ロード・オブ・サッカー(25)
舞台 ゴート国執政ノーブルの邸宅
登場人物 デヴィッド(指輪、ファラミア)
ビリー(指輪、ピピン)
執政ノーブル氏(指輪、デネソール)
「そう心配しなくていい。ここは俺が子供の頃から住んでいた家だ」
「そ、そうですけど・・・僕はこんなすごいとこ、入ったことありませんから・・・前に遠足で見学したお城の中だってこんなに豪華では・・・」
「ハ、ハ、ハ・・・お城は今はもう誰も住んでいないけど、ここは実際住んでいるからね。それに各国からの大使もここを訪れ、滞在していく。王がいなくても執政だけで国を立派に治められると証明するためには、必用以上に豪華にする必用があるのさ」
「そ、そうなのですか?」
「ゴート国も、今は大国と言われているが、この国の豊かな資源を狙って、昔はよくウルフ国やハイエナ国などが襲ってきた」
「あ、それ学校で習いました。お城を砦にして、勇敢な王様が先頭に立って戦ったんでしょう」
「そうだ、今は平和な時代になったが、力のない国と思われては、いつまた他の国の侵略を受けるかわからない。そのためにも次のワールド・カップではゴート国の強さを見せなくては・・・」
「そうですね、でもデヴィッドさん、どうして僕だけをわざわざこの家に招待したのですか?ドミニクも一緒だとよかったのに・・・」
「そうだな、まずそれを話さないといけないな。何か飲むか?」
「は、はい、ビールを大ジョッキで・・・」
「まさか君は未成年じゃないだろうな」
「違いますよ。若く見えるけど、僕もドミニクもとっくに大人になっています」
「いや、悪い、悪い・・・」
デヴィッドは笑顔を見せた。ビリーはサッカーはうまくはないが、不思議な明るさと魅力がある。彼がいることでチームはいつも笑いに包まれていた。もしかしたら自分がこれからやろうとしていることはかえって悪い結果をもたらすかもしれない。いや、そんなことはない。自分には未来を見通す目があるのだから、これが正しいはずだ。
「さあ、ここに座って、ビールもつまみも好きなだけ飲んで食べていいぞ。ただし、酔って寝てしまわないようにな。すぐに父上も戻ってくる」
「え、あの、ノーブル氏も来るのですか?」
同じ代表チームでプレーしているが、ビリーは執政ノーブル氏とは、ほとんど会話もしたことがなかった。同じように年の離れた選手でも、イアン選手は親しみやすかったが、ノーブル氏からはなんとも言えない威圧感が漂ってくる。
「執政ノーブルなんて、同じチームにいても話したことないよ、なんとも言えない威圧感があって、そばにいるだけで疲れてしまう、ああ、いやだなあ・・・・君は今そう思っただろう?」
「あ、いえ、そんなことは・・・考えて・・・どうしてわかるのですか?」
「俺は相手の目を見れば、考えていることは大抵読み取れるさ、それで都合の悪いこともたくさんあったが・・・」
「それで、父に隠れてまたよからぬことを考えているのだな」
「あー!!アー・・・・ノ、・・・ノー」
ビリーが何か叫ぼうとするが声が出ず、口をパクパクしている。無理もない。今噂をしていたばかりのノーブル氏が、ビリーの席のすぐ横にいつの間にか座っていたのである。
「どうしてそんなことが・・・まさか昔の話のように魔法の指輪を持っていて、姿を消して近づくことができるとか・・・」
「ビリー、いくらなんでもそれは昔の話だ。そんな武器を持っていたら、誰にも気づかれずにゴール前へ行き、点を入れることができるだろう。父上、お早いお戻りですね」
「気になることがあるからな、デヴィッド、お前の考えはわしにもようわからぬ。何を思ってこのビリーをわしの小姓になど・・・」
「えー!!ぼ、僕が小姓って、あの王様に仕えて身の回りのこと何もかもやるっていう・・・そんな、僕はできません。僕は体も小さいし、まだ何もしたことないんですよ!絶対に無理です」
「そうだ、デヴィッド、執事や秘書など他に優秀な者はいくらでもいるのに、なんだってこんな気の利かない、役に立たないやつを雇わなければならないのかね。お前は賢いと思っていたが、試合を前に緊張のあまり心が乱れているようだ。せいぜい代表から落とされないよう、気を入れて試合に出ることだな。ノーブル家の恥とならぬよう」
「そうです、僕はばかで、気が利かなくて、おっちょこちょいで、何にでも首を突っ込みたくなって、なにをやっても失敗ばかりしています。だからどうか僕を小姓にしないでください!何もないままドミニクのところへ帰してください。お願いします」
「そんな大げさなことではないよ、ビリー、君はただこの家に住み込み、掃除とかしていてくれればいい」
「掃除ですか、僕の部屋、汚いですよ。合宿所は誰かが掃除してくれたみたいで、いつもきれいだったけど・・・」
「父上、なぜビリーをここに住まわせるか、詳しく説明しましょう。父上は代表選手というだけでなく、執政のためいつも狙われています。使用人のふりをして命を狙う者だって出てくるかもしれません」
「今まで、ゴート国には、そのようなことは一度もなかった」
「今までは今まで・・・でもお忘れですか?今年はちょうどあの千年前の予言の年なのですよ。その年、ゴート国は大きくゆらぎ、闇に沈むかもしれぬ、それを救えるのは小さく、無知で、無欲である者のみと・・・」
「その予言、わしの計算では10年後だ!」
「父上の計算の仕方は間違っています。イアン氏に聞いて確かめました」
「なに、イアンだと・・・お前はまだあの老いぼれの魔法使いと仲良くしているのか!許せぬ、断じて許せぬ。もうお前などノーブル家の一員ではない。今すぐここを出て行け!」
ノーブル氏は顔を真っ赤にして怒り出した。
「待て!そのビリーは置いておけ・・・よいな」
椅子から立ち上がり、執政用の長い杓を掴んだと思うと、また姿は見えなくなった。
「あ、消えてしまった」
「そう見えるだけだよ。とりあえず君がこの家に住み込む許可が出た」
「だってデヴィッドさん、あなたは・・・」
「俺が怒りを買うことぐらい、始めからわかっていたさ」
「予言の言葉って・・・・」
「父上の計算が正しい。でもそうでも言わないと、君をこの家に置く理由がなくなる」
「どうして僕をそれほどまで・・・・」
「ドミニクと引き離す必用があるからだ。君は本気でドミニクのこと大切に思っているんだろう?」
「もちろんです。彼は大事な親友です」
「だったら今は離れた方がいい。自分でも薄々感じていただろう。はっきり言うが、ビリー、君はサッカー代表選手になれる力はない」
「わかっています・・・わかっています・・・でも僕は代表になれなくても・・・ただみんなと楽しくサッカーができれば・・・」
ビリーの声は泣き声になってきた。自分が下手で代表選手になる実力などまったくないことはよくわかっていた。それでもみんなと一緒にいるのが楽しくてここまでやってきた。
「みんなと一緒にいて楽しい?そんなことで他の国に勝てるとでも思っているのか?サッカーはそんな甘いスポーツじゃない。俺はサッカーをやっていて楽しいなどと思ったことは一度もない」
「どうしてそんなこと言うのですか!僕はデヴィッドさんとショーンさんが大好きで憧れていました。それなのに今日は酷いことばかり言って・・・おまけにここに住み込みで働けと・・・僕はこんなりっぱなお城のような家に住みたいとは思いません。ドミニクと一緒の小さな部屋で充分幸せです。ドミニクと一緒に笑いながらサッカーをやったり食事を食べたり、そんな毎日が楽しくてたまらないのです。そんな無理して代表選手になれなくても・・・」
「無理しないサッカーがあるのか!」
びっくりするほどの激しい怒りの声に驚いた瞬間、ビリーの頬から鋭い音が鳴り響いた。驚いて打たれた頬に手を当てた。涙が急に溢れ出た。
「すまない、殴るつもりはなかった・・・」
「どうして・・・こんな・・・僕はただドミニクが好きで・・・サッカーが好きで・・・」
「本当に好きなら、何が一番大事か考えるんだ、ビリー。君はドミニクの足を引っ張ってしまう」
「あしをひっぱる・・・・」
「辛いだろうけど、今のままでは君たちは、特に君は彼の足をひっぱるだけだ。好き嫌いの感情とサッカーは別だ。どんなに嫌いでいやな相手と思っても、自分がサッカーを極める上で、刺激を与え、エネルギーを引き出してくれるやつもいる。その逆に、どれほど気が合い、一緒にいて楽しくても、そこに溺れ、エネルギーを吸い取ってしまう関係もある」
「僕と一緒だと、ドミニクは実力を発揮できない・・・僕達は一生一緒にはいない方がいいのですか?」
「そんなことはないだろう。ただ、今ドミニクは飛躍するかもしれない時期に来ている。長いサッカー人生の中でも、急激に飛躍することなど一生のうちに一度か二度あるかないかだ。彼は今努力すればより高いステージへとたどり着ける。君がそばにいたら、差がつくことを無意識に恐れ、けっしてそこまで行こうとはしない。スポーツはなんでもそうだ。勝つか負けるか、生き残るか消されるか、同じゴールに仲良く手をつないで向かうことはできない。それぞれのゴールへは、一人ずつしか向かえない」
「デヴィッドさんは、そうやっていつも一人で戦ってきたのですか」
「そうだな、俺はいつも一人だった。偉大な父と兄を持ち、その谷間でいつも一人でもがいていた」
「わかりました。僕も一人でがんばります。それでドミニクが実力が発揮できるなら・・・」
「わかってくれたか。それならさっそく今日から頼むよ。予言は10年後だが、父上が狙われていることには間違いない。掃除よりもそこをよく見てくれ」
「わかりました。・・・あの・・・僕は離れていてもやっぱりドミニクを一番に愛しているので・・・やっぱりその・・・」
「小姓という言い方がまずかったかな、今は昔とは違う。そんな仕事はしなくていい」
「それじゃあ、その他の仕事はなんでもします。任せてください。僕は料理とかも得意なんですよ」
「あんまり無理して父上を怒らせないでくれよ」
「大丈夫、僕一人で全部食べてしまえば・・・・」
「ハ、ハ、ハ・・・そうだな」
デヴィッドの笑い声が部屋中に響いた。だがその笑い声が心からのものでないことにビリーは気がついた。この人の笑顔にはいつもどこか無理しているところがある。本気で笑ったことなどないのかもしれない。心配そうに覗き込むビリーに対し、デヴィッドは微かに頷いた。
−つづくー