(1)挑戦者
「何故オーディションをするのに小型の船に乗るのか?」
「どうして監督は行き先を教えてくれないのか?」
「とにかく暑くて喉が渇いた、なんとかしてくれ!」
数人のスタッフと一緒に乗った小型の船の上で俺は疑問に思うこと、言いたいことが山のようにあった。だが監督がじっと黙っている以上、俺も口を利くことはできない。役者にとって監督は絶対的な存在である。特に俺のような、いわゆるスターという存在ではない、気になる映画のオーディションを片っ端から受けて役をもらっている役者は監督に気に入られない限り仕事はない。それに今度の役はどうしても手に入れたい役でもあった。
「ヘファイスティオンはアレキサンダーにとってただの側近や部下ではなかった。子供の時からの親友であり、同性愛のあいてでもあった。ヘファイスティオンが病死した時、王は親友の命を救えなかった医者を死刑にし、悲しみのあまり三日間ほとんど何も口にしなかったと言われている。そして友の後を追うように、王自身もまたその後すぐ短い生涯を閉じた。ヘファイスティオンはこの映画の要ともなる重要な役だ」
「はい、非常に魅力的な役だと思います。だから今回このオーディションを受けました」
「アレキサンダーとヘファイスティオンの同性愛について君はどう思う?率直な感想を聞かせてくれ」
監督の突然の質問に顔色が青ざめた。しまった!そんなことは詳しく考えてはいなかった。今回のオーディションのために歴史やアレキサンダーの人柄については随分本を読んで知識を頭に叩き込んだ。それだけではない、ギリシャ神話に関係する本やアリストテレスなどの哲学書を読み、映画「トロイ」のビデオを繰り返し見てはその時代の戦闘の様式をイメージした。役者には二通りのタイプがある。その役者自身の魅力でアピールするタイプと、あくまでも自分は前面には出さず、その役について深く調べ、自分を役の人物に近づけるタイプである。俺は自分自身の顔やスタイルが、決してそれだけでスターになれるほど人を引きつけるものではないことをよく自覚していた。運のいいやつは持って生まれた顔や雰囲気だけで充分スターになれる。だが俺はどれだけ努力しても自分自身の魅力だけでスターになることはない。だから一つ一つ得た役の中で、どれだけ自分がその役の人物になりきれるかを自分の課題としてきた。役の人物に合わせて髪形を変え、ウェイトコントロールをしてきた。撮影に入ってからは読む本や聴く音楽、食べ物の好みまで役の人物に合わせようとしてきた。だが同性愛だけは、まあ世の中にはそういう人がいることは知っていたが、自分とは関係のない特別の世界だと思っていた。
「どうした、君はこの時代の知識には自信があると言っていたようだが・・・」
監督は意地悪く次の言葉を言う。俺の顔色を伺い、俺の考えを見抜こうとじっと目を見る。もうオーディションは始まっている。俺のような役者はごまんといる。答え方が監督の考えとそぐわなければ容赦なく落とされるであろう。この数ヶ月、俺はこの役を手に入れるため、バンドの仕事も抑えてきた。それを棒にふりたくはない。
「この時代、同性愛は特別なことではなく、精神的にも高めあう関係の二人が肉体的にも結びつくことはごく自然のことと考えられていました。ヘファイスティオンは子供の時からの親友であるアレキサンダーを心から愛して信頼し、どこまでもついていこうとしました。この二人が愛し合うのは自然なことのように思われます」
なんとか今まで読んで蓄えた知識を総動員して答えるが、いくら美しい言葉を並べても男同士で愛し合う姿を思い浮かべると背筋が寒くなる。
「君自身は同性愛者ではないようだね」
「もちろんです!・・・あ、いや、そうではないけれど・・・でも想像することならできます。自分自身はそうではなくとも、ヘファイスティオンがどれだけアレキサンダーを愛していたか、見た人が感じ取れるくらいの演技力はあるつもりです」
「かなり自信はあるようだね。それならばさっそくオーディションに参加してもらおう。アレキサンダー役のコリンは一足先に島にいってもらっている。そこで彼と一緒に三日ほど生活してもらいたい」
「島って、島で三日も生活するのですか!」
「ああそうだ、食料やテントは置いていくが、他には何もない無人島だ。そこで二人で生活して、どれだけの関係が築けるか、その結果とコリンからの意見を聞いて、最終的にヘファイスティオンの役を決定したいと思う。今まで7人ほどこのオーディションを受けたが、全員まる一日も続かなかった」
島で三日ほど生活する。別にたいして難しいことではなさそうだ。昔はよく海岸や山などでキャンプをしたし、バンドを始めたばかりの頃はツアーでのホテル代を節約するために、車の中やテントで寝泊りしたことも何度かあった。最近の若い役者はすぐにスターになって金持ちになるから、キャンプもしたことがないのだろうか。
「簡単だと思うかもしれないが、コリンはああ見えてなかなか気難しい。彼がいやだと言えばオーディションはそこで終わりだ。中には島についてすぐ顔を見ただけでいやだと断られたやつもいる」
俺は笑い出しだ。自分は決してそうならないという自信があった。コリンとは実際に会ったことはないが、出演している映画は何本か見た。出演作を一本でも見れば同じ役者という職業柄だいたいどんな人間かわかってしまう。彼についてはいろいろうわさも聞いている。うわさになった相手は女だけではない。男との噂も聞いている。映画スターとして順調に大作に出演し、数え切れないほどの浮名を流しているコリンという名前の年下の男、なぜかわからないがうまくやっていけるという予感があった。いや、それどころかコリンがアレキサンダーの役にきまっていたからこそ、俺もこの映画に出演したいと考えるようになったのかもしれない。彼は歳は若くても堂々とした落ち着きと気品がある。アレキサンダーの役はさぞかし似合うに違いない。
「さあ、島が見えてきた。コリンと会うのは初めてか?」
「初めてだけど、そうではないような気がする」
「それはいい!いい結果がでることを期待しよう」
島の砂浜に座っていたコリンが船に気がついて近づいて来た。手で大きな丸を作っている。
「大丈夫だ、コリンは君の事は気に入ったようだ。島への上陸を許可している。中にはここですぐ追い返されたやつもいるからな・・・上陸は君一人で行えばいい。合格なら迎えに来るのは三日後だ。健闘を祈っている」
「三日ぐらいあっというまですよ」
俺は笑顔で答えて島の砂浜に上陸した。コリンが笑顔で近づいて俺と握手をした。もうすっかりオーディションには合格したような気分になった。
−つづくー
後書き
実際のジャレッドはただそこにいるだけで人を引きつけることができるスターだし、貧乏なバンド時代などなかったと思います(笑)でもきっと努力の人だろうなと考えました。コリンを最初から恵まれているスターにし、ジャレッドはその正反対でありながら引かれていく、という話にしたかったので、こういう設定にしました。ファンの方ゴメンナサイ。
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