(24)逃避行
二人の人間が同時に同じ夢を見るということはおそらくないだろう。だがそれが現実に起こったことで、同時にその時にまで遡って生きているとしたら・・・同じ夢を見ることもありえるかもしれない。ただの夢ではない。俺とジャレッドは遠い過去に引き戻されている。
俺はジャレッドの手を引いて夢中で走った。同じ街にいてはすぐ見つかってしまう。もっと大きな街に行かなくては・・・だがジャレッドの荒い息遣いが聞こえる。あのことがあるといつも数日は高熱を出してぐったりしていた。醜い欲望の餌食にされ続けたジャレッドの体は同じ年でも俺より一回り小さく、走るのはひどく辛そうであった。
「大丈夫か、街はずれまで行ったらどこか休める場所を探してやるから」
「大丈夫だよ」
大丈夫と言いながらも、彼の手は熱く、息遣いも荒くなる一方だった。俺は素早く誰もいない小屋を捜し、ジャレッドを中に入れた。それから近くの商人の家の扉を叩いた。
「すみません、たすけてください!お願いします」
大声をあげるとその家の主人が出てきた。俺も何度か会ったことがある。
「どうしたこんな夜中に、お前はコリンじゃないか!」
「すみません、父が急に倒れて意識がなくて・・・すぐに医者を呼びに行きたいので馬を売ってください。金貨はこれぐらいでいいですか」
俺は家にあった金貨や銀貨、値打ちのありそうな壷などをありったけもってきていた。金貨を一掴みその家の主人に渡した。
「こんなに必要ない。この半分で充分だ」
馬の価値がどれくらいのものかよくわかっていた。まったく足りない量の金貨しか渡してないのだが、もっと安い値段で馬を手に入れることができた。少し悪い気もしたが、この金貨のいくらかはジャレッドが辛い思いをして稼いだものだろうし、この家の主人だって一度や二度、手を出しているかもしれない。どこの家のどんなやつがその時集まっていたのか詳しくは知らない。だが親切そうな顔をしていても酒を飲み、大勢の人間と一緒ならどんなことでもやるような大人はいくらでもいる、ということはよくわかっていた。馬を引いて急いでその家を後にした。
「ジャレッド、馬を買ってきたぞ」
「まさか・・・盗んだわけでは・・・」
「家にある金貨を持ってきた。それも盗んだと言えないことはないが、お前の稼いだ分も入っているはずだ。これだけあれば当分暮らせる。安心しろ、二度とお前にあんな思いをさせない。どこか遠い街に行って家を借りたら俺が働きに出る。荷物運びでもどこかの店の壷磨きでもなんでもいいんだ。お前と二人で静かに暮らせれば・・・・」
「僕のために・・・」
「ずっと前から考えていたことだ、ただその時が早くなっただけ、心配するな」
俺はジャレッドを馬に乗せ、自分もそのすぐ後ろに乗った。驚くほどその体は軽く、熱を帯びていた。
「早く決心がついてよかった。あのままでいたらお前はいつか死んでしまう。ろくな食べ物も与えられず、酷いことばかり・・・これでいいんだ・・・一緒に暮らすうちにきっとお前の背も伸び、俺と同じくらい体も大きくなる・・・・俺と同じように・・・」
「コリン・・・・」
「これからは俺がお前を守る。もう何も心配するな・・・・」
ジャレッドの体を抱きかかえ、馬を走らせた。
この国の大半は砂漠か荒れた荒野であると学校で習ったが、自分が実際に街の外に出て、そのことがよくわかった。いくら馬を走らせても一度街を離れれば人の住めない荒野ばかりが続く。昔、俺達の国にも遠い国から偉大な王が来て世界を変えたという話をきいた。何万もの兵士やその家族、商人や技術者や奴隷までも連れた大遠征だったようで、彼らはこの場所も通ったのだろうか?その後、俺達の国はまた別の王が支配するようになった。今の王の名前は誰でも知っているが、昔来た王の話を知っている人は滅多にいない。俺がその昔の王に興味をもったのは彼らが俺達とは違う青い眼を持っていたということで、ジャレッドも俺たちとは違う青い眼をしている。奴隷として市場で売られ両親のことなどもまったくわからないが、彼がその時の王の血を引いているということだってありえないわけではない。だけど実際には彼の青い眼は珍しいということで目立ちすぎ、たくさんの客と噂を呼んでしまうことになるだけだった。
「コリン、何考えているの?」
「昔、この場所に遠い国から偉大な王様とその家来達が何万人もやってきた。彼らはみんなお前と同じ青い眼をしていた。お前は王様の血を引いているかもしれない」
「そんなことない、僕は奴隷だよ」
「きっとそうだ、王様かその側近の高貴な血を引いている」
「もし僕が遠い国から来た人の血を引いているとしても、その人もきっと奴隷だった。奴隷の子は奴隷になるのが決まりだもの」
「お前はもう奴隷ではない。俺と同じ自由な人間だ」
日が沈みかけた頃、ようやく小さな街についた。俺は急いで商人の泊まる宿を探した。古ぼけた小さな宿、昔はそれなりにりっぱでにぎわっていたのか、食堂にはさまざまな飾り物が置かれているが、すべてほこりがかぶったままである。食堂で簡単な食事、それもひどくまずいものを食べている時、ジャレッドがある飾り物に目を向けた。
「あの絵、小さなタイルを張り合わせてできているんだね」
「ああ、あれか、半分壊れているだろう」
「もっとよく見てもいい」
「気に入ったのか」
宿の主人に金貨を見せると喜んでその壊れたモザイク画を譲ってもらえた。どうせたいした価値もないガラクタだと思っていたのだろう。部屋に持ち帰り、ベッドに座るとジャレッドはその絵を布で丁寧に磨いた。ほこりでほとんど隠されていたそのモザイク画は壊れているとはいえりっぱなものであった。だがジャレッドの目からは涙が溢れている。
「どうした?」
「見て、青い眼と金の髪、これはきっと君の話してくれた王様の姿だよ。だけどひどく悲しそう・・・」
その絵をよく見て俺も驚いた。タイルを細かくして丁寧に作られたその色鮮やかな絵は、ある時をそのまま閉じ込めていた。絵の半分は壊れていてわからないが、この王は愛する人を失って嘆き悲しんでいた。その深い悲しみと孤独は俺の過去の記憶を呼び起こした。原始時代、人間がまだ獣の狩をして暮らしていた頃、俺はジャレッドと暮らしていた。彼失った時の深い悲しみと絶望、その後の記憶はまったくない。ジャレッドを失って俺はどうやって生きていたのだろう。わからない・・・・呻き声のような泣き声が聞こえる・・・この王の悲しみもまた耐えがたいものだったに違いない。
「僕の命は長くはない」
ジャレッドがうめくような声で言った。その目は俺を見てはいない。遥か遠くをじっと見つめている。
「ジャレッド!なに言い出すんだよ」
「僕は長くは生きられない・・・あの時と同じ・・・また君を苦しめてしまう・・・・ずっと願い続けてやっと会えたのに君を悲しませるだけになってしまうかもしれない」
「何をいっているんだ!長く生きられないなんてそんなことどうしてわかる。お前は今までさんざん酷い目にあって、死にそうになったりした。だからそう思い込んでいる。これからは俺と一緒に暮らすんだ。もう何も苦しまなくていい。死んだりしない・・・もっと生きられるはずだ」
「君を苦しませないために、僕はどうすればいい?僕達はまた同じ事を繰り返すの?」
「落ち着け、ジャレッド、お前は死んだりなんかしない。俺がそばにいるだろう」
ジャレッドの細い体を強く抱きしめた。体は熱く熱が酷いようだ。
「ジャレッド、わかるか、俺の体をいま感じているだろう。俺の体は熱いか、それとも冷たいか・・・・」
「つめたい・・・」
「そうだ、お前が熱いから・・・・お前と俺はまったく別の人間だ。でもこうしていればお前を感じられる。今何を考えているか、何を感じているか、不安なのか・・・・寒いのか、暑いのか・・・全部わかるんだよ・・・安心しろ、お前は死んだりしない、ただ熱にうなされているだけだ。こうしていれば少しずつ力を取り戻していく・・・だいじょうぶだ」
「コリン・・・・」
「俺にはお前のことが、お前には俺のことがよくわかる。俺達はそういうふうに生まれついているんだ。何も心配するな」
そういいながらも不安におののいているのは俺の方だった。昔、目の前で弱っていくジャレッドを救えなかった俺はまた同じ事を繰り返してしまうのか。それはいやだ・・・こんどこそ絶対に・・・・俺はさらにジャレッドを抱く手に力を入れた。誰にも奪われないように・・・・
−つづくー
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