14、砂漠
エジプトへ向けての行軍の準備が始まった。新たにマケドニアより兵士が集められた。兵士だけではない、調理人、技師、学者などあらゆるタイプの人間が、マケドニアだけでなくギリシャ全土から集められた。
「アレキサンダー、どうしてこんなにたくさんの人を・・・ペルシャとの戦いより遥かに多い。こんなにたくさんの人数の遠征で大丈夫なのか」
「今度の遠征はエジプトを滅ぼし、征服するために行くのではない。長い間文明の栄えたエジプトも今では王の力が衰え、衰退している。このままでは国は滅び、長い間栄華を極めたエジプトの文明も衰え、忘れ去られてしまう。俺達が行って新しい王となり、伝統を守りながら新しい国を築いていくのだ」
「どうして学者まで連れて行く」
「エジプトの文化についていろいろなことを知り、守っていきたい。そのためには学者の力が必要だ」
アレキサンダーの目は輝いている。彼の目には、古代からの文化を守りながらも新しい国となっていくエジプトの姿が見えている。
「エジプトに新しい街を作り、そこを文化の中心となる都市にしよう。新しい街の名前は何がいいかな」
「アレキサンダーの街、アレキサンドリアはどうかな?」
「アレキサンドリア、素晴らしい名前だ。そこは世界の中心となる。そこにはあらゆる国の人間が住み、あらゆる国のものが集められる」
「アレキサンダー、君の理想は素晴らしいが、目の前にある現実も見てくれ」
プトレマイオスが口を挟んだ。彼はエジプト遠征に先立って、数人の部下を連れて偵察に行っていた。
「プトレマイオス、今戻って来たのか。ご苦労だった。エジプトまでの道は大変だっただろう。ゆっくり休んでから詳しい話を聞かせてくれ」
「もう準備は整っているのか」
「人間は予定していた通りすべて集めた。後は計画を立てて実際に行動に移すだけだ」
夜、アレキサンダーの周りにプトレマイオス、カッサンドラ、セレウコスなどが集まった。偵察に行ってきたプトレマイオスが詳しい話をしている。
「見てきたところ、エジプトにはもう俺達の軍隊に反撃するほどの勢力は残っていない。国として保っているのがやっとというような状態だ。だから兵士の数はもっと少なくしてもいいかもしれない。エジプトまでの道は荒れた砂漠のような道が続く。あまりの大軍では動きにくいだろう」
プトレマイオスの話にカッサンドラが反論する。
「俺は最初からエジプトへ行くのは反対だった。だがどうしても行くと言うなら、兵士の数はそのままでいい。だけどどうして戦いに役に立たない普通の人間をたくさん連れて行く」
「彼らは普通の人間ではない。学者や技術者など優れた才能を持つ者ばかりだ」
「俺達はこれから何をしに行く。戦いに行くのではないのか。新しい街ができそうなほどいろいろな人間をつれていくな」
「そうだ、新しい街を作ろうと思っている」
「アレキサンダー、俺は戦いだと思ってここまで付いてきた。この先新しい街を作るために出かけるなら、俺はここから帰らせてもらう。宿敵ペルシャとの戦いを避けて何をやろうとしている。俺達がこうしている間にも向こうは力を増し、また攻めてくるぞ」
「カッサンドラ、戦いではお前の力が必要だ。戻るなどとは言わないでくれ!」
「だったら戦いに必要な者だけ連れて行けばいいだろう!」
カッサンドラはアレキサンダーの理想など少しもわかっていない。彼だけではない。プトレマイオスもセレウコスも彼の考えていることをどこまで理解しているのだろうか。私にはわかる。アレキサンダーがエジプトへ行き何をしようとしているのか。
「俺は何も考えずにこれだけの人数を集めたわけではない。これからエジプトへ行き、新しい街を作るのにどうしても必要と思われる人数を計算して・・・」
「誰と相談した!偵察に行っていたプトレマイオスは別として、俺やセレウコスにはなんの相談もなかった。どうせヘファイスティオンと二人だけで相談して決めたことだろう」
「カッサンドラ!王の前だ、口を慎め!確かに砂漠の遠征でこの人数は大変だと思うが、王には王の考えがあるのだろう」
「何が考えだ。結局王はヘファイスティオンの言いなりだろう。俺達の前では何もしゃべらなくても、ベッドではよくしゃべると評判だよ。やっぱりそこで気に入られるのが一番だな。大して手柄など立てなくても、思い通りに王を動かせる」
「カッサンドラ、それ以上言葉を口にするなら、王を侮辱した罪で死罪を言い渡す」
「そこまで言われたら何も言えない。王の命令に従うよ。だけど何があっても俺は知らない」
「カッサンドラ、お前に責任など取ってもらわなくてよい。もう少し詳しい話をプトレマイオスから聞いて取るべき道を決定する。ここに集まったすべての人間で遠征にいく。減らすことは考えていない。そして技術者や学者の面倒を見るのはヘファイスティオンに任せることにしよう。話し合いはこれで終わりだ!」
カッサンドラはもちろんのこと、ほとんど話をしなかったセレウコス、プトレマイオスでさえこの決定にはかなり不満を持っていたようだったが、アレキサンダーは強引に話を終わらせてしまった。
そして遠征が始まった。砂漠や荒れた土地を進んでいく行軍、中でも私は兵士以外の者の面倒を見る責任者に選ばれてしまったので大変であった。戦いや厳しい生活に慣れた兵士ですら、砂漠に近い場所では水や食料も乏しく不満がたまっていく。まして学者や技術者などのグループでは、一人一人体力にかなりの差があり、歩く列もかなり長くなってくる。体の弱い者、歳を取った者は馬に乗せるにしても大部分の者は歩いている。途中から馬をらくだに乗り換え、長い遠征の旅が続いていく。移動の途中、私は体力の限界を遥かに超えるほど動き回らなければならなかった。遅れたものはいないか、体力の弱っている者はないか、と絶えず周りを見ては励ましの言葉をかけ続けた。争いがあれば止めに入り、不満を言う者の声にも耳を傾けた。砂漠では主に涼しい夜に移動をした。日中は木陰やテントの中などで休むのだが、私には休む余裕もなかった。数千人の者の様子を見るためには、暑さやのどの渇きも忘れて走り回っていた。強い日差しで肌は日に焼けて黒くなり、乾いた喉はひりひりと痛んで、声を出すのもやっとになっていた。それでも私は幸せであった。どんなに大変な行軍であってもこの砂漠の向こうにはアレキサンダーが理想とする街が見えていた。
「ヘファイスティオン、アレキサンドリアまではもうすぐだ」
突然アレキサンダーに声をかけられた。もう何日も彼とはほとんど話もできないでいた。
「そうであって欲しい。僕はもうほとんど体力の限界だよ」
「彼らの世話をお前に任せてよかったよ。これだけの大人数、少しぐらいの犠牲は覚悟していたが、いままでほとんど犠牲が出ていない。お前は本当によく働いている。俺の片腕となってくれている」
「君の夢をかなえるためには必要な人間ばかりだ。犠牲は最小限にしたい」
「ヘファイスティオン、愛している」
彼は突然私を抱きしめ、口付けをした。
「アレキサンダー、みんな見ているよ」
「かまわないさ、この周りにいる誰もがお前のことを褒め称えていた。お前が俺の片腕だということを誰もが認めているよ。そして俺達が愛し合っていることも・・・俺達の目にはアレキサンドリアが見えている。新しい理想の街が・・・」
アレキサンダーは私を強く抱きしめもう一度口付けをしてきた。焼け付く太陽の下、その甘い口付けは私の喉の痛みも疲れも全て忘れさせてくれた。
後書き
アレキサンダーの旅の途中で砂漠を通ったかどうかはわかりません。でも多分砂漠のような荒れ果てた土地はたくさん通ったでしょう。そして遠征には兵士以外にもたくさんの人を連れていたとも・・・。どんなに大変な旅であっても理想が見えている限り、二人は幸せだったと思います。
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