(25)幻影
夜、宿屋の薄暗い部屋で僕は長い間モザイク画を見ていた。それから彼の方を見た。
「僕を抱いてくれる・・・・」
消えるような小さな声で尋ねた。
「俺はお前を欲望の対象にはしたくないんだ。まだ傷が残っているんだろう。その傷がなくなるまで待つよ。ただこうやって抱き合って眠ればいいだろう・・・・」
「僕の傷はなくなることはない。でもずっと夢を見ていた・・・幻なのかもしれない・・・初めての頃、わけもわからずにただ痛くて泣いてばかりいた。だけどその意味がわかるようになった時、僕はそれを君だと思うことにした。固く目を閉じ、今自分を鞭打つ手もこの体に浸入するものも全て君の体だと自分に言い聞かせていた。君のやることならどんなことでも耐えられる。だから大丈夫、耐えるんだ・・・そういい続けた・・・・でも耐えられなくて泣き叫んでいた・・・・」
「もういい、もういいんだよ・・・お前はよく耐えた・・・よくがんばった・・・二度とそんな思いはさせない・・・」
「君の幻を見て、僕は生きることができた。だから抱いてほしい・・・」
「わかったよ、ジャレッド・・・・」
彼は服を脱ぎ、僕に口付けをした。14歳、まだ大人になりきれていない僕達は不器用な口付けを繰り返した。彼の指が僕の長い髪の間を流れていく。乱暴に髪を掴まれ、ベッドに押さえつけられて縛られ鞭打たれながらの行為とはまるで違う優しい手の動き、その手は小刻みに震えていた。
「こんなに酷い傷跡が・・・辛かっただろう・・・よくがんばった・・・」
「君がそう言って抱きしめてくれた時、僕は幸せだった。君が側にいない時は幻を見て自分の手で自分を抱きしめた。君の手も体も僕よりずっと大きくて・・・・」
「もう幻なんか見なくていい。俺はすぐそばにいる。いつでもお前を抱いてやる・・・・」
「長い間の夢が叶うんだね。長い間の幻が・・・・」
彼は優しい愛撫を繰り返した。僕はそのたびに声をあげそうになった。何度も何度も犯されている僕の体は、少しの刺激でも反応してしまい、自分の意思とは関係なく嬌声が出てしまう。その声を必死に噛み殺そうとした。
「声を出していいよ・・・」
「でも、僕は今までに・・・・初めてではないんだ・・・・数え切れないほど多くの人間に犯され・・・体の中はどうなっているか・・・何度も意識を失ってドロドロになって・・・わからない・・・・自分の体なのにどうなっているか・・・・」
「ジャレッド、目を閉じて俺の言葉だけを聞けばいい。お前の体はきれいだよ・・・何人もの男に鞭打たれ、犯され続けたとしても、お前の体はきれいだ。少しも汚れてはいない。安心して俺に全てを任せろ」
コリンは僕の体をうつ伏せにし、静かに自分のものを僕の入り口に押し当て、力を入れた。痺れるような痛みに声を出した。
「痛いか、あまり痛いようなら・・・・」
「続けて・・・・これは幻ではない・・・・確かに君を感じている・・・・」
僕の目から涙が溢れ出た。何度も死にそうになり、そして自らも死を望んでいたような辛い日々・・・ただこの瞬間を夢見て今まで生きてきた。このまま死ぬことができるならどれほど幸せだろう・・・・
「辛いのか?」
「しあわせだよ・・・今僕の願いはすべてかなえられた・・・知らなかった・・・このことがこんなに素晴らしいことだったなんて・・・死ぬほど辛いと思っていたことだったのに・・・・」
「むりやり犯されれば辛いはずだよ」
「もう少し、もう少しこのままでいてくれる?」
「ずっとこうしているよ・・・これからはいつも一緒だ。明日はどこへ行く?お前の行きたい所どこへでも連れて行ってやる」
「海が見たい」
「わかった、一緒に海を見に行こう。お前はもう奴隷じゃない。俺と同じ自由な人間だ。行き先はお前が決めればいい。どこへでも一緒に行く」
「僕はもう奴隷ではない・・・自由に行き先を決められる・・・・本当に?」
「ああ、本当だ」
1日馬で走り、次の日の夕方近く僕達は海に出た。初めて見る海、初めて聞く波の音・・・・それなのに僕はこの景色もこの音も何故か知っている。初めてではない。遠い昔、僕達は一緒に海を見ていた。
「コリンは覚えている?一緒に海を見たことを・・・・」
「途切れ途切れにしか覚えていない・・・あの時俺の腕の中でお前は息絶えた。あまりにも辛くてその後どうなったか記憶がない。それでいいのだろう。辛いことなんか思い出したくないから・・・このモザイク画、誰が作ったんだろうな・・・普通王様は自分が悲嘆している場面の絵など描かせたりはしないだろう。大切な人を失って嘆いている姿など・・・・」
「そうだね、だからこれは壊され、あんな宿屋で埃をかぶっていた。この部分がちょうど欠けている。王様をそんなに悲しませたのはどんな人だったのかな・・・」
「わからない・・・」
「悲しみは記憶した方がいいのかな・・・・」
「生まれ変わるのなら、何もかも忘れた方がいいけど・・・でもお前とのことは少しでも覚えていてよかった。あの頃と同じように暮らしていこう。今はマンモスの狩はできないけど、俺が働いてお前はただ待っていてくれればいい。二人でいろいろなところ旅して一緒に生きていこう。今までの辛いことは全て忘れるんだ」
「君と二人だけでいろいろなところを旅していく。夢のようだね・・・・君と二人っきりで生きていかれる・・・僕の夢だよ・・・でも夢は結局夢でしかない・・・・幻はすぐに消えてしまう・・・」
「消えたりはしない。現に俺たちこうやって二人で旅をしているだろう」
僕は黙って波打ち際まで走り、棒切れを拾って絵を描いた。それはたちまち波に消されてしまう。
「幻は幻だ・・・・すぐに消えてしまう。僕の命はもう長くはない」
「それは今まであんな酷い生活をしていたからだろう。二人だけで生きていけばあんなことにはならない。お前もすぐに元気になって長生きできる。万が一お前が死ぬようなことがあっても、最後の最後までずっと一緒にいられる」
「そして君はまた前と同じようになる・・・二人だけで生きていたら前と同じように・・・・今ならまだ間に合う。君はきのう僕はもう奴隷ではない、二人の行き先は自由に決めていいって言ったよね」
「ああ、言った。お前の行きたいと思うところ、どこへでも行こう。お前はもう奴隷ではない。自由な人間だ」
次の言葉をすぐに言うことはできなかった。口の中で何度も同じ言葉を繰り返した。
「ジャレッド、お前今何を考えている。どこへ行こうとしている?」
「僕達は明日、君の家に戻る。そして僕は王宮に差し出される。自由になった僕が行ける場所は他にはない」
「お前、何言っているんだ!なんのために俺たちここまで逃げてきたんだ!王宮に差し出されるってどういうことかわかっているのか!お前は大事なところを切り取られ、男ではなくなる。俺達の仲も引き裂かれ、二度と会うことができない。なぜそんなところにわざわざ帰ろうとする!」
「僕達が戻らなければ君の家族が殺される」
「家族がなんだ!俺と血の繋がりがあるのは父だけ、あとは勝手に結婚した女がいるだけで俺とはなんの関係もない。その父だってお前に今まで何をした。さんざん鞭で叩いて働かせておいて、金儲けになるとわかれば、喜んで貪欲な客達の餌食にお前をした。俺がどんな思いでそれを見ていたか・・・殺されて当然だ・・・散々お前を苦しめた・・・あんなやつが殺されたってなんとも思わないさ・・・」
「僕は自分の家族が誰なのか、今どうしているのか何も知らない・・・生きているのか、死んでいるのかもわからない。君は家族のことがわかっている、うらやましい・・・」
「そんな家族は必要ない・・・俺に必要なのはお前だけだ・・・一緒に逃げよう・・・・お前と離れたくないんだ」
「僕も同じだよ・・・君と二人で生きていけたらどんなに幸せか・・・・でもこのまま逃げ続けても僕はどれだけ長く生きられるかわからない。何もかも捨てて一緒に逃げたら僕が死んだ後、君には帰るところもない」
「帰る場所など必要ない。お前と一緒に生きて行けたらそれだけでいい」
「僕は知っているんだよ・・・昔僕が死んだ後君がどうなったか・・・二度とあんな苦しみを君に体験させたくない。僕のことはただの思い出にして家に戻り、家族と暮らす。やがて君は結婚して子供が生まれる。一人ではなくなるんだよ。君の血を引く子がすぐそばにいる」
「お前はどうなる。男でなくなり、奴隷として王に一生仕えるというのか」
「僕は夢を見られる。幻も見ることができる・・・今までもずっとそうやって生きてきた・・・だからこれからだって・・・夢が少しの間現実になったのだからまた夢を見て生きていかれる・・・君はだめなんだ・・・僕のように夢の中では生きられない・・・現実にだれか支える人がいなくては・・・一人になった時君の心は壊れてしまう。だから戻ろう。今ならまだ間に合う」
「だめだ!戻ったりはしない・・・俺は何も欲しくない!自分の家族も家もそんなものは必要ない!ただお前だけが・・・」
「僕達はまた出会えるよ・・・僕の心と君の心、魂が残っている限り・・・」
「出会ってまた同じような人生を送るのか?引き裂かれるような人生を・・・・」
「違う!僕達は引き裂かれるために出会ったわけじゃない。もっと大きな意味があるような気がする・・・・これを見て!」
僕はモザイク画をコリンの前に出した。
「彼らは引き裂かれるために出会ったわけじゃない。どれほど悲しくても二人が出会ったことに意味があった。だからこんなふうに絵を残したんだよ。僕達もきっとそう・・・」
「いやだ・・・お前と離れたくはない・・・・」
「僕もそうだよ・・・コリン、もう一度ここで僕を抱いて・・・・これからずっと君の幻を見て生きていけるように強く激しく・・・・僕には君が必要なんだよ・・・・幻ではない本物の君が・・・・」
「だったらなぜ・・・・」
「僕には君が必要だから・・・・幻ではない本物の君が・・・・どんな時でも・・・・」
−つづくー
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