(3) 花束
「彼は吹雪の中を歩き続けた。もう三日間も何も食べていない。何者かに導かれるように洞窟へとたどり着き、奥へと入った。中は明るくなっており、火の燃える音がする。恐る恐る彼は奥へと進んだ。
『誰だ!お前は・・・』
一人の男が焚き火にあたっていた。
『こんな吹雪の中うろうろ歩いていると死ぬぞ』
彼は寒さに震えながら男のそばへと近寄った。男は日焼けしたたくましい体に、彼と同じように毛皮を一枚だけ身につけている。彼の細い手首をつかむと腰を引き寄せた。
『こんなに震えて・・・・もう何も心配するな・・・・俺のものになれ』
男が彼に口付けをすると紫色の唇も、真っ白だった頬もたちまち赤みがさしてきた。透けるような白い肌に長い髪、今までこんなに美しい人間に会ったことはなかった。男は震える彼の体を強く抱きしめた・・・・あーなんだよこれは!・・・・読んでられねえ!」
コンサートが始まる前の楽屋、普段なら打ち合わせなどをやっているはずなのだが、兄のシャノンが持ってきた雑誌を読み始めたことで、その場の空気は大きく変わった。
「それで終わりか、続きはないのか」
一番真剣に聞いていたマットが続きを促した。
「あるよ・・・ここから先は俺の口からはとても言えねえようなことが書いてある。続きが気になるならお前にやるから一人になった時でもじっくり見ろ!」
「ありがたい。俺まだ今月号買ってなかったんだ」
「お前はこんなゲイ雑誌に興味があるのか!」
「いや、俺は別にゲイじゃないけどさ、俺達は時代の最先端をいくバンドをやっているんだ。時代の流れにはいつも敏感でないと・・・」
「こういうことに敏感にならなくていい!・・・だいたい元はと言えばジャレッドが余計なことをベラベラしゃべるからだ。おいジャレッド、なんだこれは!」
ヤバイ・・・マットとの口論が終わって俺の方に矛先が回ってきた。
「俺、別にこんなこと言ってはいないぜ」
「言わなくたってこの話、お前がこの前のインタビューでしゃべったことが元になっている。マンモス時代の前世の恋人だなんていうからこんなフィクションを書かれて・・・・今頃この雑誌を読んでいる数万人の男がお前を思い浮かべて妄想にふけっているんだ。ああ、いやだ!許せねえ!」
「この雑誌、数万人も読者はいないだろう、せいぜい数千人か、それくらいだろう」
「マット!余計な口挟むな!・・・・これは数の問題じゃない!・・・俺はそのつまり・・・」
「シャノンが言いたいことはこうだろう。ジャレッドが問題発言をして、そうじゃなくてもゲイ雑誌のアイドルだったのが、ますます妄想をあおりたてるような小説を書かれている。こんなふうに書かれて、ジャレッドがもし襲われでもしたら・・・」
それまで黙っていたトモがやっと口出しした。一番最後にメンバーに加わったトモは口数は少ないが、俺達の中で唯一冷静な状況判断のできるやつで、皆一目置いていた。
「そうだ、俺の言いたいことはそのとおりだ。トモ、お前はやっぱり頭がいいな。ジャレッドはうそつきでいい加減に見えるかもしれないが、本当は誰よりも純粋で傷つきやすい心を持っている。いろいろな女と付き合っては別れているけど、それはあまりにも一途で不器用だからだ。そんなジャレッドが下手に雑誌なんかに載って、心無い男達に弄ばれ、犯されでもしたらどうなる。一生立ち直れなくなるぞ!俺は弟をそんな目にあわせたくはない。だから口うるさくいろいろ言っているんだ。わかったか!」
「やっぱジャレッドはかわいいからな。俺だってゲイだったら絶対抱いてみたいと・・・」
「マット、お前それ以上言うとシャノンに何されるかわからないぞ。確かにジャレッドは狙われやすいタイプかもしれないが、もう三十を越えた大人だ。そこまで心配しなくてもいいだろう」
「俺にとってジャレッドはいつまでたっても危なっかしい子供と同じだ」
「その危なっかしさがジャレッドの魅力でもあるけどな。おい、こうしている場合じゃないぞ!もうすぐ開幕だ。スタンバイしないと」
トモをメンバーに入れて正解だった。こういう冷静なやつが一人でもいないと、俺達の仕事は成り立たないかもしれない。
コンサートも無事終わり、俺達はまた楽屋に戻った。
「よかったな、スゲエ盛り上がって。俺たち今絶好調だな。チケットが各地ですぐ売り切れになり、追加公演まで頼まれるんだもんな」
「今夜の客はやけに男が多かった。ジャレッド目当てじゃないだろうな」
「シャノン、あんまり考え込むなよ、俺達の歌がいいから観客が大勢集まって盛り上がる。音楽の世界に男とか女とかいうことはあんまり関係ない。ただ波長が合うから盛り上がり、高みへと昇っていける。そうだろう」
波長が合うから高みへと、マットもなかなかいいことを言う。俺とコリンだって離れ離れになった時はもう男とか女とかいうことは気にならなくなった。ただ波長が合うから、自分を高めてくれる相手だから、俺はコリンと寝たし、これからも付き合っていきたいと考えている。まあ前世の因縁というのもあるけれど・・・・
「それにさ、俺男同士の方がより高みへと昇っていけるような気もするし・・・いろいろ困難があるからさ・・・」
マットの言葉に兄貴の目の色が変わった。
「なんだよ、お前ゲイなのか!男と寝た経験あるのか!」
「いや、ないけどさ、そういうのも悪くないかなと最近考えるようになってきた。俺も三十越えていい加減女にも飽きてきたし・・・・」
「お前が女に飽きて男と寝てもかまわない。だけど俺の弟には絶対手を出すな、わかったか!」
兄貴の興奮が高まってくる。まったくマットのやつ、悪気はないのだろうけど、いつも余計なことを言いすぎる。口で言っている割には実行には移さないだろうけど・・・あれ、さっきからトモがいない。あいつまだ生真面目にファンサービスでもやっているのか。早く戻ってきて兄貴をなだめてくれ・・・・
「ジャレッド!花束が届いているぞ」
救世主トモがピンクのバラの花束を抱えてやってきた。
「ピンクの花束なんてロマンチックだな。メッセージカードも入っている」
マットが勝手に俺あてのカードを広げて読んでしまう。
「愛するジャレッド、誕生日おめでとう。早くお前を抱きしめたい。C.F・・・」
「俺のメッセージ、かってに読むな!返せよ」
「誰だ、このC.Fって」
「誰でもいいだろう」
「ジャレッド、誰だ!」
聞かれてはまずいシャノンにまでメッセージの内容を聞かれてしまった。マットのばかやろう!人のメッセージ勝手に読むな!いや、冷静なトモも大きなミスを犯した。みんなのいる前に花束なんか持ってこないで、俺にこっそり渡してくれればいいだろう。まてよ、一番いけないのはこんな時に花束贈ってくるコリンじゃないか。俺の誕生日は今日じゃないぞ。何日も前に贈ってくるから目立つじゃないか。それもイニシャル入りのメッセージ付きで・・・そうかあいつはクリスマスは実家のあるダブリンで過ごすと言っていたな。あいつの兄貴は正真正銘、女とは一度も寝たことのない100パーセントのゲイだと聞いたけど、俺の兄貴は100パーセントストレートなんだ。こんなメッセージを寄こして俺の立場も少しは考えてみろよ。
「ジャレッド、C、Fって誰だ」
シャノンが取調べをする刑事のような口調で聞いてきた。
「知らねえよ、雑誌を見たファンだろう。俺の誕生日間違えているし・・・」
「お前を信じていいんだな」
俺の心臓はバクバク音を立てている。うそつきのはずなのに、この手の質問にはとびきり弱い。ああ、どうしよう・・・・・
−つづくー
後書き
バンドのメンバーや兄シャノンについては実はよく知らないのだけれど、適当に性格を振り分けて役割分担させてしまいました。本当はこんな会話絶対していないと思います。ゴメンナサイ・・・・
2005、12、23(誕生日3日前)
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