(15)演技力

「なあ兄貴、俺は明日デートなんだ。何着てけばいいかな」

夜、兄のシャノンにさりげなくつぶやいた。せっかく大芝居をやるというのに、一番大事な観客の兄が気づいてくれなければ何にもならない。

「やっとデートできるようになったか、よかったな。お前、映画の準備で忙しいようなら、いっそうのこと同棲すればいいじゃないか。なかなか彼女に会えないんだろう?」
「い、いいのか」
「いいのかって、お前高校生じゃあるまいし、今までに何回女と同棲しては別れてまた俺のところに戻って来た。お前は夢中になると後先考えなくなるからな。でも今回はそうじゃない。まず自分の仕事を優先させている。お前も大人になったな」
「当たり前だよ、俺もう30越えているんだから・・・・」
「お前が30過ぎなんて信じられねえよ。俺と1歳しか違わないんだから当たり前といえば当たり前だけど・・・彼女、なんていう名前だ」

聞かれるととっさに名前が出てこない。まずい!一応同棲まで考えているという設定で演技しなければならないのに・・・なんて言ったかな・・・・ええと・・・ブリ・・・・ブりザードじゃなくて・・・

「あ、名前は内緒だ。彼女、俺よりずっと有名な女優だから」
「そうか、うまくやれよ。俺のこと気にしなくていいからさ」
「兄貴は恋人とか・・・・」
「お前がうまくいったら、その時考えるよ。俺はその気になれば・・・」
「そうだね、兄貴の方がずっとうまくやれる」
「お前は不器用だから心配なんだ。どんなことでも・・・」
「ありがとう、じゃ、お休み」





兄貴と別れて自分の部屋に入った俺は心の中でつぶやいた。

「いいか、お前、俺は今いろいろ考えなければならないことがあって、お前にはかかわっていられないんだ。お前の辛い気持ちはわかるし、お前と俺は同じ一つの人間だ。でも今の俺には余裕がない。うまくいったらお前の話じっくり聞いてやるから、今は出てこないでくれ。わかったな」

俺が話しかけているのは前世の自分である。そういうことでは余程鋭い感受性をもっているのか、俺はしょっちゅう前世の夢というものを見ている。あんまりわくわくするような夢ではないが・・・とにかくもう寝よう。





朝、俺はコリンにアドバイスされたデートにふさわしいという服を着て、これもまたコリンが予約してくれたデートにふさわしいレストランという場所に向かった。約束の時間よりだいぶ早く着いてしまったが、レストランのオーナーは心よく中に入れてくれた。席に着くとさっそくコリンに連絡をいれてみる。

「あ、コリン、今レストランに着いたんだけどさ」
「お前、ちょっと早くないか。まあ、俺が手配してばっちり雑誌記者とか集めておいた」
「彼女の名前、なんていったっけ」
「ばか、それぐらいちゃんと覚えていろ。ブリトニーだよ」
「あ、そうだ、ブリトニーだった」
「もういいか、俺も今友達とハンバーガーショップにいるところなんだ」
「ちょっとまて、何話したらいい」
「いい加減にしろ!お前、女とつきあったことぐらいあるだろう」
「もちろんあるけどさ、こういうパターンは初めてだから・・・」
「こういうパターンてお前役者だろう、演技力だよ、相手にあわせて話せばいいからさ」
「なんか胸がドキドキしてきた」
「しょうがねえなあ、友達が目の前にいるからちょっと席はずしてトイレに行く。ケータイはつないだままでいい。お前は周りに誰かいるか」
「誰もいない」

しばらく沈黙があったあと、またコリンの声が聞こえてきた。

「ジャレッド、うまくやれよ。だいじょーぶさ、ブリトニーはけっこうしゃべるほうだからお前はただうなずいていればいい」
「わかったよ」
「終わったら俺の部屋に来い。待っている。愛してる、ジャレッド・・・」
「愛してる、コリ・・・あ、彼女が来た」

レストランに入ってくる女の姿を見て、俺は慌ててケータイをしまったが、それはまったく別人でブリトニーではなかった。待つこと30分、ちょうど約束の時間ぴったりにブリトニーは姿をあらわした。





「はーい、ジャレッド、ごめんね、待った?」

そう言うなりブリトニーはいきなり俺の頬にキスをした。

「や、やあ、ブリトニー」

自然な演技のブリトニーに比べ、俺の受け答えはどうもぎこちない。

「ここのランチ、おいしいのよね。今日はゆっくりできる?」
「いや、夜はちょっと仕事の打ち合わせが・・・・」
「そうなの、せっかく会えたのに残念だわ。今度いつ休みが取れるの。ねえ、無理してもいいからとって頂戴。うちのママとパパが紹介しろってうるさいのよ。そんなまた懲りもせずにハリウッドスターなんかと付き合ってって散々言われているのよ」
「そんなにいろいろ言われているのか、ハリウッドスターと言えば・・・・」
「そうよ、コリンなんて酷かったわ」
「コリンが何か!」

思わず立ち上がってしまった俺の頬にブリトニーは再びキスをして耳元でささやいた。

「ちょっと待って、だめよ、本気になって会話したら。これは演技だってコリンに言われているでしょ。コリンはいい人よ。でもね、今は私達仲のいい恋人の振りをしなければいけないんでしょ。恋愛映画の経験が少ないからリードしてくれって言ってたけど本当みたいね」
「コリンは君にそんなことまで・・・」
「いろいろ注意を加えて、監督みたいな口調だったわ。あんなに真剣なコリンの顔見るの初めてよ。よっぽどあなたのこと愛しているのね。昔のコリンしか知らないから驚いたわ。とにかく彼は真剣なんだからあなたもうまく演技をしてね」
「わかったよ」

コース料理のサラダやスープなどが運ばれてきた。適当に冗談など言って食べ始めるが、周りの客がこっそり写真を撮ったり、メモをしているのがよくわかる。雑誌記者だけではない、兄のシャノン、コリン、コリンの姉のクラウディーネ・・・みなサングラスをしたり、帽子を深くかぶったりしてわからないようにしているが、俺はすぐに気がついてしまった。

「ブリトニー、君に渡したいものがあるんだ」

これもまたコリンが用意してくれた指輪の包みをブリトニーに手渡して、用意していたセリフを言う。

「安物で君がつけるのにふさわしくないんだけど、今度の映画で成功したら、もっといいのを買ってプレゼントするから」
「ありがとう、ジャレッド。とてもうれしいわ。つけてくれる?」
「ああ、いいよ」

俺は包みを解いて指輪を取り出し、ブリトニーの手にはめた。サイズはぴったり合っている。別れた女の指輪のサイズまで覚えているなんて、やっぱりあいつ、コリンは只者ではない。こういうマメな心遣いが女心を捉えて離さないのだろうけど・・・たくさんのシャッターが押されているのを感じた。やっぱり俺は役者だ。カメラの前では自然に演技ができてしまう。

「ああーちょっとまって!」

突然大声で叫んで俺のそばに走ってくる大きな体の男の姿が見えた。

「だめです!あなたはそんなことをするような人ではないです」

見知らぬ男にいきなりそう言われてもなんのことかさっぱりわからない。

「ボズ!やめろ・・・ジャレッド、この男はストーカーだ。俺が外で話をつけてやるからお前は心配するな。せっかくのデートのじゃまをして・・・いいから来るんだ、外で話す」
「コ、コリン」
「ジャレッド、俺にまかせろ、いいな」

コリンは男の腕を掴んでレストランの外へ出た。

「大丈夫よ、あとはコリンがうまくやるわ。食事をいただきましょう。彼だってただスターとしてちやほやされてきたばかりじゃないのよ。いろいろ経験してるわ。だから大丈夫」
「あ、ああ、そうだね」

そう微笑んで見せたものの、内心は不安でいっぱいだった。自分宛に男からラブレターがたくさん来ることは知っていたが、ストーカーのような男は初めてだった。シャノンが心配しているのはこういうことなのか。俺は男としては随分頼りなく思われているのかもしれない。

「ストーカーにねらわれるのは、あなたが男らしくないからではないわ。あなたは男でも女でも人を虜にできる魅力がある。私だって別の形であなたに会っていたら危なかったわ」

俺の心の中をすばやく見抜いてブリトニーがなぐさめてくれた。こういうタイプに俺は弱い。コリンとのことがなければ、本当に俺の方が恋に落ちていたかもしれない。



                                                       −つづくー



後書き
 恋人がいるという演技をしたり、ストーカーに狙われてしまったり、複雑な事情で忙しいジャレッドです。


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