12、夢

遠くで、子供のすすり泣く声が聞こえる。何がそんなに悲しいのだろう。うずくまり、体をまるめてしゃくりあげている。私はその子供にそっと近づいた。見覚えのあるその顔にはっとした。そばにいる私も同じぐらいの子供になっている。

「アレキサンダー、どうしたの?なにをそんなに泣いているの」
「君の姿が見えなくなってしまったから」
「僕はここにいるよ」
「ヘファイスティオン、本当にヘファイスティオンなのか」
「当たり前だよ」
「君がどこかへ行ってしまったかと思った」
「僕はどこへも行かないよ・・・でも僕は君が探しているものを見つけられなかった」
「そんなもの欲しくはない。君さえそばにいてくれたら」

小さなアレキサンダーは同じように小さな私に抱きついてきた。ここはどこだろう。暗闇の中、草のにおいがする。

「君がいないと僕は一人ぼっちになってしまう・・・お願いだよ・・・もうどこにもいかないで」
「どこにも行かないよ」
「約束だよ」
「約束するよ」
「もう離れないで・・・」
「約束するよ。君のそばから決して離れない」




胸に激しい痛みを感じた。目を開けようとしたが、体がうまく動かない。私を抱きしめている大きな体がある。胸の鼓動、熱い皮膚の感触。

「ヘファイスティオン、寒くないか・・・・お前の体はどんどん冷たくなっている・・・もっと暖めてやるよ・・・どうしてお前はあんなところに倒れていたんだ!もっと後ろに引っ込んでいろと言っただろう。それなのにあんなところまで出て行って・・・お前は弱いから・・・強くなろうとしたのか・・・無理するから・・・俺はお前がただそばにいてくれればそれでよかったのに・・・」

アレキサンダーの泣く声が聞こえる。私は彼に声をかけようとするが、声が出ない。動かない手を懸命に動かして彼の背をそっとなでる。激しく震えながら泣いている。

「俺たちはペルシャに勝ったよ。ダレイオス王の軍隊はちりぢりになって逃げていった。みんな祝杯をあげて浮かれている。だけど俺は少しもうれしくない。こんな勝ち方をするくらいなら、負けてボロボロになって惨めな姿でお前と二人逃げ惑う方が遥かによかった。お前がこんな姿になって、俺はこれからどうすればいいのだ」

私の手が彼の体を抱きしめる。彼もまた私の体を強く抱きしめていた。

「ヘファイスティオン、どこにも行かないでくれ。お前がいないと俺は一人ぼっちになってしまう」
「ぼく・・・は・・・ここに・・・」

私はゆっくりと口を開いた。

「ヘファイスティオン!無事だったか!」

彼は大声を上げた。私はまだ思うように体が動かせず、声も出せない。

「やっぱり俺たちには神がついているんだよ。よかった、よかった。お前の戦っている姿、少しだけ見たよ。見事だった。俺だけじゃない。他のみんなも驚いていたよ。お前のことをもう誰にも何も言わせない。お前はりっぱな戦士だ!」
「アレキサンダー・・・」

彼の顔は今までとは全く違っていた。いきいきと夢を語るいつもどおりのアレキサンダーに戻っていた。

「宿敵のペルシャを倒した。次は俺たちはどこへ行く?次はエジプトに行こうか?エジプトはギリシャよりももっと古くから栄えた国だ。ピラミッド、太陽の王、灼熱の砂漠、青い海、なにもかもそろった素晴らしい国だ。お前もきっと気に入るよ」

彼の目はもう目の前の私を見てはいなかった。次の国への夢を語り、新しい戦いについて考えている。

「次の戦いでは、前の予定通りお前も隊長に任命する。もう誰にももんくなど言わせない。お前の活躍はカッサンドラにも負けないほど素晴らしいものであった。
「カッサンドラ・・・にも・・負けない」
「ああそうだよ。俺は本当に素晴らしい部下に恵まれている。カッサンドラの活躍も素晴らしかったけど、お前もそれにまけないほどだった。次の戦いが待ち遠しいくらいだ」
「アレキサンダー、次の戦いの話なんて・・・僕はまだけががひどく思うように体が動かせない」
「心配するな、これぐらいの怪我は俺がすぐ治してやる」




アレキサンダーはさすがに私の傷口には手を触れなかったが、そのまわりからゆっくりとなで始めた。小さな傷口に舌を這わせ丁寧に舐める。傷口に触れられた私は小さなうめき声を上げ、顔をしかめるが彼の動きは止まらない。私の体中をなで、嘗め回した。彼の手は私の一番感じる部分にまで伸びた。手でゆっくりと押し広げ、舌を差し入れてくる。私は今まで感じたことのない感触に喜びの声を上げるが、かろうじて残されていた理性で言った。

「だめだよ。そんな場所に君の口をつけたら」
「いいんだよ、いまの俺はお前のためにどんなことでもできる。ここが一番感じるのだろう」
「僕はまだ怪我が・・・ああ・・いい・・」

あられもない声を上げていた。私の声に気をよくしたアレキサンダーは、さらに大きく押し広げ、舌を差し込んでくる。充分ぬらされたところで今度は指を入れられた。

「ひどいよこれは、君は僕の体のこと少しも・・・」
「何をいっている。お前のここ、こんなに熱く解けているぞ。自分でも触ってみるか」
「わかっているよ・・ああ・・」
「がまんできないのか、もう少しだ、もっともっとよくしてやるよ」

彼の指が私の中を自由自在に泳ぎまわる。私は目を閉じた。いつのまにか指ではなく彼自身のものが入れられていた。柔らかく解けた穴の中はどのような刺激でも喜びに打ち震える。

「愛しているよ、ヘファイスティオン、俺はお前で、お前は俺だ。お前を失ったら俺は生きてはいけない」

彼の言葉はますます私を興奮させた。私は長い間喜びの声を上げていた。全てが終わって精を吐き出した彼は満足げな顔で私の横で眠りについた。




ふと目を覚ました私の近くでささやき声が聞こえた。アレキサンダーはまだぐっすり寝ている。

「今日で3日目だ。大王は一度もこの天幕から外に出ていない。食事もほとんどとっていない」
「いくらペルシャに勝ったとはいえ、王がこの調子では先が思いやられる」
「ヘファイスティオンは死んだのか」
「いや、生きているみたいだ・・・目がさめたらさっそく王のお相手をしていた」
「あの男死んではいなかったのか」
「もう、そんな呼び方はできないだろう。今度の戦いではかなり活躍していた。おまけに王のお気に入りだ」
「そんなやつに偉そうに指揮されるのはいやだな」
「いっそうのことあのままだった方が英雄として惜しまれたのに・・・」
「王のお相手は難しいな、よっぽどの人間でない限りさげすまれ、軽蔑されるのがおちだ」
「おい、こんなところで話していて聞こえないか」
「聞こえないだろう。今頃両方ともくたびれてぐっすり眠っているさ・・・」

アレキサンダーは私のことを気にするあまり、他の部下への配慮は全く忘れていたようだった。このままではいけない。なんとかしてすぐに立て直さなければアレキサンダーの軍隊も分裂する恐れがある。一つの戦いが終わって無事生還できても、それで安らぎの日々があるわけではない。アレキサンダーの近くにいる限り戦いは続いていく。それでも私はどこまでもついていく。彼に誓ったのだから・・・

「僕はここにいるよ。決して君のそばを離れない」


                                                  −つづくー


後書き
 戦いが終わっても安らぎの日々はない。それでもヘファイスティオンはアレキサンダーのパートナーとしての自分の役割を少しずつ自覚していきます。


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