(3)バカンス
役者という仕事柄、俺はいつも人にどう見られているかを意識している。撮影の時でなく私生活でもこの相手は今何を考えているのかつい考えてそれにあわせて行動するくせがついている。同じ役者でもスターと呼ばれる人間は決してそんなことはないだろう。彼らは常に自分が主役であり、周りの人間は自分に合わせて当然だと考えている。だが目の前に自分に合わせない人間が現れたらどうするだろう?それが気に入らない人間であれば直ちに拒否されるに決まっている。だが一目見て好意を持った人間が思い通りに動かなければよりいっそう情熱は掻き立てられるに違いない。自分の演じる役のイメージは固まった。ただ一つ困ったことがある。俺は同性愛に関しては全く経験もないし、興味もない。相手役のコリンは女だけでなく男との噂も数え切れないほどある。そこをどう切り抜けるかが課題だが、もう舞台の幕は開き、引き返すことはできない。俺は精一杯強気な態度で彼に話しかけた。誰もいない無人島、弱みを見せればすぐにでも襲われかねない。
「さっきからずっと考え込んでいた」
「何を?」
「お前の顔、何かの動物に似ている。よく近所でも見かけるんだけどな、小さくてふわふわして・・・」
「それは、うさぎだろう」
「そうだ、それだ!やっとわかった。うさぎだったんだ!」
人の顔を動物に例えて子供のように喜んでいる。大スターといっても案外単純で子供っぽいやつかもしれない。俺より5歳年下だし、下積みの苦労なんて経験してないだろうから、俺のようにひねくれてはいない。笑顔はあくまでも無邪気で明るい。この顔で女も男もコロッと参るに違いない。その気のない俺ですらつられて笑顔になってしまった。目の前に広がる青い海と白い砂浜、照りつける太陽、隣にいるのはとびっきりいい男、これはもう仕事のことは忘れてバカンス気分を楽しんだ方がいいかもしれない。
「暑いな、海に飛び込みたい気分だ」
「それなら一緒に泳ごう」
言った後でしまったと思った。セリフをすべて自分で考えなければならないアドリブばかりの舞台、よりによって早くも自分を危険に追い込むようなセリフを言ってしまうとは・・・コリンはためらいもせず、服を脱ぎ出した。ホテルのプールを貸切にして、あるいはプライベートビーチで、彼ならばこのようなシチェーションは過去にいくらでもあったに違いない。相手が男であればなおさら自分の肉体をさらけ出して優位さを誇り、相手をその気にさせる。鍛えられた見事な体、俺が小さくため息をつくのを彼は見逃さなかった。
「男の裸を見るのは初めてではないだろう、十年以上も役者をやっていれば」
「ああ、もちろん初めてではない。だが、これだけ見事な彫刻のような体は・・・」
「触ってみたいか、ここには誰もいない。好きなことをしていい」
「いや、俺はただ泳ぎたいだけだ」
俺も負けずに服を脱いだ。コリンの目は俺の体を上から下まで舐めるように見ている。俺は構わず身につけているものをすべて取った。伸ばした髪が肩に触れるのを感じる。獲物を品定めする彼の目はなおもしつこく俺の体を見つめている。照りつける太陽の暑さと、彼の視線に俺は不思議な快感を味わっていた。役者やボーカルをやっている以上人の視線には慣れている。それどころか、その熱い視線が忘れられずに俺はこの仕事を続けてきたのかもしれない。彼は生唾を飲み込み、俺にゆっくり近づいてきた。俺は頷いて目を閉じる。彼の手が俺の体をなでまわす。熱い吐息が体にかかる。彼の手が触れるたびに反射的に体がのけぞってしまい、慌てて元に戻ろうとする。
「いい体をしている。美しく、それでいて男らしい。やはりお前はパゴアスよりもヘファイスティオンに向いているかもしれない。オーディションの一時審査は合格だ。だがお前にはまだ重大な欠点がある。このままでは俺の相手役として失格だ」
「なんだ、その欠点は?」
「お前は男と愛し合ったことはないだろう。すぐに目をそらすし、少しでも体を触れられればすぐに反応してしまう。あの時代同性愛は普通のことだった。ヘファイスティオンは絶えずアレキサンダーを見つめ、日常生活でも普通に抱き合っていたに違いない」
「俺は役者だ。役に必用となればどんな演技でもできる」
「そうか、それは楽しみだ」
彼はいきなり俺のものをつかんだ。俺は慌てて彼の手をつかむ。
「いきなり何をする!」
「俺の噂は聞いているだろう。手が早いことで有名だ」
「俺は役を得るためにここへ来た。同性愛の相手をするためではない!」
「同じことだ、そういう役をやりたいんだろう」
「役の上ならどんなことでもできる。だが今の自分にその気はない」
「それならここでオーディションも終わりにするか。俺が一言無線で監督に連絡を入れれば監督はすぐにも戻ってくる」
「俺は今はその気がないと言っただけだ。そんなにやりたければ俺をその気にさせろ!お前にとって簡単な役だろう。
「今までは簡単だと思っていた。だが今回は難しそうだ」
「難しい役の方がやりがいがあるだろう。俺だって全くその気がなければこんな所まで来たりはしない」
俺はそう言って少し背伸びをし、彼の口に軽く口付けをした。驚いた彼を残し、海に向かって走り出す。
「おい、待て、いきなり何をする」
俺は裸のまま海に飛び込んだ。水が冷たくて心地よい。そのまま沖に向かって泳ぎ出した。そう、今はまだこのまま距離を保った方がいい。彼が俺に本当に夢中になるまでは言いなりになってはいけない。かといって飽きられたり嫌われても困るからその辺りのバランスが難しい。それに俺は男同士の世界に足を踏み入れるつもりもない。あいつは男でも女でも好きなだけ気に入った相手と抱き合うことができるらしいが俺はそうではない。そんな世界に足を踏み入れたら最後、二度と出られないかもしれない。コリンから逃れようとして俺はだいぶ沖の方まで泳いできてしまった。彼の姿が見えない。まさか溺れたりはしないだろうと思いつつも気になってキョロキョロ彼の姿を捜し始めた。
「どこを見ている。俺はここにいる」
いきなり足元をつかまれた。
「お前より俺の方がよっぽど泳ぎはうまい。心配する必要はない。どうだ、この辺りの海は水がきれいだろう」
「そうみたいだな」
「俺について来い、泳ぎ方から教えてやる」
「泳ぎを教えてどうする」
「疲れて倒れたところを襲うのもいいものだ。長い時間海に入っていると抵抗する力もなくなるほど疲れるらしい」
彼の関心はあくまでもそこにあるようだ。俺は頭の中で考えをめぐらせようとするが、泳いだままでは何も考えられない。
「考えなくても、お前のここはしっかり反応している」
自分のものをつかまれるとすぐに固く立上がった。
「やめろ、よせ、こんなところで、溺れるだろう!」
「お前は本当に感じやすい体をしている。夜が楽しみだ」
このゲーム俺のほうがかなり不利な状況に立たされているかもしれない。ええーい。今此処で考えていてもしょうがない。目に映るのは青い海と白い砂浜、夏の太陽、隣にいるのは有名スターのとびっきりいい男。夏だ!バカンスだ!後のことを考えるより今を楽しめばいい。こんなに美しい海はめったに来られないだろう。夏だ!バカンスだ!つかの間の休暇を楽しもう・・・
ーつづくー
後書き
危うい状況でやけくそになっているヘファイスティオンじゃなくてジャレッド。うまく切り抜けるつもりであったのがしゃべればしゃべるほど罠にはまっていくようです。
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