ロード・オブ・サッカー(21)
舞台 ウルフ国、イミグレーション(入国管理局)
登場人物 ジャレッド(大王、ヘファイスティオン)
コリン(大王、アレキサンダー)
イーモン(コリンの兄、特別出演)
ヴァルキルマー(大王、フィリッポス王)
フランシスコ(大王、バゴアス)
ジャレッドはコリンの兄であるイーモンの家に泊まった。コリンは兄と二人暮しであるのだが、実際には合宿所で寝泊りすることが多い。家もコリンがお金を出して買ったのだが、いつのまにかほとんどイーモンだけが住むようになってしまった。合宿所の部屋は基本的に一人部屋で狭いので、コリンはジャレッドとフランシスコの二人を、とりあえずは自分の家に泊まらせ、兄イーモンにその世話を任せたのである。イーモンはこれといった職業についていなかったので、喜んで二人の世話を引き受けた。もちろん二人の容姿にはたいそう心魅かれたが、弟との約束をきっちり守り、手などは出していない。そして朝、二人を連れて代表選手の発表があるヴァルキルマー宅へと向かったのである。ところがジャレッドはパーティーが始まる直前まではサッカーをしたいと言い出し、練習場へとさっさと向かってしまった。しかたなくイーモンはひとまずジャレッドを練習場に置き、フランシスコを先にヴァルキルマー宅に送ろうと考えた。フランシスコのような頼りなげなゴート人をウルフ国で一人で歩かせるのは危険が多すぎると判断したためである。送った後はもちろんジャレッドのボディーガードをするつもりであったが、そのわずかな時間に悲劇は起こった。
練習場に着くと、ジャレッドはさっそくボールを取り出して練習を始めた。どんな国のどんな場所であっても、ボールに触れている限り心は落ち着いた。それにこのウルフ国は、ゴート人が珍しいのかもしれないが、親切な人がゴート国よりも遥かに多いような気がした。まだ知り合って何日も経っていないのに、代表チームのメンバーは何年も一緒に練習した仲間であるかのように彼を快く迎え入れてくれた。特にキャプテンのコリンは何かと面倒を見てくれ、彼の家にも泊めてもらえることになった。ゴート国を出て亡命して正解だったかもしれない。彼はこう考えるようにまでなっていた。今日はパーティーがあるために、他の代表選手は誰も来ていない。彼はたった一人でボールとグランドの土の感触を心行くまで楽しんだ。しばらく練習すると喉が渇いてきたので、グランドの外に出て、ジュースでも買おうとした。初夏の太陽は思ったより暑い。
「お前はウルフ人ではない、ゴート人だな」
見知らぬ数人の男がいきなり話しかけてきた。
「そうだけど、何か用か」
「入国管理局の者だ、不法入国や滞在者がいないか、調べている。パスポートを見せなさい」
「ちぇっ、変なものに捕まってしまった。ほらよ、パスポート、入国管理局の人間は俺の名前、知らないのか」
「ほう、名前は・・・sexは・・・・」
「ああ、sexね。俺はここ半年はやってないぜ。最後の経験は相手が男だったし、あれはもう痛くて死にそうだった・・・てそんなこと書くわけないだろう。いちいち調べなくても俺は男だ。パスポートでわざわざチェックすることないだろう」
「ここには中性と書いてある」
「はあ・・・なんだよその中性って・・・昔理科の実験でやった酸性、中性、アルカリ性の中性かよ、リトマス紙を使って調べる・・・・」
「ふざけるな、フランシスコ!中性などというけしからぬことをパスポートに書くとは、オフィスまで来てもらう。詳しい取調べが必要だ」
入国管理局の男達はジャレッドの手を両側から押さえた。
「何するんだ!放せ!」
「詳しい話はオフィスに行ってからだ。素直に全部話せば別に怖がることはない」
「俺は忙しいんだ。そんなとこ行っている暇はないんだよ。もうすぐ代表の発表が始まってしまう」
「何の代表だ。さあ、つべこべ言わずに来い」
屈強なウルフ人の係官四人に押さえつけられては力の弱いジャレッドはどうすることもできなかった。あっという間に車へ乗せられ、そのままイミグレーションオフィスまで連れていかれた。
入国管理局、イミグレーションオフィスと聞いて、近代的なビルの事務所での取調べを想像していたジャレッドは、薄暗い地下室へと連れて行かれて驚いた。これではまるで刑務所、いや昔の牢獄と同じである。ご丁寧にも鉄格子までかかった狭い部屋に入れられてしまった。中には薄汚いベッドと机、そしてトイレだけがある。壁は高くて小さな窓が上の方についているだけで、外から中の様子はまったく見えない。
「なんだ、これは・・・俺は罪人扱いか・・・・」
「場合によってはな。近頃はゴート人の男が大量にウルフ国に不法滞在しては、法にひっかかることをしている。その顔と体を武器に金持ちの男に近寄り、だまして金を巻き上げるだけならまだいい、麻薬に手を出させたり、人殺しをさせたり、ありとあらゆる犯罪に誘い込んでいる。だからここイミグレーションではゴート人に関しては特別厳しく調べ、警察と同じようにしてもよいという許可も出ている」
「へえー、そんなこと俺はちっとも知らなかった。どこの国にだって外国へ行って悪いことするやつぐらいいるだろう」
「ゴート人の男は特別だ。魔力のような美しさでウルフ人の男を虜にし、人生をメチャクチャにしてしまう。そのようなゴート人を捕えて厳しく罰し、強制送還するのが我々の使命だ」
「俺はそんなつもりで来たわけじゃない。ジャレッド、ゴート国のジャレッドと言えば、少しはこの国でだって有名だろう。自分で言いたくはないけど、天才ストライカーとして有名な・・・・」
「天才ストライカーのジャレッド、聞いたことないね。それにお前の名前はここにフランシスコと書いてある」
「フランシスコ!それは俺のじゃない、あいつのパスポートだ。あのバカ、何考えているんだよ。パスポートに中性と書くなよ」
「これはお前のパスポートじゃないのか」
「当たり前だ。わかったらそれを返して、さっさとここから出してくれ」
ジャレッドは4人の係官を睨みつけた。冗談じゃない、こんな不愉快な場所で取調べを受けるなんて、早く行かなければ代表発表に遅れてしまうじゃないか。俺も入っているとみんなは言ってくれるが、やっぱり正式発表を聞くまでは落ち着かない。
「それならここに名前の書いてあるフランシスコはどこにいる」
「フランシスコならもうヴァルキルマーの家に行っているよ。あいつ、女みたいに細々とした手伝いとか大好きなんだよ」
「女みたいに・・・近頃のゴート人は性転換手術をしてやってくるやつも増えたと聞いた。普通の男は妖しい男には用心するからな。そういうウルフ人の男ほど騙されて気づいたときには溺れて夢中になる。免疫が全くないからな・・・」
「あいつはそんな男を騙すために来たわけじゃないよ。ただチアダンサーとしてもっと認められたいから・・・ゴート国じゃ、あの程度ではちっとも目立たない。かといってあいつは完全に女になるのもイヤがっていた。男でも女でもない存在として生きたいって・・・」
「男でも女でもない・・・・そういうやつが一番怪しいんだ。ちょっと服を脱がして調べてみよう」
「やめろ!何するんだ!いい加減にしろ」
「ゴート人にしては威勢がいいな。だがな、覚えておけ、ここで下手に逆らったら、お前など簡単に強制送還になってしまう」
強制送還、何よりも恐れていることである。亡命して強制送還され、何年も牢に繋がれた人間はいくらでもいる。スポーツ選手の寿命は短い。一年牢に繋がれていることは、十年牢に入っているのと同じであり、ボールに触れない生活が続けば、感覚を取り戻すためには何年もかかる。まして自分のように心臓が弱くてまともに走れない人間は練習を怠ったら最後、一生プロとしてのサッカーなどできなくなってしまう。
「わかったよ、俺を裸にして調べたいんだろう。それならさっさとやってくれ。俺には時間がないんだ」
ジャレッドは来ていた練習着を脱ぎ出した。肉付きのよい白い肌が露になると、係官の男達の目つきが変わった。
「どこを調べたいんだ。早くしてくれ。俺には時間がない」
「うわさに聞くゴート人の中でも、これはまた特別だな」
「何を見ている。こんな体がなんだ!これくらいのやつ、ゴート国にはいくらだっているさ。俺はこの体で商売しようなんてそんなことはこれっぽっちも思ってねえ。俺だけじゃない、フランシスコも同じだ。俺達はただ、自分の国にいたんじゃ成功できないから、代表に選ばれないから、それでこの国に来た。こんな体のどこがいい?俺はずっと自分の体が呪わしかったよ。他のやつと同じように思いっきりボールを追いかけて走りたい、でもそれができないんだよ!少し走れば胸が苦しくなり、脂汗が流れるんだ。そのまま続ければ息もできなくなり、意識を失う。どうして俺だけがまともに走れないんだ!この足はボールを蹴り、どこまでも走り続けたいのに、この心臓がそれを止めてしまうんだ。お前らにはわからないだろう、そんな俺の気持ちなんて。さあ、好きにしろ、俺の体を弄びたかったらかってにやれ・・・・俺はただ・・・・」
「話はそれまでか、ゴート人なんて、結局体を使ってウルフ人を騙しているんだろう」
「一体何人が騙されて廃人にされたか」
「麻薬とか持ってないか、体中調べてみろ。よく穴の中に隠しているという噂だ」
「いいのか、係官がこんな取調べをして・・・」
「ここで行われることは誰にも罪を問われない。例え死人が出ても相手が外国人じゃ、訴える者もいない」
「ちくしょう!」
体をベッドに押さえつけられ、手足を押さえつけられた。力強い手からはどんなに暴れても逃れることはできない。太くて固い指が情け容赦なく体の中に差し込まれた。余りの痛さに悲鳴をあげるが、欲望と正義感に取り付かれたウルフ人の男の動きを止めることはできない。
「麻薬は持っていないようだな」
「この声はほとんど経験もなさそうだ」
「わからないぞ、こんな顔をしていてもこれから何をするか」
「ウルフの男の怖さを思い知らせてやれ」
「酷い目にあえば、国に帰って仲間に言うだろうよ。ウルフ国は怖いから行かない方がいいと・・・」
「こいつ一人に思い知らせば、十人のウルフ人が救われる」
「よくも今まで・・・・」
「やってしまえ、この国に住もうと思わなくなるまで・・・・」
「ゴート人がウルフ人をだめにする」
「ゴート人を追い出せ!」
「やってしまえ」
鋭い痛みがジャレッドの体に走った。悲鳴をあげても叫び声に消されて、その力はますます強くなる。ありったけの声で叫び、目からは涙がにじみ出た。前にも同じ経験はあるが、それは自分が望んだものであり、同じ国の人間として、同じサッカーを愛するものとしてのやさしさや思いやりのある行為であった。今のは違う、むき出しの欲望と憎しみに溢れた行為は、体を引き裂き絶望的な悲鳴を上げさせる。そうなってしまえばこれほど屈辱的で残酷な行為はないだろう。激しい痛みで意識を失いそうになりながら、ジャレッドは必死で耐えた。なんのために・・・もう一度サッカーをやりたい。どんなことがあっても・・・
「ロード・オブ・サッカー・・・・」
ふとこんな言葉が口から零れ落ちた。ロード・オブ・サッカー・・・サッカーの王・・・なってやる、俺はサッカーの王になってやる。いつかこいつらを俺の前に跪かしてやる。サッカーを知らない人間が驚愕し、震え上がるようなプレーをこいつらの目の前でしてやる。ゴート人もウルフ人も関係ない・・・ただ驚愕するプレーだけがそこに存在する。ロード・オブ・サッカー・・・そのためならどんな屈辱も痛みも喜んで耐えてやる。押さえつけられた体を少し持ち上げた。背後から押し寄せる激しい痛みの中、目の前には確かな光が見えた。
「ロード・オブ・サッカー・・・・」
苦痛と歓喜の中、ジャレッドのは意識を失った。
−つづくー
後書き
イミグレーションではもちろんこんなことはしません。もし関係者がいたらすみません。ただ役職に関わらず、民族間の憎しみとか偏見はきっとどんな国でも持ち続けてなくならず、それが個人に向かってしまった時は怖ろしい行為へと変わってしまうだろうな、などということを考えてしまいました。
2006、8、12
目次へ戻る