(31)快楽の法則

俺がコリンと暮らして5ヶ月が過ぎた。1ヶ月後には映画の撮影前のキャンプが始まる。5ヶ月の間にいろいろなことが起こり、俺とコリンの関係はマットとトモ、コリンの兄のイーモン、コリンの両親にまでオープンとなった。よく考えたら身近な人間で知らないのは俺の兄シャノンだけになっている。もちろん俺の両親も知らないだろうが、彼らは俺達兄弟が子供の頃に離婚しているし、元気で生きていることさえ知らせれば、それ以上の関心はないらしい。

「お前、いい体になってきたな」

コリンの視線が俺の胸元に注がれる。ただじっと見詰められるだけで、俺の胸は次の行動を予測してビクビク動いた。

「胸にいい筋肉がついてきた。どこから見ても立派な戦士に見える。またこの顔とのギャップがたまらない」

頬から首筋にかけてをなでられ、胸に息を吹きかけられれば、俺の下半身はいやになるほどの連鎖反応を起こしてしまう。自分の手でガードするより早くコリンの手が俺の立ち上がったものを掴み、指を差し込んできた。ああ、ため息が漏れる。だめだ、それ前に話さなければならないことが・・・

「アレキサンダー・・・」
「役作りか・・・あと1ヶ月で合同キャンプが始まるからな。そこではいつもこうするわけにはいかない。ヘファイスティオン、全てを手に入れた王が最も激しく愛した男・・・・」

口付けされ、手は下半身を激しく攻撃してきた。俺の内部は早く入れてくれといわんばかりにヒクヒクと動いた。このまま欲望に身を任せるのが自然であろう。だけど俺は役者だ・・・ヘファイスティオンはアレキサンダーにどんな思いで抱かれたのか?

「お前はもうアレキサンダーはできたのか?」
「役の解釈はほぼできた。カリスマ的な魅力、父や母に対する複雑な思い、部下との葛藤や裏切り、孤独、狂気・・・ありとあらゆる感情が彼の中には詰まっている。後は俺自身の肉体でそれをどう表現するかだ。俺がこの役はカリスマだと解釈していても、見る者がそう感じてくれなければ映画は失敗するからな。もっともキャンプでは、俺が王と同じ体験ができるよう自ら部下役の者を動かして生活しろと監督に言われている」
「体験が役を生み出すわけか」
「まあ、そうさ・・・・ヘファイスティオンとの関係はばっちりだな。もう離れていても体がお前の手触りを覚えている。5ヶ月前とは体つきが随分変わった。この胸の部分なんか最高さ」
「これだけ筋肉をつけるためには随分苦労した」
「わかっているさ、その変化を毎日この目で見てきたんだから・・・・そろそろいいか」
「まだだ、俺はまだヘファイスティオンを少しも掴んでない」
「おい、こんなことしながら仕事をやれっていうのか、役柄の解釈や話なら昼間いつでも・・・」
「表面的な解釈やその人生なら俺だってしっかりやって頭に叩き込んでいるさ。だけど頭でいくら考えようとしてもこの胸に響くものがないんだよな。いいか、俺はすごく苦労して役柄に合わせた肉体を作った。それなのに中身がからっぽなんだ」
「からっぽということはないだろう。俺がこうやって毎晩胸を吸ったり、肉弾を叩き込んだり、液体を注入してやったりしているだろう」
「ああ、それは感謝してるさ・・・だけど俺は今になってヘファイスティオンがわからなくなってきた」
「そうか・・・・」

コリンは俺の深刻な表情に驚き、手と口を離した。





しばらくの間沈黙が続いた。最初この役をやろうとオーディションを受けた時、俺にとってヘファイスティオンはなんて簡単な役だろうと思っていた。一人の男を純粋に愛し続ける・・・ただ一途にというなら俺にとってそんな簡単なことはない。俺もまたそういうタイプの人間だから、相手役さえ合えばそれでいい。コリンは最高のパートナーだからこれ以上の組み合わせはないはずだ。それなのに何をこだわっている。俺の胸の中で何かがひっかかり、喘いでいる。それは言葉なのか、感情なのか、それとも前世の記憶なのか・・・

「俺ってすごいマゾだよな」
「ああ、確かにお前はマゾだ」
「マゾはどういう時に一番の快楽を感じるかわかるか?」
「知るか、そんなこと、俺はマゾじゃない」
「いいから一緒に考えろ。お前も役者だろう。自分がマゾだとして、どういう時に一番快楽を感じる?」
「そりゃ、俺ももしマゾならお前みたいな立場がいいんだろうな。痛い思いをして、それが快感に変わるなら。それ以上の鞭とか縄とかローソクとかはイヤだぜ、俺やっぱり・・・・」
「ま、単純に考えて、てっとり早くマゾの男が快楽を得ようとしたら男同士でやることだな。いいか、よく聞けよ、ここんとこ普通の人間は誤解しているけど、マゾというのはただ痛みを与えられて喜ぶんじゃないんだ。激しい痛みを感じても、それが愛する者の快楽に繋がる、その時点で最高の喜びを感じるのさ。例えその瞬間に相手と結ばれていなくても、自分の痛みが愛する者を救ったり信念や幻想を支えたりする、そういう時マゾの男は例えそれが拷問のようなことであっても、その苦痛がえもいわれぬ快楽、この世のものとは思えない快楽に変わっていくのさ」
「へー、俺はマゾじゃないから、よくわからないけどそういうものなのか」
「まあ、そうさ」
「うらやましいな、お前は俺と寝るだけで毎晩この世のものとは思えないほどの快楽を得ているわけか」
「いや、俺なんてまだ中級ぐらいだ。もしヘファイスティオンがマゾだったら、彼は上級の、選ばれた人間だけが味わえる最高の喜びを得ていただろうな。相手は王で、しかもその時代には神の子と思われていたほどのカリスマだ」
「俺は王でもカリスマでもないから、それほど大きな快楽はお前に与えられないってわけか」
「その代わり苦痛も大きい、他の仲間の側近には疎まれ、アレキサンダーには側女や王妃、それにお気に入りの宦官までいたから嫉妬に苦しめられる。戦いの恐怖、死の恐れ、苦難の多い遠征、戦いの後の傷の痛み、もし彼がマゾならばそれら全てはアレキサンダーとの交わりで最高の快楽に変わるわけだが、もしそうじゃなかったら大変なことになる・・・」
「マゾってことにしとけよ。お前が演じるのだから・・・」
「そう簡単にいくかよ」
「少なくとも彼らは遠征の間のつかの間の時間に愛し合っているのだから、快楽だのなんだのっていう話はしていないだろう。彼らが話題にするのは遠い世界と、遙かな夢と、神話の実現・・・」

話しながら再びコリンの手が俺の下半身に伸びてきた。

「努力するよ・・・もっとお前に喜びを与えられるよう・・・」
「あと1ヶ月だぜ、役作りはいいのか」
「まず、お前のカリスマ、世界の王、幻想にならないと・・・・」

俺の体は服を剥がれむき出しにされた。淫らな格好になり、体を固定させて目を閉じる。磔や串刺しといった処刑を待つような気持ちだ。何度経験してもその激痛を想像し、体は細かく振るえ、体の奥底から液体が滲み出るのがわかる。これが今の時代の同じ身分の人間ではなく、相手がいくら子供時代からの親友で、深く愛し合っている者であっても、王であり、神と同等に思われている者の前で、恥ずかしい格好をさらけ出し、その攻撃を受ける気分はどうであろう。激しい苦痛を感じても叫び声をあげ、淫らな姿を見せてはいけない。相手は王であり、神であるのだから、それにふさわしい態度と威厳を・・・・

「うわー!・・・・ヒー・・・ちょっと・・・お前何を・・・・」
「何をって・・・いつもと同じ・・・」

痺れるような激痛に笑いがこみ上げてきた。もっと激しく、もっと鋭く・・・俺が演じる男の生涯はこんなものじゃない・・・でも俺はなんでヒーヒー言いながら笑っているんだ。ああおかしい、笑っているから快楽を感じるのか、快楽を感じるから笑っているのか・・・地平線が見える・・・水平線も・・・俺は今どこにいる・・・果てしない苦痛と孤独と快楽の記憶・・・どこかで見たはずなのに見えない・・・

「やっぱりお前はマゾだよ・・・」
「うるさい、余計なこと言わずに俺をもっと高い場所に連れていって突き落とせ」

激しい痛みと快楽が波のように次々と俺を襲ってくる。波の音が聞こえる・・・・そういえば最後の時、いつも波の音が聞こえていた。今度こそ離してはいけない。

「コリン、俺を離さないでくれ」
「なんだよ、突き落とせと言ったり、離すなと言ったり・・・マゾのやつはよくわからない」
「ああ、それでいいよ・・・やっぱりお前は最高のパートナーだ・・・俺をどこまでも連れて行く・・・・・・」



                                                   −つづくー


後書き
 頭に思い浮かんだ快楽の法則(マゾの法則?)をどこかで書きたくて、久しぶりにパートナーを書いて見ました。随分間があいたので、前の話と食い違っているところがあるかも・・・このマゾの法則、根拠はまったくありません。
2006、9、26


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