(12)食事会
俺とジャレッド、それから俺の兄貴のイーモン、姉貴のクラウディーネ、ジャレッドの兄のシャノン、バンドのメンバー2人の合計7人が予約してあったイタリアレストランに集合した。俺の兄貴も向こうのバンドのメンバーもやけにきちんとしたスーツなど着ている。スポーツクラブからの帰りで普段着のままでいる俺とジャレッドがなんか浮いた感じだ。
「すみません、なんか俺達だけこんな格好で・・・着替えてきますか」
「いいえ、個室を予約してあるのでそのままで、俺達の方こそ、普段音楽活動で動きやすい服しか着てないから、こういうレストランでどういう服を着たらいいかわかってなくて・・・」
シャノンがさわやかな笑顔で答えた。
「いや、みなさん、正装でもお似合いですよ。なんかこうあらためてほれ・・・あ、いや見直しました」
「イーモンさんのおかげです。あんなに早く仕事が終わるとは夢のようで・・・俺もジャレッドもどうも計算は苦手で・・・昔どこかでこういったお仕事とかは・・・」
「あ、いや、バーとか任されていた時期もあったので、金の計算は得意なんです。全部自分でやらなければならないので・・・」
バーってゲイバーのことだろう、と言いそうになったが、慌てて言葉を飲み込んだ。イーモンの話し方はあの普段ちゃらんぽらんの兄貴とは別人に思えるほどまじめで真剣で、バーを任されていたどころか、小さな会社の経営者をやっていると言ってもおかしくない雰囲気である。
「こんなところで話すのもなんですから、とりあえず席についてなんか頼みましょう。おい、ジャレッドお前何ふくれっつらしてるんだ」
「俺、疲れた。死にそうだー」
「すみません、無愛想な弟で・・・そこへ行くとコリンさんはさすが映画スターだけあってどんな時でも姿勢を崩しませんね。常に人に見られていることを意識している。ジャレッドは全く自覚がない」
「そうでもないぜ、コリンだって二人っきりでいる時はだらっとしているか、目がらんらんと輝いているか・・・・痛え、何するんだよ」
「悪い、足が滑った」
余計なことを言いそうになるジャレッドを慌てて蹴飛ばした。イーモンが意味ありげな表情で俺を見た。
テーブルの上に並べられたいろいろな種類の前菜。それぞれの席の前のグラスにはワインが注がれる。
「遠慮しないで、どんどん食べて飲んでください。足りなかったらまた注文しますから・・・今日は全部俺のおごりです」
「おい、シャノン、大丈夫か」
バンドのメンバーの一人が言った。
「大丈夫さ、去年の稼ぎもきっちり計算してもらっている。本当に感謝しています。こんな中途半端な時期だけマネージャーをお願いして申し訳ないのですが・・・・」
「いえ、構いません。撮影が終わるまではバンドの活動は休止なのですか」
「ええ、ジャレッドが抜けるとうちのバンド、何もできないのです」
「ゆっくり充電すればいいんですよ。活動再開した時にはまたマネージャーをやらせてください」
「いいのですか、撮影は半年ぐらいかかると聞いていますが・・・・」
「いっそうのこと、撮影の見学を兼ねて旅行とかいったらどうですか、知らない土地を歩くとまた新たなインスピレーションが生まれ・・・」
「あ、それいいじゃないか、ジャレッドの様子見ながらいろいろ行ってみようぜ。あちこち行くんだろう、ジャレッド」
「ああ、そうみたいだ、詳しくは知らないが、大変な撮影になりそうだ」
「5ヶ月後に始まるのよ。それまでには体調を整えておいてね。最初はモロッコでのキャンプを2ヶ月・・・」
クラウディーネが待ってましたとばかりに予定を発表すると、イーモンはさっそくメモを取る。
「砂漠近くでの撮影とか、すごい大規模なものになるそうですよ。ぜひ一緒に見学に行きませんか」
「そうだな、どうせ仕事もないし、サーティーセカンズ全員で充電旅行と撮影見学にでもでかけようか。あの、イーモンさんも一緒にロケ地に行くのですよね」
「ええ、もちろん、しばらくはコリンのマネージャーとして働いていますので・・・近くのホテルとか予約入れておきますよ」
「すみません、何から何まで」
兄貴とシャノンの会話はどんどん進み、ロケ地見学ツアーの予定まで立て始めている。こういう手回しのよさを兄貴はいったいどこで身につけたのだろう。ただ肝心のシャノンにはその気は全くなさそうだが、しばらく一緒にいて行動していればお互い気づくだろう。もう兄貴達のことは深くは考えないことにしよう。兄貴はいいとして、さっきからジャレッドがやけに無口なのが気になる。まあ、あいつは気まぐれで、テレビに映っているときですら気に入らなきゃふてくされているような人間だが、今日はなんだか様子がおかしい。かすかに震えているようにも見える。顔色も青ざめている。俺はシャノンに話した。
「すみません、俺とジャレッドはトレーニングで張り切りすぎてくたくたなので、今日は先に帰らせてもらいます。ジャレッドを送っていきますので、みなさんはゆっくりしてください」
「わかりました、残念ですが・・・・」
「ああ、コリン、お前ら疲れてたら先に帰っていいぞ。俺達はもう少し話しているから・・・・」
イーモンは上機嫌である。俺はジャレッドを連れてレストランを離れた。
いつも俺のアパートで会っていたので、ジャレッドのアパートの中に入るのは初めてだった。
「もう帰っていいよ。俺んとこ狭いし、じきに兄貴たちが戻ってくる。お前と二人でいつまでもいるところシャノンに見られたらまずいだろう」
「いや、当分は戻ってこないさ、あれだけ話がはずんでりゃ、また別の店に行くだろうよ」
「時間があるからといってアレはなしだぞ。俺はなんだか疲れていて気分が悪い」
「お前、どうしたんだよ、さっきレストランで震えていただろう。熱でもあるのか」
「よく気がついたな、それで俺を早めにここまで連れてきてくれたのか」
「ああ、そうだ、大事なパートナーに倒れられたら困るからさ」
「病気ではないから、心配するな」
「じゃあどうして青い顔をして震えていた」
「心あたりはある、大したことじゃないから心配するな」
「そういわれると余計気になる。話してくれ」
「わかった、話すよ。だけどここじゃ話しにくい。寝室がいい」
「したいのか」
「わからない、俺がどういう気分になるか」
「いいよ、俺はお前に合せる」
「わるいな、勝手なことばかり言って・・・」
「いつものことだ・・・・」
俺とジャレッドは狭いベッドの中に二人で入った。
「また、俺の前世のやつが夢に現れた」
「ウサギやマンモスのいた原始時代か?」
「それとは別の時代だ。俺は大金持ちの商人の家の奴隷で、お前はその家の一人息子だった」
「へえ、そんな話は初めて聞いた」
「俺は10歳ぐらいの子供だけどその家の主人は酷いやつでしょっちゅう鞭で打たれたりしていた」
「へえ、そうなのか」
「それだけじゃない。やがてその家の主人は宴会を開いて招待客に俺を売った。金貨何枚かで客の相手をさせられ、最初は一人だった相手が数人になった。たった10歳の時だ。痛みで気絶すると鞭で打たれ、目を覚ましては犯され、わけがわからなくなって泣き叫んで気絶する。そしてまた鞭で打たれ・・・その繰り返しだ・・・やっと終わった時、俺は同じ年のお前に抱きついて泣いていた」
「それは酷いな・・・」
「言っとくけど俺じゃない、俺じゃないけどさ、夢とは思えないほどあいつの痛みとか恐怖を俺も同じように感じてしまうんだ。さっきレストランでの皿の音や食べ物の匂い、ワインの香りでそのことを思い出してしまった。にぎやかな宴会場の片隅で、今日は何人の客の相手をしなければならないのか、どんな目に合わされるのか、いつも怯えていた記憶がまだ俺の中に残っているんだ・・・」
「そんな、お前、そういうのはどうやって・・・・」
「どうにもならないよな。あいつは俺の前世であいつの人生はとっくに終わっている。俺が助けるわけにはいかない。それなのにどうしてあいつがしょっちゅう俺の夢に出てくるのかよくわからない」
「お前に言いたいことがあるんじゃないか」
「言ってどうする、俺は何もできない、助けられない」
「助けられなくてもさ、何か伝えたいことがあるから出てくるんだろう。あのマンモス時代のやつらだってそうだった。言いたいことがあるから俺達の前に現われ、おかげで俺達の絆は深まった。そうだろう」
「まあな・・・・」
「しっかり聞いて、俺に話してくれ。そのうち俺も思い出すかもしれない」
「あいつが夢に現われると大変だ。こっちまで痛い思いをする。そうじゃなくてもこの忙しい時に・・・」
「俺も付き合うからさ、大変だよな、お前敏感すぎるから」
「俺は人と違うのかな」
「確かに違っている。違っているお前を愛しているけど・・・・」
「兄貴にもよく言われたよ・・・お前は人と違っているって・・・そうだ、兄貴達はどうしたかな」
「心配するな、俺の兄貴がついている」
「だから心配なんだよ。ゲイなんだろう。俺の兄貴にもそういう下心があって近づいているんだろう」
「確かにそうだ。だけど俺の兄貴だ。心配するな・・・兄貴は俺とは違う、相手の人間をとことん大切にする。無理なことして傷つけるようなまねは絶対しない。やさしすぎるんだよ、おまけにストレートの人間ばっかり好きになってさ、どうしようもない兄貴だ」
「お前はそうじゃなかった。強引に俺のこと・・・・」
「確かにそうだ、俺はひどいおとこだ・・・・・」
俺はジャレッドの体を抱き、軽く口付けをした。
「なあ、ジャレッド、俺達は何万年もお互いを探してやっと出会えた大切なパートナーだ。もっと俺のこと頼ってくれ」
「わかっているよ、コリン」
ジャレッドも俺に唇を押し付け、そっと舌を差し込んできた。
−つづくー
後書き
敏感なジャレは今の生活を脅かしてしまうほど、過去からのメッセージも直接受け取ってしまいます。一方兄達二人はずっと先のロケ見学ツアーの予定で盛り上がってしまって、この二人、結構相性がいいかもしれないと思い始めています。
目次に戻る