15、捕獲
まったく大変なことになってしまった。こんな場所に足を挟んで動けなくなってしまうなんて、まるで罠にはまった動物と同じではないか。もがけばもがくほど、岩は断じて俺の足を離すまいと食い込んでくる。コリンに何度か引っ張ってもらったが、結果は痛い思いをするだけで終わってしまった。おまけに身動きできないとわかると急に生理的欲求も催してくる。あいつはこんな場面でも唇を押し付けてくるが、俺はその顔を振りほどいて叫んだ。
「こんなことしている場合じゃない。俺はトイレに行きたい。お前なんか持ってこい!」
「・・・・・・?」
「ほら、病院とかで使っているやつがあるだろう。あれの代わりになりそうな物・・・はやく!」
ようやく意味を理解したコリンは急いで洞窟の外へと走っていった。途中2回位岩に頭をぶつけたらしく怒った声が聞こえる。だれもいないからいいけど、こんな場面マスコミに知られたら大変だ。俺だって多少は知名度も上がってきているし、コリンはもっと有名人なのだから・・・それにしても遅い!こういう場合は深く考えなくてもいい。なんでもいいからもってこい!ようやくコリンが戻って来た。
「いてえー、なんだこの洞窟は!岩ばかりこんな、クソ!」
「なにかあったか」
「ビニール袋ぐらいしか思いつく物はない」
「それでいい、早くよこせ」
「手伝ってやろうか」
「うるさい!あっち向いてろ!」
「こう暗くてはよく見えないだろう。お前と俺とはもう全てを許しあった仲なんだから・・・」
「それとこれとは別だ!いいか、絶対見るなよ。後ろを向いて目をつぶっていろ」
コリンが後ろを向いたのを確かめて、俺はあわててズボンを下ろし、生理的欲求を処理した。
「もういいか」
「まだ終わってない」
「ズボンを上げるのを手伝ってやろうか」
「いらない、お前の手伝いなんか」
「じゃあ、その袋の中のものはどうする」
「そんなものお前が片付ければいいだろう」
「いやなことだけ人にさせる気か、ジャレッド」
「ああ、俺はどうせ足を挟まれて身動きできない立場だ。お前のやりたいこと好きなだけやればいいだろう」
「そいつは楽しみだ。洞窟の中、足を挟まれた男が相手というのは経験したことがない」
「俺はもっと経験したことないことにばかりぶつかっている。クソ!誰がこんな洞窟に入ろうと言い出した」
「ジャレッド、それはお前だろう」
口ではいろいろ言いながらも、コリンは動けない俺の世話をかいがいしくしてくれた。ごつごつした岩の床の上はタオルや敷物などを敷き詰めた。岩にあいた隙間にローソクを立て、火をつけると、かなり明るくなった。だが俺はあんな所にローソクを置いて倒れて火事にでもなったらどうするのだろうと気が気でなかった。一通り俺のいる場所を整えると洞窟の外に出て火を焚いているらしい。肉やパンの焼ける香ばしい匂いが洞窟の中にも漂ってくる。肉の焼ける匂い、洞窟の湿った匂い・・・遠い記憶を呼び起こす懐かしい匂いであった。
「コリン、喉が渇いた。飲み物を持ってきてくれ!」
「もうすぐ肉が焼ける。一緒に持っていくから少しは我慢しろ」
「喉が渇いて死にそうだ・・・」
「お前は大げさなんだよ。どれぐらいだったら我慢できるかちゃんとわかっている」
「お前に俺の何がわかっているんだ!」
「お前の望んでいるもの、本人よりもよっぽどよくわかっている」
「わかるわけないだろう!ちくしょう、余計なことしゃべったら余計喉が渇いてきた」
「すぐに極上の飲み物を持っていく」
コリンが肉やパンの入った皿、ワインなどを持って狭い洞窟の部屋に入ってきた。狭い道を何度も往復しているうちにすっかりコツをつかんで、体が大きくてもどこにもぶつからずに入れるようになったみたいだ。俺は床に座り込んだままでいる。下手に立ったり座ったりすると足首がこすれて血が出るからなるべく動かないでじっとしていた。コリンはワインのボトルをあけるといきなりそれを自分の口にくわえていた。
「ちょっと待て!俺はさっきから喉が渇いて困っているんだ。それをよくも目の前で自分から先にワインをラッパ飲みするようなマネができるな!」
何も言わずに俺の顔に顔を近づけてきた。まさか・・・くちうつしで・・・。
「やめろ!男同士でくちうつしなんていやだ!」
俺は顔を左右に振るが、コリンは両手で俺の顔を押さえ、唇を捉えて離さない。あきらめて口を少し開くと、ワインが喉の奥に流れ込んできた。口の中で温められ、唾液とまざりあった液体は俺の喉に広がり、気分を高揚させた。俺は自分の舌をコリンの口の中に入れ、その美味な液体を最後の一滴まで嘗め尽くそうとした。コリンは口をはずして耳元でささやく。
「そんなにうまかったか」
「どんな飲み物でも喉が乾いている時は極上のワインに感じられる」
「もう一杯欲しいか」
「もちろんだ」
「ワインはたくさん持ってきた自分で飲め!」
俺はコリンの手からワインのボトルを手渡された。
「何だ、スーパーで売っている普通のワインじゃないか。極上の飲み物とは程遠いな」
「当たり前だ。そう高いものばかり買っていられるか」
「お前が飲ませてくれればどんな飲み物でも最高級品になる」
「さっきは男同士のくちうつしはいやだと文句を言っただろう」
「あんなにうまいとは思わなかった」
「もう一杯だけだぞ。早く食わないと肉が冷めて固くなる」
「ああ、それでいい」
俺は目をつぶってその瞬間を待った。ワインの栓を抜く音が聞こえ、コリンがゆっくり口に含んでいるのが気配で感じられる。熱い吐息が顔にかかるのを感じ、うっすらと唇を開けて待つ。全く俺はどうかしている、十代の頃、初めて女の子とキスした時だってこんなに興奮はしなかった。それが薄暗い洞窟で足を捕らわれている惨めな格好でいるのに、男と口付けし、くちうつしで飲み物をもらうことに無上の喜びを感じている。唇に熱を感じ、口の中に注ぎ込まれた液体を、今度はすぐに飲み込まぬよう唇を閉じ、口の中にいきわたらせた。ワインの香りが口の中、そして少しずつ喉の奥へとしみこんでいく。魂を蘇らせる命の液体。俺は何度も何度もコリンに口付けをした。なぜそうしているのか自分でもよくわからない。
「参ったなこれは・・・くちうつしぐらいでこんなに喜ばれるとは・・・肉も俺が食べさせてやろうか」
「肉はいい、自分で食べられる。早くよこせ。俺は腹も減っているんだ」
「わかった、今、口に入れてやる」
「それくらい自分で食べる」
「だめだ!もう肉も残り少ないからこれはスーパーの特売品を冷凍してほって置いたようなやつだ。そのまま食べたらマズイ」
「そこまで言うなら食べさせてくれ、そのスーパーの特売品がどれだけうまくなるか試してやる」
俺はまた目を閉じて口だけ開けておいた。コリンの手で口に肉を運ばれるが、確かに特売品だけあって固くてうまくはない。だがコリンは俺の目の前で真剣な顔をして聞く。
「どうだ、うまいか」
「ああうまいよ。お前の食べさせてくれる肉はレストランで食べる極上のステーキよりももっとうまい」
「本当か、よし、それならどんどん食べろ。なくなったらまた焼いてくる」
コリンは喜んで自分が食べるのも忘れて、次々と肉を俺の口の中に放り込んでくる。はっきり言ってしまえばマズイが俺も役者としてのプライドがある。マズイものをさもうまそうな顔をして食べるくらいの演技力はある。高級レストランで極上ステーキを食べた時のことを思い出して(そんな経験なければ想像して)恍惚の表情を浮かべていた。足を挟まれて痛い思いをしているにもかかわらず・・・・
−つづくー
後書き
どんな状況でもそれなりに楽しんでしまい、演技力も抜群のジャレたんでした。でもどうやってこの岩から抜け出せばいいのだろう?
2005、10、28
目次へ戻る