(41)初体験

やがて俺の兄シャノンとコリンの兄イーモンがホテルにやってきた。もちろんその頃にはすっかり着替えてベッドのシーツも整え、男同士で何かしたなどという痕跡はこれっぽっちも見せないようにした。

「ジャレッド、遅れてすまない。お前と今後の予定も話さなければならないのにな」
「いいよ、俺達も今起きたばかりだから」

起きたばかりにしてはやけにきれいにシーツのかかったベッドを兄貴はしばらくじっと眺め、大きなため息をついた。イーモンがシャノンの後ろに立って肩に手を置いた。兄貴は俺より背が低いから、イーモンとは頭一つ分くらい身長差がある。シャノンは肩に置かれた手に自分の手を重ねた。

「シャノン・・・」
「大丈夫、俺はまだ冷静さを保っている」

俺は少し離れた場所にいるコリンの方を見た。あいつはにやりと笑って片目をつぶった。兄貴達二人が昨夜関係を持ったことは間違いないだろう。

「俺は少しも後悔していない。だけど、弟のジャレッドにだけは真実を話したい」
「わかったよ、シャノン。俺とコリンはどこかで朝食を食べてくる。ゆっくり話せばいい。大丈夫か」

イーモンの手が腰から尻へとまわった。兄貴は一瞬とろけるような表情になったが、すぐにいつも以上に険しい目つきになった。

「俺は子供の時から、どんなにけんかをしてひどくやられても絶対に泣かないのが自慢だった。あれぐらいどうってことない」
「ならいいけど、初めてなのにあんなに激しくしてしまって、後悔している」
「後悔などしなくていい。俺も望んでいたのだから」

兄貴の表情はめまぐるしく変化した。ちょっとの言葉で恍惚の表情を浮かべるかと思えば、すぐ冷静に見せようとつっぱった表情になる。俺もコリンと初めての頃はこんな表情をあいつに見せていたのだろうか。

「それじゃあ、俺達は外へ行ってくる」

イーモンとコリンはさっさとホテルの部屋を出て行った。しばらくその後ろ姿を見送っていたシャノンはベッドに腰を下ろしてまた深いため息をついた。

「兄貴、コーヒーでも入れようか」
「ああ、そうしてくれ。今の俺はコーヒーもまともに入れられないかもしれない」

何かあったのか、という言葉が出かかったが、慌ててひっこめた。何があったかわかっているのに、わざわざそれを聞くほど俺もバカではない。だが問題なのは兄貴は俺が男同士の行為などまったく経験なく、コリンとの関係も仕事と役柄を通しての清く正しい付き合いだと信じていることだ。同性愛者は自分だけと思っているから、何度もため息をつく。それにはっきり言って、初体験の痛みは想像を絶するものがある。負けず嫌いの兄貴は平静をよそおっているが、実際はちょっと歩いたり座ったりするだけでも相当痛いはずだ。

「あいたたた・・・・」
「兄貴、どうかしたのか」
「慣れない国で緊張したためか、腰をひねったらしい」

慣れない国で、慣れないことしたからだろう、と言いたくなるのを我慢した。笑いも必死でこらえた。

「なんだ、ジャレッド、何がおかしい」
「いや、いつもは冷静な兄貴がそんな顔するから」
「お前は経験ないかもしれないが、腰をひねるというのは大変なことなんだぞ。アー痛い」
「ベッドの上で楽なかっこうしろよ。どうせ二人しかいないんだから」
「ああ、そうさせてもらう。いいか、ジャレッド、お前は俳優でもあるから、くれぐれも体には気をつけろよ。下手に腰でも痛めたら、撮影に響くぞ」
「わかってる」

シャノンは俺が寝ていたベッドで、大きく体を伸ばした。そしてまたまっすぐ座り直した。

「コーヒーより酒がいい。何か強いのが冷蔵庫に入ってないか」
「朝から酒を飲むのか」
「お前に重大な話がある。飲まずには話せない」
「はい、はい・・・・えっとアイリッシュビールにウィスキー、何を飲む?」
「ウィスキー、氷を少し入れて」

俺がウィスキーをコップに入れて、氷を出そうとしていたら、そばに歩いてきたシャノンはもうそれを飲み干していた。

「待てよ、まだ氷が・・・・」
「ああ、喉が焼けるように熱くなった」

自分で勝手にウィスキーをコップに入れ、水や氷で割らずにそのまま飲んでいる。そして大きな音を立ててコップをテーブルに置くと、ソファーに座って話し出した。

「ジャレッド、こんなことを言ったらお前は俺を軽蔑するだろうけど、俺はゲイだった。同性愛者だ」
「兄貴、今更そう大げさに考えなくても、どっちみちそのためにアイルランドまでやってきたのだし・・・・」
「お前は他人事だからそんなことが言える。いいか、ゲイというのは男でも女でもどっちでもできるなんていう単純なものではない。一度本気で好きになり、そういう関係を持ってしまえば、二度と元の世界には戻れなくなる」
「後悔しているのか」
「いや、後悔はしていない。あんなに体も心も一つになれるセックスは初めてだった」
「なら、よかったじゃないか。何も悩むことはない」
「お前は経験ないからそう言う。だけど、いいか、よく聞けよ。男同士のセックスというのは常識では考えられない痛みが伴う。俺は子供の頃、どんなにケンカして殴られても泣かないのが自慢だった。だけどあの痛みは殴られた痛さなどとはまるで違う。体の中でもっとも敏感で細い穴を無理やりこじ開けなければいけないんだ。俺は耐え切れずに絶叫していたよ。もちろんゼリーとかそういうものも使ってくれていた。俺のことを気遣い、何度も指で確かめてからにしてくれた。だけどそれでも耐えきれなかった」

思い出してみれば、俺のコリンは初体験の時にそんな気遣いは見せてくれなかった。俺が泣こうが喚こうがおかまいなしに自分のものを狭い穴に無理やりねじ込んでいた。指を入れるのだって、俺が慣れるためというより、刺激して泣かせ、その顔を見て楽しむためだ。同じ兄弟でもオオカミのようなコリンより、イーモンの方がよっぽど親切で丁寧だ。

「悪い、ジャレッド、俺はつい夢中になって、お前にとんでもない話をしてしまった」
「いいよ、しゃべりたいだけしゃべってくれ。俺は気にしない」
「同性愛っていうのは、結局は罪なんだろうな。罪だからこそ、神は人間にそうならないようあれだけの大きな試練を与える。俺はもう最後には意識を失った。一人前の男が意識を失うんだ、どれだけ痛いかお前には想像もつかないだろう」
「そうかもしれない・・・・」

渋々そう答えた。男同士のセックスがどのようなものか、兄貴より俺の方がずっと詳しく知っている。でもそう言い出せないのが辛い。

「いいか、ジャレッド。お前は絶対に男を愛したりはするな」

兄貴の顔が急に真剣になった。

「なんだよ、さんざん自分の自慢話をして、人にはやるなと言うのかよ」
「俺はお前以上にお前のことをよく知っている。映画スターだからとか、神の教えにそむくから、あるいは子供ができなくて母が嘆くからとかそういう理由ではない。お前は男を愛したら身を破滅させる」
「ちょっと極端じゃないか。兄貴は男を愛しても身の破滅にはならないのか」
「俺はお前ほどマゾじゃない!」
「マゾとどう関係がある?」
「お前のマゾというか自虐趣味はかなりのものだ。自分をわざわざ苦しい方へ追い込んでしまう。そんな男が痛い思いをする同性愛にのめりこんだらどうなる?いいか、男同士のセックスというのは、自分が絶叫するほど痛い思いをしながら、相手の快楽を同時に感じるんだぞ。自分が痛ければ痛いほど相手の快楽は増す。マゾにとって、これほど深い快楽はない。お前なぞ男との経験を一度でもしたら最後、より激しいプレーを望むようになり、しまいには体を壊す。だから絶対に男を愛するな」
「いい加減にしてくれ!俺のことマゾだなんて、兄貴だってそうだろう。痛い痛いって、結局初体験を俺に自慢しているだけじゃないか」
「俺も多少はマゾの気があるかもしれない。それは認めるよ。だけどお前の場合は俺とは比較にならない。正真正銘のマゾだ」
「正真正銘のマゾか・・・・ククク・・・・ハハハハ・・・・あーおかしい。次はマゾをテーマに歌でも作ってみるか」
「何がおかしい・・・・」
「兄貴、俺達本当に変な兄弟だよ。朝っぱらから酒を飲んで、男との体験を話し、マゾだマゾだと互いにののしり合い、それで兄貴はこれからどうしたいんだ?俺の心配より自分の心配をしてくれ」
「先のことはどうなるかわからない。でも今はできるだけ彼と一緒にいたい。俺はもう少しアイルランドに残ってもいいか」
「勝手にしてくれ、俺はもうすぐ撮影前のキャンプが始まる。しばらくの間バンド活動はできない。兄貴は好きなところで暮らせばいい」
「撮影前のキャンプか、おい、ジャレッド、出演者はほとんど男だろう。男ばかりの共同生活というのは間違いが起こりやすい」
「わかっている。マゾの俺は男に絶対ケツを見せないよう用心している」
「見せるだけならいい。入れさせなければ・・・・」
「入れさせたら最後、痛くて歩けなくなるんだろう」

俺はふざけてシャノンの腰を軽く叩いたのだが、思いがけず大きな悲鳴が返ってきた。

「何をする、クソ、ジャレッド!」
「神が与えた愛の試練だ。この痛みに耐えた者だけが、男同士の真の愛を知ることができる。すぐに慣れるさ」
「何も知らない弟のくせに、偉そうなこと言うな!」

実は俺の方が男同士の愛について遥かに長いキャリアがある。生まれる前の前世からそうだったのだから。でもそれはすべて兄貴には言わないようにしておく。だから笑ってごまかしておいた。



                                     −つづくー



後書き
 パートナー、久しぶりの更新です。前の方を読み返したら、兄シャノンとイーモンの微妙なところで終わっていました。その結果報告が今回の話です。兄弟でこんなこと絶対に話さないだろうなあと思いつつ・・・・
2007、6、15



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