(34)離れて想う時
ジャレッドと離れて眠る夜、俺は前世の夢ばかり見た。彼から渡された金貨を、まるでまだぬくもりが残っているかのように何度も手で包んだ。まだ大人になりきっていない俺、いや例え大人になっていたとしても、絶対的な権力を持つ王の前で何ができたのだろう?ほんの少しだけ見た彼の顔は俺の知っているジャレッドのものではなかった。王の身の周りを飾る生きた彫刻品として、より艶やかな美しい姿でそこに立っていた。今の彼に心はない。いや心を殺して生きるしかない場所にいる。
ある時の夢で、彼は仲間の宦官達によって酷く鞭打たれていた。固く城門を閉ざされた王宮の中、俺の体は決してその中に入ることはできない。だが魂はその熱くはれ上がった体を抱きしめていた。例えその声が伝わらなくとも、俺はただ叫び続けていた。
「生きてくれ、生きてくれ、どんな姿になってもいい、どんなに汚されてもいい、今のお前になんの望みも希望もないのなら、ただ俺だけを生きる理由にしてくれ、お前が同じ世界で生きていることが、俺の生きる理由になる。お前を失ったあの痛みを、俺はまだはっきり覚えている・・・・」
またある時は、彼の見つけた壊れたモザイク画をじっと見ていた。幾時代も前に作られた愛する者を失って嘆き悲しむ王の姿を描いたモザイク画・・・愛する者を描いていたはずの片方は壊れてここにはない。
「なあ、ジャレッド、お前が見つけたこのモザイク画、お前はいつかこのもう片方も見つけ出すんじゃないか。その時この絵は完全なものとなり、俺達もまた元通り一つになれる。失われた物が一つになるとき、見つけられたとき、悲しみは癒され・・・もう一度共に暮らすことができる。なあ、そうだろう?俺は信じている・・・お前がもう片方の絵を持ってきっと戻ってくることを・・・だってそうだろう何世紀もの間離れ離れになっていたら悲しすぎるじゃないか。もう一度完全な一つとなれる日が・・・・」
高い城壁の上に立っている彼の姿も見た。顔色は青ざめ、無表情のまま今にも飛び降りようとしている。
「やめろ!何をするんだ!約束しただろう・・・俺をこの世界に一人にしないでくれ・・・ただお前が生きている・・・それだけでいいんだよ・・・お願いだ・・・・やめてくれ!・・・・俺達はまだ何も・・・何も確かなものを・・・」
「おい、コリン、起きろ・・・珍しいな、お前がこんなにうなされるなんて」
目を開けると枕元には兄のイーモンが立っていた。
「なんだよ、兄貴、勝手に入るなと言ってあるだろう」
「そのつもりだけどさ、ドアの隙間からうなり声が聞こえてきたから、もしやと思って慌てて入ってきた。一人の時何かあったらヤバイだろう」
「別に病気も怪我もしてないよ」
「ハニーがいないとそんなに寂しいか?別にケンカ別れしたわけじゃないんだろう」
「ああ、役作りのためにだ。一人になって役と同じ孤独を味わいたいってさ」
「彼はまじめだな、役者として・・・お前とは全然違う。そこまでして役作りに没頭しているのか」
「ああ、そうだよ、おかげで俺も孤独とはどういうものか、たっぷり味わうことができた」
「この機会に少し女の子とやればいいじゃんか。お前はどっちでも大丈夫だろう?」
「よくそんなこと言えるな、人の気も知らずに・・・」
「そうだな、泣いていたみたいだし・・・」
俺は慌てて自分の両目に目をやった。確かに涙の跡がある。
「いいことだよ、相手がいなくて寂しくて涙で枕を濡らす、俺はとっかえひっかえ相手を変えてデートしていた頃のお前より、今のお前の方がずっと好きだ」
「ああ、そうか、ところで、兄貴、今日はなんの用があって、ここへ来た」
用がなくても平気で俺のうちにくる兄貴だが、なにやら大きな袋がすぐそばにあったので、一応聞いてみた。
「ああ、これか、少し早いけどお前にクリスマスプレゼントだ」
「何が入っているんだよ」
「見たいか」
「ああ、少しは・・・」
「いいか、このジェルは普通の3倍の値段だけど、初めての方でも少しの痛みも感じずに、と書いてあるからさ、このキャップも特別に薄くできているって書いてあるんだ。それからこのジェルは爽やかでフルーティな香りが、後はそうそう、こんな物もあるんだぜ」
兄イーモンは俺のベッドの上にうれしそうに袋の中身をぶちまけた。男同士が愛し合うための必需品とか、SMの趣味まであるのか手錠や鞭までがそこにあった。俺は兄イーモンはどうしようもない兄貴だと思っていたが、もうこれは救いようがないと確信した。どこの世界にクリスマスプレゼントと言って、弟の部屋に同性愛グッズを持ち込むバカがいるのだろうか?例えそれを商売にしている人間だって、普通家族には見せないだろう。
「全部お前にやるよ。高いものばかりだ。大事に使え」
「大事に使えって、俺達にSMの趣味はない」
「へ、そうか、彼は好きそうだけどなあ・・・」
「いくら好きでも、俺達は撮影を控えた俳優で、毎日ボディトレーニングに通っているんだ。目立つ所に傷なんか作ったら困るだろう」
「ああそうか、それならこれは他のやつにやろうか」
「いいよ、そんな物人にやったら、それこそ変態と思われる。俺がもらってやるよ。そのうち使うかもしれないし・・・」
「そ、そうだろう・・・ただし病み付きにならないようにほどほどにしておけよ、いやーこういうものは・・・」
「もういいよ、兄貴の講義を聞く気はない。でもなんで俺にくれる気になった?高いんだろう」
「もう必要ないからさ」
「ずっとプラトニックでいくつもりか」
「いや、アイルランドに帰って親孝行をする」
「兄貴が帰ったら親不孝になるけどな」
「そう言うな・・・これでも随分迷ったあげくに決めたことだ・・・」
ふとイーモンが今までに見せたことのない表情をした。そして黙って俺に一冊の雑誌のあるページをめくって見せた。そこには兄貴とジャレッドの兄シャノンが楽しそうに話している写真があった。汚らわしい男色行為、最近の若者は、という言葉も飛び込んできた。
「なんだよ、これは!酷いな。名誉毀損で訴えてやれ」
「訴えて金もらったところで、こんなことが書かれちまったらおしまいだ」
「だって兄貴達はまだ・・・」
「俺はどうせこんな人間だから何言われようと、どう書かれようと構わないさ。お前には迷惑かけるけどな。でも彼は普通の人間だ。それも人前に出ることが多いミュージシャンなのにこんなこと書かれて・・・これ以上いろいろな噂がたったら・・・・だから俺はアイルランドに帰ることにした」
「噂って、それでいいのか」
「もともと無理だとわかっていたさ。環境を変えてまたいい相手を見つけるさ」
「マネージャーの仕事は?」
「母親が病気になって、もう長くないと言われたから国に帰ると言っておいた」
「勝手にママを病気にするな。だけど兄貴、本当にそれで・・・」
「ああ、他に方法はないだろう・・・俺もバカだよな。ゲイのくせして、ストレートの人間好きになるなんて。自分がどれだけバカか、今頃になってようやく気づいて・・・俺がゲイでなく、ストレートだったら普通に友達として付き合えたのにな。友達としても最高の相手だった。セックスなんかしなくても、ただ話しているだけでワクワクしたんだ。俺達一週間も何もない南の島で過ごしてさ、ただ話したり、ぼんやり海を見ていたりしたんだぜ。信じられないだろう?自分でも信じられなかったよ。ただ側にいるだけで、こんなにも自分が生き生きし、わくわくできる人間がいたなんて・・・すごいんだよ・・・彼が中心になって支えているからこそあのバンドは・・・俺は音楽の才能なんてまるでないけど、一緒に走り回って音を作り出すことができたらどんなにいいだろうと・・・だけどそれは夢だった・・・俺もバカだよ。ひょっとしたらなんてことを期待して・・・ただマネージャーとして側にいればよかったのに・・・自分の醜い欲望で関係をメチャクチャにして・・・」
「兄貴・・・」
「弟の前で泣くなんて、ホントみっともないよな・・・」
「いいよ、みっともない兄貴、俺は散々見ているから・・・好きなだけ酔って騒げば・・・でも俺は兄貴が大好きだから、城壁から飛び降りるなんてことだけはしないでくれよ。今朝、夢でそんな光景を・・・」
本当はジャレッドの、それも前世での夢なのだが、そこは都合よく話を作り替えておいた。
「それでうなされて・・・コリン、やっぱりお前は最高の弟だ、愛している・・・」
「やめてくれ、もう酔っているのか」
「あたりまえだ、こんなとき醒めたままでいられるか。明日の朝の便でダブリンに向かう。それまでつきあえ・・・」
「結局そういうことか」
「どうせお前も寂しくてうなされているんだろう」
飛行機に間に合うギリギリの時間まで、イーモンは俺の部屋で飲んでは騒ぎ、泣き出したりした。俺は辛抱強くその相手をした。大人になってから兄貴と二人だけでこんなに長く話をしたのは初めてだった。これもいい経験なのかもしれない。
−つづくー
後書き
最初泣いて途中で笑い、最後にまたジーンとくるような話にしようと、でもまだ詰めが甘いなあ、と。とんでもない話や会話の部分はスラスラ書けても、肝心な部分ではなかなか思うように書けません。
2006、11、6
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