11、赤い大地

ペルシャとの決戦の朝、太陽もいつもよりもずっと大きく赤く見えた。私は日の出の時間まで、アレキサンダーと伴に過ごした。彼は何度も私を求めてきた。最初激しく荒々しかったその行為は次第に穏やかなものとなり、最後は私を抱いたまま、彼は眠りについてしまった。私は彼の体に毛布をかぶせ、そっとその場を離れた。天幕から外に出ると空は赤く染まっていた。今度の戦いは今までとは違う。敵の兵の数は役6倍。果たして勝てるのだろうか。

「太陽も赤く染まっている。今日はたくさんの人間の血が流される」

アレキサンダーがいつのまにかそばに立っていた。

「アレキサンダー、寝ていなかったのか」
「お前も起きていたのだろう」
「不安が大きくて、全く眠れなかった」
「俺もだよ。でもお前がそばにいてくれてよかった。今日の戦いはただペルシャ対ギリシャの争いではない。お前はわかっているよな」
「今日から世界は新しく生まれ変わる。古い勢力が破れ、新しい勢力が誕生する」
「その通りだ。お前だけだ、俺のことわかってくれるのは・・・兵士の中にはこの戦いを初めから勝ち目がないものと思い込み、怖れ、不満を抱いている者も多い。俺はどうやって彼らを動かせばいいのか・・・」
「君の理想を話せばいい。きっとわかってもらえるよ」

私は彼に口付けをした。顔も手足もびっくりするほど冷たくなっていた。

「砂漠の朝は冷える。もう一度温まりたい」

返事の代わりに私はもう一度彼に口付けをした。今度は深く、お互いに舌を絡ませながら・・・




ずらりと並んだ敵の兵士と戦車、我が軍の兵士達もきちんと隊列を組んで並んでいる。アレキサンダーは馬に乗り、一つ一つの小部隊の前で激励の言葉をかけていく。

「今度の戦いは、ペルシャ対ギリシアの戦いではない。古い勢力と新しい勢力の戦いでもある。神ゼウスは父であるクロノスと戦って新しい秩序のある世界を作った。私は今、神に代わって新しい秩序のある世界を作ろうとしている。ペルシアの兵は数は多くてもそのほとんどは生まれながらの奴隷である。ただ、命じられるままに戦いに参加して倒れ、名前も、自分たちが生きてきた意味もわからないまま死んでいく。それに引き換え、我が軍の兵士は全員が自由の市民。一人一人が名前を持って生まれ、生きる意味を問いながら育ち、そして今自らの意志でこの戦いに参加している。この戦いでは多くの者の血が流されるであろう。だがその血は無駄に流され大地を赤く染めるのではない。新しい秩序ある世界を作るために流された血はその者の名前と名誉と伴に、永久にこの大地に刻み込まれるだろう。死を怖れるな!自由の民の戦士達よ!」

このような話をする時、彼はもうさっきまで私と抱き合っていたアレキサンダーではなくなる。神のように気高く光輝いて見える。そのアレキサンダーが私を見つけると、近くまできて小声でささやいた。

「ヘファイスティオン、この部隊は最前列に行かせるつもりだ。お前はここにいないほうがいい」
「でも、僕が最初に隊長に任命されたのはこの部隊だから・・・」
「お前は隊長から降ろしたはずだ。新しく選んだ者もあまり期待できそうもない。この部隊は全滅もやむをえないと思っている。先にこの部隊で戦わせて疲れさせ、後からカッサンドラの率いる部隊と戦わせる」
「そんな、最初から犠牲にするつもりで・・・」
「大きな声を出すな、いいか、命令だぞ。俺のそばにいるのも危険だ。お前はカッサンドラの部隊の後ろの方に行っていろ!ぎりぎり最後まで安全な場所にいろ!わかったな!」

アレキサンダーは厳しい口調で言い、別の隊の方へ行ってしまった。

「何が自由の民だ、名前だ、名誉だ。結局俺たちは真っ先に戦わされて死んでいくのだろう。奴隷と大して変わりはない」
「この部隊に入れられたのが運が悪かった。ヘファイスティオンなど、そもそも隊長に全く向いていない人間を選んだりしているから・・・新しく選ばれた隊長もたいしたことはない。結局俺たちは力のない指揮官の下で働かされて無駄死にするだけだ」
「カッサンドラ様かプトレマイオス様の部隊に配属されていればよかった。そのどちらかなら前線に出るのは最後で、生き残り名誉と褒美を手にすることができただろう。ここは全くだめだ。いくら名誉を与えられても、死んでしまったらどうしようもない」
「おい、ヘファイスティオンがここにいるぞ」
「あの男、なんでわざわざこんな危険な場所にいる」
「そのうち逃げ出すだろう。一応元隊長だから心配して見に来たふりをしたいのだろう」
「あの男がいたって何の役にも立たない」
「王様には役に立っているのだろう。朝までずっと一緒だったというじゃないか」
「それでか、目が赤くはれていた」

アレキサンダーがいなくなれば兵士達の話し声に遠慮はなくなる。だが私はその場を離れることはしなかった。この部隊は真っ先に戦わされ、全滅するかもしれない。もし私にもっと戦士として、隊長としての力があれば、私がこの隊を率いて戦う予定であった。もしそうなればカッサンドラの隊ほど期待をされなくても、真っ先に前線に行かされることはなかっただろう。私の力のなさが彼らを確実な死に近づけている。それならばせめてこの隊で一緒に戦おう、そう決意を固めていた。




戦いが始まった。槍や剣のぶつかり合う音、戦車の轟音、人の叫び声、気がつけば私のまわりは倒れた人間ばかりであった。血だらけになって息絶えた者、まだ生きていてうめき声を上げている者、見るも無残な姿になったたくさんの死体、周りの土は血で真っ赤に染まっていた。誰が隊長なのか、誰が指揮を執っているのか、全くわからない状態になっていた。このままではみなそれぞれに戦ってすぐに全滅してしまう。ペルシャの兵士は我が軍の兵士より何倍も多い。全滅は免れなくても、少しでも敵の数を少なくしなくては・・・

「全員集まれ!それぞれ一人ずつ戦うな!集まれ!」

私は出せる限りの大きな声を出した。

「今からこの隊の指揮は私が執る。全員役割を思い出してもう一度整列しろ。長槍を持つ者は前へ出ろ!そうだ!こうして並べば敵は恐れて近づかない。そうだ!もっと集まれ、隊形を整えろ。進め!倒れた者にはかまうな!」

いつのまにか私の周りには兵士が集まり、隊形は整えられていた。こうなると敵もうかつには攻撃してこない。

「進め!このままどこまでも!敵を倒していけ!」

私のどこにこんな力があったのだろうか。今、この部隊はひとつにまとまり、次々と倒れる者がいても前に進んでいる。だが次の瞬間胸に激しい痛みを感じた。

「隊長!ヘファイスティオン様」
「私にかまうな!このまま進んでいけ!」

私の体は地面に横たえられた。血の匂いがする。大地に染み付いた血なのかそれとも自分の血なのか・・・胸の痛みは激しい。

「アレキサンダー、見ていてくれているか。少しは役に立てたようだよ。僕の体は君のもの、君の夢は僕の夢、僕にははっきり見えるよ、君がこの戦いに勝って新しい世界を作っていく姿が・・・君の夢が今・・・悲しまないで・・少しぐらいの犠牲は・・・」

私は静かに目を閉じた。もう痛みも感じず、叫び声も聞こえなかった。この死体の山の中、戦車に踏み潰されて誰だかわからなくならないようになることだけは避けたかった。もう一度目を開き、這うようにして少しずつ移動した。

「アレキサンダー、もうすぐ君の夢がかなうよ・・・君と同じ夢を見ることができて・・・幸せだったよ」


                                                 −つづくー


目次へ戻る