(21)義理の兄
突然兄貴が来ることになって、俺は慌ててこの部屋にある物の中で、俺がここで生活しているという証拠になりそうな物を隠し始めた。真っ先に思いつくのはパジャマや洗面所にある歯ブラシ、髭剃り、櫛、タオルなど・・・俺はコリンのこと熱烈に愛しているが、やっぱりそういう物は家族でも別に使うだろうから、それぞれ別に用意した。俺用の物はすべてまとめて下の引き出しに入れた。下着はお互い間違えないようにそれぞれイニシャルを入れておいた。まあパンツなどは間違えてはいてもいいし、実際俺があの後気絶している時など、コリンはわざと自分のを俺にはかせて喜んだりしているのだが、俺もそのあたりのことは知らないふりしてそのまま1日過ごしてしまう。新しく一緒に暮らし始めたばかりの大切なパートナー、たいていのことは笑って許せてしまえる。などとうっとりしている場合ではない。慌てて自分のイニシャルがついた引き出しの奥の方に押し込んだ。
「へえー、下着にはそれぞれイニシャルをつけておくのか。そうだよな、男同士の場合、あんまり体格に差がないとどっちのだかわからなくなるからな」
マットが覗き込んで関心したように言う。
「でもさ、こんなに部屋がいくつもあって広いんだから、同じクローゼットに入れないで、服や下着ぐらい別々のところに入れればいいんじゃないか」
「何言っているんだトモ、こんなに愛し合っているのに別々の場所に服をしまうなんて寂しいじゃないか。身につける物でさえもすぐ触れ合える場所において、互いの温もりを感じあう。いいなー、そういう関係は素晴らしいじゃないか」
俺は別に服にまで互いの温もりを感じさせようと同じ場所に入れているわけではない。週1度ぐらいコリンがまとめてランドリーに持っていって、それを仕分けするのが俺の仕事だから、いちいち分けるのが面倒で一緒にしまっていただけだ。マットのやつ、南の島から帰ったばかりで、相当熱にうなされているらしい。
「おい、ジャレッド、何俺の下着見てぼんやりしているんだよ。今、そういう時じゃないだろう。早くしないとお前の兄貴、来てしまう。もっとも警察の取調べじゃないんだ。クローゼットの中までは調べないだろう」
「シャノンが来たら、俺、ちょっと外に連れ出して時間稼ぎしてやろうか」
「いいよ、兄貴がかかわるとまたろくでもないことになる」
「いいのか、今ここにシャノンがきてお前達の顔を見たら、コリンとジャレッド、マットとトモはそれぞれ愛し合っているってことすぐにバレてしまう」
「なんでだよ、兄貴は俺達の関係を知っているし、もともとゲイだからわかるだろうけど、普通の人間が俺達見たってなんとも思わないだろう」
「いや、わかってしまう。コリン、お前役者をやって何年になる。すぐに自分の感情を表に出してしまうくせがある。油断するとすぐ元のお前に戻ってしまう」
「うるさいな、今兄貴からダメ出しされる気分じゃないんだよ。わかったよ、シャノンと一緒に少し外で話してくればいいだろう。ただし、万が一俺達の関係がシャノンにバレたら、その時は全責任をとってもらうからな。覚えていろ」
「そんなことするわけないだろう。俺だって一生をかけているんだから。じゃあ、下に行ってシャノンを待っているよ」
「ああ、勝手にしろ」
コリンの兄、イーモンは部屋を出ていった。
「さて、4人になったところで、まずはジュースでも飲んで落ち着こう」
コリンが手早くジュースをコップに注ぎ、みんなに配った。
「マットとトモは今住んでいるところは別なのか」
「同じアパートの別の部屋だ」
「なら簡単じゃないか、同じアパートならもともと同棲していたような、部屋の行き来だってしていたんだろう」
「それはそうさ、一緒に酒飲んだり・・・ライブ終わって疲れた時なんて、同じ部屋で寝ていたこともあった」
「そうだよな、それでもそういう関係にはならなかった」
「あのころは自分がそういうタイプの人間だとは思っていなかった。でも一緒にいて心地いいのは事実だよ。俺、女と付き合ったりしてもなんか落ち着かなくて、結局別れてしまったりした。なんだかんだ言って、シャノンとジャレッドがいて、トモがいて、バンドの仲間で一緒にいるのが一番落ち着くんだよな」
「俺もだよ、マット。女と付き合っていた頃、なんか違和感を感じて変だったけど・・・俺はゲイじゃない、そんなこと絶対にいやだ。最初はけっこう抵抗したんだよな・・・・」
「無理をさせて悪かった」
「いや、いいんだよ・・・・最初は無理をしなければあんなことはとてもできない。無理をして、やっと本当の自分に気がつくことができた」
「俺も同じだ」
みなで深くため息をついた。コリン以外は初めての経験、それは一夜だけの遊びではなく、これからの人生を大きく変えてしまうようなできごとでもあった。
チャイムが鳴った。イーモンとシャノンが戻って来たのだろうと玄関に出てみたら、兄のシャノンだけがそこに立っていた。
「ジャレッド、よかった、この部屋で間違いないんだな。びっくりした、いきなりガードマンに呼び止められて、別の部屋に連れて行かれた」
「コリンの兄のイーモンが迎えに出たはずだけど・・・・」
「会ってないよ、驚いたよ。こんな広い敷地でゲートがどこにあるかさっぱりわからなくてさ。ぐるぐる回ってやっと開いているゲートから車入れようとしたらいきなりガードマンに呼び止められ・・・・」
「あの、それはもしかしたら裏口の方から入ろうとしたのでは・・・」
「裏口でも、表と変わらないぐらい豪華で・・・ジャレッド、彼に頼んでちょっと管理室に一緒に来てもらってもいいか。怪しい侵入者だと疑われて、携帯も荷物も全部取り上げられてしまった。俺が怪しい者でないこと、証明してくれよ」
「コリン、一緒に来てくれるか」
「ああ、いいとも、ちょっと待ってくれ、着替えてくるから・・・・しかしイーモンのやつ、使えねえ兄貴だな。迎えに行くならちゃんとわかりやすいところで待っていろ。あのトラブルメーカーめ!」
「いや、俺がよく確かめもしないで入ってしまったから・・・・」
俺はここの管理室に始めて入ったのだが、管理室というだけでも何人ものガードマンや秘書のような人が何人もいて忙しそうに働いているのを見て驚いた。セキュリティとプライバシーの保全をうたいもんくにし、他にも大勢有名人が入っているらしいこのアパートメント。俺達が住んでいたところとは規模が違いすぎる。俺はコリンから借りたキーとIDカードを持っていたから何事もなくすぐに通してもらえたが、怪しい者が浸入しないよう、セキュリティは徹底している。コリンの携帯が鳴った。
「あ、俺だ、コリン、え、いくら待ってもシャノンがちっともこなくて、携帯が通じない!全く兄貴、今どこにいるんだ。役立たず!シャノンはすぐ行くから俺の部屋で待っていてくれ」
コリンは怒ってすぐに電話を切ってしまった。ホテルのロビーにでもいるような人が話かけてきた。
「コリンさん、失礼ですが、あのシャノンという人はあなたとどういう関係で・・・」
「義理の兄です」
とんでもない答え方をした。幸いシャノンは離れた場所で別のガードマンに尋問されていて、聞こえてないようだが・・・
「イーモンさんのお連れの方ですか。失礼いたしました。もしご入用でしたら、あのシャノンさんのIDカードもお作りしましょうか。カードさえ見せてくだされば、いつでも入ることできますので・・・」
「ああ、そうしてくれ、義理の兄にあたる大切な人だ。わざわざ訪ねてくれたのに、こんなところで捕まえられては・・・」
「申し訳ございません。すぐお兄様の分もカードをお作りします。コリンさんは本当に兄弟の方も大切に思っているのですね」
「当たり前だ、たった一人の大切な兄なんだから・・・」
コリンとこのホテルマンのような秘書というか執事の話を聞いて、俺はこの二人の会話は大きな誤解があるのではないかと感じた。コリンはシャノンが俺の兄貴だから、とっさに義理の兄という言い方をした。けれども相手の人はシャノンのことゲイとして有名なコリンの兄イーモンのパートナーだと勘違いしているのではないか。兄のホモのお相手まで義理の兄と呼び、大切に扱おうとしているコリンの姿にかなり感動している、そういうことになりそうだ。だがコリンも話の内容をしっかり理解しているわけではないらしい。彼は彼でシャノンを義理の兄と呼ぶ自分の姿に照れと感動を感じているらしい。俺だってうれしくないわけではない。ただ本人の前では間違ってもそう呼んでほしくはない。
「IDカード、このような形でよろしいでしょうか」
「なんか、写真が人相悪く映っているけど・・・」
「インスタントの写真なので、お時間をいただければもっといい写真と入れ替えられますけど・・・」
「いいんじゃない、シャノンはこういう顔だから・・・」
そう言いながら俺はIDカードをじっくり見た。シャノンの名前とコリンの関係者であることだけが記入され、義理の兄であるということはどこにも書かれていない。安心してIDカードをシャノンに渡した。
「もうしわけございませんでした」
その場にいた人全員に深々と頭を下げられ、俺達は敷地内を歩いて、コリンの部屋のある棟へと向かった。
「義理の兄か・・・俺達そういう関係だからな」
コリンが俺の耳元でうれしそうに囁いた。勘違いされているということは話さない方がいいだろう。
−つづくー
後書き
「義理の兄」けっこう誤解を呼ぶ言葉でもあります。どことどこが関係あるから義理の兄弟になってしまうのか。そしてまた義理の兄弟は別の関係にもなりやすいのではないかと見ています。
2006、4、28
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