10、残照
私達の軍隊はついにペルシャ軍と対決することになった。味方の兵士の数はおよそ4万、それに対して敵の数は6倍以上の25万、しかも最新の戦車などを持っている。わが軍の兵士達は敵の数や兵器を見ただけで震え上がっている。こんなことで勝てるのだろうか。
ペルシャの都に近いこの場所は草木もまばらな不毛の大地が広がっている。砂漠に落ちる夕日はひときわ赤く大きく見える。
「今日の夕日は特別大きく見えるな」
「そうだね、あんなに赤い夕日を見るのは初めてだ。明日此処でたくさんの血が・・・」
「たくさんの血が流される。もしかしたら俺かお前の血が流れるかもしれない。夕日を見るのもこれが最後かもしれない」
「アレキサンダー・・・」
「ヘファイスティオン、戦いの前に俺は一人にはなりたくない。最後の夕日をお前と眺め、最後の夜は必ずお前と過ごしたい」
「・・・・・」
「明日の作戦について、話し合わなければならないことがたくさんある。でも今夜は必ずお前のところに戻ってくる。待っていてくれ」
「カッサンドラのところか」
私はまた余計なことを言ってしまった。そんなことを聞いてどうする。自分の傷口をわざわざ押し広げるようなことばかりしてしまう。
「ああそうだ。あいつとは話しておきたいことがたくさんある。明日の戦いで勝てるかどうかはあいつに掛かっていると思う。どうした、震えているのか」
唇をかみ締めている私の体は震えていた。彼は私を抱きしめ、口付けをした。
「全く、この辺りの砂漠は、昼間は暑いのに夜は急に冷えてくる。暖かい格好をして待っていろ」
「違うよ、明日のことが心配で・・・」
「戦いの時は俺のそばを離れるな。それで大丈夫だ。お前は何も心配しなくていい」
「でも僕はなんのためにここまで・・・」
「俺のそばにいてくれるだけでいい」
アレキサンダーは出て行った。遠くのテントから話し声が聞こえる。一人残された私はまた長い夜を過ごさなければならない。
いつもと同じようにアレキサンダーはなかなか戻っては来ない。私は外に出た。月も夕日と同じように赤く染まっていた。彼の言うとおり砂漠の夜は冷える。月は燃えるような赤い色をしているのに、地上の空気は冷たく震えがくる。今夜は星は全く見えず、月だけが妖しく光っている。
「アレキサンダーが戻ってくるわけがない」
私は自分に言い聞かせ、テントの中に入った。
「カッサンドラは明日の戦いで大きな手柄を立て、アレキサンダーはますます彼に夢中になる。わかっていることなのにどうしてそんなに気にする!」
胸のやけどの跡をかきむしると血が流れて、手が赤く染まった。その指を体の中に入れ、自分で自分をなぐさめる。つめをたててかきむしると、体の中からも血が流れているのを感じる。
「アレキサンダー、そうだよ、もっと激しくかきまわして!・・・僕はこんなにも君を愛している。それなのにどうして!」
いつの間にか眠ってしまったのだろう。遠くから自分の名前を呼ぶ声がする。
「ヘファイスティオン、戻って来たよ」
「アレキサンダー・・・」
「体が冷たくなっている。暖かくしていろと言っただろう。待っていろ。すぐ暖めてやるから。俺の体を触ってみろ。熱くなっているだろう」
「本当だ」
「たった今、カッサンドラを抱いたばかりだ。まだ体中に熱と興奮が残っているよ。早くお前にもこの喜びを伝えたい」
アレキサンダーは性急に私の服を脱がせ、胸の傷跡に気がついた。
「どうした、この傷跡は・・・やけどの跡か?」
「たいまつを持って歩いていた時、つまずいて転んだ」
「気をつけてくれ!お前の体は俺のものでもあるのだから、やけどの跡なんか残ったら困る」
「ごめん・・・」
「俺とお前の関係はただ抱き合うだけではない、特別の関係だ。お前の体は俺のものだし、俺の喜びはお前の喜びだ。俺たちはたまたま二つの体と心を持って生まれてきたけど、もともとは一つだった。だからなんでもわかりあえるし、決して離れることはない。俺の言っている意味わかるか?」
アレキサンダーの言っていることはむちゃくちゃである。それに彼は私の気持ちなど全くわかっていない。それでも私は彼の言うことにうなずいていた。
「わかるよ。僕達はもともとは一つだった。だからなんでもわかりあえる」
「俺は神話に出てくるアキレウスと同じだ。どんな敵でも倒すことができるし、そばには分かり合える親友が必ずいる」
「どんな敵でも・・・」
「ああ大丈夫だ。カッサンドラは素晴らしい男だ。あいつには神がついている。そのカッサンドラの力を俺はあいつを抱くことによって分け与えられた。まだこの体にはその熱が残っている。明日の戦い、敵が何十万いようと必ず勝てる。俺たちには神がついている」
彼は私の体を指で慣らすこともせず、直接刺し貫いた。私は大きな悲鳴をあげた。自分のつめでかきむしったその場所はまた血が流れている。
「あいかわらずお前は大げさだな、ヘファイスティオン。俺たち初めてではないだろう?数え切れないほどお前を抱いている。それなのに初めてみたいな声を出して・・・まあそれがお前のいいところでもあるが・・・カッサンドラは簡単には声を上げないよ。あいつの声を聞くのは大変だ。剣や槍の稽古をするより疲れる。そもそもあいつはお前よりずっと背も高く、肩幅も広い。お前と同じ褐色の肌で・・・」
もういい、やめてくれ!どうして彼は私を抱いている時にまでカッサンドラの話をする・・・彼は私の気持ちなど少しもわかってくれない。そして体の痛みも・・・胸の傷跡を押さえつけ、激しく腰を打ち付けてくる。私の体も心も悲鳴をあげ、涙があふれ出た。それなのに耳に聞こえる私の声は喜びに溢れた嬌声だった。
「そんなに気持ちがいいのか、ヘファイスティオン。お前が喜んでくれてうれしいよ。最後の夜はお前と一緒と思ったけど、俺たちはまだ最後ではない。明日の戦いは必ず勝てる。俺たちはどこまでも一緒に行こう。愛しているよ」
私は少しでも痛みを少なくしようと体をよじるが、彼に押さえつけられて身動きが取れない。あきらめて彼に身をまかせた。ふっと体が軽くなり、痛みは消え、快感に襲われた。次から次へとくる例えようのない気持ちのよさ、私は目を閉じてその快感を心ゆくまで味わった。
「愛しているよ、ヘファイスティオン」
彼の甘いささやき声は、いつまでも私の耳に残った。
−つづくー
後書き
「お前の体は俺のもの、俺の喜びはお前の喜び」とまあ随分自分勝手な(?)王様ですが、王様は彼なりの理論でヘファイスティオンを愛しているのです。お互い相手の気持ちは理解せず、自分の気持ちだけでとんでもないことをしているのですが・・・
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