ロード・オブ・サッカー(12)
舞台 ゴート国からウルフ国へ向かう貨物船
登場人物 ジャレッド(大王、ヘファイスティオン)
フランシスコ(大王、バゴアス)
ニコラス(戦争王、ユーリ)
夜の港、ニコラスの案内でジャレッドとフランシスコは貨物船へと乗り込んだ。小さな懐中電灯を持っているだけなので、足元がよく見えず、フランシスコは何度か転びそうになったが、そのたびに素早くニコラスが手を貸して支えた。ジャレッドの方はさすがにサッカーで鍛えているので、足元が揺れてもバランスを崩したりはしないが、そうかといって人を助けたりするような性格でもない。さっさと貨物船に乗り込み、先に歩いていった。
「おい、ジャレッド、そっちは船員の部屋だ。勝手に歩いていくな」
「なんだ、まともな部屋には泊まれないのか」
「お前達密航するんだろう。密航というのは普通タルに入って隠れたりするものだ」
「ちぇ、タルの中でなんか寝られるか。俺は遠征先のホテルでもよく寝られない」
「相変わらず神経質だなジャレッド、子供の頃と一緒だ」
「俺の子供の頃のこと知っているのか」
「いや、なんでもない。そんな神経質でよくサッカーの代表選手が務まるな。1年の3分の1近くは海外遠征や合宿だろう」
「寝られなくてもサッカーはできる」
「それならいいけど」
3人は一番下の倉庫に降りて行った。そこは食料の貯蔵庫でたくさんの水やワインの樽が置いてあった。古びた木の箱などもある。
「なんだよ、これは!大航海時代や海賊の船じゃあるまいし、この古びた樽や木箱、今にも宝物か白骨死体でも出てきそうじゃないか。そこの木箱の中には殺された海賊の髑髏が・・・・・」
「キャーーーー!!!」
フランシスコが貨物船の外まで聞こえるほどの甲高い悲鳴を上げた。
「大きな声出すな!」
「すみません、あんまりびっくりしたものだから・・・」
「冗談だよ、冗談、今の時代、船に白骨死体が乗っているわけないだろう。それにしてもどうしてこんな古臭いものばかり取っておいて・・・」
「監視の目をごまかすためにはこの方が都合がいいんだ。同じ大きさのコンテナばかり積まれていれば、律儀に中を1個1個調べる警察だって、こんなカビ臭い部屋で古い樽が置かれていれば、中を調べる気にもならないだろう。腐ったジャガイモとか、数百年前のワイン、もしくは白骨死体かなんか出てきそうで・・・・それが狙い目だ。監視船が来ても絶対この中まで調べたりはしない」
「僕達ずっとこの部屋の樽の中に入ってないといけないんですか」
「ずっとでなくてもいいが、少なくともこの地下室にいろ。俺が合図したらすぐ樽に入れるよう用意しておけ。じゃあ俺は乗組員としての仕事があるから一旦船を降りる。静かにしていろ」
「えー、ニコラスさん、行ってしまうんですか」
「同じ船に乗っている、心配するな。出港前は荷物検査があったり、警察の巡回が来たりする。樽にでも入っておけ」
ニコラスはそう言い残して行ってしまい、ジャレッドとフランシスコの二人だけが残された。
「ジャレッドさん、一生のお願いです。僕と同じ樽に入ってください」
フランシスコはとんでもないことを言った。だが冗談を言っているわけではない。彼の目は真剣である。
「いやだよ、俺は!こんな狭い樽の中に男と二人一緒に隠れるなんて冗談じゃない。言っとくけど俺はゲイじゃない。あの夜のことは間違いだったんだ。あんなこと、もう二度としたくない。思い出すのもいやだ!」
そう言いながらもジャレッドははっきり、あのキャンプ場でのできごとを思い出していた。星が手に届きそうなほど近くに見え、もう一度自分にもチャンスがまわってくるように感じた。幻の天才ストライカーと言われながらもボールはなかなか自分の足元にこない。球が欲しい、どんな手段を使っても・・・・その激しい欲望はいつしか相手の男を求める行動に代わってしまい、気がついた時にはカールと関係を持ってしまっていた。彼とのそして男同士の情事はその一夜だけであったが、それはかえって記憶にはっきり刻み込まれるできごとになってしまった。
「ジャレッドさんは抱かれる方のタイプですよね。僕はもう男ではありませんから大丈夫ですよ。一人で長い間じっとしているのは怖いんです。お願いします・・・・」
「そんなこと頼まれたってお前・・・・」
そう言いながらジャレッドはあらためてフランシスコの顔を見た。長い黒髪と漆黒の神秘的な瞳。ゴート人は男も女もほっそりとした美しい顔立ちの人間が多いが、彼の美しさは特別であった。その瞳にじっと見つめられると、おかしな気分になってしまう。ジャレッドは慌てて目をそらした。
「わかった、わかった、一緒の樽に入ってやりゃいいんだろう。その代わり絶対俺の体に触れるなよ。いいな!」
「わかりました。ありがとうございます」
二人が樽に入ってじっとしている間に数時間が過ぎて夜が明けた。その間に船の乗組員や警察や荷物検査の係員などいろいろな人間がこの倉庫に入ってきた。乗組員は中の食料を念入りに調べた。警察や検査の係員は古い樽や木箱にうんざりし、ろくに中も見ないで出て行った。ニコラスの言ったとおりである。気づかれないように息も止めるような感じで樽の中に隠れて彼らが通り過ぎるのを待つのはジャレッドには果てしなく長く続く時間のように思われた。ところが目の前にいるフランシスコは樽の底にひざを抱えて座り、そのままの姿勢でやすらかな寝息さえたてている。やがて船は出港し倉庫も波の揺れを感じるようになった。
「ちくしょう!いつまでこんな格好でいればいいんだよ!」
ジャレッドは樽の中では数倍に大きく聞こえる声でつぶやいたがフランシスコは目を覚まさなかった。
やがてジャレッドは樽の中から這い出した。あたりはすっかり明るくなっている。ジャレッドは水の入ったいくつかの樽を入り口近くに運んだ。こうしておけば外から中への扉が開かない。それからいくつかの樽を動かした。細い隙間を空けて並べ、その後ろに壊れたベッドのマットを押し込んでおいた。
「ジャレッドさん、何しているんですか。あ、ベッドとかも置いてあったのですね。今夜から使ってください。僕はどこでも寝られますから・・・」
「そうみたいだな、ちょうどいい、フランシスコ、お前その隙間に立っていろ」
「え、どうして・・・」
「ゴールキーパーの代わりだよ」
「そ・・・そんな・・・・無茶です・・・僕サッカー見るのは好きですけどやったことないんです。それもゴールキーパーなんて怖くてできません」
「心配するな、お前には絶対当てない。もし間違ってお前の体に球をぶつけてしまったら、なんでも言うことを聞いてやる、それでどうだ?」
「無理ですよ、こんな狭いゴールで、僕ドッヂボールとかで逃げるの苦手だったんですよ」
「逃げなくていい、じっと・・・いや動いても構わない。お前がどういう動きをしようと、俺はわずかな隙間を潜り抜けてゴールをきめてやる。いくぞ!」
「ま、待ってください、まだ覚悟が・・・・」
フランシスコの言葉が終わらないうちに、ボールはジャレッドの足元を離れ、マットレスで力を吸収されてゆっくりジャレッドの足元に返ってきた。フランシスコにはジャレッドがいつどのようにボールを蹴っているのかがまったくわからなかった。どのような動きをしてもボールは彼の体をすり抜け、狭い樽の間を潜り抜け、奥のマットレスへと飛んでいくのである。信じられない光景であった。ボールは生き物のようである。それも1回や2回ではない。数回、いや数十回、規則正しいリズムを持って球は空間を移動していた。彼は目を閉じ、静かに両手を広げた。自分の方へ向かってきながら決して自分に触れることのない無数の球の息遣いを感じていた。規則正しいリズム、熱い球の息遣い・・・それは抱かれている時よりももっと激しい恍惚感を彼にもたらし、耐え切れずに喘ぎ声を漏らした。ジャレッドはそれに気づいているのかどうか、規則正しいリズムでボールを蹴り続けていた。二人は全く気づいていない。扉が少しずつ開けられ、一人の男が倉庫に入ってきたことを・・・それはニコラスではない。
−つづくー
後書き
いつでもどんな状況でもサッカーをやってしまうジャレッド、でも前にいる人間の動きを予測してそれをすり抜けるようボールを蹴るなんて絶対無理です。キーパーさんがボールの動きに反応してうっとりしてしまうということ、それも嘘です(笑)
2006、5、24
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