(37)アイルランドへ
俺はベッドの上で長い間、うだうだと考え続けていた。歌を作る時だってこんなに長く一人で考えていたりはしなかった。ヘファイスティオンとはどういう男だったのか、考えれば考えるほどわからなくなる。俺は前世で彼の手記を手に入れて読んだ記憶がある。その本があの時の俺を死から生へと繋ぎとめてくれていた。確かに俺はそれを読んで深い衝撃を受けた。だが思い出せるのはその時の俺の感情と感覚ばかりで、肝心の内容がちっとも思い出せない。前世の俺の不幸な一生の記憶なんかどうだっていい。何が書かれていたか、それが知りたい。思い出そうとすればするほど頭が痛くなってくる。
「ちくしょう!お前はそれを読んだんだろう!だったら同じ俺に教えてくれてもいいじゃないか!何をそんなにもったいぶっている!俺はお前ほど孤独に耐えられる人間じゃない。もうこんなことは終わりにしてコリンに会いにいくぞ。だめだ、まだ答えが見つかっていないのに、あいつに会いに行く気か?お前もあいつも同じ役者だぞ。ライバルとしてのプライドがあるなら、役を掴んでから行けばいい。わかったよ!コリンに会わなけりゃいいんだろう!ああー兄貴にでも会って気分転換してこようか?まてよ・・・兄貴なんか変なこと言っていたぞ。そうだ・・・アイルランドへ行こう・・・ヤバイ・・・いつだっけ・・・こうしてはいられない」
数時間後、俺は大きなトランクに荷物を詰めている最中の兄貴のアパート、というか前には俺も一緒に住んでいた部屋に行っていた。
「ああ、ジャレッド、ちょうどいいところに来てくれた。後のことよろしくな。アイルランドの土産は何がいい?」
「俺も一緒に行こうかな・・・」
「何言っている・・・お前もうすぐ撮影前の訓練合宿が始まるんだろう?」
「そうだけどさ、役作りに行き詰って気分転換がしたい。それに兄貴のことが心配で・・・」
「何が心配だ・・・俺をいくつだと思っている。自分のことぐらい自分でできるさ」
「だって初めてだろう?」
「それはそうだけどさ、あんまりいろいろ知識を入れておくとかえって怖くなるかもしれないから、何も読まないで行くことにした」
「まあ、最近はテロもおさまって、旅行者が巻き込まれるっていうことはないっていうけどさ、それでも一応危険地域ぐらいは知っておいた方がいいんじゃないか」
「なんだ、テロのことか」
「兄貴はアイルランドへ行くのは初めてだろう」
「そりゃ、まあそうだけど・・・そうだな、どこが危険地域か、おい、ジャレッド、お前知っているのか、どこでそういう情報調べるんだよ」
「なんだ兄貴、全然調べてないのか」
「別のことが気になってさ、調べようかどうしようか、散々迷って、何か持っていった方がいいかどうかも悩んで、結局俺は何も調べない、何も持っていかないと覚悟を決めた。それがどれほどの痛みと苦痛をもたらすものであれ、俺は喜んで受け入れることにした」
「ちょっと兄貴、俺と言っていることが全然かみ合っていないじゃないか。何時の便だ?」
「夜9時に出発する」
俺は航空会社に電話した。アイルランド行きの便はまだ充分空席があるようだった。すぐに自分の分のチケットを予約した。
数時間後、今度はアイルランド行きの飛行機の中にいた。隣の席にはもちろん兄のシャノンがいる。兄貴は空港で慌てて買った数冊のガイドブックを読んでいる。
「なあ、ジャレッド。首都のダブリンだったらたいていの物売っているよな」
「当たり前だろう。ダブリンだってどこだって、よっぽど辺鄙な村にでも行かない限り、なんだって売っているさ」
「男性用のその、そういうものも売っているよな」
「そういうものってなんだよ。俺もそこまで調べたわけじゃないから知らねえよ」
「アイルランドってカトリックの国だろう。やっぱりアメリカより昔からの伝統とか守っているんだろうな。クリスマスとかイースターとか・・・」
「そうみたいだ。コリンもクリスマスの休暇には必ず家に帰って、家族でクリスマスを祝っているみたいだし・・・」
「タブーも厳しいはずだ。アイルランドではゲイとかほとんどいないだろうな」
兄貴の言葉に俺はプッと吹き出した。アイルランドという国全体がどうなっているかは知らないけど、コリンとその兄のイーモンは正真正銘間違いなくゲイだ。その友人のなんとかっていうやつも俺にいきなり告白したからゲイだろうし、少なくともあいつの周囲の人間に限って言えば、ゲイの割合は非常に高い。
「お、おい、何がおかしいんだよ」
「だ、だってさ、いくら厳格なカトリックの国と言ったってあのコリン・・・あ、いや、コリンの兄のイーモンとかゲイの人間はいるんだぜ。あの人がそのことで迫害とか受けているようにはとても見えないしさ」
「お前に彼の何がわかる!そういうところは見せずに生きてきたのかもしれないぞ。だいたいお前は今までいい加減に女の子と付き合ってきて、真剣に愛したことないんじゃないか」
「ああ、俺はいい加減な付き合いばかりで、真剣な恋なんかしていないさ。兄貴とは違う!」
「怒るなよ、悪かった、謝る。俺なんかすごい不安なんだよ。さっきからこう足がガタガタ震えて・・・」
確かに兄貴の顔色は青ざめて体は震えていた。
「お客様、ご気分が悪いようでしたらお医者様をお呼びしましょうか」
シャノンの顔を見て、客室乗務員があわてて近寄って来た。
「いや、大丈夫だ。ちょっと寒気がするだけで、毛布とホットコーヒーでも持ってきてくれ」
「わかりました。すぐお持ちします」
「おい、コーヒーなんか飲んでいいのか。眠れなくなるぜ」
「どうせ落ち着いて眠れない。お前なんか話せ・・・」
「何の話?アイルランドの歴史とか?」
「いや、お前の役の話でもしていろ」
俺はしばらくヘファイスティオンの役について、アレキサンダーとの関係や歴史的事実などを詳しく話した。
「お前、よく本を読んでいるな。歴史のテストだったら完璧じゃないか」
「歴史の事実はわかった。でも役のイメージが、ヘファイスティオンという人間がよくわからない」
「歴史は中心人物意外はほとんど書いてないからな。でも、お前にはできるだろう」
「そう簡単に言うなよ」
「俺は映画のことも歴史のこともよくわからない。でもお前のことは、お前以上によくわかっている。その俺が言うんだ、間違いない。ヘファイスティオンはお前とよく似ている」
「どこが?」
「夢中になると周りが見えなくなるところ。自分よりも相手を引き立てようとするところ。何よりも愛に対して真っ直ぐで正直なところ・・・」
「彼が一途な人間だったことはわかる。だがそれだけじゃない。アレキサンダーは王として、時には非常に残忍な行為も行った。それはわかるんだ。あの時代、戦いの中で生き、神々ですら残酷な復讐や刑罰を行っていた時代、彼だけが慈悲深いだけの王ではいられない。だけどヘファイスティオンは側近でしかない。しょせん全てを裁ける王という立場ではないくせに、なぜ、幼馴染のフィロタスの場合だけ、率先して罪を追及し、助けを求める彼を自分の手で残酷な拷問にかけた。俺にはとてもできない」
「お前だったら助けてやるのか?」
「命を助けることはできないかもしれない。だけど拷問までしなくても・・・仲間として少しでも苦しめずに死なせることができたはずだろう!」
「それが一番大切なことか?」
「少なくとも俺だったらそうしている」
「情けを見せれば自分が殺される。相手を悪者にしなければ自分が非難される。いつ自分も同じ立場に立たされるかわからない。不安の芽は徹底的に潰さなければならない」
「友達を犠牲にしてもか」
「彼には友達なんていない。愛するのは王ただ一人。それ以外の人間は仲間であっても敵でしかない。いつ裏切られるか、いつ謀反を起こされるか、神経をすり減らし、ボロボロになりながら一人の愛する男を守り、そのためだけに生きた。王を英雄として輝かせるために、英雄にふさわしくない行為はすべて自分が引き受けた。王の犯した罪も心の闇も狂気も、そのドロドロとした血液を自分の体に受け入れ、自らの体と精神を汚して貶めながら、浄化した美しい血だけを王に返した。彼にとって自分の手が血で汚れることなどなんでもないことだ」
「汚れた血を受け入れ、浄化して返した・・・・自分の体を汚し・・・・」
俺は自分の手の平をじっと見た。血にまみれている。俺の前世はただいたぶられ、多くの男の欲望と精液にまみれているだけではない。確かに血がついている。それが必要なことならば・・・俺の感情はそれを受け入れることができる・・・お前が何を読んだのか、何を感じたのか、俺は必ずつきとめてみせる・・・
「シャノン、俺なんだか今、おい、寝てるのか・・・・」
兄貴は寝息を立てていた。窓の外は蒼い空が広がっている。その下には緑の大地が・・・あのどこかに俺の魂の片割れが・・・ふとそんな気がした。コリンは今、アメリカではなくアイルランドにいる、そう確信した。俺は確実にあいつに近づいている。これは自分の意志ではない。もっと大きなこの蒼空に続く何かが、そこへ向かわせている。
−つづくー
後書き
今日、12月26日はジャレッドの誕生日です。誕生日企画というわけではないけど、ジャレのこと書きたくて書き始めたのに、再会できないまま終わってしまいました。まあ、確実に近づいてはいるということで・・・ジャレの役に対するこだわり、自分も一番衝撃を受けたところです。アレクの残酷な行為も知るたびにショックを受けていますが、それ以上に自分の手で友人を拷問したというのがどうしても受け入れがたいです。その部分を考えていくのがこれからの課題かなあ・・・とにかく誕生日おめでとうございます。来年こそきちんと再会させてあげる予定です。もちろん兄貴たちも・・・
2006、12、26
目次に戻る