(7) 瞑想
スポーツクラブで今の体の状態や脂肪、筋肉などのつき方を調べると言う名目でカプセルのようなものに入れられた。手足にたくさんのコードを巻きつけられたが固定されているわけではないので、不快感は感じない。カプセルが閉じられぼんやりとした照明と静かな音楽の中、俺はたちまち熟睡してしまった。
「この壷を壊したのはお前か!」
大きな壷のかけらを持った主人に怒鳴られた。十歳の僕は下を向いている。この家の主人は遠い国から集めたいろいろな珍しいものを売る仕事をしている。僕はこの家でずっと前から働いている。奴隷として市場で買われたらしいのだが、その頃の記憶はなく、詳しいことはわからない。この家には僕以外にもたくさんの奴隷や、奴隷ではない人が働いている。そして何か大切なものが壊れたりすると大抵一番年下の僕のせいにされた。子供の僕ならば罰も軽くて済む、みんなそう思っていたし、実際鞭で数回打たれる程度だったので、自分がやったことにしていた。だけどその日は様子が違っていた。
「この壷がどれほどの価値あるものかお前にはわからないだろう。お前の値段より数倍高く売れたはずだ」
「もうしわけありませんでした。どうかお許しください」
目に涙を浮かべ、必死に謝った。本当に悲しいわけでもない。どう言えば鞭の回数が少なくなるか考えているだけである。どうせ僕なんか牛や馬よりずっと安い値段で売られていたのだろうから、数倍といってもたいした値段ではないと思うが・・・下を向いたまま黙って納屋まで歩いていった。そこには干草や壊れたもの、売れないものなどが無造作にごちゃごちゃと置かれていて、いつもその場所で罰を受けていた。ただ違うのはその日は奴隷全員がその場所に集められ、みなの前で僕は裸にされて壊れたベッドの上に体を縛り付けられた。
「この中にこの壷を壊した者がいるならすぐに名乗り出ろ。さもなくば・・・・」
主人が大声で言ったが、名乗り出る者などいるわけがない。そして鞭打ちが始まった。いつものように数回では終わらない。耐え切れなくなって悲鳴をあげ、泣き叫んだ。回数を数えることもできなくなった。打たれる度に泣き叫びながら許しを乞い、やがて意識が遠くなっていった。
「ひどい・・・酷すぎる・・・こんなこと・・・・」
啜り泣く声がした。うっすら目を開けるとすぐそばに同じ年のコリンがいた。彼はこの家の主人の一人息子である。相変わらず納屋の壊れたベッドの上にいたが、手足は縛られていない。
「ジャレッドのせいじゃないっていつも言っているのに、こんなに鞭で・・・・」
「大丈夫だよ、そんなに痛くはない・・・」
無理をして少し笑顔を見せた。本当は打たれた背中がズキズキと痛み、泣き出したいほどであったが、彼にそんな姿は見せたくない。
「この壷が原因か・・・こんなかけらのためにお前が・・・・」
「やめて、僕よりずっと値段の高いものだから・・・・かして・・・・」
そばに捨ててあった壷のかけらを壊そうとする彼の手を押さえて、かけらを受け取った。狩をしている人間と逃げていくウサギの絵が描かれている。
「この絵の入った壷は僕よりずっと高い値段で売れるはずだったのに壊れてしまった」
「なんだよ、そんな壷ぐらい。俺にはそんなものよりお前の方がずっと大事だ」
「僕はこの家の奴隷だよ。でもそう言ってもらえてうれしい。僕達は昔一緒に暮らしていたから・・・・」
「昔っていつのことだ」
「生まれるよりずっと前・・・・」
「お前、生まれる前のこと覚えているのか」
「少しだけ、でもこんなこと話して怒られない」
「誰にもしゃべらない、約束する。なあ、もっと詳しく教えてくれよ。お前は何を覚えているんだ」
「昔、人間がまだ動物を獲って暮らしていた頃、僕達は同じ洞窟で一緒に暮らしていた。君はすごく強くてマンモスとかの狩に出かけたけど、僕は勇気がなくて臆病で大きな獲物は獲れなかった。ウサギやネズミのような小さな動物しか・・・」
「へえー、そうだったのか・・・・おい、ジャレッド大丈夫か、痛むのか」
背中の痛みが激しくなって少し顔を歪めたのを彼は見逃さなかった。
「大丈夫だよ、これぐらい・・・・僕はウサギやネズミなど小さな生き物をたくさん殺して食べたから・・・たぶんそれで・・・」
「生き物を殺したって、そんなその時代はそれが当たり前だろう。今だって肉を食べているし、どうしてそんなことで・・・」
「その時は気づかなかった。獲物を獲って生きることに精一杯で・・・でもウサギは弱い無抵抗な動物だ・・・それを罠をしかけて生け捕りにし、皮をはいでそれから食べた。数え切れないほどたくさん殺した・・・・」
「それがなんだっていうんだ!どうしてお前が苦しまなければいけないんだよ!」
カプセルの中で目が覚めた。
「あいつも俺の前世か」
ため息をついた。どうも俺の前世は不幸な人生を送っていることが多いらしい。しかもその前の人生の罪まで背負おうとして・・・あいつの人生がこの先どうなるかが気になる。といってもあいつの人生はもうとっくに終わっていて、それで今の俺がここにいるわけであり、ただ最初の方だけ思い出したということで、いまさら俺があいつの人生をどうこうするわけにはいかないのだが、それでもどうにかしてやりたい。せめてその時のコリンがしっかりしてくれればいいのだが、金持ちの一人息子じゃ性格がよくてもあんまりあてにはできない。同じ年でありながらあいつの方がはるかによく世間というものがわかっていて、前世の記憶まで思い出している。子供の時からいつも鞭に怯えているような人生だからその分感性は鋭くなっているのだろう。
「ジャレッド、大丈夫か、ぐっすり寝ていたみたいだな」
カプセルが開き、コリンが俺に近寄ってきた。俺は彼の手をしっかり掴んだ。
「コリン、頼む。俺にはお前しかいないんだ。ずっとそばにいてくれ・・・お前と離れると俺・・・・」
「わかった、こういう経験ないから心配なんだろう。今日はずっとお前についていてやるよ」
コリンも俺の手を強く握り締めた。しまった、そうじゃない、俺は何を言っているんだ。センチな気分になったのは前世の夢を見たからで、その時の彼に、頼む、あいつをなんとかして助けてやってくれ、と言いたかったのだが、口が勝手にしゃべっていた。まあここで前世のことをあれこれと説明するのも面倒なので黙ってコリンの後をついていった。そうじゃなくても今日はコリンの姉や兄と会ってなんだかややっこしいことになっていた。これ以上話を複雑にはしたくない。
「ええ、そうなの、彼もコリンと一緒の映画に出る予定なの。ちょっと今はまだ華奢なんだけど、できるだけ短期間でアキレスのようにしたいわけ・・・え、最低でも6ヶ月は必用?・・・それじゃあ困るのよ、撮影は5ヶ月後よ。・・・・トレーニングの内容がきつくなるって、ちょっと待って、聞いてみるから・・・・そういうことなんだけどどうかしら」
コリンの姉のクラウディーネとこのスポーツクラブのトレーナーの一人が熱心に話しこんでいるのを俺とコリンは座って黙って聞いていた。どうやらコリンよりも俺の体型にかなり問題があるらしい。今までわざわざ筋肉をつけなければならないような役は経験してなかった。経験がないから、コリンのマネージャーをしているというこの姉にすべて任せるしかない。
「あ、大丈夫です。多少きつくても予定通りにきちんとやります」
「そうね、若いから多少無理しても大丈夫でしょう。ところであなた、年齢はまだ聞いていなかったけどいくつなの」
この質問には困った。コリンは俺のこと同じ映画に出演する新人だと紹介していたから、本当は5歳も年上なんてとても言えない。
「姉貴、ジャレッドはいろいろ回り道して普通の新人より年くっているからあんまり年齢のこと言いたがらないんだ。そういう質問はしないでくれ」
「そうなの、じゃあ見た目より多く見積もって22、3てところかしら・・・・」
多く見積もられても俺は実年齢より10も若く見えるのか。まあ、若く見られることは決して悪いことではないが・・・こんな風に家族、それもいつも一緒に行動するマネージャーをだましていいものかどうかだんだん不安になってきた。コリンの姉ということはいずれ俺にとっても姉になるわけだし・・・いや男同士の場合そういう家族関係はどうなるのか・・・面倒なことを考えるのはやめよう。
「じゃあ、さっそくコーチと一緒にトレーニング始めてみましょうか。コリン、あなたはいつもやっているから後回しにしていいわね。さあいらっしゃい」
コリン姉に手をひっぱられ、俺は思わずコリンの腕をつかんでしまう。
「頼む、コリン、一緒にきてくれ。俺一人では不安なんだよ」
「ああ、いいぜ、ジャレッド、俺がずっと見守ってやるから心配するな」
−つづくー
後書き
ジャレッドが不安になっているのはあくまでもコリン姉にうそがばれないかということです。でもコリンは勘違いしてこんなに俺を頼りにしてくれているのかと上機嫌。筋トレではコリンの方がずっと先輩です。
2006、1、13
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