ロード・オブ・サッカー(10)
舞台 ゴート国立サッカー競技場近くのバー「リトルウルフ」
登場人物 ジャレッド(大王、ヘファイスティオン)
フランシスコ(大王、バゴアス)
ニコラス(戦争王、ユーリ)
「おかしいな、住所は確かこのあたりなんだけど・・・」
「ジャレッドさん、あのビルじゃないですか、ほら、小さなオオカミの絵が描いてある」
「あ、あれか。こんなわかりにくいところに店なんか作って売れるのかな」
「どうします、本当に行きますか?」
「俺はそのつもりだ」
「じゃあ、僕も行きます」
ジャレッドとフランシスコの二人は細長いビルの7階にある小さなバーのドアの前に立った。オオカミとヤギの絵が描いてあり「準備中」の札がかかっている。
「準備中ですよ、どうしますか?」
「とりあえず中に入ってみよう」
入り口のドアは簡単に開いた。カウンター席だけで5人も入れば一杯になってしまいそうな小さなバー、オーナーのニコラスはカウンターでグラスを磨いている。
「よくきたな。すぐにここがわかったか」
「あの、まだ準備中ですか?」
「今日は1日準備中だ。大事な話があるから、他の客は入れない」
「大事な話って俺達に関係があるのか」
「もちろんだ。まあ突っ立ってないで、そこに腰掛けろ。カクテルでいいか?そこの彼は未成年ならジュースでも・・・」
「あ、僕ももう二十歳を過ぎています」
「そうか、若く見えるな」
ニコラスは手際よくカクテルを作り、二人の前に出した。
「あの、俺達に話って・・・・」
「そうあせるな、まず飲んでからにしろ」
「サッカーコートは夜10時で消灯になるから、自主練ができなくなる。今日は試合にも出てないし、1日中ボールを蹴れなかった」
「よっぽどサッカーが好きなんだな。俺には年の離れた弟が一人いたが、あいつもそうだった。弟は心臓の病気で激しい運動を止められていたんだが、それでも俺と一緒にサッカーをやりたがった。まだ5,6歳の頃だ。仕方がないから俺が弟の足元にボールを転がしてやると、信じられないほど強い力で蹴った。俺が12歳、弟が6歳の時両親が離婚して俺達は離れ離れにされ、それっきり会っていないが・・・」
「あなたの弟の話はどうでもいいから、早く俺達に関係ある話をしてください、ユーリさん。なんの用があってここに来いと呼び出したのですか」
「ああ、それを言わないといけなかったか。俺はこの国ではユーリ、ウルフ国ではニコラスという名前を使っている」
「ニコラスってもしかしてウルフ国の代表選手に選ばれたニコラスさんですか。ユニホームの時と印象が全然違うからわからなかったです。僕、ウルフ国の選手の人、みんな顔覚えています。敵国の選手の名前なんか覚えていると睨まれるから黙っていますけど・・・」
「俺は敵国の選手の顔や名前はどうでもいい。ただどんなプレーをして、俺達のチームとどちらが強いか、それだけが重要だ」
「これから一緒にプレーをする選手でも、顔や名前には興味ないか」
「選手の顔には興味ない。俺にとって大事なのはいかにうまく俺の足元にボールを入れてくれるかどうかだ」
「ならば決まりだ。ウルフ国にはお前の望む通りのプレーをする選手が何人もいる。ウルフ国に来い」
「ちょっと待ってください。俺はゴート国の人間だ。ウルフ国になどなんの縁もゆかりもない。そんなよその国へ突然行ってサッカーができるわけないだろう。血の滲むような努力をして、やっと代表選手の座を掴んだというのに・・・」
「他のやつにあっさりポジションを奪われた。ゴート国の代表チームの監督や選手は何もわかってない。お前はミッドやディフェンスでやっていける選手ではない。ただフォワード、それもいいボランチに恵まれ、いつも足元にボールをもらってこそ、それを生かして輝くことができる。ウルフ国へ来い、ジャレッド。いろいろな手続きはすべてこの俺にまかせればいい。俺自身ゴート人だがウルフ国の国籍を取り、代表選手にまでなった。ゴート国にいる限りお前に未来はない」
「あの、僕はどうなんですか」
それまで黙って二人の話を聞いていたフランシスコが急に不安になって尋ねた。彼もまた長い間うつうつと考えていたことがあった。サッカーが好きでいつもそばで見て応援できるチアガールになったが、チアリーダーとして選ばれ人気者になったのは同じ年のガエルの方で、自分などは大勢いるチアガールの一人としてしか認められていない。だがどうしたらいいのかわからず、一人で悩んでいた。
「フランシスコ君、君のことはよくわからない。ジャレッドと同じような悩みを持っているようだから声をかけたが、君の人生について俺は決めることができない。決めるのは君自身だ」
「決めるのは僕自身、確かにそうですよね・・・・」
フランシスコは深いため息をついた。
しばらくの間3人は黙ってそれぞれ自分のカクテルのグラスを見つめていた。ジャレッドはそれを一息に飲み干した。ニコラスが新しいカクテルのグラスを差し出すと、それもすぐ飲み干し、それから口を開いた。
「決めました。俺はウルフ国へ行きます。今の俺を生かせてくれるチームと選手がいるなら、俺はどこへでも行く。ゴート人であるとか、自分の国はどこだとか、そんなことはどうでもいい。ただ俺はサッカーができればいい」
「僕もウルフ国へ行きます」
「二人ともそれで本当にいいんだな。一度ウルフ国の人間になったら、二度とゴート人には戻れない。俺のように名前や国籍を偽って入国することはできても、真のゴート人に戻ることは決してできない。それでもいいのか」
「それでもいい。俺はサッカーをやりたい!」
「僕もウルフ国に行きます!」
「やっぱりそう言うと思ったよ。それならばウルフ国へ行く手配を進めるから、まずこの紙にいろいろ記入してくれ。パスポートを作るのだから、正直に書けよ」
「はい」
二人は頷いて、ニコラスから手渡された書類にペンを走らせた。
「すみません、ジャレッドさん、sexのところはなんて書きましたか」
「sexか、サッカーのことばかり考えていてしばらくやってなかった。最後にしたのは・・・あーあれだ、男が相手だった。あいつを味方にすれば俺にチャンスが回ってくると考えてついやってしまったけど、結局墓穴を掘っただけだ。まさか向こうがフォワードに選ばれるとは思ってもみなかった。くそっー!あんな痛い思いをして何もいいことなかった。別にあいつが悪いわけじゃないけどさ・・・まあ、そういうことだ。結局半年ぐらいまともにはやってねえよ」
「違うんです、ジャレッドさん、回数ではなくて、男か女かということで・・・」
「そんなもん男に決まっているだろう!」
「僕はどっちでもありません」
「・・・・・・」
フランシスコの言葉にジャレッドもニコラスも返す言葉がなかった。しばらく沈黙が続いた。
「僕は子供の時からずっと、自分が男であることに疑問を持っていました。物語の中に出てくる王子や伝説の英雄に憧れ、彼らに愛される女性になれたらどんなに素晴らしいだろうかと思っていました。だから二十歳になったとき、自分で決心をして性転換手術を受けました。その時はもう少しでも女性の姿に近づきたい、それしか考えていませんでした。でも手術が終わって、自分が男ではなくなった時、気がついたのです。僕は女になろうと思ったわけではなかったということに・・・・」
「ちょっとまて!それじゃあ大変じゃないか・・・どうして切ったあとにそんなこと考えるんだよ。元には戻らないんだろう」
「手術をしたことは後悔していません。でも僕は次に医者が胸を大きくする手術をするよう勧めた時、それを断ったのです」
「よくわからねーけど、それじゃあ中途半端じゃないか・・・男か女かはっきり決めないといろいろ不都合があるだろう」
「そうですね、今の時代、男か女かのどちらかで、どちらでもないというのはありえませんよね。でも昔、中国やペルシャなどで宦官という人がたくさんいたのは知っていますよね」
「ああ、知っているさ、宮刑とか捕虜を去勢するとか、昔は酷いことをするよな」
「そうですね。宦官になった人は刑罰とか捕虜や奴隷などで無理やり、そうでなくて自らの意思でなった場合でも宮廷で仕えるためとか官僚になるためなどの目的があった場合ぐらいで、始めから男であることをやめようと思った人はほとんどいないでしょう。でも僕はそういう時代に生まれたらどんなによかっただろうと思っています。僕は男であることを嫌い、手術を受けましたが、女になろうとしたわけでもなく、そのどちらでもない姿で生きたいと願いました。でも今の時代、それは理解されません。その頃の時代なら、宦官になることで逆に出世のチャンスもあり、生きる場所が与えられていました。今は僕のような人間が生きる場所はどこにもありません」
「なんか大変な話になってしまったな」
「何をもめているんだ」
しばらく二人のそばから離れてグラスを洗っていたニコラス(それでも会話はしっかり聞いていたが)が口を挟んだ。
「いや、こいつが男か女かどっちを書けばいいかって」
「どっちでもいいさ、適当にまるをつけとけ」
「そんな、いい加減な!」
「お前も同じだ、ジャレッド。国を捨て、別の国で生きていくということは、確実なアイディンティティーを失うことだ。お前は男か女かということでは悩まないかもしれないが、どこの国の人間かということで、生涯悩まなければならない。それがいつくるかは人によってまるで違う。ずっと後まで祖国を引きずる人間もいれば、新しい国にさっさとなじんでしまう人間もいる。祖国を引きずってずっと今いる国を受け入れないやつでもいつのまにかその国になじんでいたり、なじんだはずなのに、心の奥底でずっと祖国を引きずったり、いろいろだ。彼はそのへんのことはお前より楽かもしれない。今の時代の人間ではない、元々異邦人だからな」
「俺にはサッカーがある。サッカーができれば、どこの国の人間であるか、そんなことは関係ない」
「僕、ジャレッドさんのサッカー大好きです。手術の後、ジャレッドさんのプレーを見て涙を流しました。あの瞬間確かにボールは生きていました。こんなすごい人のプレーをいつも近くで見たいとチアガールになったのです」
「珍しいな、普通のファンはヴィゴやオーランド目当てだろう。俺なんかゴールを決めた時歓声が上がるだけで後は知らん振りだ」
「もちろん他の選手の方も好きですけど、やっぱり僕はジャレッドさんのプレーが・・・・だから決めました。一緒にウルフ国へ行くと・・・」
「おい、お前、言っとくけど俺はノーマルな人間だ。男同士はもうコリゴリだし、男か女かわかんねえやつなんてもっといやだ」
「わかっています。そういう意味ではないです」
「おい、ジャレッド、もう10時を過ぎているぞ。自主練はいいのか」
「今日はいい!俺の一生が決まる大事な話だ。そこまでこだわらなくてもいい」
「じゃあ早くその書類に必要事項を書け。その後俺が使っている練習場へ案内してやる。ただの空き地で暗いが、お前はどんな場所でもボールを蹴れるのだろう」
「ああ、そうだ、俺はどこでもサッカーができる」
「僕も一緒に行って踊りの練習していいですか」
「勝手にしろ、一緒に来るならお前その書類早く書けよ・・・へえーけっこういい家柄じゃないか。俺なんか両親離婚していて結構貧乏ぐらしだったから・・・・」
ジャレッドとフランシスコは急いで書類に必要事項を記入した。今までなんの接点もなかった3人だが、共通の目的を持ったために急速に親しくなっていた。
−つづくー
後書き
なんだか難しい話になってしまいました。祖国とか、アイディンティティーとか普通に暮らしている限りそんなに考えない問題でも、人によってはすごく悩み、それが逆にその人が生きる糧になっていたりするのかな、と思いました。
2006.5.9
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