(33)メッセージ
コリンのアパートを出て数日間、レンタカーを借りて1日中車を走らせ、夜は適当なモーテルなどに泊まった。アレキサンダーの通った道をそのまま辿ることはできないが、こうして人の姿がほとんどない荒れた大地を何時間も見ていると、彼らもまた似たような景色を眺めたに違いないとイメージが湧いてくる。俺はそうした場に行きさえすれば簡単に人物を思い浮かべられる、意外と単純な人間なのかもしれない。ただ夜、寂れた街のモーテルなどに泊まると、隣の部屋の声が全部聞こえてしまうのに閉口した。酒を飲んで騒いだり、男と女だったら何も問題はない。だけどそういうところにわざわざ泊まるというのはわけありな人間が多いらしく、男二人で泊まるというやつがやけに多い。日頃の鬱憤を晴らすかのように思いっきりやってくれるから、我慢している俺はたまらない。前払いで払った料金を無駄にしてもそこを飛び出し、車の中で夜を明かすことも一度や二度ではない。俺は何を意地張っているのだろう?もう充分孤独な場所に身を置いてイライラしているではないか。さっさとコリンのところへ戻ってセリフ(第1稿の脚本が少し前に監督から渡された。あくまでも第1稿で、監督の気分で変わっていくらしいが)の練習でもしている方が、ずっと能率的だというのに・・・・
「ハンバーガーとホットチョコレート、うんと熱くして・・・・」
「あの、もしかしてジャレッドさんでは・・・映画とかにちょこっと出ている」
「よく言われるけど違うね。俺はそんな名前じゃない。そんなに似ているのか」
「ええ、そっくりです。見てください、この雑誌・・・・」
何日かぶりに大きな都市にたどり着いた。今日こそはちゃんとしたホテルに泊まってしっかり汗を流そう。昼食を買おうとコンビニエンスストアーに入ったら店員にこんなことを言われた。本人なんだから似ているに決まっているじゃないか、映画だけではなく俺はバンド活動もしているがそれは一般にはあまり知られていないらしい。
「じゃあ、この雑誌も一緒に買っていこう」
「ありがとうございました」
ハンガーガーとホットチョコレートはその場で腹の中に入れ、さらにビールとつまみも買って、俺はホテルの部屋に入った。一人静かに脚本でも読もうと思ったが、さっき買った雑誌が気になる。
「なになに・・・映画アレキサンダーでコリン・Fと共演することになったジャレッド・R、おい!俺のレトはRじゃなくてLだぞ、間違えるな!・・・まあ、いいけどさっそく映画の宣伝をしてくれているのか。撮影に1年近くかかるかもしれないと言われた。スクリーンに映るのはずっと先のことだぜ。・・・・なになに・・・歌手であり、女優でもあるブリトニーとの交際が噂されていたが、最近破局を迎えたようで、傷心を抱えたまま1人傷心旅行・・・あーあ、さっそく写真を撮られている。俺もそれなりに有名ってことか、こうして記事になるぐらいだから・・・え、おい、兄貴の写真まで出ているじゃないか!俺よりも大きく!・・・・俳優ジャレッドの兄であり、彼の率いるバンドのメンバーでもあるシャノン・R、その彼がゲイであることが発覚!ちょ、ちょっと待てよ、兄貴はゲイじゃないぜ。100パーセントのゲイであることを公言しているコリン・Fの兄イーモン・Fと熱いデートを繰り返す。彼らの間には国境も性別も存在しない。なんだよこれは!兄貴はスケジュールの打ち合わせをしているだけだぞ・・・・イーモンは違うだろうけど・・・こんな記事、兄貴が見たらどう思うんだよ!コリンの兄貴だってさ、俺の兄貴が好きで、100パーセントゲイだと言いながら、まだ兄貴には何もしてないんだぞ!同じ兄弟でもコリンのようにすぐ手を出すようなやつとは違うんだ!・・・・ゲイでないことは100も承知で、それでも強く魅かれるものがあるから一緒にいたいと思って・・・同じゲイ同士だったら簡単だよ。すぐにやっちまえばいいんだから・・・だけどそうじゃないからさ、友人の振りをしてただそばにいて・・・自分の欲望を押さえつけて・・・その苦しさがどれだけのものかわかるのかよ!俺なんかたった数日やらないだけで気が狂いそうになっている」
俺はホテルの部屋の中、1人で叫んでいた。なんでこんなことまで雑誌の記事に載せるんだ!おもしろおかしければなんでもいいのか!売れればなんでもいいのか!こんな写真1枚で、何ヶ月も積み重ねてきたピュアな想いがズタズタに壊されるんだぞ。お前らにそんな権利があるのかよ!人の純粋な想いをズタズタに壊す権利が!・・・
「有名な心理学の教授からコメントをいただきました。最近は一部の若者の間で、ゲイが憧れになっているようですね。彼らの崇拝する映画スターやロック歌手が、何かタブーを犯せば、若者はみんなそれを真似する。薬が蔓延し、その危険性に気づいた彼らは、今度は同性愛にタブーを犯す快感を求め、憧れているのです。このままではアメリカの将来はどうなってしまうのか・・・タブーなき世界、同性愛が蔓延し、快楽のみを追い求めることになった時、必ずや神の怒りが・・・いや、昔の人間は神の怒りという言葉を使ってタブーを封印してきたはずです・・・それがなくなった今、おぞましくも醜い男色行為が憧れのこととして若者の目に映り・・・・ハハハハハ・・・あーおかしい。なんだよこれ、よくここまで書けるもんだな・・・おぞましくも醜い男色行為、男と女のセックスだって似たようなものだろ。汚い場所を舐めあったり、擦りあったりするんだから・・・相手が男だろうと女だろうと、セックスなんてもともとそんなもんさ・・・」
気がつくと俺はその雑誌をビリビリに引き裂いていた。
「そのおぞましく見える男同士のセックスの中に、どれほど純粋で穢れのないものがあるか、お前らにはわからないだろう!わかるわけないよな・・・自分の世界を崩すことなく、真の孤独も感じたことがなく、ただ毎日を適当に生きて、自分とは違う世界に生きている者を排除して喜んでいるやつらには・・・同性愛者が増えたらそんなに困るのか?自分達の世界が壊されてしまうのか?俺達はお前らの世界を壊したりはしない。だから俺達の世界にこれ以上踏み込むな!何もわかってないくせに・・・俺達には俺達だけのピュアな世界がある!」
俺は自分のものをベッドのシーツに擦りつけ、後ろの穴に指を突っ込んだ。
「チェッ・・・自分でやったら手加減して、気絶するわけないな・・・コリン、俺お前が欲しくておかしくなりそうだよ。お前はまだ正気を保っているんだろう?俺はだめだ・・・ヘファイスティオン、お前も俺のように気が狂うほどアレキサンダーを求めていたのか?答えてくれよ。お前が掴めれば、俺は安心してコリンのところに戻れるのにさ・・・まだ無理なのか、ヘファイスティオン、俺はお前を演じるんだ。お前の孤独の深さを俺に教えてくれ・・・・」
「王様、彼は祭りの日、私達の側を離れ、1人の男と会っていました」
コリンと会った日の夜、僕は何人もの宦官達に腕を捕まれ、王様の前に引きずりだされた。
「そうか、お前に想う相手がいるのか。愛しているのか?」
王様は僕の顔を上げ、じっと目を見た。去勢されて宦官になり、王宮に連れてこられて1年が過ぎた。僕は王様の一番のお気に入りになっていた。お気に入りとなり、相手が王様であってもけっきょくそれでやることは以前と少しも変わらない。10歳ぐらいから僕は奴隷として客の相手をさせられてきた。まだ固い体の穴に無理やり太い杭を打ち込まれて泣き叫び、気絶する。酔った客達に何度も同じようなことをされ、やがて僕が慣れて気絶しなくなると今度は鞭を使われた。泣き叫び、必死で許しを乞う僕の姿にますます激しく欲情し、力の限りたたきつけたたくさんの客達・・・フラフラになった僕は泣きながらコリンの部屋へ向かった。彼に抱きしめられるその時だけは痛みも恐怖も忘れることができた。今、ここ王宮では鞭を使われることはない。毎夜、僕の体は隅々まで洗い清められ、体の中に妖しい匂いの香油をたっぷり注がれるので、痛みを感じることもない。僕はできる限り自分の体を美しく保ち、綺麗な飾り物を身につけた。様々な手と口の技を教え込まれ、王様に最高の快楽を与えることもできるようになった。でも僕はそれがいいと感じたことなど、ただ一度の時を除いて一度もない。何も感じてなくても妖しい喘ぎ声を漏らし、体をくねらせて妖しい微笑を浮かべることもできるようになった。僕は自分の願うことを少しもしていない。早く飽きて捨てられればいいと思っていたが、一度王宮に入った宦官が外の世界に出ることはない。年を取れば宦官はみなでっぷりと太り、昔お気に入りだった者、知恵のある者だけが宦官長として財宝と権力を手にし、後の者は新しく来た宦官を王様のお気に入りに仕立てる者、王様の身の回りの世話をする者、掃除や後片付けをする者、そして中には罪人を罰したりする者というようにその役割はきっちり決められて、互いによりよい仕事を手に入れようと争っていた。どのような地位につくかなどどうでもいいことのように思いながらも、僕は自然と王様の寵愛を受けるよういつも媚を売る振る舞いをした。
「いいえ、彼はただの昔の知り合いです」
「お前に心魅かれる別の相手がいるということは穏やかではないな。その男をここへ連れてきて拷問にでもかけようか?王の宦官に思いを寄せるとは・・・・」
「お許しください。もう二度と彼に会ったりはしません。どんな罰でも受けます。だから・・・・」
「そうやって許しを乞うお前の顔は実に美しい・・・・その男がお前の美しさを引き出すのならばそれもよかろう・・・お前が始めてここへ来た時、鞭の傷跡だらけだった。お前の体に付いた傷跡は欲望を引き出し、より深い満足を余に与えた。連れていって鞭打ちの罰を与えよ。ただしけっして死なさないように・・・・」
「かしこまりました」
僕は縛られ、数人の宦官によって長い間鞭で打たれ続けた。そのたびに甲高い声で悲鳴を上げた。去勢された宦官の声は子供よりももっと甲高くなる。自分の悲鳴を聞きながら、男としてはけっして生きられない自分達の運命を思った。昔、小さな体に男達の手で気絶するほど強く打たれた鞭の痛みに比べれば、決して殺さぬようにと命令されて打つ宦官の手の鞭など、悲鳴を上げるほど痛くはないのかもしれない。だが泣き声でも上げなければこの刑がいつまで続くかわからない。彼らにとって日頃妬みや嫉妬の対象になっている僕を鞭打つことは最高の喜びになっているのだろう。それだけではない。彼らは宦官で、性器を切り取られているはずなのに、昔僕を鞭打った客達と同じ強い男の性と欲望の匂いが漂ってきた。ここにいる宦官たちは男としての欲望を取り戻して代わる代わる僕を鞭打っている。そして僕の体も知らず知らず腰をあげ、足を開いてその欲望を迎え入れる格好をしていた。僕の体は覚えている。鞭と体を貫く痛みの後に彼に抱かれる喜びが待っていることを・・・悲鳴を上げるたびに僕は自分の体液が体の中心に集まり、穴から滲み出ているのを感じた。僕の体は確かにそれを求めている。だから王様に対して媚を売っているのだろう。それを得るために、他に方法はないのだから・・・・僕は醜い。鞭打たれ、悲鳴をあげながら、体の一番汚い部分に体液を滲ませ、愛を求め続けているのだから・・・・
自分の呻き声で目が覚めた。力の入らない宦官の手でも、回数多く打たれればやはり最後は意識が遠くなった。もう縛られてはいなく、体は自由に動かせる。側には誰もいなく、薄暗い刑罰を与える部屋に一人取り残されたのだろう。随分多くの回数打たれたらしく、体中が熱くヒリヒリとした痛みに襲われた。
「コリン、今どこにいるの・・・」
呼んでも答えがないことなど、頭ではわかっていても口から言葉が自然にこぼれ出た。
「コリン、いまどこにいるの?・・・お願いだから側に来て・・・君にもう会えないことはわかっている・・・わかっているけど僕は必死に耐えた。だから側に来て欲しい・・・君に抱きしめられれば僕はどんなことでも耐えられる・・・助けて・・・体中が痛い・・・側に来て・・・君の幻・・・魂だけでも・・・助けて・・・」
その部屋を抜け出し、フラフラと歩き続けた。王宮の下に作られた長い地下通路、敵に備えて逃げ出すためのもので、どこがどう続いているかわからない。ところどころ牢獄や刑罰を与えるための部屋に突き当たる。今は使われていないらしいが、血の匂いでむっとする。これは僕の体からにじみ出る血の匂いかもしれない。中には古い本や使われなくなった椅子などが乱雑に置かれている部屋もあった。奴隷だった僕が昔いた部屋も古い本や壊れた骨董品などが乱雑に置かれていた。あの部屋で僕は大きくなった。わけもわからず鞭打たれ、泣いている僕の側にいつも彼が来てくれた。
「ここで待っていれば君は来てくれるね。君を思う意外、僕にはもう何の望みもない」
部屋の隅にしゃがんで上を見上げた。日の光が差してくる。どこか天井が壊れているところがあるのだろうか。日の光が当たる先に古い書物が落ちていた。僕には読めない文字が書いてある。だが、ところどころ読める字で書かれている言葉がある。
「私はこの記録の中で、心の奥深くにしまわれるべき言葉は、別の国の文字と言葉を使って書き記すことにした。私の心の叫びを王や私の周りにいる者に聞かれるわけにはいかない。だが、いつの日か、同じ魂を持つ者が現われ、これを手にする日が来よう。その時、私も王も、そして今生きている誰もがもはや生きてはいない。だが私はこれを手にする者に伝えたい。どんなに絶望的な状況に見えても希望はあり、どんなに運命に引き裂かれても、愛し合うものの魂は必ずや出会い、一つになるということを・・・私の生涯など取るに足らないものであり、記録にはほとんど残されぬであろう。それでいい、私の生きた真実はこの中にある」
ページをめくってもほとんどのところは僕には読めない字が並んでいる。読める字はわずかしかない。
「王と離れ、一人風の吹きすさぶ荒野に天幕を張る。私のことを何の手柄も立てられぬ者とあざ笑う声が聞こえる。こんな離れた場所ですら、彼らのののしりとあざ笑いの声が・・・私の耳がおかしくなっているのだろうか?・・・だが彼らに何がわかるというのだ。名誉や手柄を何よりも求め、自分の出世のためには友ですら平気で裏切る彼らに・・・・私は彼が王だから愛したのではない。彼の魂を、その精神を、彼自身に恋焦がれ、深く愛している・・・私の叫びは王の耳には届かないだろう。いや届かなくていい。彼には常に栄光が、名誉が与えられ、光の中で生き続け、そして私の叫びは地中深く埋められればよい。解き放たれるその日まで・・・」
「どんな運命に引き裂かれても、愛し合うものの魂は必ずや出会い、一つになるであろう・・・どんな運命であっても・・・」
僕の声は小さな部屋に響き渡った。心の奥底から出てくる声、彼は僕であり、僕は彼である。そして彼は僕の目の前にいる。日の光がまぶしい。僕はまるで初めて光を見た者であるかのようにおそるおそるあたりを見渡した。
−つづくー
後書き
今日は13日の金曜日。キリスト教に対抗しているわけではないけど、この日に一番伝えたいことを書こうと、この1週間意識して他の話も更新してみました。
2006、10、13
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