Reconfirmation
10月27日、金曜日、空港に着いてすぐに僕は帰りのチケットの予約を再確認した。日曜日までには戻らなければならない。月曜日、誕生日に行方不明になっていては、すぐに大騒ぎされてしまうからである。なるべく目立たないようにさりげなくサングラスをかけ、帽子を深くかぶる。できれば僕のこと気づかれないまま、スペインに到着したい。もっとも知り合いの監督がいるのだから、僕がスペインへ行ったからといって特に怪しむ人はいないだろう。だが、できることならカメラのフラッシュなど浴びずに、直接あの国の日の光を浴び、空気を吸い込みたい。
「君の仕事があいている時でちょうどよかった」
「この時期は仕事を入れないことにしているさ。10月30日を挟んで前後10日、いつ来るかわからない人気スターのために・・・」
「悪い、今年は撮影が長引いて・・・」
「いいさ、それがわかっていてこうしてつきあっているのだから」
「僕達、つきあっていると言えるのかな」
「言えるだろう。こうして決まった時期に毎年会っているのだから・・・もっとも何か不都合になったらいつでもこの関係は解消してやっていいぜ」
「そう、冷たいこと言うなよ、フェレ」
「イグナシオ・・・・フアン・・・ガエル・・・お前のことなんて呼べばいいかな」
「好きに使い分けていいよ、他にもあった、サハラ、アンヘル・・・」
「アンヘルなんてふざけた名前つけやがって、何が天使だ。よく考えればお前のやったことは悪魔にも等しい・・・」
「ちょっと待って・・・まだ太陽は空の高いところにある」
「相変わらず男じらしなやつめ!」
フェレの笑顔がまぶしい。普段、寡黙な雰囲気の彼だが、それでもたまにスペインの情熱の血が顔色に出てくる。僕もメキシコ人で祖先をずっとたどれば同じ人間になるのかもしれないけれど、育った環境はかなり違う。メキシコの太陽は暑くまぶしいが、空中に含まれる水蒸気も多いから、光は適当に飛び散ってくれる。砂漠の空気は乾燥しているけど、そこはもうサボテンがいっぱい見えて用心して歩くから、誰もそこで干からびて死んだりはしない。だけどここスペインは違う。他のヨーロッパの国と同じような建物が並び、同じような木があるから、他の国を歩くような気分で外に出てしまう。強烈な日差しの下に数時間さらされ、体の水分が飛ばされた頃、ようやく自分が乾燥していることに気づく。この国の太陽の光はぼやけずにまっすぐ地上に降り注ぐ。明るい場所は目を開けていられないほどまぶしく、影はなぜそこまでと思うほど黒々としている。この国には曖昧なものは何一つない。光と影、善と悪、男と女、何もかもが日の光にさらされ、どちらかはっきり審判が下される。部屋の中なのにまぶしい。強烈な太陽の光を感じる。喉が渇く・・・水が欲しい・・・
「泳ぐにはもう水が冷たいぜ」
広い庭のプールを眺めていた僕に後ろから声がかかる。
「だけど一度は体を冷やしたいんだろう。今はどんな体つきをしているのか・・・」
「触らないでくれ、自分で脱ぐ」
僕はフェレの舐めるような熱い視線を感じながら、ゆっくりと服を脱いだ。顔が熱くほてってきた。自分のものが固く立ち上がっているのに気がつき、慌ててプールに飛び込んだ。冷たい!水は太陽の熱で温まってないのか。来るのがわかっているんだから、もう少し前から水をためておいてくれればよかったのに・・・
「水は2週間も前にいれたさ。でも夜は冷える」
「2週間か、僕はもう少し前から君のこと考えていた」
「早く上がって来い。冷え切った体を抱くのはいやだからな」
「君の情熱がどれほどのものか、確かめてみたい」
僕は冷たいプールの中で泳いだ。体を動かしていればそれほど寒さは感じない。少しずつ、少しずつ冷たさが体の奥深くに染み込んでいく。ゆっくりとした刺激は、いつの間にか体を慣らしてしまう。あの時と同じように・・・
「やっぱり初めてだったのか」
「当たり前だよ、僕は嘘はつかない。君は・・・」
「同じように初めてだ」
「監督とは・・・」
「彼は仕事の相手とは寝ないさ・・・ゴデ監督とはそこが大きく違う。それに俺はもともとストレートだし・・・」
「僕もそうだ」
「これは役のためなのか?フアンのように・・・」
「そうかもしれないし、違うかもしれない」
初めての時、僕は曖昧に答えた。本当は彼に魅かれていた。自分でもどうしようもないほどに・・・演技を重ねる中、それは演技ではなくなっていた。スターとしての地位を失ってもいいと思うほど、僕は激しい恋に落ちてしまった。でもフェレの本心はわからない。だから演技のためと偽って彼に抱かれた。
彼の手は慣れた手つきで僕の体をまさぐった。年に数回やるだけなのに、もう何年も一緒に暮らしているのではないかと錯覚するほど、僕の体は彼に反応し、激しく求めていた。
「試写会で見たフアン、なんかいやそーな表情だったよな」
「あれはそういう演技だから・・・だって彼は本当はストレートなんだろう」
「それなのにどうしてエンリケに抱かれた?イグナシオの振りをして・・・」
「わからない・・・僕は今まで、役の人間のことすべてわかって演じていた。それまでの人生や、性格や、考え方など何もかも・・・でもあの役は違っていた。僕の体はそのまま太陽の下にさらされ、冷たい水に入り、君のドロリとした熱い熱を体に受け入れた。性格も感情もない、ただこの体だけが・・・」
「俺も同じだ・・・ガエル・・・あの時役作りはしていなかった。ただ感じていた・・・俺にはスペイン人の熱い血が流れていて、ドロリとした白い液体を体の奥底に受け入れられるのはお前だけだと・・・今でもわからない・・・あの役の性格なんて・・・」
僕は今、おそらく試写会で見たよりももっといやそーな表情をしているに違いない。この国で長い間タブーとされてきたその行為は、どれほどの情熱を感じようと、拷問と同じ痛みと屈辱を味わうことでもある。それでも僕は彼に身を任せ、意識がゆらいでいく快楽を思う存分味わった。この国の太陽の光は、全てのものを振り分ける。強烈な痛みの中、確かに強い生を感じた。生と死、光と影、善と悪・・・乾燥した空気の中、人は水に天を感じ、いくつもの噴水を作ってきた。天から降り注ぐ水が僕の干からびた体を潤し、水分を与える。僕は来年もまた必ずこの国にくる。僕が生きていることを再確認するために・・・・
「あの映画をじっくり見て、俺は驚いたよ。見慣れた景色が全く違って見え、しばらくは外へでるたびに、眩暈がした」
「来年も・・・」
「この時期には仕事は入れない、眩暈の原因がわかる時まで・・・わかるはずないけどさ」
−おわりー