(38)ミニコンサート

夜になり、俺と兄のイーモンはゲイがよく集まるということで有名なバーへ行った。ところが時間帯が早いためだろうか、俺達以外誰も客の姿が見えない。どぎつい化粧をしたオカマのママが暇そうにカウンターの中に一人でいた。

「まあ、貴方はコリンじゃないの!懐かしいわー。この前会ったのはいつだったかしら?」
「ちょっと待てよ、俺、ここに来るのは初めてだぜ。兄貴は?」
「俺も初めてだ」
「いいのよ、そんなことどうでも・・・ここにくれば、誰だってみんな昔からの知り合いのようにお友達になれ、ハッピーな時間を過ごせるのよ。それに今日のお客さんは、アイルランドの生んだハリウッドスター、コリンが来ているですもの、みんな盛り上がるわよー」
「みんなって、誰も来ていないじゃないか」
「ああ、ちょっと今日は他にみんな行っているの。でもすぐに大勢来るわよ。今夜はコリンが来ているんですもの、朝まで営業することにしたわ。ゆっくりしていってちょうだい。何がお好みかしら。まずお兄様からおっしゃって・・・まあ!お兄様もコリンによく似てりりしいお顔立ちなのね〜あたしの好みだわ。どうしましょう。こんな素敵な男が二人もあたしの前に現れるなんて!」

オカマのママはすっかりはしゃいでいた。俺は兄貴の方をチラリと見た。俺は確かに男でも女でも大丈夫なバイセクシュアルだけど、こういうタイプはどうも苦手である。それは兄貴も同じであろう。別の店に行った方がよさそうだ。

「別の店に行こうとしても無駄よ。だーれも来ていないから。後でみんな来るんだから、ここで待っていた方が確実よ。すっごくかわいい兄弟が・・・あ、こんなこと言ってはいけないわ・・・」
「かわいい兄弟がどうした!誰か来る予定があるのか!」

兄貴が睨みをきかせた。ここのとこしばらくやってなくておそらく相当たまっているのだろう。オカマママが震え上がるほどの迫力がある。

「やい、何か隠しているな。今日この街に俺達以上に有名な誰かが来ている。そうじゃないのか!早く教えろ!誰が来ている!」
「ちょっとそんなにすごまないでよ。いいじゃない、後から彼らもこの店にくるのよ。そこでゆっくりお話しすれば・・・確か彼もハリウッドの映画に何本か出てるって聞いたから、コリンのこと知っているかも・・・」
「ハリウッド俳優、誰のことだ!」

今度は俺が大声を上げた。俺はまあ誰にも言わずお忍びでこのコークの街にやってきたのだから、一目見ようとファンがどっと集まらなくてもかまわないが、俺のアイルランドで、それも地方の街でバーの客をまるごと集めてしまうくらい人気のあるハリウッド俳優がいるというのは、どうも許せない。

「誰なんだよ、その俳優は!」
「ごめんなさい、あたし名前を聞いたんだけど、あんまりよく覚えていなくて・・・よく雑誌とかに載っている子なの。恋人にしたいナンバー1ですって・・・確かに目はきれいだけど、でも顔に似合わず、体は結構筋肉がついていて硬そうだったわ。それよりもあたしのこの胸見てよ。ちょっと触ってみてもいいのよ。ほら・・・」
「ホントだ。スゲー柔らかい・・・女の胸ってこうなのか?おい、コリン、お前もちょっと触ってみろよ。これはもうたまらないぜ・・・」
「兄貴!なにいい気になって触っているんだよ。それでその俳優、かわいいってことはわかったけど、他に何か手がかりはないのか。目がきれいで、かわいくて、顔のわりに筋肉質の俳優なんて、ハリウッドには腐るほどいるぞ」
「あ、そうそう、その子音楽活動もやっているとか・・・・」
「バンドの名前は!」
「そんなに大きな声出さないで・・・あたしこう見えても気が弱いのよ。もっとやさしく話しかけてくれなきゃイヤ」
「おねがいだ、教えてくれ、そのバンドの名前を・・・」

俺はできるだけ声を押さえ、やさしく話しかけた。

「なんていったかしら・・・・確か・・・か、か・・・・火星へ行こうとか」
「火星という言葉が入っているんだな。間違いない、ジャレッドだ。ジャレッドがこの街に来ている。どこにいる!教えろ!」
「すぐにここに来るわよ。待っていて」
「待ちきれない!コンサートやっているのか!」
「そんな大げさなものじゃないわ。ただクラブを貸切にして、そこで兄弟だけで歌うって」
「どこでやっている!早く教えろ!」
「そんなに迫らないで・・・すぐ近くよ。待っていてもここに来ることになっているから・・・」
「早く言え!」
「仕方ないわね。大通りを右に曲がった『ウサギの穴』という名前のお店よ」
「うさぎのケツか、変な名前の店だな」
「うさぎの穴よ。名前の通りとっても小さなところなの。だからもう今から行っても入りきれないわよ」
「いい、とにかく俺達二人はそのうさぎのケツに行ってくる」
「中には入れないわよ」
「俺なら入れる」
「残念ね、せっかく二人のためにいいカクテル作ってあげたのに・・・」
「後で飲む。兄貴、すぐ行こう、もう終わっているかもしれないが・・・おい、兄貴、どうしたんだよ!」

ジャレッドに会えるかもしれないと興奮している俺とは正反対に、兄のイーモンはさっきから一人で小声でつぶやいていた。

「あの人が・・・シャノンがこの街に・・・なんのために・・・」
「兄貴に会いに・・・いや待て、他に理由があるかもしれない・・・早合点はしない方がいい。だけどジャレッドだってわざわざアイルランドにくる理由など何もない・・・・これはもしかして・・・・」
「とにかく行ってみよう、うさぎの穴に・・・」





大通りを曲がったところで、大勢の人だかりができている店があった。歌声が聞こえてくる。間違いない、ジャレッドの声だ。兄弟二人だけだからドラム以外の楽器の音は聞こえない。だが会場は相当な熱気に包まれ、みな盛り上がっているということは店の外からでもわかる。中に入りきれない人のためにか、入り口のドアが少し開けられ、中の声が聞こえてくるようにしてある。何曲かの歌を聴き、拍手のあった後、ジャレッドではない声がマイクを通して響いてきた。

「今日は突然やってきた俺達兄弟のために、ぜひ歌声が聞きたいと会場を用意してくれ、そしてこんなに大勢の人が聞きに来てくれて本当にうれしく思います。実は俺、このアイルランドで生まれたある人を好きになり、でもいろいろな事情があってそのことは自分の心の中にだけ一生秘めておこうと思っていました。でも、今夜この街で弟の歌声を聞き、ドラムを叩いているうちに、この想いを秘めておかなくてもいい、まっすぐその相手に届けてもいいのではないかと感じました。この国に来て、いろいろな人と話をし、その人のことがもっとわかるようになりました。俺は弟と違ってボーカルではなく、本当は歌うのは苦手なんだけど、今その人に向かって歌いたいです。俺達の作った歌ではありません。この国に来て、聞いたばかりの歌です。どうか聞いてください」





     ふたりの絆を断ち切るつらい言葉は
     なかなか口にできなかった
     しかし外国の鎖に縛られることは
     もっとつらい屈辱
     だからわたしは彼女に告げた
     「明日の早朝あの山へ行き、勇敢な男たちに加わる」と
     静かな風が渓谷をわたり
     麦の穂をゆらしていた

                    −麦の穂を揺らす風よりー




「俺が今から口にしようとしている言葉は、新しい絆を作る言葉です。この国で、昔たくさんの人が無理やり大切な人との絆を断ち切られた悲しい過去があるのを感じながら、今ここで、新しい絆を・・・愛している・・・・俺は不器用だから他の言葉は使えない・・・愛している・・・ただ愛している・・・・それだけです・・・・ではまた続けてジャレッドの歌を楽しんでください」

イーモンはうつむいていた。変装用だといっていたサングラスをかけ、帽子を深くかぶってうつむいていた。体が小刻みに震えていた。俺がそっと手を握ると、兄貴は力強く握り返してきた。

「俺はさっきの店に戻っているぞ。お前は最後までジャレッドの歌を聞いていくか?」
「いや、兄貴と一緒にもどるよ」
「俺に無理して付き合わなくてもいいぞ。声を聞くのも久しぶりなんだろう」
「ああ、久しぶりに声なんか聞いたら興奮して困る。あれだけの人気バンドだ。当分アンコールが続いて自由にはさせてもらえないだろう。しばらく飲んで興奮を抑えるよ」
「俺もだ・・・このまま会ったら何口走ってしまうか・・・落ち着け、落ち着かないと・・・」





「まあ、貴方達もうもどってきたの?だから言ったでしょう。うさぎの穴はとっても狭いって。中に入れなかったでしょう」
「いや、中に入って興奮しまくって・・・ちょっと俺には興奮を抑えるカクテル作ってくれないか」
「わかったわ、興奮を抑えるのね。お兄様は?」
「俺には感情を抑えて冷静な気持ちになれるのを作ってくれ」
「二人とも難しい注文ね。まあ、いいわ、作ってあげるわよ。それでどうだったの?そんなにそのバンドよかった?」
「ああ、最高だよ」
「今夜は本当に運のいい日ね。ハリウッドスターのコリンは来るし、そんな有名なバンドの子も来るなんて・・・」
「なあ、コンサートが終わったら、この店にさっきの観客がどっと集まるんだろう。やっぱり俺がここにいるとわかったらまずいかなあ」
「そうね、きっと地元カメラマンとか一緒に来るでしょうから」
「ちょっと化粧して変装させてくれ・・・」
「ええーコリン、貴方を!貴方の顔は難しいのよね。見るからに男だから・・・」
「つべこべ言わずになんとかしろ。いろいろ持っているんだろう。その道何十年のプロだろ」
「しかたないわね。じゃあちょっとこっちの部屋に来て・・・」

俺はオカマママの狭い化粧室に連れていかれた。いろいろな化粧品を顔に塗りたくられ、かつらをかぶせられ、ドレスを着せられた。

「胸がないし、毛も濃いから露出する服は着られないのよね。あたしみたいには無理だけど、でもこれならコリンとバレないわよ」

鏡を見るとかなり奇妙な俺の顔が映っていた。俺は女装は似合いそうもない。化粧室を出て兄貴の隣に座った。

「おい、コリン、お前は女装は似合わないな。あんまり俺の近くに座るなよ。俺が趣味悪いと思われてしまう」
「しょうがないだろう。これなら俺だとバレない。今夜の主役はあの2人だから、俺達は隠れていた方がいい」
「そりゃ、まあそうだけど・・・お前、アイルランド出身の俳優にはけっこう女装が似合って、ビックリするくらいきれいなヤツもいるようだけど、お前だけは何があってもそういう役は絶対断れよ」
「知っているさ」
「もしお前がそんな格好で大きなスクリーンに映ったら、俺は兄弟の縁を切るからな!・・・待てよ・・・こっちが兄弟の縁を切っても、向こうの二人も兄弟だから・・・もしかすると兄弟の縁は永遠に切れないってことか?」
「大げさだな、わかっているよ。兄弟の縁切られるような役はやらないよ」
「頼むよ、俺はお前と仲たがいするわけにはいかないからさ・・・もうすぐ来るんだよな。俺、何を話せばいいのかな」
「何をって兄貴、二人で南の島に行った仲だろう。自然に何でも話せるさ」
「南の島っていっても、お前達のように無人島で二人っきりというわけではなかったから・・・ああ、どうしよう、俺、緊張してきた」
「知るか、そんなこと。もうすぐくるぞ」
「すいません、俺に緊張をほぐすカクテルください」
「なあに、恋人に告白でもするの?さっきから貴方顔が真っ赤よ。お兄様は本当に遊び人のコリンと違って純情なのね」
「俺のどこが遊び人だ!」
「おい、コリン、その女装の顔ですごむな。大事な場面で思い出して吹き出してしまうだろう」
「わかったわよ。ねえ〜おにいさーん、あたしにもカクテルちょうだーい」
「や、やめろコリン、頼むからそういう演技は・・・もっとこう自然に、普通に・・・」
「まったくどうすればいいんだよ。おい、話し声がするぞ。大勢こっちへ向かってきたみたいだ」
「ああ、どうしよう。身支度、髪は大丈夫だよな・・・歯にゴミなんかついてないよな・・・」

兄貴は慌てて鏡を見始めた。俺は笑い出しそうになりながらも、とりあえず今は女装をしているということで、足を組んでそれなりのポーズを決め、煙草を口にくわえた。

「うわあああああー・・・・・あちちちち・・・・」

吸い慣れた煙草を間違えて逆向きに口に入れて、椅子から落ち、大変なことになってしまった。そこでドアが開き、大勢の客が店の中にどっと入って来た。

                                             −つづくー




後書き
 新年初の更新です。年明けににすぐ再会と思っていたのですが、オカマママとの会話や、コリンの女装がおもしろくなってしまって、再会は次回ということになってしまいました。このサイトに来てくださった皆様、今年もよろしくお願いします。
2007 1、6




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