(35)告白

コリンと離れて一人旅をしている俺に、兄シャノンからの連絡が入った。どうしても相談したいことがあるからすぐに会いたいという。それもバンドの他のメンバーやファン、関係者には知られたくないからと旅先の小さなホテルで会うことにした。俺達は兄弟で、しかも一緒にバンド活動までしているのだから、どこでどう会って話をしようと誰も気にしないと思うが、なぜか兄貴はひどく気にしているようだった。俺もかなり遠くまで来てしまったので、それでいいとOKを出した。

「なんだ、彼女とうまくいってないのか?」

会ってすぐ、兄貴はこう切り出した。他のメンバー、マットやトモはもちろん俺がコリンと暮らしていることを知っているし、一応別々のアパートを借りてはいるが、ほとんど同棲しているようなものだ。だが、兄貴には言いそびれたままずっと、コリンに紹介されて、記者にも頼んで派手にデートの写真を撮ってもらったブリトニーと同棲しているということにしておいた。

「そんなことはない。ただ向こうも撮影に入ったし、俺もちょっと役作りに悩んで一人旅に出た」

ヤバイ!彼女のスケジュールなんか全く知らないでいた。だがシャノンはそのことに触れずに大きなため息をついた。

「役作りか、お前は本当にまじめだからな。まあ、あんまり無理するなよ。いつだったか、麻薬中毒者だからといって、ガリガリに痩せて路上で生活したなんていうことが・・・」
「あれは特別だ。そんな役はめったにない」
「だといいが・・・もうすぐ撮影だから、しばらくバンドはできないよな」
「ああ、そうだ。悪いけど、その間に充電でもしていてくれ。俺は兄貴からエネルギー、もらっているようなもんだから・・・」
「そのことなんだけど・・・・なあ、ジャレッド・・・・」

兄は急に改まった口調になった。何かを言いたいんだけど、言い出せない雰囲気だ。

「俺はもう、お前と一緒に音楽はできないかもしれない・・・・」
「なんだよ急に!俺が映画の仕事に重点を置いているからか?不満があるならなんでも言ってくれよ。兄弟だろう!」
「お前に不満があるわけじゃない。俺自身の問題だ」
「他にいい仕事があるのか?それとも結婚でもしたいとか」
「どちらかというと、後の方に近い」
「なら別に問題ないだろう。俺だって結婚はしてないけど、しょっちゅう同棲している。生活は別々になっても音楽は一緒にやってきた。今までだってずっとそうだろう。どうしていきなりそんなこと言い出すんだ。わけわからねーよ」
「俺だって、どうしたらいいかわからない。わからないけど、お前にだけはすべて正直に打ち上げようと思って・・・」

また、ため息をついた。いつもの兄貴とは違う。何があったのか。

「ジャレッド、お前はゲイについてどう思う?」
「げ、げい・・・」

飲みかけのカクテルを噴出しそうになった。とうとうバレてしまったのか。こうなっては仕方がない。正直に打ち上げるしかない。コリンのことも含めて何もかも・・・俺は別に悪いことをしているわけじゃないんだから・・・

「ゲイと言ったって、それは別に社会的に何か悪いことしているわけではないし、たまたま好きになった相手が男だったか、それとも男しか愛せないか、別に悪いことではないと思うよ」
「それは一般論だろう。友達とか、あんまり関係ないやつなら別に俺だってゲイとかそういうことあまり気にしないぜ。友達にもゲイのやついるけど、いいヤツだ」
「そ、そうだよ、ゲイだからといって特別扱いしなくても・・・」

なんとなくうまい方向に話が進みそうだ。このままうまく告白できれば、このことについてはなんの心配もなく、役作りに専念できる。

「だが、友達ならいいが、兄弟となると話は別だ!」

突然口調が厳しくなった。ちょ、ちょっと待ってくれ、やっぱり打ち上げない方がいいのか。もうこっちはコリンの名前が喉元まで出かかっているんだぞ。

「どうして兄弟じゃだめなんだ!」
「だめだ、だめだ!友達ならゲイだろうとバイでもなんでも構わないが兄弟ではだめだ。血の繋がったヤツがそんな関係を・・・ああー、ダメだ!考えただけでもそんなこと・・・やっぱりだめだ!」
「ちょっと待てよ、なんでそこまでゲイに偏見持つんだよ。兄貴もいつも言っているじゃないか、固定観念を破り捨てなければ芸術は生まれないって・・・」
「人のことならなんとでも言えるさ・・・だが自分のこととなるとわけがわからなくなる・・・どうすればいい?」

兄貴はホテルのベッドにひっくり返った。そして大声で叫んだ。



「世界中の人間が俺を非難しても構わない。俺はゲイだー!!」



俺はしばらくは何も言えなかった。眩暈がした。兄貴の言った言葉の意味がよくわからない。とにかく横に一緒になって寝転んだ。

「そばにくるなよ。お前は俺のこと軽蔑するだろう?」
「別に軽蔑なんてしないよ」
「血の繋がった、いつも一緒に活動していた兄がゲイだったんだぜ、お前ショックを受けないのか?」
「そりゃ、まあ、驚いたが・・・でもどうして急に・・・・?」
「自分でも信じられないよ。自分にそんな傾向があったなんて・・・だけど気づかない振りをしていただけかもしれない。一緒に旅行まで行ってさ、俺はそれを期待していたのかもしれない。毎晩ヘロヘロになるまで酒を飲んださ。酔っていればそれがあっても大丈夫じゃないかって、いや、無理やりでもそうしてほしかった。でもあの人は何もしなかった・・・」
「あの人って、コリンの兄の・・・・」
「ああ、そうだ、何度かあって気づいていたさ。その視線が何を意味しているか。知っていて気づかない振りをしていた。彼といると、俺はお前やバンドの仲間といる時とは、違う自分になれる。ただ話しているだけで、自分が今まで抑えて溜め込んでドロドロしていたものが、浄化されて俺の力になっていくんだ。その快感に酔いしれて、もっと彼に身を任せてみたいと考えた。こんな気持ちは初めてだ。お前にはわからねえだろうな」
「ああ、わからねえよ、俺はゲイじゃないからな」

しまった!シャノンがあんまりうっとり気持ちよさそうに話し出すから、とんでもない失言をしてしまった。早く修正しなければ・・・

「お前にわかってもらおうとは思わない。兄弟ならなおさら嫌悪感を感じるだろう?」
「ああ、吐き気がするね。自分の兄弟が男の恋人についてうっとり話すほど気分の悪いことはねえ。それで兄貴はどうしたいんだよ!そんなに好きなら一緒に暮らせばいいだろう。セックスでもなんでもすりゃいいだろう。一回経験すればどんなに痛いかよくわかって現実というものが見えてくるからさ・・・」
「アイルランドへ帰った・・・母が病気だと言っていたが、本当は違うはずだ。雑誌にいろいろ記事書かれたから・・・」
「だったら、アイルランドまで追っかけていけばいいじゃないか!そこまで記者もついてこないからさ」

しばらく沈黙が流れた・・・な、なんだ・・・・どうしたんだ・・・やっぱり俺はマズイことばかり言っているのか?インタビューの時なんか、余計なこと言わないよう兄貴から原稿渡されることが多いし・・・





「そうだ!アイルランドへ行けばいいんだ」




突然立ち上がった兄貴は大声でつぶやいた。大声でつぶやくというのは言葉の使い方として間違いであり、作文では減点されるだろうが、俺の耳には確かにそう聞こえた。

「お前と話していたら、急に方向が見えてきた。もう一度アイルランドで会って、自分の気持ちを今度こそはっきり伝える。その結果がどうなろうと、なんか俺は今実に清々しく生まれ変わったような爽やかな気持ちだ。お前に話してよかった。どうせ、撮影でしばらくバンドできないんだから、俺がいなくてもいいよな」
「ああ、別にかまわないけどさ」
「すぐにチケットの手配をしないと・・・荷物をまとめて・・・ジャレッド、お前もあんまり根を詰めるな。人間なんてどこでどう変わるかわからないからな。お前の演技、楽しみにしているぜ」

兄、シャノンは結局一方的にしゃべってさっさと出て行ってしまった。後から俺は何を兄貴は言いたかったのか、もう一度ノートに書き出して、整理しなければならなかった。書いている途中で気がついた。俺はどうしてこうもアドリブが言えない役者なのか・・・途中で相手の意図するセリフを読み取り、俺も実はゲイだし、お互い気にしないで好きな相手に素直になろうぜ、とでも言えば面倒な隠し事は一切なくなるのに・・・だが、追いかけていくのは面倒だし、カクテルの酔いもまわってきたので、そのままベッドにひっくり返った。兄貴達はきっとうまくいく・・・俺も早くコリンのところに戻りたい・・・・アドリブも満足に言えない役者なのに、何をそこまでムキになって・・・






「公式の記録には、彼は王暗殺の計画を知りながら、それを伝えることをせず、暗に計画に加担したために、捕えられ処刑された。処刑の前には離れた場所にいた父の関与があったかどうか問いただすため、拷問も行われた」

拷問という言葉にびくっとしながらも、僕は夢中になってその先を読んだ。

「公式の記録には書かないことを、別の言葉で書き記した。この告白を読む者は神と私自身、そして私が選んだ者だけである。ここにはできるだけ正確に私の行為と心の動きまで記さねばならない。さもなくば、いつか私は罰を受け、気が狂うであろう。遠く離れた自分の天幕に戻ってからも、彼の苦しげな呻き声は聞こえ続けた。喉が酷く痛み、奴隷の差し出したワインのカップを一息に飲み干した。喉の痛みはますます酷くなる。少し前まで、私は耳は彼の絶叫を聞いていた。戦いで鍛えられた屈強な男の口を割らせるためにはそれ相当のことをしなければならない。私はその役を自分から引き受けた。彼は私や王と一緒に子供の頃から学んだ仲間でもあった。彼はそのことを口にし、私に助けを求めた。だが、それを無視して残酷な拷問を続けた。彼は喉が裂けるほどの悲鳴をあげ、話すときの声はかすれて耳を近づけなければ聞こえないほどだった。拷問の苦痛に耐え切れず、すべて自分の計画だと白状した。戦闘で、私よりよほど活躍し、王の信頼も厚い男が、惨めな姿で跪き、泣きながら私に許しを乞う。その姿に様子を見にきた王ですら、涙を流し、拷問を止めるよう私に命じた。だが、私は再びその残酷な行為を続けた。すべてを暴かなければ、不満を持つ者はすべて鎮圧せねば、反乱の力はより大きくなってしまう。王は敵と戦い、私は内部の反乱を抑えねばならない。だが、本当にそれだけだろうか。かっては自分の身分の低さと戦闘での勇気のなさを見下した男が、今足元で跪き、泣きながら許しを乞うている。その惨めな姿を見るたびに、怖ろしい叫び声を聞くたびに、自分に力が満ちていくのを感じた。戦場で敵を殺すのとは全く違う快楽がそこにはある・・・」

どうして・・・・どうして、そんなことを・・・・

「遠く離れた場所でも彼の呻き声が聞こえる。私はもう気が狂っているのか。彼は私に助けを求めている。お前を信じている、お前ならきっと助けてくれる・・・見えるはずのない手が私の目の前に現われる。助けてくれ、お前を信じている・・・私はその手を振り払い、自分に言い聞かせた。惑わされるな、すべては幻だ。明日の朝には彼は処刑される。それですべては終わる。彼の手はなおも伸びてくる。私はその手を強く握り締め、一言だけ答えた・・・・すまない・・・・」

本を落とし、自分の左手を右手で強く握り締めた。

「一言だけ答えた・・・・すまない・・・」

この声は処刑された彼に届いたのだろうか。僕の手は、今確かにコリンの手と繋がっている。遠く離れていても確かに感じるものはある。そして彼の掴んだ手もまた・・・僕は彼に選ばれ、この本を託された。何があろうとも全てを読み、また伝えなければならない。次のページは僕には読めない字で綴られていた。

「早くジャレッドを探し出さないと、彼は王様の一番のお気に入りだ」
「さっき罰を与えた部屋にはいなかったのか」
「あの傷だと遠くまではいけないだろう。早く見つけて手当てをしておかないと・・・」

宦官達が僕を捜す声が聞こえた。本を棚の隅に押し込み、身につけていた服を整えて、僕はしっかりとした足取りでその部屋を出ていった。



                                                −つづくー


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