(5) 共演者
ホテルの外に出た。来る時に振っていた雪はすっかり止んでいて、街のネオンが見える。もう夜中の2時ごろだというのに・・・
「寒くないか」
コリンが俺の肩を抱き寄せる。
「随分やさしいんだな」
「今のお前はすぐにも倒れそうだ」
「当たり前だ、からっぽになった体にあれだけ激しくぶちこまれれば・・・」
「お前が望んだことだろう・・・・ホテルはこの近くか」
「いや、離れた場所にとってある」
「コンサート会場からか」
「そうだ、近くに泊まったら大変な騒ぎになるかもしれないと、離れた場所にした」
「人気者は大変だ」
「いや、俺じゃなくて兄貴がいろいろ気にしすぎてさ、ファンレターまでいちいちチェックするようになった」
「なにかあったのか」
「お前がいけないんだ!花束のメッセージにお前を抱きしめたいなんて書くから・・・・前に言っただろう、俺の兄貴は100パーセントストレートだって、俺もそうだと信じている」
「本当のこと言ったら驚くだろうな」
「共演者だからな、お前と俺は共演者という関係だ」
「わかった、タクシーの中でセリフを考えておく。お前の兄貴まだ起きているか」
「ライブツアーが終わった夜だ。素直に寝るわけないだろう。飲んで騒いでいるさ」
思ったとおり俺達の泊まっているホテルに戻ると、俺と兄貴が寝るはずの部屋にマットとトモも来て、いい気分で飲んでいる。空いたボトルの数を数えて3で割ると全員そうとう酔っていそうだ。
「おい、ジャレッド・・・・愛しの弟よ!・・・・お前、今までどこへ行っていた。携帯の電源切ってあるし・・・・心配したんだぞ」
「悪かった、急に知り合いに呼び出されて・・・・」
「そこにいるのは誰だ・・・・どっかで見たような・・・・アキレスをやっていた」
「あ、俺、アキレスのブラッド・ビッドじゃなくて、コリン・ファレルといいます。監督から渡されたものがあって、オフでどこかへ行ってしまう前にジャレッドに渡そうと思って・・・急に呼び出したりして・・・・」
「コリン・ファレル・・・・あのコリン・ファレルか!・・・・お前こんな有名人と一緒の映画に出るのか!・・・ああ、突然だから何も用意ができなくて・・・・おい、マット、トモ、何をボケッとしている。何か買って来い!」
「こんな夜遅くというかもう明け方近いから・・・・」
「あ、俺の方こそ突然来て、本当はもっときちんと挨拶に来なければいけないのに・・・・」
「いや、時間なんてどうでもいい。ジャレッドがコリン・ファレルと一緒の映画に出るなんて!コンサートも大成功だし、今日はいい日だ。何もないけどどんどん飲んでくれ」
兄、シャノンは酔った勢いと有名な映画俳優のコリンに会ったことで、気分は最高潮に達していた。
「それはそうと、ジャレッド、どういう映画に出るんだ」
冷静なトモが聞いてくる。こいつはどれだけ酔っ払っても理性を失わない。
「アレキサンダーという・・・」
「アレキサンダー!・・・トロイと同じ古代の英雄の・・・」
兄、シャノンの声が一段と高くなった。何を隠そう、兄貴は俺と一緒に見に行ったトロイで大感動し、ブラッド・ビットの大ファンになって、1人で何度も見に行ったぐらいだ。
「素晴らしい!実に素晴らしい!・・・ジャレッド、お前どうしてそんな重大なこと黙っていたんだ」
「コンサートが終わるまでは歌だけに集中していたかったから」
「主役のアレキサンダーはもちろんコリンで・・・・・ジャレッドはどんな役だ」
「ヘファイスティオンの役です。アレキサンダーの子供の頃からの親友で・・・・」
「生涯の恋人だった男だろう。キスシーンとか・・・・」
余計なことをいうマットを蹴飛ばし、俺はあわてて口を挟んだ。
「生涯の親友で、側近として仕え、最後には宰相にまでなった男だ」
「俺はこのヘファイスティオンの役がこの映画の要だと思って、前にジャレッドが出演した映画を見てピンときたんです。それで監督に推薦しました」
コリンがすぐにフォローをしてくれた。さすがに映画俳優として何年もやってきた男だ、アドリブがうまい。オーディションの前には俺の出演作なんて一度も見たことがなくて、俺といろいろやったからこういうことになったのに・・・・・
「よく、わかってくれた・・・俺はこういう男で映画スターに対してどういう口の利き方をしたらいいのかわからないが、コリン、あんたは本当にいいやつだ。ただちやほやされているスターと違って確かな目を持っている。さあ、どんどん飲んでくれ」
兄貴はコリンのすぐ隣のソファーに座った。
「兄の俺がこういうこと言うのもなんだが・・・・ジャレッドは天才なんだ。同じ親から生まれた兄弟でありながら、ジャレッドの方にばかりいろいろな才能や感受性を支配する血が流れてしまったみたいだ。あんたもある意味で天才だと思うから、そういう才能を持った人間の孤独や辛さがよくわかるだろう。子供の頃からジャレッドはずっと苦しんできた。ありあまる才能と感受性を持ちながら、それをどう表現したらいいかわからなくて、周りの人間に合わせようとしてもうまくいかなくて・・・・時々耐え切れなくなって爆発する。俺は普通の感性しか持ち合わせていないから、ただ見ていることしかできない。ジャレッドが何を求めてもがき苦しんでいるか、俺にはさっぱり理解できないんだ。いろいろなことに手を出して、やっと俳優としてやっていくのかと思ったら、今度はバンドをやりたい、手伝ってくれと言われた。ジャレッドには俺には見えないものが見えて、聞こえない音が聞こえるんだ。最初の曲作りの時はひどかった。何度も血を吐き、意識を失って倒れた。もういいからやめろ、と言っても絶対にやめない・・・・・俺はそんな弟を・・・・」
兄、シャノンの目には涙が浮かんでいた。
「兄貴、そんなにいうほど俺は大変なことしてないぜ。気絶したりするのはそういう体質だから・・・・」
「そんな弟のことを理解してくれるやつが現れたなんて俺はうれしい・・・うれしいんだよ・・・・」
「俺もジャレッドはすごい感性を持っていると思います。彼と共演することで今までの自分にないものを引き出され、全く違う役を演じられると思うのです。ジャレッドは自分だけでなく相手役の魅力を引き出し、輝かせることができる役者としての天性の才能を持っています」
シャノンもコリンも酔っているからだろうか。俺の話題で盛り上がり、聞いているこっちがむずがゆくなるような賛辞を言い出した。それでも二人の熱に負け、マットもトモも大人しく聞いている。
「それで、監督から脚本を渡されました。撮影は5月からだけど、それ以前に各自で脚本と参考資料の本をよく読み、また役に合わせて体作りもしておくように言われました」
コリンは俺ではなく、まるで兄貴の方が共演者であるみたいに脚本や参考資料のリストを渡した。
「こんなにたくさんあるのか。全部そろえるのは大変だ」
「俺も共通して読まなければならないから、読み終わったのを貸してもいいです。いま住んでいるところは・・・あ、俺の住んでいるところとすぐ近くだ。これはすごい偶然だ」
何が偶然だ。俺はツアーでいないというのに、少しでも近くがいいと、俺達兄弟が住んでいる近くに引っ越してきたのはお前だろう。よくもまあスラスラと顔色一つ変えず、アドリブでこれだけのこと言えるもんだ。お前は天才だよ。
「それはありがたい。それから体作りというのは具体的にどういうことをする」
「今、俺が通っているスポーツクラブにジャレッドも紹介します。会員制で、普通の人間は入れないけど、そのかわり専属のトレーナーが付いて、役に合った体作りをするのに最適なトレーニング方を指導してもらえるんです。古代の英雄役だからかなり筋肉をつけないと・・・トロイみたいに・・・・ブラッド・ビットもそこに通っていました」
「なに、ブラッド・ビッドが・・・・」
シャノンは再びうっとりした表情になる。今の兄貴には俺がアキレスのように筋肉をつけた体になった姿が映っているに違いない。
「ジャレッドがアキレスのようにか・・・・そうすれば今までとイメージが変わって、くだらないゲイ雑誌に写真が載ることもなくなるだろう」
「いや、男の選び方でも好みはいろいろだから・・・そういう筋肉のついた男が好きになるやつだって・・・・」
マットがまた余計なことをしゃべったが、俺とアキレスを重ね合わせてうっとりしているシャノンの耳にはまるで届いていない。
「あんたには、何から何まで本当に世話になる。ジャレッドのことよろしく頼む。俺にできることがあったら何でも言ってくれ」
兄貴とコリンは固い握手を交わした。
「もう夜が明ける。このホテルに泊まっていけ。おい、マット、トモ、お前ら二人こっちのベッドを使え、俺とジャレッドはこっちのベッドに寝るから、お前らの部屋は彼に貸してやれ」
「あ、別に俺、自分の予約したホテルに戻っても・・・・・」
「まだまだ話したいことはたくさんある。仕事の予定はないだろう」
「あ、まあ、そうだけど・・・・」
「俺はもう眠い、ジャレッド、彼を予約した部屋に案内してやれ」
「お前は大した役者だよ。あの兄貴相手によくもまああそこまでしゃべれる」
「おかげで、堂々と会えるだろう。一緒に本を読んで、スポーツクラブに通って・・・毎日会っても怪しまれない」
「まあ、そうだけどさ・・・でもあれは・・・」
「役作りの一つとして合間にやればいいさ、お前の兄貴を心配させない程度にな。いい兄貴だよ・・・俺は感動した。それにくらべて俺の兄貴は・・・・まあ、俺も兄貴は好きだけど・・・お前のとは全く違うけど・・・・」
「そうだな」
部屋のベッドの上でコリンは口を突き出した。
「お休みのキスだ。あんまり兄貴を心配させても悪いから早く戻れ。だけどこの大きさのベッドで、男二人で寝られるのか」
「金のない時はよくそうやっていたから」
「たいした兄弟だよ、お前達は・・・・・」
部屋に戻ると兄シャノンはとっくに一つのベッドを占領して寝ていた。
「ジャレッド、俺達二人はソファーで寝るからさ、お前もう一つのベッドを使えよ」
「いいよ、俺がソファーで寝る」
「大事な弟にかぜひかせたら大変だから・・・・シャノンはよくお前のことしゃべっているけどこれほどだとは思わなかった」
「ああ、俺も聞いてて感動した。ジャレッドはけっこう大変な思いをしているんだな。見かけはいい加減そうに見えても・・・」
「兄貴が大げさに言っているだけだ。気絶したり血を吐いたりって俺はそうなりやすい体質なだけだ」
「でもやっぱりすごいよな」
「新しい映画、期待しているぜ!」
窓の外を見るとうっすらと明るくなりかけている。でも俺はまだ興奮していてしばらく眠れそうもない。
−つづくー
後書き
今年度の更新は今年で最後になります。兄、シャノンと対面して、無事ジャレッドとの交際(共演者として)を認めてもらったコリン。でもまたこの先いろいろトラブルがありそうです。
2005.12.28
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