわかっているか」
「わかりません」
初めて間近に見る父の顔、その顔は僕に対する憎しみで一杯だった。僕は思わず目をそらした。
「目をそらすな!今日魔法使いに会っただろう」
「いいえ、会っていません」
「素直には答えられぬか。服を脱いでそこに横になれ」
僕は言われるままに服を脱ぎ、冷たい石の床の上に横になった。いきなり2,3回むちでたたかれた。あまりの痛さに悲鳴を上げ、涙が出てきた。
「正直に言え!魔法使いに会ったか」
「はい、会いました」
「何を話した」
「何も・・・」
またむちで打たれた。何回かたたかれて僕は魔法使いと話したことを全部父に話してしまった。
「ではお前はわしが何をしたか知っているのか。お前の母がなぜ死んだか・・・」
「はい・・・知っています・・・」
「お前のせいだ・・・お前さえ生まれてこなければこんなことにはならなかった・・・」
激しくむちで打たれた。僕は泣き叫びながら許しを求めた。10回以上むちで打たれようやく父の部屋から出ることを許された。そのまますぐ兄の部屋に向かった。

 ボロミアは僕の傷跡を見てかなり驚いていた。
「痛かったか。もう父上の言うことに逆らってはだめだよ。父上は言いつけにそむくと厳しい。俺も何回かむちで打たれたことがある」
僕は父と何を話したか、本当のことは兄には言わなかった。ボロミアがむちで打たれるのと僕のそれとは意味が全く違っている。父は僕のことを激しく憎んでいる。僕が生まれたから母は気が狂ってしまった。でもボロミアは僕のことどう思っているのだろう。
「ボロミアは僕のこと好き」
「大好きだよ」
「でも僕が生まれて母上は病気になった」
「そんなことないよ」
「ぼくが生まれてきてよかった?」
「よかったよ」
「本当に僕のこと好き?」
「好きだといってるだろう」
「僕のこと抱きしめて」
「背中、痛くないのか、熱くなってるよ」
「こうして抱いてもらえればもう痛くないよ。ボロミアは僕のこと好きだよね、大好きだよね。ずっとそばにいて、ボロミアが近くにいてくれればちっとも痛くなんかないよ。何があっても大丈夫。ずっとそばにいて・・・」

                                    −つづくー

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