4、海と太陽

青い海と白い砂浜、照りつける夏の太陽。そして目の前にはまだ触れたことのない未知の相手。繊細な顔立ちと体つき、そしてそれに似合わぬ気の強さ。何もかも完璧である。俺の思い描いたシナリオ通りに事は運んでいる。退屈な毎日、人に言わせれば多くの相手と付き合い、金も人手も使い放題の俺の生活のどこが退屈だということだろうが俺の望んでいたものとは少しずつずれてきていた。それが一体何なのか自分でもよくわからないまま監督に無理なことを頼んだ。そして今、想像以上の相手が目の前に現れた。彼は俺の目の前でふわりと服を脱ぎ、海へと走り去った。男でありながら女のようでもあり、人間でありながら動物のような鋭い身のこなしをする。俺はその動きに釘付けになった。昔、役者になろうと演劇学校に通っていた頃、動物の動きや風の動きをまねするというエチュードをやらされたことがある。こんなことなんの役に立つのかといい加減にやり、まもなく映画のオーディションで大役をつかんでしまったのでそのまま学校もやめてしまった。彼は同じように演劇学校に通い、俺がばかにしていたエチュードを何年も繰り返して続けていたのだろうか?あわてて彼の後を追って海に入り、その体を捕まえた。

「いきなり何をする」
「泳ぎはあまりうまくないな、教えてやろうか」
「俺は自分の家にプールがあったり、リゾートホテルで数週間過ごすという生活はしていないからな。泳ぎを教えて疲れさせ、夜になってからたっぷり襲おうという計画か」
「まあそんなところだ。勘がいいな」
「当たり前だ。役者をしている以上常に相手が何を思っているか先を読んでいる」
「それでお前はどうだ。襲われてもいいと思っているか」
「その気はない・・・だが役は欲しい・・・」
「正直だ、なぜそんなに今度の役が欲しい」
「あの役は俺の役だ・・・脚本を読んですぐにピンときた。俺しかできない」
「少し泳ごうか」
「ああ良いとも」

彼と二人で海を泳いだ。少しと言ったが少しにはならなかった。水の冷たさが心地よい。いつもなら海やプールで泳ぐのも一種のポーズだった。リゾートホテルに来て目の前に海やプールがあるからとりあえず泳ぐ、そんな気持ちであった。真剣に泳ごうとかいう気分はなく、相手が出れば自分もすぐその後を追った。だがジャレッドはいつまでたっても泳ぐのを止めようとはしない。いい加減俺のほうが疲れてきて砂浜に上がった。彼はまだ泳いでいる。ただ一人波に浮かび、波と戯れながら泳いでいる。彼の目には俺のことなど少しも映ってはいない。打ち寄せる波を夢中になって追いかけている。仕方なく俺もまた海に入るが一人で浮かんでいてもまったく面白くない。すぐにまた砂浜に上がりねっころがった。こんなことは初めてである。今まで付き合った相手は俺が何をしているか、次は何をするかしつこいぐらいに次々と聞いてきた。一人でねっころがるなど何年ぶりであろうか。うとうとしかけた時、ひんやりとした冷たい手の感触を背中に感じた。

「わー!なんだお前いきなり」
「日焼け止めをつけている。大スターの背中が日焼けで真っ赤になり、皮がむけてボロボロになったりしたらみっともないだろう」
「いつの間にここに・・・俺を無視して勝手に泳いでいると思ったのに・・・」
「俺は自分が演技をしている時でも誰がどこで何をしているか頭の隅にいつも入れているよ。売れない役者はいつも周りに気を配らないと・・・」
「それは俺に対する皮肉か」
「そうじゃない・・・ヘファイスティオンはきっとアレキサンダーに日焼け止めじゃないけれど香油みたいなものを塗ってやった。戦いに疲れたアレキサンダーをいたわるようにやさしく・・・遠征の途中、部下の目もあるし彼らはしょっちゅうやっていたわけではないと思うよ。だけどお互いの体に触れたり、同じものを食べたり、理想を語り合ったりして絆を強めていった。俺は男との体験なんて一度もないし、これからもしたいとは思わない。だけどそれ以外のやり方で絆が作れるなら素晴らしいと思う」
「それ以外の絆か・・・俺には考えられないな」
「遠征の途中でアレキサンダーは結婚するし、宦官の美少年まで見つけて連れて行くから、ヘファイスティオンと一緒に過ごす時間は少なくなっていく。それでも彼はアレキサンダーだけを愛し続ける。他の者が次々と裏切って離れていっても彼だけは最後まで忠実だった」
「なんだかもうすっかり役を手に入れたような言い方だな」
「ヘファイスティオンはすっかり俺の中に入っている。後はどうやってそれを現実のものにするかだけだ」

俺の体に日焼け止めをすっかり塗り終わると、彼はまた海へと行った。その姿はまるでもともと海にいた生き物がまた海に帰っているようでもあった。

「お前、今何になっている?魚か、それともイルカ、まさかペンギンというわけではないだろう」
「エチュードか、それは苦手だった。いい年して魚やゾウの真似をしたり、風や波をイメージしろなんてそんなことやっていられるかって感じだった。歌やダンスも苦手だったし、セリフなどは棒読みでみんなに笑われて、一時期は学校に行くのもいやになって家にこもっていた」
「それがどうして・・・」
「じぶんでもわからないさ。人前で歌うなんてとんでもないことだと思っていたのに兄貴に誘われてバンドで歌うようになったし、あれだけ恥ずかしいと思ってたのに人前で演技をするようになった」
「変なやつだな、それでそのエチュードとか少しはうまくなったのか?今のお前なら結構いけると思ったが・・・」
「オーディションに受かるためには嫌いなことも必死で稽古したよ。歌やダンス、他にもいろいろ・・・」
「そこまでしてなぜ役者をやろうとした」
「演技をしている瞬間、自分ではなくなる時が来る。それを知ってやめられなくなった」

演技をしている時、自分ではなくなる瞬間、俺にはそんな時が一度でもあっただろうか。俺はどんな役をもらってもやっぱりコリン、ファレルのままであった。それでも監督は絶賛し、映画は成功しているからそれでいいと思っていた。だが役者として本当に成功しているのは俺ではなくてこの男かもしれない。



いつのまにかあたりは暗くなってきた。真っ赤な夕日が海に沈んでいく。

「まったく不思議だ」
「なにが」
「海と太陽は実際には出会うはずがないのに、今はこうして一緒になって溶け合っている」
「そんな詩を昔読んだことがあるな」
「役者という仕事は素晴らしいよ。決して出会えるはずもない人間と出会えるのだから。溶かされてもいいと思えるやつにまで会える」

そう言って彼はニヤリと笑った。そうウサギのような前歯を見せて・・・まったくこいつは何を考えているんだかさっぱりわからない。


                                                     −つづくー


後書き
 演技なのか自覚してないけどその気はあるのか、誘うようなセリフばかり言うジャレッドです。演劇学校で何かの真似をするエチュードというのは自分が学生の時演劇部だった経験からです。実際のハリウッドスターがこのようなことをしているかどうかはわかりません。たぶんしてないだろうな・・・(笑)


目次へ戻る